第三話 【忘却の魔法】
あくる日。リテア様は城の事情で学校を休んでいるので手持ち無沙汰になり、校舎を歩く。マーベスのところへ行ってもいいが、貴重なクリアとの時間を邪魔するのもはばかれ、ブラブラとするしかなくなる。
「あれ……」
校門前にて、何かを探しているセヘルがいた。近くにリスィはいないようだ。
「セヘル様、なにかお探しですか?」
「ひぇっ!」
勢いよく驚かれる。な、何よ、私がいじめてるみたいじゃない。
「メ、メリ様……なんでしょうか……」
「なにか探しているならお手伝いしますよ、何を探してるんです?」
どうやら、何かを落としたようだと、私はしゃがみ、辺りを見る。そうすると、セヘルはすぐに止めに入った。
「よ、汚れますから……」
「大丈夫よ、このくらい、地下にいた頃なんて酷かったんだから、土くらい問題ないわ」
全く感じてなかったが、一切掃除されてなかった部屋だ。酷い惨状であっただろうと思う。瓦礫しか覚えてないけど。
「ち、地下に……?」
「そ、危険人物ってやつ、知ってる?」
私はわざと明るく言う。いつの間にか敬語ではなくなったが、セヘルは気にしていないようだ。
私の言葉に、神妙な顔をしてコクリと頷く。そりゃ、魔術師なら知ってるよね。
「私はね元危険人物なの、十年も地下にいたんだから、それに比べれば土が付くくらい、問題ないわ、で、捜し物は何?」
「……メリ様は……お強いですね……羨ましいです……」
セヘルは質問に答える代わりに、しゃがみ込んだ。そんなに私は強いだろうか、魔力のコントロールすらできない、小娘なのに。
「別に強くはないわよ、カルデラには今でも頼ってもらえないし、でもね、クヨクヨするのはらしくないの! 私は私ができる事をする、行動しなきゃ変わらないでしょ?」
「行動……自由って……いいですね……」
セヘルが初めて笑顔を見せる。それは、とても寂しそうで、苦しそうな笑顔。彼が抱える何かが、見え隠れしているようで、私は言葉を失う。
「お嬢様は……僕に自由は……くれません……それでいいと……思ってます……」
思ってると言うには、何処か懇願する声だ。それは、自由になりたいと言っているのではないか、ただ言い聞かせているだけではないか。
彼に昔を重ねる。
「私が頑張らないと、父様に母様に認められるように、私が頑張るの」
「メリ、無理してもダメよ」
「大丈夫だよ、姉様」
喉が痛くなっていた。血が出ても私は唱えた。いつか魔法が使えて、褒めて貰えると思っていたから。姉様に言った大丈夫は、私の懇願だった。大丈夫と言わねければやっていけなかった。それは言い聞かせで、呪いだ。言葉にすることで、私は私の気持ちを偽ることにした。頑張るといえば、できる気がした。私は、私に責任を乗せていた。
セヘルに目線を合わせる。セヘルの手は随分と荒れていた。苦労してきたのだろうと思える。いつから、リスィの使用人をしていたのだろうか。そして、その生活はどんなものなのだろうか。
「捜し物はリスィ様のものね?」
「は、はい……」
彼もまた一人なのだ、私やリテア様のように。私は今クロム家にいて、味方がいるけれど、セヘルには、味方がいないのだろう。だから暗い顔をするし、自分の願いとは違うことを言うのだ。
「あの……メリ様……」
「なぁに?」
「メリ様は……カルデラ様から……離れる気は……ありませんか……?」
「ないわね」
即答する。その答えに、力なく笑われた。
「何が……あっても……?」
「えぇ! だって私はカルデラの事が好きだもの、リテア様に誓いを立てたのもあるけどね」
セヘルが数度頷く。そして、私の手を弱々しく握る。
「お嬢様は……怖い人です……でも、貴女なら……勝てるのかも……しれません……」
「勝てるって?」
「その手を……離さないで……あげて……ください……」
それだけ言うと、私の手を離して、校舎に戻っていく。私は呆気に取られその場で固まった。
教室に戻ると、先程の会話を思い出す。やっぱり、リスィは何か手立てを持っている。
「その手を離すなって、カルデラと一緒にいろってこと?」
そりゃ、何かあっても私は一緒にいるわよ。意地でも側にいてやるって思ってる。拒絶されたって知るもんですか、そもそも私は他に行く所なんてないし。
授業そっちのけで考えに耽ける。しかし、その考えはまとまらない。相変わらず情報が少ないのよ、足りないピースを埋めるったって、私ではどうしようもない。
机にだらっと体を預ける。結局セヘルの探し物もわからなかったし、なんだか疲れた。はぁーと、授業中に関わらずため息を吐く。ぼーっと、扉を眺めていたら、その扉が勢い良く開け放たれ、教師諸共停止する。
「メリ! 早く帰んなさい!」
「り、リテア様?」
入ってきたのは、城にいたはずのリテア様だ、リテア様は教師と数言会話すると、教師も私を見る。リテア様は私の手を引っ張った。
