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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【一章 満月の誓い】
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第三話 【クロム家の屋敷】

 お姫様抱っこされたまま、馬車に入れられる。途中、姉様がギョッとした顔をしたが、カルデラは構わず外に出た。私は抵抗もできず、されるがままになる選択をした。十年ぶりの外は眩しいくらいに明るく、目が痛い。

 馬車に乗り込むと、向かい合うように座った。ここに来るまで物が壊れたりはしなかったし、人が傷つくこともなかった。カルデラは私に何をしたのだろうか。

「そんな訝しげな顔をしないでください、貴女がいた部屋と同じ仕組みですよ」

「同じ?」

えぇと頷き、私の周りに魔力を弾く結界を張ったと言われる。簡単に言ったが、それはつまり移動式結界を張ったということ、それがどれだけ難しいことか、さすがの私でもわかる。

 結界だけではない、魔術とは、その場で使うものだ、基本的には持続するものでもないし、ましてや人と一緒に移動するなんて、どれだけの魔力を消費するのか。考えただけでも目眩がしそうだ。さすがクロム家の者である。天才ってこういう人のことを言うのか。

「それで……あの、なぜ貴方は私を外に?」

「あぁ、それはですね、メリさんをクロム家に連れて行こうと思いまして、サリサ嬢にも許可は頂きましたよ」

はい? 私がクロム家に? 待て待て待て待てクロム家って王族だぞ、王族が一介の貴族の令嬢になんの用なんだ、しかも人を傷つけるような、魔術師にもなれない半端な女だぞ。危険人物なんだぞ。目の前の男の考えが全く読めない。ただわかるのは、とても変わった人だということだけだ。

 そうこうしている内に、馬車は止まった。カルデラが手を差し出す。

「ゆっくり下りてくださいね」

長く歩くことすら久しぶりで、おぼつかないから気を遣わせてしまったらしい。罪悪感を覚えながらその手を取り、下りると、兄さん! と明るい声がした。声の主を見るとカルデラと同じく、金色の綺麗な髪に、やはり深海のように青い瞳をしていた。違うと言えば、彼は髪がストレートで瞳が少しだけ明るい気がする。

「マーベス、ただいま帰りました」

「おかえり兄さん、彼女がメリさん?」

カルデラは頷くと、私の方を見る。どうやらカルデラの弟君らしい。

「メリ・カンボワーズです」

十年前の礼儀作法の教育を思い出しつつ、一礼する。あっているかはわからない。仕方ないじゃない、人に会うことすら久しぶりなのだから。

「マーベス・クロムだよ、僕は次男ね、カルデラ兄さんの弟」

さっと左手を差し出される。私は握手しようか躊躇していると、大丈夫ですよとカルデラに言われ、おずおずと右手を差し出す。すると、パッと素早くその手が握られた。

「よろしくね、メリさん!」

「よ、よろしくお願いします」

どうもこの兄弟は強引なようだ。

 マーベスへの挨拶が済むと、準備は出来てますか? とカルデラとマーベスは何かを確認している。私はそれをただ眺めていたが、クルッとこっちに視線が向く、驚いて肩が跳ねた。

「まずは、部屋に案内しますね」

「部屋?」

「はい、貴女の部屋です」

さぞ当たり前のように言われ、私は空いた口が塞がらない。私の……部屋……? もしかして私は今日からこの屋敷に住むの? なんで? いやそもそも部屋なんかあてがわれても困るんですけど、ろくに使えないんですけど。

 私の困惑虚しく、カルデラに手を握られ、マーベスには背中を押されて屋敷の中に入れられる。この兄弟チームワークいいな。

 屋敷の二階。広い中庭が一望できる場所に、私の部屋はあった。中は貴族の部屋! といった感じの広々としており、ベッドも一人で寝るには明らかに大きいし、ベッドカーテンが付いている。無駄に豪華だ。使わないだろうにきちんとドレッサーもあり、綺麗な金色の装飾が施された白縁の鏡が壁にかかっている。私には分からないが高そうな絵もあった。全体的にピンクが基調となっており、可愛らしい、女の子の部屋である。

「可愛いでしょ! 頑張ったんだからね」

マーベスが誇らしげにするが、頑張らなくていいんですけど、どうせ無駄なんだから。

「ふむ、さすがマーベスです、完璧ですね」

「僕だけの力じゃないよ、ちゃんと使用人達にも感謝してよね!」

わかってますよと優しく笑い、マーベスの頭を満足そうに撫でるカルデラを見て、私はもう何も言わないことに決めた。結果がどうなるにしても、今この人達が満足しているならいいか。

