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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【三章 忘却の魔術師と消えない想い】
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第六話 【甘い悪夢】

 もうすぐ、休み期間が終わる。結局良い忘却魔法の解除方法は見つかっていない。もはや、最終手段の方が一番良いのではないかと思い始めていた。簡単というか、それ以外にないのではないだろうか。

「説得できる雰囲気じゃないものね」

話し合いで解決できるなら、元から忘却魔法など使っていないのだ。話し合いをする気がないから、強硬手段に出ている。一応話し合いはしてみようと思っているが、期待はしていない。

「あ、食堂にいたんですね」

「カルデラ様、御用でしょうか?」

食堂の生け花を変えていた私に、カルデラは上機嫌に話しかけてくる。なんかあったのかな。

「メリさん、もうすぐ学園に戻るんですよね?」

「はい、カルデラ様も良くなりましたから」

「では、その前に街へ出かけませんか?」

「え……?」

本来なら願ってもない申し入れだった。しかし、私は戸惑う。何を考えてカルデラは、私を街に連れて行こうとしているのだ。

「嫌……ですか?」

「い、いえ! そんなことはないです!」

寂しそうな顔をされて、つい承諾してしまう。だって、承諾した瞬間嬉しそうに笑うのだもの。私が断れるわけないじゃない。

 久しぶりに、使用人の狂気を見る。ティアラがニッコニコだ。

「やっぱり、お嬢様はこっちでないと!」

「ティアラ、呼び方」

「二人っきりなんだからいいじゃないですかー」

今回のコーデは、無地の白いワンピースで、スカート部分には先端にレースが付いており、シンプルだが、可愛くなっている。その上から、黒いカーディガンを羽織る。髪はお決まりのハーフアップ。化粧は薄化粧のみで、街に行くため、全体的に控えめで、落ち着いた雰囲気となる。

「では、行ってらっしゃいませお嬢様、初めてのデートなんですから、ちゃんと楽しんでくださいよ?」

「ありがとう、ティアラ」

ティアラは私に楽しむ余裕が無いのを知っている。それでも言った言葉には、私を励ます意味が篭っていたのだろう。本当に良い人達に恵まれたものだ。

 ロビーに行くとカルデラが待っていた。いつものローブではなく。白いシャツに黒いステンカラーコート、暗めの灰色のスラックスと、完全なる私服である。初めて見た私服姿に固まった。あぁ、なんでもう、こんなにかっこいいのよ。

「準備はできたようですね」

カルデラは私の手を取る。私はカルデラを直視できず、なるべく視界に入れないよう歩く。そのまま馬車に乗り込むと、外に目線を向けた。

「カルデラ様って、私服はだいぶ庶民的なんですね」

ちょっと気になった事を聞いてみる。クロム家は王族だ、貴族服でもいいはずである。

「あぁ、貴族服だと目立ちますからね、何より動きにくくて邪魔なので」

まぁ、そんなことだろうと思っていたよ。普段の食生活からして、下手したら庶民の方が豪華なんじゃないかと思ったりするくらいだもの。

 夏の風景は自然豊かなもので、窓から見る景色も青々としている。こういう自然を見ると少し落ち着く。馬車が街に着くと、カルデラは、御者に夕刻には戻りますと告げる。

「では、参りましょうかメリさん」

手を捕まれる。捕まれるというか、繋がれる。それが、カルデラにはらしくもなく恋人繋ぎで、私はただ必死に彼の後ろについて行く。

 甘い夢かと思った。前に一人で街に来た時に、カルデラと一緒に来れたらなと考えたのを思い出す。あの時は夏の終わりで、今日みたいに暑くはなかったが、今日と同じく晴れていた。そして、今、目の前には、カルデラがいて、上機嫌に歩いている。けれど、これで記憶があればなと、私のことを、メリと呼び捨てにしてくれたらなと、思わずにはいられなかった。繋いでいた手に力を込める。すると、カルデラはチラリと私を見て、優しく笑うと、握り返してくる。優しくしないでくれと思う自分がいた。突き放してくれたら、こんなに苦しくないのに。甘くされたら、優しくされたら、欲が出てしまう。カルデラの胸元をみると、しっかりと、私が贈ったネックレスも付けている。

