三章後日談三話 【改めてのデート】
大きな水槽に、見たことのない魚達。人々は立ち止まったり、目的地までの歩いていたり。水に色はないけれど、全体的に青で統一された空間は、海に来たような感覚になる。実際の海は見たことがないが。
アムレート水族館。私は今カルデラと共に、王道デートスポットに来ている。
発端はソフィア様が、チケットを持ってきたことだった。
「メリちゃーん! マギアからプレゼントー!」
「マギア王から……?」
それは、水族館のペアチケットだった。ずっと苦労をかけているから、という理由で、私に渡して欲しいと言われたらしい。
「誰と行くかは好きにしたらいいよ」
誰と行くかか、カルデラは忙しいし、現実的に考えるならリテア様かな。
「……それ知ったら、カルデラ様、ショック受けるかと」
「……でも、カルデラ忙しいじゃない?」
私は悩み、とりあえずセヘルに言ったら、セヘルは苦笑いである。
「とりあえず、カルデラ様に、言ってみたら、どうですか、僕診断しますよ」
「本当に便利ね」
と言うわけで、カルデラに、チケットを貰ったこと、誰と行ったらいいか悩んでいることを軽く話すと、貴女が行きたい人と行ったらいいですよと回答される。セヘルを見たら、にっこりしていた。彼は何も言わなかったが、その表情が全てを物語ってた。一緒に行きたいなら行きたいって言いなさいよね。
「カルデラ、休み取れる?」
「意地で取りますが?」
まぁ、持ってきたのはソフィア様だし、休みくらい取れるかも。
そんな経緯の元、私達は水族館デートをする運びとなった。
「魚ってこんな風に泳いでるのね」
ガラスに手を当て、泳ぐ魚を目で追う。外の世界を見てこなかった私としては、何もかもが初めてなのだ。
「あちらに触れ合いコーナーがありますね、行ってみますか?」
「触れ合い……? 触れるの?」
手を取られ、触れ合いコーナーに案内される。中にはヒトデやウニといった、あんまり動かない生物が、低い水槽に沈んでいる。
「おぉ、ちょっと痛いわね」
ウニをつつく、持つのは……ちょっと怖い。
「ナマコもいますよ」
「なまこ?」
カルデラは私の手にナマコを乗せる。瞬間、デロンと小さかった体が伸び、溶けたようになる。私は小さく悲鳴をあげる。
「ふふ、面白い生物でしょう?」
「こういう心臓に悪い事は時前に言ってよ」
「驚く顔を見たかったので」
いじわる。その言葉を飲む。これ言ったら逆に喜ぶのよね、満足いく反応が見られたのか、カルデラは上機嫌に、私からナマコを取ると、水の中に優しく戻す。
いつもは料理でしか触れない生物の数々だが、それはきちんと生きていて、営みがある。流石に自然とは違う生き方だろうが、こうしてその片鱗が眺められるのは楽しいものだ。
「そろそろショーの時間ですね」
「ショー? なんの?」
「イルカの」
イルカってあれだよね、海にいる大きい哺乳類だよね。確か頭が良いって習ったけど、犬みたいに芸ができるとか、生物学の先生が言ってたっけ。
ショーの会場に入る。そこには既に人が多く、中でも家族連れの割合が高い。子供達は今か今かと始まりを待ち望んでいる。私はその中でも、一番前の席に座った、というか座らされた。
「あんまり、前の方人いないわね」
「そうですね」
前の方が見やすそうなものだが、大体三列目から後ろに座っている。席が高い方が実は見やすいとかかな。確かに目の前には少し高いフェンスがある。私は問題ないが、子供だったら見えないかもしれない。
そうこうしている内に、ショーが始まった。可愛いイルカが、飼育員さんの指示や笛の音だけで、飛び跳ねたり、ボールをキャッチしたりと様々な芸を見せていく。勿論私は見たことがないので魅入っていた、
そしてショーが終わり気づく。
「私めっちゃ濡れてる!」
「前の席ですからね」
「わかってて座ったでしょ!」
別に濡れるのは構わないが、一言ほしい、驚くから。私の隣に座っていたカルデラも濡れていたが、何処吹く風で、楽しそうに笑っている。その顔を見て私は何も言えなくなった。カルデラが楽しそうならいいか。
