第一話 【薔薇の会】
本日より三章開幕です!
魔術学園大等部二年の教室の扉を開ける。今日から二年生となる私、メリ・カンボワーズは、誰とも話すことなく席に着く。周りは私を遠巻きに見るが、もうザワつくことはない。よし、慣れてきたようだ。
私は何故か他の魔術師よりも魔力が高い、しかし魔法は使えないという、ポンコツ性能である。何か一定の条件を満たすと、勝手に魔法が発動する。その条件は感情で、怒ったりすると周りの物が壊れたりする。ただし、壊れるものは基本指定できず、ポンコツに変わりはない。
一年前、隣国であり、機会技術大国マシーナの第二王子、ガレイ・マシーナに求婚され、それを一刀両断した挙句、私が住んでいる国の姫、リテア・アムレート様には敵宣告され、目立ってしまった私だが、ガレイがリテア様を襲う事件が発生。その時に私がリテア様を助けたことにより、私はリテア様に忠誠を誓い、ガレイは、マシーナの王、ミカニ王によって学園を退学させられた。そんな事があり、一時騒然としたわけだが、なんとか乗り切っている。そして、二年生に上がる時には、ほとぼりも冷め、普通に過ごしている。うーむ平和っていいな。
流石に二年目は、一日目から授業が始まり、昼休みに中庭に出る。中庭ではリテア様が待っていた。
「来たわね!」
「お疲れ様です、リテア様」
リテア様は私より二つ下である。魔術大国アムレートだが、王は魔術師ではないので、その娘であるリテア様も魔術師ではない。そのため、私とは違い一般部に通っている。歳は違うが、同じ学年なので、対等の友人のように話している。
「なんとか、学年上がったわね」
「上がりましたねー」
「カルデラ様はまだ忙しいの?」
「はい」
「まぁ、ティガシオン相手じゃ仕方ないのかもね」
カルデラ・クロム。アムレートが誇る、王国魔術師団時期団長にて、私の婚約者だ。今はカルデラの父親であるソフィア様が団長、その妻であるマリア様が副団長をしている。そして、ティガシオンという、マシーナの貴族を調べるべく動いていると推察される。
ディウム・ティガシオン。彼はティガシオン家のイカれたご当主と呼ばれており、マシーナにある、魔法道具研究所のリーダーをやっている。カルデラの大等部時代の同期で友人だというが、そんな彼は私を獲物扱いで、狙いはわかっていない。ただ、研究所が王に極秘で何かよからぬ事を企んでいること、王はそれを危惧していることを踏まえると、私の魔力を軍事利用したいのかもしれない。なにせ、王とティガシオン家は敵対関係だからだ。これを最初から知っていたと思われる、カルデラは、私を関わらせないようにしながら調べている。しかし、引き下がる私ではなく、リテア様の協力の元、ティガシオンを調べているのだ。
狙われているのは私なのだから、当たり前である。
「とりあえず、カルデラ様と、ティガシオンのご当主様、それから、ヴァニイ・オルガンが一緒だったのは事実ね、メリが気にしてたカリナの方は、教室が違ったみたい」
「じゃあ、ミラフ様もカルデラの教室には行ってないですね、二人からは聞けないってことですか」
ヴァニイは、ディウムと同じく、カルデラの同期で友人の男。ティガシオンとは関わりが深い人で、前に急に屋敷に来た以来会ってないが、今ならわかる、カルデラが物凄く警戒した理由が。彼への言葉はディウムへの言葉だと思えってことだ。
ミラフ・エルミニル、カリナ・エルミニルは、カルデラの高等部の同期で友人。ミラフに関しては、アムレート王国騎士団団長候補なので、家族ぐるみで仲が良かったらしい、ここ二人は幼なじみということだ。カリナはそんなミラフの妻で、カルデラが傷付けてしまった女性である。その事から仲違いしていたのだが、二人が私を拉致した一件以来会ってはいない。会うのは正直怖いが、彼らならカルデラの大等部時代を知らないだろうかと考え、リテア様に調べてもらったのだ。しかし、教室が違うなら分からないだろう。聞いたところで、知らないってきっぱり言われていたかもしれないが。
「うーん、中々難しいものですね」
「そうねぇ、カルデラ様ってば、他者との関わりが無さすぎるのよ、メリに言われてびっくりして、調べたら本当に婚約者一人もいないし」
リテア様はお手上げとばかりに両の手を上げる。