 本当になんで記憶がないのよ。こんなにも好きで、愛しているのに、それを伝えることは今の私には許されていない。今の私は婚約者ではなく、あくまでも使用人なのだ。主従の関係である。これが、本当に夢だったら、むしろ良かったのに。現実なんだから、悪夢と言わざるおえない。

「あ、あの、カルデラ様、どこに行かれるんですか?」

浮かれたようで、沈むような、微妙な気持ちを払拭するために、話しかける。

「そうですね、メリさんどこか気になる場所はありますか?」

「わ、私ですか?」

メリさん呼びが、逆に救いだった。悲しくはあるが、浮き足立つ気持ちを、スっと現実に戻してくれるから。

 深呼吸して、周りを見る。気になる場所……私は前に見た食堂を思い出す。

「あそこなんてどうでしょう?」

ピンク色の外観が、初めて見て驚いたのだ。あと、机に設置された日傘も。

「わかりました、行きましょう」

そう言って、店に入る。店の中はガーリーな雰囲気で、とても可愛らしく飾り付けしてあった。軽食やスイーツを扱っている店のようだ。

「何食べますか?」

「えーっと……」

私は戸惑う。カルデラは、何か目的があって、街に来たのだと思っていた。でも、今の感じは目的などないように感じる。これでは本当にデートではないか。

「じゃあ、すとろべりーぱふぇで……」

「わかりました、紅茶も一緒に頼みましょうか、メリさん、席取りお願いできますか?」

「かしこまりました」

私は店の外に出ると、空いてるテーブルに座る。そして深い深いため息を吐く。

「ほんとに、なんで記憶ないかなぁ……」

泣きそうになるのを必死で押える。多少の甘さなら、まだ許容範囲だった、そもそも屋敷内であれば、仕事を理由に逃げることができた。それは、外では無理だ。カルデラと二人っきりだし、逃げることはまずできない、というか、カルデラは本当に何を考えているのだろう。普段から読めない彼の思考が、さらに読めなくなる。

 二人で過ごしてきた、三年間の記憶は彼にはない、これは事実だ。しかし、甘さがあるのも事実なのである。

「愛情は忘れてないのかしら」

だとしたら、悪夢なんてもんじゃない。地獄のようなものだ。仮に愛情を忘れていないなら、私に対する甘さは、普段通りということになる。いや、この感じ普段より甘い気がする。一緒にいれる時間が増えたのも関係しているのかもしれないが、私としては、気持ちを抑えなければいけないのだ。愛情って、無理に押さえ込もうとすると、逆に溢れそうになるものだと痛感する。それに、私は今カルデラに対して、敬語で接している。いつものように、軽口を叩ければ、まだ流せるのに、そうにもいかない。

 一人になると、それはそれで無駄なことを考えてしまう。

「そこの綺麗なお嬢さん」

「……なんですか」

いきなり、見知らぬ男性の話かけられ、私は睨むように見る。八つ当たりだとわかってはいるが、今、他人に構っている余裕はない。

「そんな怖い顔しないでください、一緒にランチはどうでしょう?」

「連れがいますので、お断りします」

「そう言わずに」

なんだこいつ。苛立っているのもあるが、単純に気持ち悪い。ガレイに言い寄られた時も憂鬱だったなと思う。私、言い寄られるの苦手なのね。

「お引き取りください」

「しかし」

「私の連れに、何か御用でしょうか」

ヒヤリと、冷たい声がする。その声に、話しかけられた男性はヒィっと声を上げた。私もちょっと引く。だって、カルデラの顔が怖いから。睨まれた男性は逃げるようにその場を後にする、カルデラは、それを冷ややかな目で見た。