「カルデラ様が熱を出して倒れたのよ、さっさと帰るわよ!」
「か、カルデラが?」
私は急いで身支度を整えると、教師、そして教室に一礼し飛び出した。
リテア様と共にクロム家に着く。リテア様は初クロム家だ、まぁ、楽しんでいる余裕はないが。馬車をおりると、先に帰ってきていたマーベスが待ってくれていた、その顔は酷く暗い。
「マーベス? カルデラは?」
「兄さんなら部屋で寝てる、仕事中に倒れたんだよ、まだ熱は下がってない」
風邪だろうか、朝はなんでもなかったと思う。チラッと挨拶しただけだけど。
「メリさんあのね」
「どうしたの?」
「落ち着いて聞いてよ?」
「え、えぇ」
マーベスから、こんなにも緊張感を感じるなんて初めてだ。カルデラに何があったというのか。
「兄さんが倒れた理由はね、忘却魔法を受けたからだ」
「忘却魔法を?」
「そう、本来の兄さんなら弾けるはずだけど、兄さんより魔力が上回った魔法だったみたいだね、複数人でやったんだろう」
カルデラが言っていたことを思い出す。複数人でやられたら、敵わないと。
「それでね、忘れた記憶に関してだけど」
マーベスは、声を詰まらせる。その表情は、なんとも苦々しいもので、質問すら許されない。
「……メリさん、君に関しての記憶だよ」
絞り出された言葉に、私はセヘルの言葉を反復する。何があっても手を離すなと、私ならリスィに勝てるんじゃないかって言っていた。セヘルは、彼女を怖い人だと言い、カルデラは、怖い魔法の例に忘却魔法を上げた。
これは、リスィがやったことなのか。私をカルデラから離すために、又はカルデラが、私の手を離すように。だとすれば、リスィの魔術は、忘却ということになる。高度な魔術で、無属性の魔術師の協力が必要。もしかして、セヘルは無属性の魔術師なのでは? 私の中にあった疑問が解消されていく。そしてマーベスを見る。
「マーベス、つまり私が婚約者だとカルデラに知られたらマズイってことね?」
「そう……だね、忘却魔法は無理矢理解くと死ぬ可能性がある、忘れた記憶を無理に思い出させようとすれば、危険だよ」
私は自分の中で一つ答えを出していた。これを言ったら怒られるかもしれない、それでも、これしかない。
「マーベス、マリア様とソフィア様は食堂にいる?」
「いると思う、兄さんを連れてくるのに、転移魔法を使ったんだ、その時に二人も一緒に転移させたから」
私はリテア様を見る。リテア様は頷いた。
「なら、食堂に行きましょう」
「メリさん?」
マーベスは、私が何を考えてるんだ? って顔でこちらを見るがお構いなしに屋敷に入る。後から二人も追いかけてきた。
食堂の扉を開けると、これまた暗い顔をした、マリア様、ソフィア様がいた。やっぱり皆似てるよね、反応。
「メリちゃん」
「えーっと……」
二人もまた言い淀む。なんと切り出したらいいのかという雰囲気が見える。ティアラが、すぐに私の所へきたが、彼女も同じような反応だ。しかし、私は一呼吸置き。まず、左手に付けていた婚約指輪を、右手の薬指に変える。婚約指輪は普通、左手薬指だけれど、右手に付ける人もいるらしい。この指輪は護衛と自衛を兼ねているので、外すわけにはいかない。でも付けていてカルデラに、婚約者だとバレるのはダメだ。
「メリちゃん……?」
「マリア様、ソフィア様、ティアラ、マーベス、そしてリテア様」
この場にいる全員の名を呼ぶ。そして声高々に宣言する。
「今日から私を新人使用人としてお扱いください!」
全員が黙った。というか目を見張った。そりゃそうだ、いきなり使用人として扱えなんて、まず理解できないだろう。
私は皆を置いてった状態でティアラを見る。
「ティアラ」
「は、はい!」
「私分からない事が多いから、貴女から教えてもらいたいの、掃除とか色々ね」
「いや待ってメリちゃん、状況を説明してもらえるかしら?」
固まっていた状態から早期復帰したマリア様の質問が飛ぶ。流石マリア様、冷静になるのがお早い。
「カルデラに私が婚約者だとバレるのはダメです、つまり、クロム家でない私がいる理由がなければなりません、だって私カルデラから離れる気はありませんから、そうなりますと、使用人が一番無難じゃないですか?」
「無難ってメリちゃん、本気なの?」
力強く頷く。それを見てソフィア様がため息を吐いた。
「なんというか、流石カルデラの婚約者というか、無茶苦茶な事を言うよ全く」
「すみません、ソフィア様、無理は承知で言ってます」
目を合わせる。しばらくそうしていると、わかったと一言。
「ティアラ」
「はい、旦那様」
「メリちゃんの面倒、頼めるかい?」
ティアラは、しばし考えていたが、意を決したように、私を見る。
「私の教育はスパルタですよ! メリさん!」
「えぇ! よろしくお願いするわ!」
こうして、私の使用人生活が始まる。全ては、愛するカルデラのために。
今回からメリの使用人生活が始まります




