第四話 【悲願】
手に冷たい感触を感じ目を開ける。私はどうやら椅子に座っているようだ。最近デジャヴ多いな。試しに体を動かしてみると動きはしない、ですよねー、動くわけないですよねー。あの時と違うのは、腰までがっしりと固定されていることだろう。この椅子背もたれがやけに大きいな。
「やぁ、起きたかな、申し子よ」
キィっと、何かが動く音がして、そちらを見ると、椅子に座っている少年、いや、子供の姿がある。どうやら音は椅子からしたようだ。彼の前にある机には、何やら紙が散乱している。よく見れば、結構広い部屋のようで、生活感が多少感じられた。紙が床にも散らばっているのは気になるが。
座っている子供は私をじっと見る。私の体は強ばった。その人が誰か直感でわかったからである。
「貴方がディウム・ティガシオン……」
「おー! よくわかったねー! すごいなぁ、さすがだねぇー!」
両腕を高く突き上げ、喜びなのか、よくわからないが、上機嫌な感情を表現される。その様子は見た目通りの子供っぽいものであり、この人がカルデラと同い年くらいだとは感じ取れない。しかし、ミカニ王に似たその姿が、セヘルの言っていた特徴に当てはまるので、そういうことなのだ。
「ふふ、僕はねー、君をずっと探してたんだよー? 尻尾すら掴めなくてさー、困ってた時にカルデラが君を見つけてきたんだ、あの時は確証はないって言われたんだけど、僕はすぐにわかったよ」
「何がです?」
「あれ? カルデラったら君になんも言ってないの? 変だなー、カルデラ何考えてるんだろ」
首……というか、体ごと傾げるその姿に顔が引つる。身振り手振りが大袈裟と言えば聞こえはいいが、その雰囲気からは狂気が読み取れる。
イカれたご当主か、イカれたというより、感情が丸わかりなのだ。隠す気がないのだろう。彼の言葉にも行動にも嘘がない、素直は素直だが、言葉を選ばぬ故に、無邪気な狂気が見える。
「君はね、申し子なんだよ」
「申し子?」
「そう! 神の申し子! 魔法とは比べ物にならない奇跡を起こせる存在さ!」
その言葉に、初代研究所のリーダーを思い出す。魔法を凌駕する奇跡を起こし、マシーナを発展へと導き、最後には地下に閉じ込められた人。
「……そうだなぁ、君には知る権利があるか、少し昔話をしよう、この国がまだ小さかった頃の話さ、そう、千年前の申し子の話」
ディウムは椅子に座り直すと、赤子に絵本を読ませるように語り出した。
今から千年ほど前。代々王に仕えていた家系である、オルガン家に一人の少女が生まれた。その少女は、類稀な魔力の持ち主で、オルガン家は大層喜んだ。しかし、少女は成長しても魔法は使えなかった。そんな彼女の周りでは不思議なことが起こったという。
まず、オルガン家の能力が強化された、彼らが扱う魔法の威力が明らかに上がったのだ。それから、彼女が言ったことは全て現実に起こった、彼女が地下に燃料があると言って、燃料を掘り出す機械を作れば、確かにそこからは石油が取れた。石油をガソリンや灯油へ変える方法も彼女が助言した。王は、その彼女の能力を驚きと、尊敬の眼差しで見ていた。そして、能力を最大限に生かすために、研究所を与えた。それが後の魔法道具研究所となる。
研究所を与えられた彼女は、魔具を開発した。魔術師が道具に魔力を溜めることで、誰でも魔法が使える画期的なものだった。特に無属性の魔術師しか使えない、転移魔法や探知魔法が誰でも使えるのは歴史を変えるほどの出来事だった。王はその経緯を称え、彼女に研究所の全てを任せた。王は、彼女を愛していたし、彼女も王を愛していた。しかし、王は立場があり政略結婚をしなければならない、第一オルガン家は王の使用人だ、二人の結婚はまず許されず、二人は別々の人と結婚した。程なくして王は病に倒れた。そしてそのまま帰らぬ人となった。
彼女は深く深く悲しんだ、それでも、愛する王が守ってきたこの国を守らんとし、魔具の開発に取り組んだ。しかし、それがどういうわけか上手くいかなかった。オルガン家も魔法の威力が落ちた。今まで上手く回っていたことが、全て上手く回らなくなった。継いだ王はそれはそれは怒った。そして、あろうことか彼女のせいにし、彼女を研究所の地下に閉じ込めた。
「そして、どうしたと思う?」
「どうしたって、放置じゃないんですか?」