「ね、メリさん気に入ってくれた?」

「えーっと、ありがとうございます」

精一杯の笑顔を作る。マーベスの年齢はまだ十代だろうと推測される。この歳の子を悲しませるわけにはいかないので、受け入れておこう。

 部屋を見た後は、広い屋敷内をある程度案内してもらった。二階は大体が使用人の部屋だったが、一階にはキッチンや食堂がある。ついでに三階には、カルデラやマーベス、それから二人の両親の部屋があるらしい。ついでに両親には私が来ることは伝え済みだそうだ、この準備の良さ、どうやら最初から私を連れ出す気だったようだ。私なんか連れ出して何がしたいのか全く分からない。

「これで全て説明は終了です」

「ありがとうございます、あの、私はなぜこの屋敷に?」

人を傷つける魔術師は、閉じ込めるのが一般だし、それはクロム家だって同じことのはずだ。私を屋敷に入れるメリットはない。

「なぜ? 説明してませんでしたっけ?」

「はい全く」

少し悩む素振りをして、二人は目を合わせると、マーベスがいいんじゃない? と返す。するとカルデラは私に椅子に座るように促した。

「立って話を聞くのも疲れるでしょう、座ってください」

その言葉に頷いて座る。今のとこ結界はきちんと機能しているようで、椅子を触っても壊れる気配はない。

 私が座るのを見て、目の前に二人が座る。そしてカルデラが口を開いた。

「私はですね、魔力の研究をしています」

「魔力の?」

「はい、クロム家は無属性の魔術師の家系です、様々な魔術を通し、魔力を解明する、それが私の夢なのです」

壮大な夢だなぁと他人事のように聞く。実際私には他人事だ。魔力なんて苦しめられているだけだから、解明しようなど思ったこともない。無くなればいいのにとさえ思う。

「しかし、私一人の力では限界があります、そこで貴女ですよ、メリさん」

「へ?」

他人事だった話に急に私が入り込んだ。まるで迷子の子猫の気分になる。なぜそこで私が出てくるのだ。

「貴女は稀有です、その魔力の高さは誇っていい、魔力が常に体から漏れているなんて珍しいを超えて初めてですよ」

「はぁ……」

嬉々として語られ、反応に困る。そんな嬉しそうにされても、私は嬉しくないし、誇っていいと言われても誇れない。誇れるわけがない。

「私はですね、貴女に可能性を見出しました、その魔力がコントロールできれば、貴女は素晴らしい魔術師になることでしょう、なにより、魔力というエネルギーの解明に打って付けです、だって貴女は魔力を魔法に変えず、術にもしていない、魔力そのものの力を使えているんですから、仮にコントロールできるようになったら、どのような効果が生み出されるのか、私は楽しみです」

ニッコニコで言われて私は黙った。この人もしかして私を実験動物かなんかだと思ってる? 人として扱う気なくない? いや、人として扱われた経験なんて幼少の頃くらいだけれど。

「今はまだコントロールの方法はわかりませんが、絶対あります、なので一緒に見つけましょう、ね?」

「……私に拒否権は?」

「ないです」

即答。カルデラ・クロムという男は相当変人のようだ。この屋敷に来た時点で私には意見する権利はないらしい、まぁいいけど。

 屋敷に連れてこられた理由もわかったところで、今日は疲れただろうからと、部屋に戻される。改めて見る部屋はやはり無駄に豪華で、溜め息が出る。どうせ壊してしまうのにこんな部屋に連れてこられてもなぁと暗い気持ちになる。

 昔、まだ私がそこまで物を壊していなかった時、ここまで豪華ではないが、可愛い子供部屋をあてがわれた事があった。しかし、次の日には部屋中の家具に傷が付いていた。特にベッドは触るから傷が多く、すぐに使い物にならなくなった。それを見た両親の顔は忘れない。まるで化け物を見る目だった、いや化け物だと思っていたことだろう。その記憶があるので、家具に触るのが怖い。今はまだカルデラも珍しい実験体が来たと、可愛らしい考えでいることだろうが、すぐに後悔するだろうなと考える。あの部屋は見ているが、もう既に壊れた残骸しかなかった、それだけでも衝撃はあるだろうが、実際私が壊す場面を見たわけじゃない。一夜にして部屋が酷い惨状になれば、さすがのあいつでも実験どころではないだろう。

