第九話 【殺し合い】
次の日の放課後、私は、リテア様達が来る前に教室を出ると、校舎の裏側へと行く。そこにはリスィが、不敵な笑みを浮かべ佇んでいた。
「来て頂けると信じていました」
「貴女には解除してもらうわ」
「でしたら、私を殺してくださいね」
話し合いの余地はなし……私は深呼吸する。果たして私の魔力は、彼女を殺すことを許すだろうか、気絶させて、説得した方がいいのではないだろうか。
私には確かな迷いがあった。一応来てはみたものの、殺そうとは考えてなかった。
「では、殺し合いを始めましょう?」
リスィの周りには、黒い粉が舞う。それは術となり、形を成す。
「そちらから来ないなら、私からいきますわ!」
闇でできた槍は、真っ直ぐ私の所へ来る。私は、それをただ見る。見るしかないのだ、私の意思では魔力を使えないから。しかし、その槍は私の前で消えた。
「……結界とは小癪な」
「結界?」
勿論私は何もしていない。そしてカルデラの言葉を思い出す。
『今回は外からの攻撃も避けられますので、護衛も兼ねてます』
そうだ、指輪には、外からの攻撃も防ぐ機能があった。つまり、今私を守っているものは……。
目を伏せる。カルデラとの日々を思い出す。私が愛しくて、取り戻したい日々。そして、昨夜の震えているカルデラを思い浮かべる。彼女がいる限り、カルデラの記憶は戻らない。
ゆっくりと目を開ける。そこにはもう迷いなどなかった。
「あらあら、良い目をするじゃない、そうでないと」
「私は元々危険人物よ、その恐ろしいさ、見せてあげる」
それは、私が初めて感じた明確な殺意だった。カリナやガレイにも、許せないという感情はあったが、それは怒りで殺意ではない。ほかも然りだ。
冷静に、リスィを見る。楽しげな彼女の周りには、新たに術が形を成している。私は構える。何も行動がないと悟ったリスィは、先程と同じように、その術を私に向ける。私は、手をかざした。
「私を怒らせたこと、後悔するのね」
ピリッと、肌に痛みを感じる。金色の光は、リスィが放った魔術を包み、消し飛ばす。そのまま、弓の形を創り出した。それに触れると、最初からそこにあったように、私の手の中に入る。
「実態のある魔術……?」
右で弓を持ち、左手に矢を創り出す。イメージなんてしなくても、それは自然と現れた。そしてそれを、リスィに向ける。弓なんて扱ったことはない、それでもできる気がした。
「終わりよ」
弓から矢を放つ……はずだった。
その手は、優しく、誰かの手に包まれる。
「メリ、貴女が手を汚さないでください」
後ろから抱かれ、その手を離そうとしない。
「カルデラ……?」
それは確かにカルデラであって、私の手を握りつつ、リスィを冷ややかに見る。
「どうして、貴方様が!」
「お嬢様、もう辞めましょう、こんなのはダメです」
後ろから、セヘルが現れる。セヘルだけではない、焦った顔をした、マーベスやクリア、ローザにリテア様までいる。
「メリ! あんた早まるなって言ったでしょうが!」
「リテア様……」
「私はあんた以外に、魔術師団副団長になるのを認めないって言ったはずよ! 上官命令! 破ろうとすんなバカ!」
リテア様が私の前に来る。その目には涙を溜めていて、心配したんだろうなとわかる。
「お嬢様、全て解除しました、僕達は、大罪を犯しました、大人しく、罰を受け入れましょう」
セヘルは、リスィの前に行く。罰というのは、地下に入るということだろうか。
「嫌よ! セヘルだって嫌だから私に協力したんじゃない!」
「えぇそうです、あの暗がりから、僕を救ってくださったのは、お嬢様でした」
「ならなんで!」
「お嬢様は、もう、忘れてしまわれたのですね、今の貴女は、彼らと、やってる事が一緒なのですよ」
