第二話 【人形劇】
ローザが持ってきてくれた書類は膨大で、全て読むのに数日かかった、屋敷ではカルデラを警戒して読めないのもあるけど。ティアラを含む使用人にバレたら、そこからカルデラにいきかねないし。
内容は概ねローザの説明通りだった。元々王族であり、ミカニ王がひっくり返すまでは、王の座に座っていた。ただし、その政権は異常なまでに残虐であり、合理主義だった。魔具を発展させるために、何万となる人々が犠牲になったようだ。魔法道具研究所にて、魔術師を使い多岐にわたる研究をしていたらしい。その中には勿論人体実験も含まれている。最近行われた大規模な人体実験は、プロジェクトソルセリーという研究。これは今から十三年前に行われた研究で、主導はディウム。彼が最初に行った大規模な研究らしい。魔具の性能を引き出すため、強い兵士を作り出すために行われたもので、魔術師ではない子供に無理矢理魔力を注ぎ込み、魔術師にするといったもの。ど素人でもわかるくらいに歪んでおり、成功するとは思えなかったが。実際、成功はしなかったようだ。その後も、大規模ではないが、人体実験がディウム指導で行われていた。
「思ったよりひっどいわね」
「……想像通りと言えばそうですけどね」
リテア様が顔を顰めた。これが、ディウムだけならまだしも、ティガシオン家全体がこんな感じなのだ。今は王ではないため、ディウムが研究所を仕切る形で収まり、大規模な人体実験はできないが、王だったティガシオンの者は、結構大規模にやっていたようである。千年前の王を除いて……。
王は、まだ国が発展しきってないのもあるのだろうが、どうも発展に導いた、初代研究所リーダーの事を深く愛していたらしい。しかし、王である以上、政略結婚をした。初代研究所リーダーも別の人と結婚した。ここに関しては直接ティガシオンとは関わりがないので詳しくは書いていなかった。
「初代研究所のリーダー、なんだか気になるんですよね」
ローザの説明だと、千年くらい前に現れた女性で、魔力が高かった。そして、魔法を凌駕する奇跡を起こした。
「変な説明よね、普通に魔法って言えばいいのに」
「そこです、魔法を凌駕する奇跡って、変な言い方ですよね」
魔力が高いのだから、相当な魔術師だったろう。だから、他の人より威力が高かったりするのはわかる。しかし、それなら強い魔法を使えた、と説明するはずだ。
「なんだか、メリみたいね」
「へ?」
「だって、メリも魔法じゃないでしょ使ってるの、私がメリの事を歴史に残すなら、きっと同じように書くわ」
私が魔法を凌駕する奇跡? 確かに魔術師と言うには私の力は歪である。私の意思では使えず、強い感情に反応する。私の力は術にはならない、唱えて願うのではない、もっと直観的な、感じるものである。
研究所の初代リーダーも、感情で魔法を使っていたのだろうか。私と同じような人が過去にいたというのか。
「まぁ、そこは考えても仕方ないわよ」
「そうですね」
「姫様、メリ様、紅茶です」
セヘルが、自然な動作で紅茶をだす。そして、私とリテア様は受け取る。
瞬間的に二人が苦笑いを零したのに私は気付く。そして、同じく苦笑いを返す。
「メリ様と、共にいると、敵意を感じますね」
「マリオネットのせいね」
サークルマリオネット。私のファンサークルだ。いつの間にかできており、そのせいで男性であるセヘルが、物凄く敵意を向けられている。正直迷惑。
「どうしようもないのよ、ごめんなさいねセヘル」
「いえいえ、大丈夫です」
私はカルデラ以外と婚約する気はない。学園にいる間だけだからと放置することに決めたのだが、やりにくいことこの上ないのだ。なんだか、私のやることなすこと監視されているようで、もしかして、放置しない方がいいのかもしれない。
「辞めろって言って辞めるかしら」
「メリが行ったら阿鼻叫喚よ」
「そうですかぁ……」
リテア様にやめときなさいと止められた。何もないなら、そりゃこちらも何もしないけど、こうも見られていると、私だって落ち着けない。
最近なんて、ずっと書類とにらめっこしているから、何を調べているのかザワザワしていたのだ。しかも、何を調べているのかを調べようとする動きまであり、リテア様とセヘルが牽制の意味を込めて睨みを効かせたまでである。
「しかし、メリ様の気持ちも、わかります」
「近頃は度が過ぎてるわね」
プライベートを侵略されている気がする。変に近づいてはこないが、それが逆に怖い。
「何か問題にならないといいのですけど」
周りを見る。私と目が合うと、そのまま合わせる人、そっぽを向く人、小さく手を振る人など様々だ。なんでこんなことになってるのかな。
害はない、だから放置している。しかし、このままでいい気もしない、良くないというか……。
