二章後日談二話 【甘い時】
キッチンに甘い匂いが充満する。そして、私は頭を抱えている。
「お嬢様、大丈夫です! 成功しますから!」
ティアラが必死に励ましてくれること数十回。私の目の前には焦げたチョコレート。
バレンタインデー。クリスマスと同じく、大切な人に感謝を伝える日。どの国からこの文化が始まったのかはわからないが、最近アムレートでも一般化してきた。クリスマスのプレゼントは決まったもはないが、バレンタイデーはチョコレートと決まったものがある。せっかくなら、手作りしようと、ガトーショコラを作っていたのだが……見事に焦がしている。私料理下手なんだな。下手というか、新しいことへの挑戦ってそんなもんよね。
「改めて自由って大事だと思うわ」
溶かしたチョコに、メレンゲを入れて混ぜつつ、経験って大事だなぁとしみじみ感じる。十代を棒に振ったので、さらに感じるのかもしれない。
生クリームや、ココアパウダーを入れ、混ぜたら、もう一度オーブンで焼く。このオーブンも、マシーナの技術で作られたものだ。クロム家にはこういった、最新の家電とやらが取り入れられている。特にマリア様の趣味で料理に関する便利アイテムは取り揃えられている。
今度は焦げないように、型には厚めに流しておいた。時間まで待つと、チンっと小さい音がする。それを合図に、扉を開けると、甘い匂いが立ち込めた。緊張しつつ、取り出すとそれは綺麗に焼きあがっている。
「ティアラ!」
「ほら、言ったじゃないですか、お嬢様はやればできる子ですよ!」
小さいカップが九個。人肌温度まで冷ましたら、粉砂糖をふりかけ、生クリームで装飾したら完成。意味があるかはわからないが、箱にしまい、冷蔵庫の中に入れる。この冷蔵庫も便利よね。冷凍庫もあり、魔法を使わずとも食材の保管ができる便利さである。
「でも、カルデラ忙しそうなのよね」
冷蔵庫の扉をパタンと閉めつつ、呟く。部屋に手紙と共に置いといたら食べてくれるかしら、そもそもカルデラって甘いもの食べるのだろうか。
あんまり考えないで作ったけど、カルデラが甘い物嫌いだったらどうしよう。お菓子とか食べてるとこ見たことないし、パーティでの立食も、お酒飲んでるか、そのつまみに軽食を取っているか。私も食べないから、屋敷で甘い物が出ることないし。
「大丈夫ですよ、カルデラ様なら、お嬢様が作ったものを食べないという選択肢はないですって」
「それは……良い事なの?」
私が作ったからという理由で、嫌いなものを食べさせるのはちょっと……。いや、好きでも嫌いでもない可能性はあるが。
カルデラは食に関しての興味は薄い、薄いというか、基準が味や量ではなく、片手間に食べれるか否かなのである。研究に支障がないものがいいらしいく、油物はとりあえず好かないようだ。手や書類、機械類が汚れるためだろう。中に何も入っていないバターパンなんかは、よく食べている。トーストも何もついてなければ食べる。ジャム等は手を汚すため、食べないらしい。味をちゃんと感じ取っているのか疑問になるが、クリスマスの時は、普通に食べていたので、味はわかっているようだ。
とりあえず、渡せばいいかな。食べなかったら食べなかっただ。食べたらラッキーくらいに考えておこう。
そうして迎えたバレンタインデー。なんと、ティアラがソフィア様に言って、カルデラは仕事が休みになった。カルデラは理由を聞いてないらしく不思議がっていたが、ソフィア様が休め! とゴリ押した。それはもう凄い気迫だった。そこまでしなくていいですよ。マーベスはクリアと街へ遊びに行くと言って出かけた。デート? と聞いたら、これまた凄い勢いで否定された。デートだなと思いつつ、ソフィア様の気迫に似ており、親子だなぁと思う。
仕事する気満々だったカルデラは、手持ち無沙汰になったようで、食堂で紅茶を飲みつつ、書類とにらめっこしていた。屋敷でできる仕事し始めたよこの男。きっとバレンタインデーなんて知らないんだろうな。
「ねぇカルデラ、今大丈夫?」
「どうしました?」
私が話しかけると、書類から目を離して、ちゃんとこちらを見る。逆に緊張するんだけど。
「カルデラって甘いもの好き?」
「甘い物ですか? 嫌いじゃないですよ、仕事中なんかはたまに食べますね、疲労回復効果があるので」
食べるんだ……理由は彼らしいが、食べることにほっと胸を撫で下ろす。渡して嫌いだったらショックが大き過ぎる。
私はティアラに目を向ける。ティアラは待ってました! と言わんばかりにキッチンから、冷やしていたガトーショコラが入った箱を取ってきてくれ、私は受け取る。
「はい、カルデラ、今日はバレンタインデーよ」
