第八話 【決意】
一ヶ月ぶりに、魔術学園に入る。今日から学生に戻る。それに無性に安心感を覚える。屋敷にいると、どうしてもカルデラの事を考えてしまうし、一緒にいる時間が増えると、辛くなることも増えていく。息抜きが必要だ。
「メリ……あんた、大丈夫?」
「大丈夫ですよリテア様」
昼休み、リテア様と紅茶を飲む。あー、暖かい紅茶って落ち着く。
「嘘ね、あんたの大丈夫程信憑性に欠けるものはないわ」
「そんなぁ……」
「第一そんな辛気臭い顔されたら、誰だって嘘だとわかるわよ、メリは顔に出やすいんだから」
リテア様にはわかりますか……と、私は少し自重気味に笑う。そして、一ヶ月間にあったことを話した。
「ヴァニイの突撃に、デートねぇ……」
「一ヶ月だけでだいぶ精神すり減りました」
「でしょうね、私でも泣くわそんなもん」
泣いたことは言ってませんが……。どうも見透かされているようだ。
私がしゅんとしていると、目の前に数枚の書類が差し出される。その書類を持ってきたのは、リテア様ではなく、ローザだ。
「メリ様、元気だしてくださいませ、これ、リスィ・ティオーに関する書類ですわ」
「ローザ……!」
「リテア様から事情は伺いました、フレグランス家は魔術師ではありませんけど、その情報網舐められたら困りますわ! わたくし、メリ様の為ならばこのくらいしますわよ!」
フレグランス家は、有名な記者の家系だ。この国一番の新聞。アムレート新聞を発行しているのである。王からも贔屓にされている。
「ですから、メリ様が魔術師団副団長になった暁には、わたくしに記事を書かせてくださいね? 国中が否定できないように、賛美を込めて書きますから」
「あ、ありがとう……」
手を取られ、うっとりと言われる。心強い味方ができたと捉えるべきなのだろうが、ちょっと怖い。
ローザが持ってきてくれた資料を見る。その膨大な量に顔が引き攣った。
「ティオー家は闇魔術の家系です、中でも一人娘である、リスィの得意魔術は忘却、忘却の魔術師などとも謳われておりますが、被害者は多く、いつ地下に入れられるかといった感じですわ」
ローザの話だと、気に食わない人に忘却魔法をかけまくっているらしい。しかし、危害は加えてないことから地下入りはしていない。ただし、ここ最近は地下に入れなければと談義されているらしい。
「父様にも確認したけど、最近になって、忘却魔法の威力が上がったらしいわ、昔は数日で解けていたのが、今は解けるのに数年かかるんですって、あくまで自然治癒ならだけど」
「自然治癒以外の方法があるんですか?」
「そうね、自分で無理矢理解除することができるのよ、魔力を弾くってやつ? 忘却魔法とか、相手に効果を与える魔法はね、段々影響を与える魔力が薄まるらしいの、それが自分の魔力を下回れば、弾くことが可能性らしいわよ」
なるほど、私が暴走して、カルデラが張った結界を壊した時みたいなものか。
つまり、今の状態はカルデラよりも影響を与える魔力が上回っていることになる。それがどれだけ凄いことかと考えると身震いが起きる。カルデラは、無属性でしかも魔力が一般より高い。そりゃ、父親であるソフィア様には勝てないが、それは年の功というものだ。魔力は鍛えることができる。使っていけば、体がセーブしていた魔力を引き出す事ができる。増えるわけではないのでそれにも限界はあるが、それを踏まえてもカルデラの魔力は相当だ。
「そんな魔法を、気に食わないからって理由で使えば、地下入りを検討されても仕方ないですね」
「むしろもっと早く入れろって父様には助言した」
「いや、ティオー家にも事情はありますし……」
「メリはね、お人好しが過ぎるのよ!」
リテア様の言葉にローザが頷く。いや、軽く言ってくれますが、地下ってきついのよ。入ったら出れない、暗闇の監獄。あんなとこを知る人は最低限でいい、その最低限枠にリスィが入るのは事実だけど。
「カルデラ様に魔術をかけた時点で、危険人物認定は避けられないでしょう、なんせ魔術師団時期団長ですから、地下だけで済むならいい方なのです」
「メリを泣かせた時点で犯罪者よ、一生後悔して死ぬといいわ」
友人達が恐ろしいんだけど……。