「今日、確かカルデラが迎えに来るって言ってたんですよね」
「やばくない?」
「リテア様もそう思います?」
今、この状況で、カルデラが来るのは危険だと思う。何をしでかすかわからないからだ。
「カルデラ様、気付かないほど、馬鹿じゃないです」
「怖いこと言わないでよセヘルー」
私は深いため息を吐くのだった。
そして放課後。カルデラが迎えに来るわ! と浮き足立つほど乙女ではない私は、その重い足を何とか動かす。手放しで喜べないのよ、こうやって歩いてるだけで視線感じるし、なんならなんか話してるし。
「メリ嬢なんか変じゃないか?」
「少し顔色悪いな」
「風邪だろうか?」
そんな話がチラホラと。誰のせいで神経使ってると思ってんだって叫びたくなる。無視を決め込み、勢いで足早に校門に行く。カルデラがいなきゃいいなとか思ってしまうが、そんな願いは虚しく、カルデラは私に気付くと、優しく笑って抱きしめてくる。
「顔色が悪いですね?」
「そんなに暗い顔してる?」
「えぇ、なんかあり……」
カルデラは周りを見て、怖いくらいの笑顔をする。こいつ、自分に対する感情は無反応なのに、私に対する感情には反応するんだから。
背後からセヘルが歩いてくる。二人は目を合わせると、何も話さない。私も腕の中で、状況を見守る。最初に口を開いたのはセヘルだった。
「マリオネット、というらしいですよ」
「なるほど、学園長に掛け合いましょう」
「セヘル? カルデラ?」
セヘルはカルデラの感情が読めるので、ある程度何を考えているかがわかる。つまり、カルデラが求める情報もわかっているわけだが……。
「あ、あの、何もしなくていいからね?」
「メリが暗い顔をしてるのは奴らのせいでしょう?」
「そうですね、最近は、度が過ぎます」
「セヘル! 無駄な報告はしなくていいのよ!」
カルデラを煽らないでお願いだから。それでも、周りからカルデラに対しての敵意が伺えるのに、それで、殆ど監視状態であることがバレでもしたら、考えたくもない。
「メリは気にしなくて大丈夫ですよ、ちょーっとお仕置するだけですから」
「それちょっとじゃないわよね?」
「メリに対して好意を向ける男を許すほど、私は心が広くないんですよ」
いや待て待て待て、何する気よ。殺害予告みたいなこと言わないでよ。そりゃ、息苦しいというか、肩身が狭い気はするけど。
「本当に何もしなくていい……」
「少し黙ってくださいね」
唇を塞がれ、強制的に黙らされる。数分後、唇が離れた時には、私は力が抜けていた。カルデラにしがみつく形になり、満足そうにお姫様抱っこをすると、そのまま馬車に運ばれる。周りが向けている敵意なんか気にしている場合じゃない。多分それが狙いだけれど。
馬車に乗せせられたが、抱っこの状態は解かれない。それどころか、力がこめられている。これはもしかして。
「カルデラ、嫉妬してるの?」
「貴女は他の男なんか気にしなくていいんですよ」
どうやら、私が対処するなと言ったのがお気に召さなかったらしい。カルデラに任せたら何するか分からないのよ。
「メリは私だけを見ていてくださいね?」
「無理があるわよって、ちょっと!」
腕から降ろされたと思ったら、馬車内で押し倒される形になる。これを見越してなのか、セヘルは一緒に乗っていない。本人はマーベスを待つので、先に帰っていてくれと言っていたが、カルデラの感情が読めるもんね。
「退けてくれたりは……」
「しませんね、貴女はもう少し私の婚約者である自覚を持ってください」
じっと私の目を見る。私はその視線から目が離せない。そんな寂しそうな顔しないでよ。
「自覚はあるわよ?」
「でしたら、身を任せてください、きちんとわからせますから」
「怖いのよ、あんたの対処は」
正当防衛が過剰防衛になってしまう。大事にしたいわけじゃない。
「メリには迷惑かけませんよ」
髪を優しく撫でられ、諭すように言われる。ずるい、そんな事されたら私が否定できないのをわかってやってる。
「いい子です」
「んっ……」
容赦なく、再度キスをされ、舌を絡められる。気付かぬうちに恋人繋ぎまでされている。カルデラは、キス以上のことはしてこないが、それだけでも蕩けてしまうのだから、どうしようもない。
次の日、青い顔をしたローザが私に向かって質問してきた。
「カルデラ様に何か言いました……?」
「マリオネットになんかあった?」
私の返答に、ローザは首がもげる勢いで頷く。
「学園長が、度が過ぎるサークルはダメだと、マリオネットの解散と共に、メリ様には手を出すなと……」
私は苦笑いをするしかない。学園長めちゃくちゃ圧力かけられたんだろうな。申し訳ない気持ちをしつつ、少しだけ過ごしやすくなったので、そこは感謝をすることにした。
少々の息抜き回です
次話より、物語が動きます




