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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【三章 忘却の魔術師と消えない想い】
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第五話 【使用人としての生活】

 使用人となって、五日経った。覚えることは存外多く、ティアラに叱られつつ過ごしている。カルデラは、次の日にはすっかり良くなった。熱は下がり、普通に動けている。脅威の回復力……と驚いたが、忘却魔法の副作用だと考えれば、そんなものなのかもしれない。

 この仕事をやっていて一番楽しいのは、洗濯である。各部屋から洗濯物を預かり、洗濯機を回して、時間になったら外に干す。天気だと気分が晴れやかになる。何より、カルデラの趣味がよくわかる。

「普段ローブで、服とかあんまり見なかったのよね」

私の格好をシンプルだと言っていたが、カルデラも白や黒が多い。特にシャツの枚数が多く、普段ローブの下にシャツを着ているんだなぁと思う。寝巻き姿は見ているのだが、普段の服装ってあまり気にしてなかった。まぁ、邪魔じゃないとか、動きやすいとか、他を選ぶのが手間とかそんな理由なんだろうけど。

 学園を休むのは一ヶ月だ、それ以上は許してもらえなかった、一応学生だしね。一ヶ月の間にカルデラの記憶が戻らなければ、そのまま使用人として働きつつ、学園に通う。忘却魔法は無理矢理解除できない、自然に解除されるか、何かのきっかけで解除されない限り戻りはしない。

「やっぱり、リスィをなんとかしなきゃよね」

このまま、忘れた状態にするわけにはいかない。ここ最近はなりを潜めているが、ティガシオンも解決していないし、魔術師団の引き継ぎにだって影響している。私との記憶はそんなに重要じゃないにしても、ほかの事は停滞したままだ。

「いや、忘れられてるのも寂しいけど」

カルデラに、さん付けで呼ばれる度に、寂しさを感じる。使用人と主人、その距離が遠いのはわかっていたが、あれだけ距離が近かったのだ、今更この遠さに慣れるのには、辛さがあった。

 私は振り切るように、干した洗濯物をパンパンと叩く。うん、綺麗。

「メリさん」

私の視界に腕が映ったと思ったら、抱き寄せられる。

「カルデラ様?」

様付けはだいぶ慣れた。三日目くらいまでは、呼び捨てで呼びそうになって焦ったものだが、五日も経てば自然に出るものだ。

「あの、離して頂けませんか?」

「嫌です」

強く抱きしめられる。今までこんなことがなかったので固まる。一瞬記憶が戻ったのかと思ったが、声をかけられた時が、さん付けなのでそれはないなと考える。

「仕事ができないのですが……」

「あらかた終わっているでしょう? 仕事には慣れたようですね」

「はい、ティアラの教え方が良いので」

「……そうですか」

不貞腐れたように言われた。何事なのか。そもそも、なぜ私は抱きしめられているのか。

 そういえば、出会った当初も、よく抱きしめられてたなと思い出す。実験動物扱いのくせに、私が暗い顔をする度に、安心させるように抱きしめてくれてたっけ。

「私、そんな暗い顔してました?」

「そうですね、何か振り切るようではありましたよ」

よく観察しておいでで、というか見られていたのか。恥ずかしさともどかしさで、顔が赤くなるのがわかる。カルデラに見られないように、俯く。

「ふふ、メリさんは素直ですね」

なにか愛しいものを触るように、優しく髪を撫でられる。色々と誤解するからやめてほしい、記憶が無いはずなのに、その動作は甘く、私は気持ちを抑えるのがやっとなのだ。早まる鼓動を感じながら、つい、カルデラの甘さに身を委ねる。そこにティアラの視線を感じ、ハッと我に返った。

「カルデラ様、あまりサボるとティアラに怒られます」

「……仕方ありませんね」

ようやっと解放される。ふぅと息を吐き、私は洗濯物を干す作業を再開する。

 この日から何かとカルデラは私に甘くなった。甘くなったというか、一緒にいるようになった。食器を片付ける時には、手伝いますよと言って、断っても、無理矢理手伝ってくる。しかもそれがわかりやすく上機嫌なものだから、私も流されてしまう。

「カルデラ何考えてんだろ」

私をからかって忘れたフリをしているのでは? と疑いたくなる程、カルデラの甘さに拍車がかかっている。これでキスなんかされたらいつも通りだ。それでも、メリさんと呼ばれる度に、あぁ、忘れてるんだなぁと思い知らされる。むしろ、そう呼んでくれているお陰で現実に戻れるし、気持ちを抑えられているとも言える。

 洗濯物を入れたカゴを持ちながら、門の前を通る。今日も良い天気だ。

「よぉ、婚約者さん、なんでそんな格好してんだ?」

私はその場で止まった、そしてゆっくり、門を見る。そこには笑顔で手を振っている男性がいた。私はにっこり微笑んで挨拶を返す。

「御機嫌ようヴァニイ様」

門の向こう、ヴァニイ・オルガン。その人が立っていた。

「うわぁ、カルデラ以上の警戒心、ガレイの奴なんか言いやがったな」

「えぇ、色々話してくれましたよ、私は獲物だそうですね」

「……なるほど、警戒するわけだ、んじゃ無礼講でいいな」

ヴァニイは声が低くなる。私は分かりやすく身構えた。今私がティガシオン家と関わるのはダメだ、カルデラの記憶がない以上、面倒なことになる。しかし、私の警戒に反して、ヴァニイは笑いだした。