カルデラは渡された箱を、恐る恐る受け取る。何よその怖いものを触るみたいな仕草は。そしてこれまた、ゆっくり開けると、私とガトーショコラを交互に見た。そして、私に目線を合わせると、ガトーショコラを指さし首を傾げた。あれ、これ前にマリア様とやったな、確かあの時は壁を指さして、首を傾げられたんだっけ。多分この動作は、私が作ったのか? と聞いているんだろう。私は頷く。なんで無言の会話をしてるんだよ。
カルデラは、一旦箱を机の上に置くと、私を抱き寄せる。抱き寄せるというか、椅子の上でお姫様抱っこの状態になる。なんだコレ。
「最近私のために行動してくれますね」
「好きな人には喜んでもらいたいもの」
私は当たり前のことを言ったつもりだったが、カルデラは、口に手を当て何か考え始める。な、何よ。
「……私、初めてメリから好きだと言われた気がします」
「え……あれ……」
私も自分の発言を思い返してみる。確かに、私がカルデラに好きって言った記憶はない。婚約者とか信用してるとかは言ったが、好きだとか愛してるとかは、カルデラから言われた記憶しかない。
「ご、ごめんなさい」
言ってたつもりだったが、心の中で留めていたようだ。カルデラからは言われてるのに申し訳なくなる。
「大丈夫ですよ、理解してますから」
「これからは言うようにするわ」
「それはそれで困りますね、直接伝えられると、気持ちの抑えが効かなくなるので」
唇を重ねられる。久しぶりに舌が入ってきて、つい吐息が漏れたが、カルデラはお構いなしである。むしろ、強めにキスされた。
唇が離れ、私は荒い息を整える。確かに素直に言ったらやばいかもしれない。
「さて、せっかくメリが作ってくれたんですから、食べますかね……そうだ」
抱いたまま、机の上に置いていたガトーショコラの箱を取ると、一つ私に持たせる。私は首を傾げ、カルデラを見上げるとにっこりと微笑んでいる。なんか、イタズラを考えている顔だぞ。
「メリ、私に食べさせてくれませんか?」
「あーんをしろと?」
子供か? そんな言葉が出かける。しかし彼は本気のようだ。私は諦めて、持たされたガトーショコラをカルデラの口元へ運ぶ。とても気恥しい。カルデラは、満足そうにそのガトーショコラを食べる。唇が少し指に触れ、私はビクッとする。この距離感慣れたと思ったのに、まだ慣れてないようだ。
「甘いですね」
「そりゃ、チョコレートだし……」
私は言葉を言いかけ、唇を塞がれたことにより止められる。口の中にチョコの甘さが広がる。そして、離された。
「確かに甘いかも」
「ふふ、でしょう?」
満足げに笑われ、私はそっぽを向いた。
最近は学校のことや、カルデラの仕事が多忙でこういう時間はなかった。二人の時間をくれたソフィア様には感謝しなきゃ、あと言ってくれたティアラにも。
「なんだか久しぶりですね」
「二人だけの時間が?」
「おや、同じことを思っていたようですね」
カルデラが一日中休みの時は、疲れているだろうと私も極力近付かないようにしていたし、そもそも屋敷に私がいる時はマーベスもいるわけだから、三人で話したり、マーベスとのみ話す機会が多かった。忙し過ぎてあんまり意識してなかったが、こうしてみると、今年は二人の時間が少なかったと気付かされる。
「通りで距離感には慣れないものね」
「慣れなくていいですよ? 恥ずかしがるメリを見れないのは寂しいので」
「あんたは、なんでそうも素直なのよ」
その、清々しいまでの素直さは羨ましい。けれど、素直かと思えば、隠し事はしっかり隠してくる。言葉は選んでいるのだ。
距離が近いようで確実に遠い。私がこの男を理解するまでには、まだ時間を要するのである。
「メリは、このままでいてくださいね」
「カルデラ?」
「私は貴女に笑っていてほしいのです」
寂しそうに、自傷気味な笑顔を浮かべている。私がカルデラの頬に手を当てると、擦り寄られた。
「私は離れたりしないわよ、だから安心しなさい」
今回の件で、カルデラへの疑問が多く出たのは事実である。教えてくれないことに不安も苛立ちも覚えた、だからこそ味方は増やしたし、調べる手立ても作った。けれど、調べれば調べる程、自分の身の危険と、カルデラが私を離していたい理由が見えてくる。ただ、私を心配して、傷つけないために。
でもねカルデラ、私だって貴方が傷付くのは嫌なのよ。貴方が私を守ろうとするように、私だって一緒に戦いたい。守られていると強く実感する度に、寂しくなる。いつか、カルデラとは、背中を預け戦うのだ、それが、魔術師団という組織だろうと思っている。だから、カルデラにとって、私はまだ、背中を預けられる存在ではないと叩きつけられているようで……。
私は強くなりたい、カルデラが信用できるように、魔力のコントロールにしても、私の精神にしても。せめて、学園の問題くらい、頼らずに解決できるように。
明日からは三章です。
メリ達は大等部二年となります。
さて、どんな物語が待っているのでしょうか。
本日も楽しんでいただけましたら幸いです