カルデラは他者への興味が気薄だ。興味が魔法全振りのため、その他は無視なのである。それは昔からのようで、魔術書が絵本代わりだったと、マリア様は言っていた。しかし、本格的な研究にまで手を出したのは大等部時代から。カリナを傷付けたことにより、カルデラの中の何かが壊れたらしい。その執着凄まじく、その内変人扱いで畏怖されるようになった。まことしやかに人体実験をしているんじゃないか、と囁かれ始めたわけである。その噂の真偽はわからないが、カルデラの実験室は、人が逃げられないように厳重に管理されており、魔力が外に漏れ出さないよう、実験室全体に最初から魔力を弾く結界が張られていた。
「正直、人体実験をしてるって最初聞いた時は納得しかなかったのよね」
元婚約者であるクレイが、私を脅そうとして出した話だ。その時のカルデラは、私を実験動物扱いだったので、妙に納得した。
そもそもの話、人を傷付ける危険人物であった私を、地下から無理矢理出したのは彼である。私は人を傷付けたくて傷付けていたわけではないが、これがもし故意的なものであったらどうしていたのだろうか。カルデラ本人は傷付かないだろうが、それでいいのか。地下に入るのは、危険人物がこれ以上罪を重ねないための、強硬手段なのである。だから連れ出しは禁止されているし、王に届出だって必要なわけだ。外に出られない危険人物が、届出を取り下げるのは簡単なことではない。人を傷付けない確証がなければ取り下げないから。そんな状況にいた私を連れ出した時点で、周りへの影響は考慮してなかったのではないか。仮に人が死んでも構わなかったのではなかろうか。
「もしかして、カルデラ様って私が思ってるより怖い人だったりする?」
「……リテア様、カルデラが他者に優しくするのは考えられませんよ」
人当たりの良い笑顔を常にしている男だが、他者を見るその目は冷ややかだ。好意を寄せていたリテア様を邪魔扱いしたくらいである。そしてこの冷たさに関してはカルデラの弟である、マーベスも同じで。地下にいた私の話を持ってきたのはマーベスだし、カルデラよろしく、リテア様を煩わしいと感じていた節がある。一応婚姻を断ったのは勿体ないと思っていたようだが、それも姫だから、である。
クロム家の者達自体、パーティでの挨拶はしないし、他者への興味が気薄なのだ。
「今考えると、結構孤立してますね、クロム家って」
「それに関しては今更よ、今更、メリが異質なだけね、あの家じゃ」
リテア様は周りを一望するように、見渡す。私が異質なのか……。
「ところでメリ、話変わるけど」
「どうしました?」
「あんた、最近男子から話しかけられたりしない?」
いきなりの質問に、抱えていた頭を上げ、はい? と聞き返す。私に話かける人なんて、リテア様か、マーベス、マーベスの友人であるクリアくらいなものだが。
「いきなりどうしてそれを?」
「いや、ガレイが居なくなってから、あんたへの視線を感じるのよね、熱い」
「はい? そんなのあるわけないじゃないですか」
畏怖の目の間違いでは? そう指摘した私にガタッ! とリテア様は立ち上がる。
「甘い! 甘いわよメリ!」
「へ?」
「わかってないわね! メリは!」
カルデラみたいなこと言わないでよ、リテア様……。そりゃ、魔力は高いし、ガレイとリテア様の一件で目立ちに目立ったわけだが。
私を見てるって、畏怖か敵意以外にあるのか。
「仕方ないわね、メリあんた放課後付き合いなさい、今のあんたの現状見せてあげる」
「は、はぁ……」
こうして、リテア様と放課後の約束を入れる。今の現状ってなんだろう。
放課後になり、リテア様に連れられ、大等部校舎の、空き教室の一つにはいる。そこには、数人の女子生徒がいた。その中の一人が、立ち上がりこちらに来る。紫色のウェーブが強めにかさった髪は腰あたりまで長く、少しつり目の赤紫の瞳に、赤い口紅をした姿は、少々勝気に見える。
「リテア様ご機嫌よう、お隣のお嬢様はもしかして……」
「ローザ、えぇ、メリよ」
「あぁ! やはり! 今や良い意味でも悪い意味でも話題の方! ようこそメリ様! 女性の園、女性の為のサークル、薔薇の会へ!」
ローザと呼ばれた女性は、感極まれりといった感じだ。なんだ薔薇の会って。
「わたくし、薔薇の会の会長をしております、ローザ・フレグランスと申しますわ、どうぞローザとお呼びくださいませ」
「メリ・カンボワーズです、ローザ様」
私が一礼すると、ローザも一礼をする。そして私の手を掴んだ。これは、クリアの時を思い出すわ。