淡々と語る彼の話は全く分からない。きっと、二人の間でしかわからない会話なのだろう。何かあった、それだけは事実だ。
「ですから、僕達は、罰を受けなくては、いけません」
その声は強かった。普段の気弱な彼からは、全く想像できない、それは誰も言葉を発せられない程に、力強く、ハッキリとした声であった。
セヘルは私達の方を見る。
「メリ様、ご迷惑をおかけしました、カルデラ様の術は、解きました、ご安心ください、カルデラ様、この度は巻き込み、すみませんでした」
深々と頭を下げる。そして魔術師団の方たちが、機を伺っていたかのように入ってきて、二人は連れていかれた。
一瞬の出来事に、私はただ黙るしかなかった。理解が出来ずにいた。
「セヘルが、全部やってくれたのよ」
「セヘルが?」
「そう、あいつ、怖がってるようで肝が据わってるわ」
リテア様は何があったのか、私に言って聞かせた。
ローザと共にメリがいるはずの教室へ行く、しかしそこにメリの姿はない。
「先に外に出られたのでしょうか」
「私を置いて? メリのやつ、なんかあったのかしら」
ローザと首を傾げていると、青い顔をしたセヘルが、私達の前に来る。
「メリ様は!」
「いないけど?」
「……じゃあもう……どうしよう」
「ちょっとどうしたのよ?」
ただならぬ空気に、私達は顔を見合わせる。そうしていたら、セヘルが私の肩を掴んだ。
「カルデラ様の所へ案内してください!」
「はぁ?」
「僕なら、カルデラ様にかけられた、忘却魔法を解けます! 彼なら、二人を止められるかもしれません!」
その気迫に、私は戦く、しかし案内すれって言われても、学園からじゃあの屋敷までは一時間はかかる。切羽詰まった様子に間に合わないのでは? と考えていると、後ろから元気な声が返ってきた。
「君なら兄さんの忘却魔法を解けるって、本当かい?」
「はい、忘却魔法は、僕の魔力で、発動してますから」
「了解、なら案内しよう」
マーベスは、そう言うと全員を見る。この場にいるのは、私とローザ、マーベスと一緒に来たクリア、そしてセヘルだ。
「皆準備はいいね?」
マーベスは不敵に笑うと、私達は水色の光に包まれる。驚く暇もなく、気づいたらクロム家の屋敷の前にいた。
これが転移魔法。直感で感じ取る。そして軽くやってのけたマーベスにも驚いていた。
「さて、時間なさそうだし急ごっか、こっちだよ」
マーベスの案内で、クロム家の食堂に入る。そこには、紅茶を片手に魔術書を読んでいるカルデラ様がいる。
「兄さん」
「マーベス? どうしたんですか……」
異様な状況に眉を顰めている。それをお構いなしに、セヘルが前に出た。
「カルデラ様、貴方にかけられた、忘却魔法の魔力の根源は、僕です、今日は解除しに来ました」
ガタッとカルデラ様は立ち上がる。そして疑うような目を向ける。
「本当か?」
「はい、解除しますから、メリ様を助けてあげてください、じゃないと彼女が後悔しますから」
「……わかった、今すぐに解除しろ、マーベス!」
「は、はい!」
「解除されたら、すぐに俺を学園へ飛ばせ、メリは学園だ、そうだな?」
セヘルは頷く。私は固まっている。カルデラ様が敬語じゃないところなんて初めて見たのだから、怖くて仕方ない。
セヘルは何かを唱える。カルデラ様の周りには、黒い粉が舞って消える。
「マーベス」
「大丈夫なんだね、兄さん」
「あぁ、メリを迎えに行く」
マーベスは、まずカルデラ様を学園に転移させた、次に私達を学園へと転移させる。そして、今の現場に居合わせた。
リテア様は。もー大変だったんだから! と泣きそうな目で言う。
「怖かったですね、リテア様」
「怖かったわよ! もうなんか色々!」
リテア様を抱き、頭を撫でる。カルデラの気迫を見たらそりゃ怖いだろう。確かに、その気迫に負けなかったセヘルは凄い。