「あの、ありがとうございます、すみません」

「いえ、メリさんが謝ることではありませんよ、謝るのはむしろ私です、可愛い女性を一人にするのは危ないですね、もう離れませんから安心してください」

頼んでくれた、ストロベリーパフェと紅茶を私の前に置く。カルデラは、チョコレートケーキと紅茶を頼んだらしい。甘いものは食べると言っていたし、おかしくはない。

「メリさん、どうぞ」

そう言って、カルデラは、ケーキが乗ったフォークを私に突き出す。これは……食べろってことですか、カルデラさん。

「あの……?」

私の困惑顔に、カルデラはただ蕩けるように笑う。その笑顔は反則よ。

 私は意を決して、そのケーキを食べる。正直味を感じている余裕なんてない。

「美味しいですか?」

「は、はい」

まるで恋人同士のやり取りに、なんとも言えくなる。本来であればこのやり取りは正常だし。バレンタインデーの時は、私がカルデラに食べさせたのだから、問題はない。状況が全てを台無しにしてくれているだけで。カルデラを見ると、私のバフェを見ていた。これは……私もやれってことだな。

「ど、どうぞ、カルデラ様」

半ばヤケになって、私はパフェをスプーンですくい、カルデラに差し出す。カルデラは満足そうに、パフェを口に運んだ。その動作に妙な色気があり、私は目線を逸らす。

 その後は雑貨屋を見たりして、最後にエルミニル紅茶館でマリア様から頼まれた紅茶を受け取った。夫妻はいなかった。正直それが一番安堵した。二人がいたら、私が婚約者であることが、カルデラにバレるからである。

 そうして帰宅して、すぐに私は自室へ入った。そして、お風呂にも入らず、着替えもせず、ベッドに横になる。

「疲れた……」

精神がだいぶ磨り減った。初めてのデートがこれでいいのかってくらいである。

「辛いな、この生活」

忘れられていること、それが常に頭にあって、好きであればある程、愛しいと思うほど、その現実が、私の首を絞めるのだ。

 右手を天井に向ける。そこには婚約指輪があって、左手に戻る日を待っている。

「ねぇ、カルデラ、貴方は何を考えているの?」

私が婚約者だって知らずに、全ての行動を行っている。使用人だとわかっていて、その愛情を私に向ける。

「……私は寂しいわよ、貴方が呼び捨てで呼んでくれないことも、覚えていないことも」

もう、限界だった。両親から愛情を貰えなかった時はただ、諦めていたけれど。カルデラからは、愛情があるからこそ、苦しいのだ。

 クッションをきつく抱く。そこに顔を埋めると、声を殺して泣いた。泣けば幾分かスッキリすると思ったからだ。ただ、それは甘い考えで、泣いたら逆に悲しくなるだけだった。私は腫れた目を擦り、そっと外に出る。中庭には、涼しい風が吹いていて、頭を冷やすには丁度良かった。

「満月か……」

空を見ると、嫌なくらいに月は綺麗に輝いている。私ってば、満月が好きなのね。ごろんと、芝生の上に寝転ぶ、長い髪が、涙によって顔に引っ付くが、気にしないでぼーっとする。

 カルデラの記憶を戻さなければいけない、でなくば、私の方が持たない。でもどうする? 話し合いに、リスィが応じてくれるだろうか。カルデラの記憶を戻したくば、婚約者の座を譲るのね! くらいは言われそう、それは勿論却下だ。ならば殺す? でも殺してしまったあと、それがバレたらどうするの? 幾度となく繰り返した自問自答、いい答えは浮かんでこない。

「とりあえずリテア様に会うかな」

リテア様には、リスィとセヘルの様子見を頼んである。まずは、その報告を聞こう。方向性を決めるのは、それからでも悪くない。

 私は勢い良く立ち上がると、自室へ戻り、寝巻きに着替え、眠りに着いた。

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