「あぁ噂に違わぬ美しさ! 可愛らしいさ! 流石は学園中の女子を敵に回し学園中の男子を虜にしたお方! その蝋のような白い肌に! 漆黒の瞳! 綺麗な髪まで! 実物を見たら本当に生きているか不安になりますわね! まさに生ける芸術!」
今、この人息継ぎなしで言い切ったぞ。というかなんか不名誉な称号が与えられてない? 学園中の女子を敵に回している自覚はある、カルデラとガレイが牽制し合ってくれたおかげで、二人に惚れ込んだ女子達からの敵意は凄まじい。
ただ、学園中の男子を虜にしたとはなんだ、私はそんな事してないし、できないが。
「おや……そのお顔はお気付きでない? 今やメリ様のファンサークルがあるくらいですのに?」
「私マーベスと同じ扱いなの……?」
マーベスも、カルデラの弟だけあって、見目麗しく、学園にはマーベスのファンサークルなるものがある。ついでにクリアも所属している。あの二人付き合えばいいのに。
「ガレイ様が退学なされたでしょう? 王子には敵わないと思っていた男子達ですが、障害が無くなったから、誰がメリ様を手に入れるかで、必死なのですよ」
「いやいやいや! 私、既に婚約してるから!」
「婚約は不確かなものです、まだ人妻ではないから、狙う事が可能ですの」
どっかの馬鹿王子と同じこと言わないでくれます? 怒りを抑えつつ、リテア様を見るが、リテア様はそっぽを向いた。あぁ、そういえば貴女も同じこと言ってましたね……。
婚約者って案外底が緩いわよね。私は結婚前提だし、魔術師団副団長をやることを、リテア様に誓っている以上、カルデラの婚約者を降りるわけがないのだが……。他人にとっちゃ知るよしもなしか。
「カルデラ以外と婚約する気ないわよ……」
「ね? これで状況はわかった? メリ」
「はい……」
今まで避けられはしたが、好かれはしなかった。これ一体どういうことなのか。
「あの、そのファンサークルって、魔術師の男性しかいないんですか?」
魔術師ならまだわからなくはない。魔力が高い娘を好む傾向にある。しかし、ローザは首を振った。
「いいえ、一般部の生徒もおりますわ、むしろ一般部の方が多いくらいですけど、どうして、魔術師だけだと?」
「いや、はい、大丈夫……です、わかりました」
なぜだ、一般部にはリテア様がいるから、よく出入りはしてる、してるけど。
頭を抱えた、なぜこうも問題が湧くのか。いや、話しかけられたりしなければ放置なんだけど。
「本当にお気づきではなかったんですね」
「わかってないから、ローザのとこに連れてきたのよ、現状を知れってね!」
「なんでこんなことに……」
私の呟きに、リテア様は苦笑い。ローザは目を見開いている。え、変なこと言ったかしら。
「あのですね、メリ様」
「は、はい」
「貴女は大変可愛らしい容姿をしております、その病的なまでに白い肌に、作り物のように輝く漆黒の瞳、暗闇でも輝くようなエメラルドグリーンの髪、どれをとっても、人外的美しさです」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟ではございませんわ、見た所化粧すらしてない状態でその美貌、同じ女として嫉妬するどころか、もうなんか崇めたくなりますわね」
崇め……る……? 私は自分の肌を見るため、腕を出す。十年もの間陽の光にあたってなかった肌は、確かに白い。外に出て二年が経ち、今年で三年目に入るから、少しは焼けたかなと思わなくはないが、焼けたというより赤みが戻ったと言った方が正しいだろう。
「メリ、腕細くない?」
「一応これでも肉が付いたんですよ?」
「は?」
リテア様がまじまじと私の腕を見る。そして少し離れると、全体を見て……。首を傾げた。
一連の流れがわからず、私も首を傾げる。ローザも傾げる。
「ねぇメリ、あんた、ちゃんと栄養取ってる?」
「カルデラ主導の元、栄養管理はしっかりしてますよ、最近はその効果もあって、だいぶ健康になりました、クロム家様々です!」
えっへんと、腰に手を当て誇らしくすると、何故かリテア様も、ローザまでもが青い顔をする。
「メリ様……クロム家に入るまでは一体どんな生活を……」
「十年地下にいましたから、あ、今は一般人ですよ? ちょっとした誤解みたいなもんなんで」
「誤解で地下に十年!」
ローザの叫びが教室にこだました。