「はっはっは、面白い嬢ちゃんだよなぁ!」

「はい?」

「いやいや、俺はなんもしねぇよ、嬢ちゃんに手を出したら俺がリーダーに殺されちまう」

「リーダーとは、ディウム・ティガシオン様ですね?」

ヴァニイは頷いた。疑問が確信に変わる。私は監視されているわけだ、機会を伺っていると言ってもいいだろう。

「で、なんで使用人の服なんて着てるんだ?」

「貴方に話す必要はないかと」

カルデラの記憶がないと知られたら、その隙に私を連れていこうとなるかもしれない。

 最大限の警戒をしつつ、睨みをきかせる。今、面倒事を増やすわけにはいかない。

「んじゃ、質問を変えるか、どうも忘却魔法の気配がする、嬢ちゃんが使用人を演じてんのはそのせいかい?」

鋭いな……。流石カルデラの友人である。私が押し黙ったのをYESと捉えたのだろう、しばらく、屋敷を見て、口を開く。

「忘却魔法の一番簡単な解除方法はな、術者を殺すことだ」

「殺す?」

「おう、忘却魔法なんか使う奴だぜ? 解除してくださいって言って解除してくれるわきゃないだろ? だったら殺しちまえばいい、魔法ってのは術者がいなきゃ成り立たないのよ」

その囁きは悪魔の囁きだった。極論ではあるが、正論である。リスィに解除を頼んだところで無駄だろう。だったら、暗殺でもなんでも、殺した方が確実なのは事実である。

 しかし、その手段を使うわけにはいかない。最終手段としてはアリだが、魔術師が罪のない人を殺せば、地下へ入るのだ。

「嬢ちゃんは、素直だな」

「顔に出やすくて悪かったですね」

「違ぇよ、あのな、犯罪ってのはバレなきゃいいのさ、素直に言っちまうから地下なんかに入れられんだよ」

はい? 本気で言ってんの? 犯罪がバレないと? 私があまりにもアホな顔をしていたのだろう、ヴァニイは面白そうに笑う。

「ほんっとに、面白い嬢ちゃんだな、カルデラがリーダーに渡したくないのも、わからなんでもない」

「貴方が変な事を言うからでしょう?」

「なーんも変じゃねぇよ、俺達には普通さ、カルデラに聞いてみるといぜ? ま、あいつが喋ってくれるかは知ら……」

喋っていたヴァニイの顔が青ざめる。私は、その理由がわからず、見つめていたが、体を抱き寄せられ、すぐに理解した。

「ヴァニイ、何、余計なことを言おうとしているのです?」

「お前が隠してんのが悪いんじゃね?」

二人は睨み合う。カルデラは、私を抱く腕に力を込めた。まるで、渡さないと言っているようで……なんでこんなに大事にしようとするのよと、苛立ちを覚える。これで記憶があれば、嬉しいものだが、記憶がないんだもの。

「変な事吹き込んでないでしょうね?」

「俺は普通を言ったまでよ、ま、お前がそれをどう捉えるか知らねぇけどな、それと、リーダーが怒ってたぜ、お願いだから、あんまり怒らせんなよ、宥める身にもなってくれや」

「私達には関係がないことですね」

カルデラは断言する。その様子にヴァニイは苦笑いを浮かべる。そして、背を向けて、顔をこちらに向けた。

「そこまで大事だってなら、ちゃんと手を握ってろよ、リーダーは諦めが悪いぜ、それに、その状態じゃ守れるもんも守れなさそうだしな」

忠告はしたぜと、次こそ去っていく。本当に忠告だけして去って行った。

「メリさん、あれが言ったことは気にしなくていいですからね」

「え、あ、うん」

気にするなと言う方が無理なんだけど。その言葉は飲み込む。ここであまり反抗すると、記憶が戻った後が怖い。

 それでも、彼の言葉は私に重く、深く刻まれる。忘却魔法の解除方法、バレなきゃいいという話、そして、それが、カルデラを含む彼らの普通。カルデラが人を殺すくらいのことはしてるだろうなとは、思っていた。だから驚きはしない。それよりも、私がリスィを殺すことを念頭に入れてしまっている方が驚いている。カルデラを救うため、彼に思い出してもらうために、私は彼女を殺すというのか、それは人道に反しているのではないか、私が最も怖がったことではなかったか。

「メリ」

優しい声がする。私は、目を丸くしてカルデラを見る。今呼び捨てで……。

「ようやっと、こっち見ましたね」

「へ?」

「メリさん、ずっと外を見てましたから」

カルデラは優しく微笑む。私は、できるだけ笑顔を作った。

「ごめんなさい、カルデラ様、さて、お仕事しないと怒られますね」

心の闇を悟られないように。

 洗濯物の入ったカゴを持ち直す。私はカルデラと出会って変わったと思う。前の私だったら、何があっても人を傷付けたいとは思わなかったはずだ、それが、今はそれを厭わんとしている。

「でも、それでカルデラが思い出してくれるなら……」

嫌な考えだ、そう言えたらなんて楽だったろう。私にとって、カルデラ以外は基本どうでもいいのだ。勿論、マーベスや、マリア様、ソフィア様にリテア様、ローザやクリア、友人や家族は別だが、リスィは赤の他人だった。そして、カルデラに向かって魔術を使った人間。

 殺しても何も問題ないのでは? そんな悪魔の囁きがある。これを誰かに悟られると、マズイので、私は黙っているけれど。

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