なんだか、二人の話に元気になる自分がいる。自分のために怒ってくれる人がいるっていいことだ。言葉は殺伐としているが、私のことを考えて発言してくれている。
「メリ様、カルデラ様程の魔術師ならば、すぐに解除できます、今はお辛いでしょうが、どうか、早まらないでくださいまし」
「早まるって……」
「処罰は父様に任せておけってことよ、いい? メリ、自分でなんとかしようなんて考えんじゃないわよ、私はメリ以外が魔術師団副団長になるの認めないからね」
それは、リスィを殺すなということか。本当に、友人達には頭が上がらない。言ってないことまで、釘を刺してくる。
昼休みが終わりに近づき、私は二人と別れる。処罰は王に任せておけ……か。確かに、私にできることは今のとこない。魔術師団の関係者で、時期団長となれば、王が黙っていられないのもまた事実。任せるのが一番いいかもしれない。
「あらあら、案外しぶといもので」
「なんでしょうか、リスィ様」
魔術部の廊下。リスィとは教室は違うが、学年は一緒だ出会ってもおかしくはない。
「忘れられても、しがみつのは惨めですわよ」
「カルデラの忘却魔法を解除する気は?」
「あると思いまして?」
まぁ、でしょうね。話し合いの余地なんてないと思ってましたよ。
「私を殺します? そうすれば解除できますわ」
「貴女の処罰は、マギア王に一任しますよ、カルデラに魔術を使ったこと、判断を誤ったようですね」
私の言葉に、リスィはたじろぐことはなく。ただ、ふふっと笑う。
「他人任せなことですわね、それだけ強い魔力をお持ちなのに」
「どうとでもどうぞ」
私が何かして、王の邪魔になるのは避けなければならない。煽りに乗るほど私も馬鹿じゃない。
「あら、随分な余裕、ならば良い事を教えてあげますわ」
「良い事?」
「セヘルは無属性の魔術師ですの、セヘルが常に魔力の補填をしている間は、カルデラ様とて解除不可ですわ」
「んなっ……」
セヘルが無属性の魔術師である可能性は考えていた、しかし、常に魔力の補填をしてるって。
それが意味するのは、カルデラに影響を及ぼしている魔力は、カルデラを下回ることはないということだ。
「ふふ、理解できました? さて、メリ様、明日の放課後、校舎裏でお待ちしておりますよ、殺し合いを致しましょう?」
リスィは隣を通り過ぎる。私は早まる鼓動を落ち着かせるように深呼吸する。彼女は何を考えている? 殺し合いって、正気なのか。私はこの挑戦を受けるべきが流すべきか、結局放課後まで答えは出ずに、帰りの時間を迎える。
リテア様とローザと共に、帰るため校門へ向かう。リスィのことは二人には話さなかった。話したら、危険なことをしかねないからである。二人は魔術師ではない、魔術師であるリスィには勝てない。校門に付くと、いつかのように騒がしいことに気づいた、女子生徒が集まっている。
「何かあったようですね」
「なーんか、見覚えある光景」
ローザの言葉が、さらに重なり、デジャヴとなる。私は、女子が集まってない場所を掻い潜り、原因の場所へと行くと、それはいた。
「カルデラ様」
「あぁ、メリさん、授業は終わったようですね」
カルデラは私に気づくと、引き寄せ抱きしめる。そして迎えに来ましたと一言。
「その方がカルデラ様ですわね!」
ローザと苦笑いのリテア様が来る。きっと私が浮かない顔してるんだろうな。
「カルデラ様、こちら、ローザ・フレグランス様です、学園の友人です」
「ローザ・フレグランスです、カルデラ様、メリ様にはいつもお世話になっております、それはもう! 凄く! 眼福ですわ!」
「落ち着きなさいローザ」
リテア様が止めに入ったことにより、ローザが落ち着く。クリアといい、ローザといい、このいきなりの暴走なんとかならないのかな。
「カルデラ・クロムです、フレグランス家と言えば、アムレート新聞を発行している家系ですね、いつも拝見しております」
「それは光栄です、今後ともご贔屓の程、よろしくお願い致します」
二人は互いに一礼する。ガレイの時のようにらならないのでほっと胸を撫で下ろす。リテア様は観察するようにカルデラを見ていたが、はぁとため息をついて、私を見た。
「まだダメそうね」
「あはは」
記憶は戻っていない、その確認をしていたのだろう。私は声をかけられた時点でわかっていたし、リスィとの会話もあるから、確認なんてしないけど。
