三章後日談一話 【新しい仲間】
今回より三章後日談開始です。
食堂にて、ソフィア様がにっこにこで入ってくる。カルデラはもう少し魔術師団の仕事を休むらしい、私との時間を作りたいとか、どうとか。
「メリちゃん、カルデラ、今日からこの屋敷で働く仲間を紹介しよう! 入っておいで」
ソフィア様の合図で入ってきたのは、セヘルだった。
「今日から、ここで働かせて、頂きます、セヘル・ソルセリーです」
優雅に一礼を見せる。私はカルデラの膝の上で固まっている。
「メリちゃん良い反応だねー、いやね、実行犯はリスィちゃんだから、セヘルくんは家で引き取ることにしたんだよ、せっかく無属性で、ある程度魔力があるんだ、一人の娘のわがままで、地下に入るなんて勿体ないだろ?」
ニヤリとする、セヘルは苦笑いだ。きっと、ソフィア様とマリア様に押し切られたんだろうなと、想像がつく。
「よろしくね、セヘル」
「よろしくお願いします、メリ様、カルデラ様」
カルデラは、何を考えているのか、セヘルをじっと見ると、えぇ、よろしくお願いしますと言うに留めた。
夜の食堂にて。セヘルと向かい合う。
「貴方、プロジェクトソルセリーの被検体ですね?」
「……はい、そうです」
プロジェクトソルセリー、それは、ディウム主導の元やられた実験の一つ。魔術師ではないものに、魔力を送り込み、その潜在能力を開花させる実験。つまりは、無理矢理魔術師を作り出そうというもの。
「やっぱり、知っていたんですね」
「あのプロジェクトで使われた魔力は私のですからね、知ってますよ、むしろ関係者です」
「あの研究所の、研究員、だったのですか?」
「元研究者ってとこです、非常勤ですが」
無属性で、魔力の強い魔術師。それは、プロジェクトを行う上で最も適任であった。
人はどのような魔術に、どのような反応を示すのか。自分は魔力の解明のため、ディウムは魔具を強化するため。四歳から十二歳の子供を対象に行った。子供達は孤児院から連れてこられた者達だ。非道で、無情なものであった。死者も多く出たし、子供達は皆苦しんだ。それでも尚、止まらなかったのは、孤児院側が金がさえあれば子供をディウムに渡してしまったからであり、自分がそれを疑問に思わなかったからだ。ディウムに対して、イカれているとは思うが、自分も大概なのである。
「……憎いですか」
「いいえ、僕は、あの研究がなければ、魔術など、使えませんでしたから」
「しかし、そのせいで苦しんでいるのでしょう?」
無理矢理使えない者に、使わせるというのがどれだけ歪んだことか。
死者が多数でた中で、魔術が使えるようになった者は一握りである。そして、運良く使えるようになった者も、長くは生きられなかった。その理由は、体のどこかに必ず欠損が見られるからだ。見た目は普通でも、体の機能の一部が停止し、歩けなくなったり、物がつかめなくなったり、臓器の一部が止まったり、どれも悲惨なものであった。
「確かに、僕は目が見えません、魔力でなんとか、周りに何があるのか、理解しています」
セヘルの目を見てみると、それは銀色と言えば聞こえがいいが、白濁しているようにも見える。魔力の代償は視力か……。
いや、代償なんて甘い言葉ではないな。これは犠牲だ。しかも、セヘルが自ら望んだものではない。それは、自分が一番良く知っている。彼を見て、その記録を付けたのはまさに自分なのだから。強い魔術師が意図的に作り出せるならば、それは強い兵隊となる。子供の頃にその教育を施せれば、それは国を強くする。ミカニ王は嫌うやり方ではあるが、その名目があるだけで、国民からの反感は少ない。孤児院の子供を使う以上、自分達には関係がないから、傍観者でもいられる。
「カルデラ様は悔やんでおいでで?」
「悔やむ……そう……ですね」
最後の時を思い出す。地下に入れたあの時を。あの頃は、何も考えずに魔力を流し込んでいた。その結果の死体すら、目にもくれなかった。しかし、プロジェクト最後に気付いた、自分がやっていることの非道さを、もう遅いと知りながら。
しかし、人間とは恐ろしいもので、そんな後悔を忘れた頃に、再度思い出させてくれたのは、メリに他ならない。彼女の健康診断の時、その痩せた体を見て、血を流して倒れていたカリナを思い出した。弱っていたその姿が、私がなぜ魔力を研究しているのか、その初心を思い出させた。傷付けたいのではない、ましてや殺したいのでもない。その逆であったことを。もう二度と、人を傷付けないために、私は魔法を研究していたのだと。死体に慣れすぎた、死に触れすぎた、あの場所で、それを嬉々として作り上げるディウムに、洗脳されかけていたところで、引っ張り上げれたのだ。