「馬鹿だなー、君ならわかるだろ? それだけ強い魔力をただ放置するなんて、阿呆のやることだよ、あ、カンボワーズはその阿呆をやったね」
その頃の研究所は魔力を動力源に動いていた。地下に彼女を閉じ込めて、研究所の動力源とした。今で言う電気の役割を、一人の魔術師に押し付けた。
ディウムはそこまで語ると、私の前に来る。私は固唾を飲んで見守る。
「結局、死ぬまで彼女は地下だった、神の申し子ってね、普通に殺すことはまず不可なんだ」
「不可?」
「そう、君も知ってるだろ? 神様の話、キリスト様の話、キリスト様も神の申し子だと言われている、だって彼は死ななかった! 人に繁栄を! 安泰をもたらした! 治せなかった傷を治し、自分もまた、蘇ってみせた! 神の申し子は、普通の方法では死なない証明さ!」
それでもねと声を低くする。
「魔力の限界ってのはあるんだ、マシーナに生まれた神の申し子は、この研究所で死んだ、魔力を使い果たしてね」
「酷いことするわね」
その言葉にディウムは頷く。酷いと感じているならば、私を同じ扱いする気はないらしい。
「ほんとに勿体ないことするよね」
「勿体ない?」
「そう、だって動力源だよ? エネルギーだよ? 勿体ないだろ、僕ならねもっと良い使い方をするよ」
前言撤回。こいつもこいつのようだ。結局物の扱いである。それでは千年前の王の後継と同じではないか。
「君はさ、魔力を憎く感じたことない?」
「憎くく?」
「そう! リスィとの戦闘を見させてもらったよ! きっかけはカルデラだから気に食わないけど、それでも君のあの殺意! それに反応してみせた魔力! それは君の憎しみの結果さ!」
何言ってるのか全く理解できない。魔法が無くなればいいのにと考えたことは何度もあるが、憎いと言われると、なんか違う。
そんな私の気持ちなど知らないディウムはそのまま、語り続ける。
「僕はね、魔法なんて無くなればいいと思うんだ、この世界は魔法が全てだ、魔力が強い者が実権を握る、そんなの不公平だろ?」
ディウムはミカニ王のことを言っているのだろうか。元々はティガシオン家が継いでいくはずだった、マシーナという国、しかし、ミカニ王がその高い魔力を持ってひっくり返した。それが不公平だと言いたいのか。
しかしと私は思う。目の前のディウムだって魔力が高いのだ。ミカニ王と同等の魔力を保持している。ソフィア様より低い気はするが、カルデラと変わらない、そんな所だ。鍛えればもっと高くなるのだろう。そんな彼が不公平というのには少々違和感を持つ。
「あ、その顔は僕が言うなって思ってるね? そりゃ僕の魔力は高いよ、でもさ、高いからって、良い事ばかりじゃない、君が地下に閉じ込められていたようにね」
高いから良いわけじゃない、それも事実。でも、魔法のコントロールができるなら、不便はないだろう。
「高くて王ならいいさ、でも高いのに見合った役職が無いとね、大変なんだよー? この仕事、僕は好きだけどさ、周りは色々言うわけだよ、高いのにって、魔力があるからなんだい? 魔力が高いことがそんなに偉くないとならない? 魔力は人を図る、見える基準なんだよ」
この言葉にマシーナという国の歪みが詰まっている気がした。
魔法大国であるアムレートだが、マギア王は魔術師ではないし、魔力の高いソフィア様が補佐で文句を言うものはいない。むしろ、魔術師団はアムレートが誇っているものの一つだ。魔力は人を図る基準にはならない。多少の基準にはなるが、王になれと言われることはまずない。
「だからね、僕はその基準を破壊しようと思ったんだ」
「破壊?」
「そう、世界から魔力が無くなればそんなものも無くなるよね?」
ディウムはニコニコしている。私は危険を感じた。この人は私を使って何をしようというのか。
「君の中に芽生えた殺意だけどね、それを世界に向ければいい」
「何を言ってるの?」
「何って、君は魔力で苦労してきただろう? 君ならば! 神の申し子ならば! 世界の魔力を破壊することが可能なんだ!」
狂ってる。その一言に尽きる。彼は彼なりに苦労してきたのだろうと思う。その結果が今なのだろうと。しかし、悪いのは本当に魔力というものなのだろか。魔力が無くなったところで、彼の苦労は変わりはしないのではないか。
だって、魔力なんてものは、人の計りの一つでしかないのだ。魔力が無ければ、また別の計りを出すだけである。それではいたちごっこで、無意味な争いが生まれていくだけ。