その後は服が乾くまで外の展示生物を見て回る。カメとか、凄い勢いで泳ぐペンギンとか。まぁ、大体はぼーっと上を見ていたけど。
「水族館って凄いところね」
服が乾いたので、店内展示に戻る。私達が入ったのは、暗闇で泳ぐクラゲの展示だ。
様々なクラゲが幻想的にライトアップされたさまは、マシーナの全面協力が伺える。娯楽に対する熱意が凄い。
「マシーナって娯楽品多そう」
「そうですね、アムレートにはありませんが、カジノなんかもありますし」
「かじの?」
「賭け事をする施設です、チップというものを購入して、そのチップを勝って増やしたりするんです、負けたら減りますよ」
つまり、間接的にお金を増やしたり減らしたりするのか。なんか嫌だな。
「カジノにかけすぎて、破産する国民なんかがチラホラいて、ミカニ王が困ってましたね、前王が作ったものですし、既に国民に浸透している以上取り壊しも不可だと」
娯楽も程々にってことか。私はマーベスとか、リテア様と共にトランプで遊ぶくらいだから、よくわからないが。
「トランプも立派な賭け事になりますよ」
「勝ち負けがあればいいのね」
「そういうことです」
うーん。そもそも遊びにお金を使う意味が理解できない。お金なんてなくても楽しいのに。
「スリルを味わいたいってやつです」
「大人って難しいわね」
貴女も大人でしょうにとすぐに返ってくる。そりゃ、二十四歳になりましたけど、精神年齢といいますか、まだまだ勉強途中なのよ。十代を棒に振った女を舐めんなよ、誇れないが。
クラゲの展示を一周して部屋から出ると、暗闇にいたせいで眩しくなる。地下から出てきた時も、眩しかったなと思い出す。
「それにしても広い施設よね、いくらマシーナからの協力があるとはいえよ」
「まぁ、協力しているのはマシーナだけではないですからね」
へぇー、マシーナの技術が見えるから、マシーナだけだと思っていたが、他の国も協力してくれていたのか。
「友好国はマシーナだけではありません、水族館に限って言えば、春華國も協力しています」
「しゅんかのくに? 聞いたことない国ね」
「いつでも季節が春の不思議な国ですよ、各国から様々な文化を取り入れており、文化大国なんて言われています、大規模な水族館を作ろうと言い出したのも春華國です、しかし土地と技術力がないので、案だけ出しており、それに乗っかったのが、アムレートとマシーナだったわけです」
様々な思惑によって建てられたんだ、でもこれだけ大きい施設なら当たり前か。そもそも、アムレートにあるのに、魔力の気配は感じられない。本当に土地だけを提供しているんだなと感じる。
「なんだか、そう考えると異質な建物ね」
改めてぐるっと見渡す。
アムレートにある建物は基本的に魔力が動力源だ。エルミニル紅茶館なんか、魔力で、常に茶葉にとって良い温度になるように調整されている。炎の魔術師の繊細な温度調整だ。けれどこの水族館では、全て機械で調整している。動力源は電気ということである。人の手を借りず、寸分の狂いもない完璧な管理。
「凄いけど、魔術師としてはなんだか寂しいわ」
魔法を頼らない技術。それは、奇跡と呼ばれている魔法を凌駕するものだ。何より全ての人が使える。威力にも差がでない平等さがある。
「いつか、魔法は本当に奇跡の産物になるのでしょうね」
「魔術師がいなくなるってこと?」
「使えることを忘れるってことです」
使えることを忘れる……意味はわからないが、それがとても寂しいことであるのは理解した。
本来の意味で私達魔術師は、必要なくなる時が来る。それがどのくらい先なのかはわからないが。
「ねぇ、カルデラ」
「どうしました?」
「私、この時代のこの国に生まれてよかったわ、カルデラにも会えたしね」
ぎゅっとカルデラの袖を握る。カルデラは、ただ、魚達が泳ぐ大水槽を眺めていた。
この水族館が現代的すぎるのは暖かな目で見てやってください。
次回から四章開始です。




