第四話 【忘れた記憶、忘れられない想い】
宣言後すぐに、服を着替える。使用人のための、エプロンドレス。紺色に白のエプロンとシンプルながら、汚れが目立ちにくい色合いだ。部屋を出ると、ティアラが手招きしたので、私は食堂に戻る。食堂には先程と変わらぬ人達がいる。
「メリあんた、何着せても様になるわね、使用人には……見えないけど」
「あれ、見えませんか?」
「生まれ持った見た目が使用人じゃないのよ既に」
リテア様は苦笑いだ。そんなこと言われたって、見た目はどうしようもないじゃない。
これからの打ち合わせをする。まず、カルデラは記憶が戻るまで、仕事はさせないとのこと。そもそも、なぜ魔術師団の引き継ぎをしているのかを、忘れている可能性があるからだ。私はしばらく学園を休むことになった。これもカルデラに何かあった時に対応するため。ソフィア様がその場で学園長に連絡、事情を説明し、許可を取った。マーベスは引き続き学園に行く。リテア様もだ、そこで、リテア様には頼み事をした。これは、クロム家には、内緒になるよう、帰る時に頼んだことだが、恐らくカルデラに忘却魔法を使ったのはリスィであること、なので、リスィとその使用人であるセヘルの様子見を頼む。リテア様は、了解! 任せておいてと言ってくれた。頼りになる姫様だ。
そして、私は今カルデラの部屋に向かっている。ティアラに夕食を届けるように頼まれたからだ。扉を三回、軽くノックする。すると、どうぞと聞こえたので、恐る恐る入る。記憶が無いと言われて、初めての顔合わせだ。カルデラは、ベッドから起き上がっていた、まだ辛そうではあるが、起き上がる元気があってほっとする。
「カルデラ様、夕食をお持ちしました、食べられますか?」
「えぇ、問題はありませんが……」
カルデラは不思議そうに私を見る。見た事のない使用人が来たのだ、不思議に思っても仕方ないだろう。私は机に夕食を置くと、一礼する。
「こんな時にご挨拶は失礼かと思いますが、メリ・カンボワーズと申します、しばらくカルデラ様のお世話を担当させて頂きます、よろしくお願い致します」
これも打ち合わせだ。カルデラが万全になるまでは使用人を付ける、という名目である。
「母様が心配した結果ですか……」
予想通り、カルデラは納得した。マリア様が絶対大丈夫よと言っていたのだが、もしかして、体調崩す度に使用人が付けられてたのかな。二人が仕事でいないことも多いわけだし、無理もないか。
「まぁ、拒否権はないのでしょうし、メリさん、よろしくお願いしますね」
「……はい」
上手く笑えただろうか、メリさん呼びに、私は距離を感じなんとも言えない気持ちになる。最初は、さんが取れたら反応できないかもとか言っていたのに、今は反対だなんて皮肉なものだ。
「では、失礼致します」
顔合わせも済んだので、私は部屋を出ていこうとする。それをカルデラは止めた。
「カルデラ様? 何かあり……」
私は振り返ると、カルデラは、ベッドから立ち上がっており、背後に立っていた。そして、私に手を伸ばし髪に触れる。
「か、カルデラ……様?」
つい、呼び捨てになりそうになり、焦って様を付ける。どうしたのよいきなり。
「あの……私の髪に何か……」
喋らないと落ち着かず、言葉を紡ぐが、カルデラからの回答はない。
しばらく、私の髪を撫でていたカルデラは、その手を離す。
「……綺麗な髪ですね」
「へ?」
「あ、いえ、戻って大丈夫ですよ」
その言葉に弾かれるように、私は一礼すると部屋を出る。そして足早に自室に戻ると、扉を閉め、そしてもたれかかるように、床に座り込む。
「なんなのよもう」
膝を抱き寄せ、溜め息一つ。
何があっても傍にいると、離れないと言って、だから、今、私はここにいる。使用人としてでも、彼のそばにいるために。髪を撫でていたカルデラは、何を考えていたのだろう。私からすれば、愛すべき者で、一番大切な人だ。でも、今のカルデラから見た私は、知らない人で、初めて会う使用人なのである。
「上手く笑わないとなぁ……」
忘れられることがこんなにきついとは思わなかった。マーベスから聞いた時は、リスィをなんとかすれば大丈夫くらいにしか思ってなかった。それが、カルデラと会ったことにより、現実を見せらた。忘れられるということがどういうことか、私にしか二人で過ごした記憶がないというのが、どれだけ悲しいことか。
右手につけた指輪をぎゅっと握る。必ず思い出すから大丈夫、私が何とかするの、休み期間が終わって、スリィと対峙すればいいわ。
「大丈夫……頑張るから」
私は、自分に言い聞かせるように呟く。その声は、夜の闇に吸い込まれた。
手をじっと眺める。熱を出したのだから身体はだるいのだが、それよりも気になることがあった。
「メリ・カンボワーズ……」
そう彼女は名乗った。彼女が部屋に入ってきた時、なんとも言えない衝撃があった。使用人の服を着ていたが、その立ち姿にはどこか気品があった。何より、人形のような、精密な綺麗さと可愛さがあった。
「俺が女を可愛いと思ったことあったか?」