「……カルデラ様の考えを変えることが起こったようですね」
「ん?」
「カルデラ様が、僕の魔力の元だから、でしょうか、魔力を通して、大まかな感情の動きが、伝わってきます」
セヘルは、なぜか嬉しそうな笑顔を作る。そして、二、三度頷くと、天井を見た。
自分も同じく天井を見る。この上は両親の寝室だ。
「ソフィア様は、僕を見て、カルデラと一緒だねと、言いました、カルデラ様、あの方は、ある程度、気付いているかと、思います、だから僕を、クロム家に、招いたようです、息子も同然かなと、笑っていらっしゃいましたよ」
「父様……」
詮索はしない、しかし、何をやらかしたのかは大体わかっている。そんな所か。
「良い父親を持ちましたね、カルデラ様」
「全くですね、咎めもしないとは」
人間には皆一様に魔力があるという。しかし、小さいとそれは力にはならない。魔力を人に流し込む。それによって、その小さい魔力を無理矢理引き出し、開花させる。それがプロジェクトソルセリー、結局効率が悪いのと成功しないということで、最後に十歳の少年で締めくくった。その少年は、成功こそしたが、魔力が暴走してしまい、ディウムはため息を吐いて、地下に入れろと自分に言った。
「……よく生きてましたね」
「運が、良かったのです」
ティオーの者がセヘルを見つけたのだろう。ディウムは地下に入れた人間など見向きもしない。あれにとっては、ただの失敗作でしかない。そのうちの一人が出たところで、気付きもしない。そもそも、誰を入れたかなんて覚えちゃいない。自分は、それに賭けたのだ。その結果が、良かったとは言い難いだろうが。
「暗い事、考えないでください、僕は魔術が使えるのは、感謝しています、貴方を、恨んだりはしませんから」
「随分とやりにくいものですね、感情が読まれるのは」
「そうですか? まぁ、カルデラ様から、感じる感情の殆どが、メリ様に対してなので、感じるこちらとしては、気恥しいですが」
……やりにくいことこの上ない。どうも父が連れてきたものは、私に対して不利に働くものだ。
「余計な事、言わないでくださいよ」
「言いませんよ、僕が言う前に、言葉から出ますからね、カルデラ様は」
どうも今日から様々な面に気を付けなければならないようだ。
セヘルが屋敷に来た次の日。私は準備を整えて、食堂へ行く。すると、セヘルが配膳している所だった。
「おはようセヘル、手伝うわよ」
「おはようございます、メリ様、大丈夫です、貴女を手伝わせたら、カルデラ様が怒ります、多分」
「怒らないと思うけど」
「メリ様、カルデラ様の、執着と独占欲は、舐めない方が……」
セヘルが途中で言葉を区切る。後ろを振り返ると、カルデラがいた。
「おはようカルデラ」
「おはようございますメリ、セヘル余計なことは言わないでくださいね?」
「やっぱり、怒られると思います、メリ様」
セヘルはニコリとする。あら、一日で仲良くなったものね。カルデラにしては珍しい。
朝食を食べ、マーベスと今日からセヘルも一緒に学園に行く。マーベスとは校舎が、セヘルとは教室が違うので、二人と別れ、いつも通りの日常を送る。昼休みになると、リテア様とローザに、セヘルの説明をした。
「なるほどねぇ、魔術師団団長粋なことするわね」
「ではよろしくお願いします、セヘル様」
「はい、よろしくお願いします、皆様」
セヘルはまだ硬いが、そのうち慣れるだろう。リスィは結局地下に入ることになった。カルデラへの魔術と、それを脅しに使い、私との殺し合いを申し入れたということで、援護することはできなかった。何より、リテア様が許さなかった。その時にセヘルも、地下に入ることを申し入れたが、ソフィア様がセヘルに何か言ったらしく、クロム家で監視することになった、というのが今回の顛末だ。
あまり良い結果にはならなかったが。なにより良かったのは、セヘルが楽しげなことだろう。前のように、怯えた色は瞳にない。それに学園で話せる、数少ない人が増えたのは喜ばしいことだ。これからの毎日が、また少し楽しみになった。
というわけで、三章よりセヘルが仲間入りです。
そして、段々とわかってくるカルデラとディウムの関係。
次回は少し気休めです