「マーベス、色々ありがとうね」
「メリさんが無茶するもんだから、くったくただよ、でも間に合ってよかった」
マーベスは笑って肩をすくめる。彼には今度何が贈らないとなと漠然と考える。
「それにしても、メリ様、その弓は一体?」
クリアが、弓を指さす。私は弓を彼女に渡すと、ぎゃあ! と叫ばれた。
「す、凄い魔力を感じます……しかも触れます……」
魔力を固めて宝石を作れたり、花を作れたりする、それと同じ原理なのだが、私が作った以上、魔力が高くて驚くのだろう。
その後ローザや、リテア様も弓を持ってみたが、二人は魔力が感じ取れないので、へぇーくらいにしか感じていない。
「普通、あんなの作るのに一年はかかりますよ……」
「それを一瞬でやっちゃうのがメリさんだよね」
「一年?」
クリアは頷く。彼女の説明だと、魔力というものは固まるのに量も時間もかかるので、特殊な型に魔力を徐々に流し入れるらしい。術で作られた大半のものは、その場で消えてしまうからだ。魔力で消えない物を作るのはそれだけ大変らしい。
「そうなの?」
カルデラを見上げる。カルデラは、少し悩むとそうですね……と一言。なんだその間は。
「兄さんに聞くのは無駄だよ、その弓程は無理だけど、軽く作るくらいなら二日あればできるから、メリさんも兄さんも規格外なんだよ」
「じゃあ、ソフィア様も規格外なのね」
そしてマーベスもである。時間を空けず三回も転移魔法を使ったのだ、充分に規格外である。
とりあえず、私達は解散することになった。リテア様は父様に説明するわといい、ローザは記事のために! とリテア様について行った。クリアを家まで馬車で送り、私達はクロム家に帰る。マーベスは真っ直ぐに部屋に戻った、余程疲れたのだろう、ごめんねマーベス、ありがとう。
私はというと、マーベスを見送ったらカルデラに、お姫様抱っこされ、部屋に連れて行かれている。ベッドに座るとぎゅうっと抱かれる。
「カルデラ痛い」
「……辛かったですよね」
言わずもがな、カルデラが私のことを忘れていた一ヶ月のことを言っているのだろう。
「そりゃ辛かったわよ、カルデラったら、突き放してくれないんだもの」
「私が貴女を突き放すわけないでしょう」
ああいう時は突き放してくれ……。優しくされると逆に苦しいのよ。
「カルデラ」
「はい」
「思い出してくれてありがとう、愛してるわ」
軽く頬にキスをすると、すぐに唇が塞がれる。しばらく酔わされていると、その唇がゆっくりと離された。
「今回はメリに助けられてばかりでしたね」
「助けてなんかないわよ?」
「いいえ、メリが魔力を込めてくれたから、私は完全には貴女を忘れなかったのですよ」
顔に手を添えられ、蕩けるような笑顔をされる。私が込めた魔力って、ネックレスのことよね。
「ストックの花言葉は愛の絆ですからね、愛情を忘れろって方が無理があるかと」
「カルデラ……知ってたの……?」
「えぇ、そりゃもちろん」
いたずらっ子のような笑顔に、私は恥ずかしくて顔を背ける。花言葉を知ってたなんて、知らないんだけど。
私が背けた顔を、カルデラは強制的に正面を向かせる。
「もう忘れたりしませんから」
「また忘れたら、今回の使用人スキルが役立つわね」
カルデラは私を再度きつく抱きしめる。それは、私がそこにいるのを確認するように、抱きとめておくように、包まれる。
「離れなくてありがとうございます、貴女が離れていたら、後悔じゃ済まなかった」
「私は離れないって言ったでしょ」
何があっても側にいる。そう決めている、辛いことがあっても。
それは、これからも今までも変わらない。
三章最終話となります。
明日から三章後日談です。
二章より短かったですね……
後日談ではプロローグに触れます、お楽しみに!