ないはずだ。少なくとも記憶の中にはない。ましてや、髪を触るなんて経験はまずない。ないはずだ、しかし、自然な動作でその髪を撫でた自分がいた。触りたいと思った、その時には体が動いていた。その動作に驚いた顔をした彼女の、なんと愛らしいことか。
「……は?」
ここに来て、自分の考えがどうかしていることに気付く。初対面の使用人に対して何を考えているのか。確かに彼女は、使用人とは思えない出で立ちはしていたが、使用人は使用人だぞ。
それと、冷静になって気付くことがある。それは魔力の存在。何か自分を包むように不愉快な魔力がある。弾いてみようとしたが、効果は成さず、チッと舌打ちをする。どうも、自分に対して作用しているらしいが、弾けないのでは今は放置する他ない。
とりあえず夕食を食べるか……。椅子に座り、下を向く。そして、白に淡く青にも光る宝石がはめ込まれたネックレスを着けていることに気付く。見覚えがなく、そのネックレスを一旦首から外すと、その宝石は魔力で作られているようだった。自分の魔力ではない、けれどこの魔力には覚えがある。
「メリさんの……?」
いやまさかと思ったが、間違いない。彼女の魔力だ。それを判断するにはきちんと理由がある。メリと名乗った、あの女性の魔力は、恐ろしく強い。この部屋にいてもわかる程だ。ここまで強い魔力は父でも感じない。屋敷のどこにいるのかはっきりと感じ取れるくらいである。つまり、その感じているものと、今持っている物を照らしあわせれば簡単にわかる。けれど、なぜ自分がこれを持っているのか、それはわからない。
宝石をよく見ると、それがストックの花であることがわかった。花言葉は愛の絆、白いストックの花であれば、思いやり、ひそかな愛。
もう一度まとわりついている魔力に意識を集中させる。どんな魔法なのか判断するためだ。
「忘却魔法か……」
強めの忘却魔法だ、通りで弾けないわけである。熱も忘却魔法の副作用だろう。つまり、自分は何かを忘れていることになる。しかし、術の強さにしては体が軽い、自分にかけれるよう、強く魔力を込めたはずだ、強い術であればある程、副作用は強いはずだが、まだ熱はあるものの、動けているし、食欲はある。
「……魔力で作られた宝石……」
これは自分が付けていた。もし、自分が考えていることが合っているのであれば、このネックレスが語ることが全てであるのならば、彼女は今どんな気持ちで、自分の前に現れたというのだろう。自己紹介をして、使用人として、緊張したような、硬い笑顔を浮かべたその裏は……。
ガタっと立ち上がる。そして、マーベスに魔力で念話を送る。念話はいわば通信手段。ある程度の距離にいる相手に、言葉を送ることができる。そのまま会話も可能には可能だが、マーベスはその扉を勢いよく開けた。
「兄さん! 何か用!」
「マーベス、聞きたいことがある」
焦りを出さないように、落ち着いて話しているつもりだが、その言葉は早口になる。マーベスは、自分を見て、言葉を待っているようだ。
「俺だって馬鹿じゃない、自分に忘却魔法がかかっていることくらいわかる」
「うん」
「で、確認だ、俺が忘れている記憶は、メリのことで間違いないか?」
「……兄さんはどうして、メリさんの記憶だと思うの?」
マーベスは確認するように言葉を紡ぐ。その顔には、どこまでわかっているのか? と書いてあるように思える。その表情が、態度が、自分の考えで合っていることを証明した。
「……魔力だ」
「魔力?」
「俺が身に付けていたネックレスには、メリの魔力が使われていた、その魔力が作り出した宝石の形はストックの花、花言葉は愛の絆、俺が普段身に付けるものじゃない」
それが表すこと。それは、忘れている記憶の中に、身に付けるきっかけがあったということだ。そのきっかけを与えたのは彼女に他ならないだろう。そして何より最初の感覚、自分が女性に抱くことのない、興味関心、その中にある愛しさ。
「……兄さんはさ、本当にメリさんのこと大好きだよね、やっぱり紹介して正解だったよ」
「マーベス?」
「兄さん、貴方の考えで合ってるよ、失くしたのはメリさんとの記憶だ、兄さんが大事にしてるものだよ、メリさんはね、一人で解決しようとしてると思う。一応リテアさんは頼ってるけど、彼女にも限界がある。二人は似てるんだ、いや、似たのかな? 互いに大事にするから、逆に傷付けてる、でも、今は兄さんが動く立場だよ」
その声は、普段のマーベスからは考えられない程に低かった。力強く、決定事項を言うように。
「僕は、メリさんがなぜそのネックレスを選んだのかはわからない、でも今、兄さんが感じていることが全てだと思う」
「……わかった、マーベス感謝する」
「いえいえ、父様じゃないじゃないけど、メリさんを泣かしちゃダメだからね! 泣かしたら母様が許さないよ」
最後に脅して、マーベスは部屋を出ていく。
自分は改めて、ネックレスを握る。愛していると言うのであれば、自分の傍を離れないと言うのなら、その手を取るまでだ。
「逃がしませんからね」
自分が忘れていようと、この屋敷に残る選択をしたのは彼女だ、ならばお望み通り縛るとしよう。今以上に、何があっても離れないように。幸い、父からは屋敷にいるように言われている。忘却魔法など気にならないくらい、甘やかしてしまえばいい。