ローザとリテア様にまた明日ねと手を振る。二人も手を振ってくれたが、どこか浮かない顔だ、リテア様に関しては、カルデラを睨んでいる。どうして思い出さないんだと言わんばかりに。リテア様、カルデラにそんな顔を向けれるようになったんなて、成長しまたね。
屋敷に戻り、使用人服に着替えると、仕事を開始する。と言っても、他の使用人達があらかたやってくれているので、マーベスとカルデラの配膳くらいだけど。
「メリさん、いつの間にフレグランス家なんかとパイプ持ったの……」
「ローザのことですね、リテア様からの紹介です」
当たり前だが、マーベスにも敬語を使うようにしている。学園で会った時は流石にいつも通りだけど。今日のことをチラリと話し、マーベスは明日の準備があるからと、自室に戻る。私は食器を片付けて、洗い物を始めた。
「メリさん」
「カルデラ様、キッチンにいらっしゃるとは珍しいですね」
私は一旦手を止め、手をタオルで拭くと、カルデラの前に立つ。
呼ばれた時はこうすると、ティアラに口うるさく言われたのだ。
「洗い物はもうすぐ終わりますか?」
「はい、なにか追加ですか?」
「そうではなくてですね……」
カルデラが言い淀むとは珍しい、基本素直に伝えてくるのに。
「今日、一緒に寝ないかなと」
「はい?」
「あ、嫌であれば大丈夫です」
私は絶句した。いや、カルデラとの添い寝は初めてではない、緊張したりはしないが。記憶ないのよね? 実は嘘でしたとかではないわよね。
「すみません、忘れてください」
「……わ、私は大丈夫ですよ」
離れようとするカルデラの袖を掴む。これが、私自身を苦しめるのはわかっている。わかっていても、止められないものがある。私だってカルデラに触れたい、許されるならば、一緒に寝たい。
「ありがとうございます」
カルデラは、私を抱き寄せると、少し強めに力を込める。そして、体を離し、それはそれは嬉しそうに笑うと、待ってますねと言う。カルデラを見送り、私は手早く洗い物を済ませると、一回自室へ戻り、シャワーを浴び、寝巻きに着替える。
そして、カルデラの部屋の前に立つ。深呼吸一つ、その扉を三回ノックする。緊張しないと思っていたが、物凄く緊張する。初めて添い寝した時より緊張している。いや、初めての時は酒飲んで寝てたから、緊張も何もないが。
「どうぞ」
「失礼しま……ひぇっ!」
扉を開けて挨拶する間もなく、カルデラは私を抱き寄せた。そのままベッドに横になる。動きが早すぎて、わけがわからない。
「メリさんからは、甘い匂いがしますね」
「甘い匂いですか?」
「はい、甘ったるいくらいです、嫌いじゃないですけど」
カルデラの顔が、耳のそばにある。どうやら、髪に埋めているようだ、吐息がかかり、無駄にドキドキする。
右手にある指輪をぎゅっと握る。落ち着け、落ち着くんだ私。これが初めてではないだろう。
「メリさん」
「どうかしました……んっ……」
カルデラの方を向くと、唇が重ねられる。そのままま、舌を絡めると、カルデラの手がおしり辺りにあるのを感じる。その手は私をなぞるように動かされる。その動作に感じるなって方が無理で、逃げるように動こうとするが、それを許すカルデラではない。
「……拒絶しないんですね」
唇を離し、その手を止める。私は、カルデラにしがみつく。拒絶できるわけないじゃない、馬鹿じゃないの。
「そんなに無防備だと襲われますよ?」
「……私がカルデラ以外に体を許すわけないでしょ、あんたの婚約者なんだから」
言ってからハッとする。やばい、私は何を言ってるんだ。カルデラを見ると目を丸くしている。
「あ、ちが、その、今のは違くて」
「メリ」
強く、痛いくらいに抱きしめられる。その声は、体は震えている。私は、何も言わずにその体を抱きしめ返す。
「マーベスから、初日に聞いていたんです、私が忘れているのは貴女との記憶だと、思い出しますから、必ず」
「無理はしなくていいのよ」
「いいえ、これ以上貴女を悲しませるのは嫌です、私が耐えられませんから」
カルデラが、私を忘れていることを怖がっている。思い出せないことを悔やんでいる。
私は決心を固めた。リスィの殺し合いを受ける決心を。