「まぁ、君がそうしたくないならそれでいいんだけどね」
「はい?」
「君さ、今縛られてる機械なんだと思う?」
ディウムが私の背後を見る。機械? 椅子じゃなくて? つまり私は今何かに繋がれているってことか。
「これね、カルデラが作ったんだよ」
「カルデラが?」
「そう、魔術師から魔力を抽出するんだ、凄いよねー、これを一人で作ったんだよ? 天才ってあいつのことを言うんだよね」
魔力を抽出? 魔術師から魔力なんか取ったらその魔術師は死ぬのではないか。
「ふふ、死者はいーっぱい出たよ、でもこの機械があったから、様々な魔具ができたと言ってもいい、まぁ、カルデラは別のことに使おうとしてたみたいだけどね、カルデラがこの機械で魔術師殺したこと見たことないもん、途中でやめちゃうんだよね」
別のこと……カルデラは魔力を解明すると言っていた。つまり、魔力を回収して、それを調べていたのか。だから、途中で辞めた。殺すことはしなかった。しかし、ディウムはそうではなかったと。
「カルデラが作った機械でなんてことを」
「怒らないでよ、使い方は間違ってないんだからさ、でね、神の申し子ってさ、なんで死なないと思う?」
いきなりの投げかけに私は戸惑う。知らないわよそんなこと。
黙りこくっていると。わからない? と言って、私に背を向ける。そして、身振り手振りを交えて語り出す。彼を見ていると何処ぞの教祖様のように感じられる。
「これは僕の予想になるけどね、神の申し子は、千年に一度、たった一人だけどこかで生まれるんだ、それが意味するのは、申し子とは、世界の魔力を司る存在だってことさ! つまり、常に魔力が回復しているんだよ!」
「回復してる?」
「そう! この研究所だって、申し子の魔力で動いていた、それはね、五十年にも及ぶんだ! 五十年だよ! 何も食べず! 何も飲まず! 地下で五十年も人は生きれない! でも彼女は生きてみせた! つまり、過労では死んでいないんだ、恐らく老衰だろうね、流石の申し子でも体には勝てないんだ、人間だからね」
常に魔力が回復しているから生きれる。その理論が合っているのかは私には分からないが、私だって十年地下で生きていたのだ。私がその申し子だと言うならば、普通の方法で死なないのは事実なのだろう。
しかし、この人のテンションの急上昇と急降下には驚かされる。何を言っているのか半分も理解できないが、見る人によっては心酔できるのかもしれない、私は無理だが。
「さて! そんな魔力を吸収して、破壊の方面に使用したらどうなるかな! 君がやりたくないなら、無理矢理行うだけさ! それだけの技術も! そのための機械もある!」
「貴方の望む世界はどうやっても実現しないと思いますよ」
私は冷ややかにディウムを見る。要約するに、魔力が無ければ自分にとって都合のいい世界ができるんじゃないかってことだろう。自分が苦労しない世界が欲しいだけなのだ、それは子供が親から逃げる口実のように。そんな馬鹿げたものに協力する気はないし、この世界に生きる人々が巻き込まれるのも御免だ。
「ふむ、君は自分の立場をわかってないね」
「というと?」
「言ったろ、君の望む望まないは関係ないって、君の存在、君の魔力が必要なだけなんだ、感情なんて二の次だよ」
人を道具として扱う人……か。カルデラの実験動物扱いの方がマシだと思う日が来るなんてね。あれだけでも雑だと思っていたのに、ディウムに比べたら優しさを感じ取れる。まだ、動物として扱ってはくれるから。
「まぁでも、いきなり理解すれってのは無理か、時間はあげるよ、ただね、そんな長くはあげられない、僕には時間がないんだ」
「時間がないって?」
私の質問には答えず、ディウムは部屋を後にする。
もしかして、彼は寿命が近いとでも言うのか。いやでもまだ若いはずだ、ならば病気? そうは思えないけど。
「って、あいつについて考えている場合じゃないわ」
時間をくれるのは有難い、この隙に何とかして逃げよう。少し暴れようとしてみる、しかし、機械である以上頑丈な作りであり、多少暴れたくらいではビクともしない。流石カルデラ作、全てにおいて万全な策を講じている。こんな所で無駄な才能発揮しないでよ。
「あんまり暴れると怪我するぜ嬢ちゃん」
ガチャりと扉が開き、入ってきたのは、ヴァニイ・オルガンであった。