「そしたら、帰してくれるかな」

閉じこもっていた部屋を思い出す。決して良い環境ではなかったが、少なくとも安息の地だった。壊しても問題なく、人と関わる訳でもない、私にとってあの部屋が全てで、あの部屋だから安心できたのだ。怯える必要がないというのはなんて良いのだろうと、今だからこそ感じられる。

 物は勿体ないが、どうせ明日には部屋に帰れるだろう。そう思いベッドに横たわる。ふわっふわの布団は初めての感覚で少しむず痒い。しかし、その温かさと気持ちよさにすぐに夢の中へと誘われた。

 次の日、陽の光で私は起き上がる。そして、驚愕することとなった。

「……昨日と全く変わらないんだけど」

部屋の見た目が全く変わらない、家具の隅々まで見たが、傷一つない。何度も確認したが、新品同様である。普段なら割れて使い物にならない鏡も、普通に私が映る。初めてちゃんと見る自分は随分と痩せていて、普段から食事をとっていないことが一目瞭然である。

「嘘でしょ……」

自分のあまりにも醜い姿にも驚いたが、それよりも、物を壊していないことが衝撃すぎる。カルデラが張った結界のおかげなんだろうけど、移動式結界が、こんなに持続するのだろうか。

「クロム家、舐めちゃいけないわね」

こんな小娘に対して、全て万全の策を作り上げている。その手際の良さと、才能の無駄遣いには呆れすら覚えた。

 私がしばらく頭を抱えていると、軽いノック音がして、入ってきたのは何やら紙袋を持ったカルデラであった。

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「カルデラ卿おはようございます、えぇ、ベッドで寝たのなんて久しく、よく眠れましたわ」

動揺を見せないよう、作り笑いを浮かべる。今の私でどの程度作れているかなんて分からない、笑うことすら久しぶりなのだから。

「そんなにかしこまらなくていいですよ、昨日みたいに軽口でどうぞ、あと私のことはカルデラと呼んでください」

「あらそう、じゃ、そうさせてもらうわ」

その返事に頷くと、私に紙袋を渡してくる。あまりに自然な動作だったので、何も考えず受け取ってしまったが、コレなんだ。

 中身を見ると衣類が入っていた。どれも若者に人気があるのだろう、ブランド品が並んでいる。

「えーっと?」

「着替えです、趣味趣向がわからないので、色々用意しました、着替えたら部屋の外に来てください、待ってますので」

着替え? と聞き返す前に、カルデラは部屋から出て行ってしまった。一方的に言っていきやがった……。私はとりあえず紙袋から衣類を取り出すと、どれも可愛らしく清楚なものだが、正直私にだって自分の趣味趣向なんてわからない。

「昔ってどんな格好してたかな」

今の格好はボロ布である。とてもみすぼらしい格好なのは理解しているが、衣類でさえ破壊の対象であったため、豪華なものなど着る気も起きなかった。それでもカンボワーズ家の令嬢、幼少はそれなりのドレスを着ていたはずである、覚えはないけれど。

「とりあえず、豪華すぎないものにしよう」

白と黒でまとめれば無難かな、そう思い白いフレアスカートのワンピースに、黒い上着を羽織る、両方無地だ。

 足腰に上手く力が入らず、着るのに少し時間がかかってしまい、遅めに部屋の外に出ると、先程言っていたようにカルデラが待っていた。いないと思ったのに。

「随分とシンプルにまとめましたね」

「いいでしょ別に、私に豪華な服なんて合わないわよ」

そうですか、と残念そうに言われたが、本心だ。令嬢らしく振舞えと言われても、教育だってちゃんと受けていない。あの部屋に入ったのは十二歳だ、それから全く人に会っていないのだから、振舞いは平民……いや、それ以下だろう。ドレスを着ても中身が釣り合わない。

「まぁいいでしょう、さて朝食の準備ができました、共に参りましょう」

手を出される。多分、手を取れと言いたいのだろうが、私はそれを無視して横を通り過ぎる。確かに部屋は無事だったが、まだ人に触れるのは怖い。

「昨日案内してくれたんだから、一人でも行けるわよ」

「男性の行為は素直に受け入れた方がいいですよ」

パシッと手を握られ、引っ張られる。どうしてもエスコートしたいらしい。

 普通なら、こんな端正な見た目の男性に、手を握られたら、ドキドキするものなのだろうけど、私は憂鬱でしかなかった。いつまた破壊が始まるかわからない、そんな状況で他者に構う余裕など今の私には無いのだ。

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