第九話 【白夜城】
こちらが二十日分です
日曜日の朝。私は陽の光で起きると目をこする。事件から数週が経ち、この前までが嘘のように平和になった。カルデラとソフィア様が事件の次の日から激務になった以外は。
激務になった理由……。マリア様に聞いたら、男同士で話したみたいねと返される。答えにはなっていないが、これ以上は話してくれる気はなさそうだ。リテア様が言うには魔術師団を使って、何か調べているらしいと言われて、二人で押し黙る。だって二人が調べることなんて一つしかないからだ。ディウム・ティガシオン。彼についてだろうと察しがついた。恐らくカルデラに出された手紙も彼からなのだろう。
「また私が知らぬとこで事態が動いてんのよね」
私を関わらせないためなのだろうが、狙われてるの私なのよ。獲物扱いなの知ってるのよ。でも、言ったとこで、気にするなって言われるだけなので、私は私で調べるしかない。幸い城内部の事ならリテア様がわかるし、カルデラの事やソフィア様のことならマーベスが詳しい。私が守られているだけの女だと思ったら大間違いよ。
いつも通りのシンプルな服に着替え、部屋から出ると、前触れもなく抱き上げられた、おっ、なんか久しぶりだなこの展開。
「おはようカルデラ」
「おはようございます、メリ」
唇を重ねられ、されるがままになる。しばらくすると離れて、下ろされた。最初は赤面していた私だが、流石に慣れた。
「仕事は大丈夫なの?」
最近は朝でもいない事が多く、夜も遅い。私も学校があるし、会わない日も増えた。数日続くと、カルデラの方が痺れを切らして、ソフィア様が帰してくれる。そしてそういう日は一緒に寝かされる。
カルデラは私の質問に、首を横に振った。大丈夫ではないのね。
「まだ忙しいには忙しいのですが、今日はですね、メリに相談がありまして」
「相談?」
「はい、マシーナのミカニ王から、舞踏会の案内が来ましてね、どうも、今回の件の詫びのつもりのようですが……」
カルデラは言い淀む。その顔は行きたくはないってことかな。それとも私をマシーナに連れていくことを、躊躇してるのか。
「お詫びだってなら、行かなきゃ失礼じゃない?」
「そうなんですけど……」
抱いている、腕に力が篭もる。その行動に、連れて行きたくないのだなと理解する。
マシーナに入れば、私を獲物と言っている、ディウムと会う確率がある。むしろ向こうから来る可能性だってある。カルデラが嫌がるのも無理はない。けれど、ケジメってものがある。
「カルデラ、私なら大丈夫よ、行きましょう、舞踏会に」
「……一年で強くなりましたねメリ」
驚いて目を瞬かせるカルデラに、ウィンクを返す。私だって成長してるのよ。
「わかりました、当日は私もいますし、マーベスも両親もいます、あとリテア嬢が来るそうです」
「リテア様が? なら尚更行かなきゃね」
「完全にリテア嬢の護衛ですね、全く」
呆れるカルデラの頬に軽くキスをする。カルデラはお返しにと、額にキスをすると、名残惜しそうにそっと降ろされ、では仕事に行ってきますと言われたので、玄関まで見送った。
そして舞踏会当日。もはや恒例の、女性使用人達による、狂気の産物を見て、驚かなくなった私は鏡を眺める。
「ふふふ、舞踏会ですからね! あぁ、やっぱりお嬢様は可愛い、本当にお人形さんなんですから」
メイクも何もかもが終わり、うっとりとティアラは眺める。それはもう、恋する乙女の顔である。見てるのは男ではなく、私だけど。
今回の衣装は、夜のような紺色である。いつも白やエメラルドグリーンといった明るい色を着せられるのだが、カルデラに合わせたと言われた。ドレス自体は落ち着いているものの、スカートは歩けばフワリと円を描くし、キラキラと金色のスパンコールが輝く。本当に夜のようだ。袖は肩より少し下まで、黒いオペラグローブを付ける。髪は、ハーフアップお団子。ティアラが言うには、私の髪が一番綺麗なのはハーフアップらしい。
「では! カルデラ様を呼びましょうかね!」
上機嫌に部屋から出ていく。最近カルデラが素直だからだろう、ティアラは私を見せるのが楽しくて仕方がないと態度に出ていた。
数分も経たずに、ティアラはカルデラを連れてきた、いや早いな。入ってきたカルデラは、黒のスーツに、紺色のネクタイをしている。そのネクタイも、金色のスパンコールが付いており輝いていたので、合わせたというのは、こういうことかと納得した。
「メリは何を着せても似合いますね」
「全くです、流石お嬢様!」
二人の賛美に、私は作り笑いをうかべる。この賛美にも慣れないとな。
「ただ、ここまで完璧にやられると、連れていくのを躊躇しますね」
「前にも言ってたわね、それ」
リテア様の誕生日パーティの時だ。あの時も言っていた。今年はやらなかったのよね、ミラフの件があったから。しばらくアムレート城でのパーティはないのかな。
「そりゃ、男としては、可愛いメリを連れて歩くのは嫌ですよ、他の者に見せなければならないわけですから」
「私を見る人なんていないから、安心しなさい」
「わかってませんね、メリは」
何がよと聞きたいが、諦める。多分感覚の違いなのだ。私が理解できるものではない。
カルデラの手を取り立ち上がる。そして、マーベス、マリア様、ソフィア様と共にマシーナに向かう馬車へ乗った。そして、マシーナの境界にて、車に乗り換える。時間が夜中であれば馬車でもいいらしいのだが、他の時間は車通りが多く事故の危険性があるため、車での移動らしい。
黒光りする車に、ちょっと引き攣る。
「本当に動くのかしら……」
見た目は鉄の塊よね、これがガソリンで走るなんて考えられないのだけれど。そもそも、アムレートではガソリンすら使わないから、燃えやすい燃料としか知らない。冬の暖房に灯油とやらも使うらしいけど、アムレートじゃ薪が一般だもの、全く想像がつかない。カルデラは、車に慣れているようで、開けられた扉に臆することなく入り、私を綺麗にエスコートする。車は馬車と比べて天井が低くく、頭をぶつけそうだ、しかも乗れる人数が少ないときた。私はカルデラと二人で乗ることになった。別の車に三人が乗り込んだのを合図に、御者さん……車では運転手だったけ、が、何かを踏む動作をする。瞬間、物凄い音が車内に響き私は小さく悲鳴をあげた。
「エンジン音です、大丈夫ですよ」
「え、えんじん?」
「えぇ、ガソリンを燃やして、車を動かすためのものです」
うーんわからん。きっとざっくりとした説明をしてくれたのだろうが、私には理解できそうにない。
車は走り出してしまえば乗り心地は悪くないもので、快適にマシーナ城についた。でも、エンジン音だけはやっぱり嫌かな。
城は真っ白だった。広さはアムレートの方があるけれど、神々しいというか、神殿みたいな造りをしている。中に入ると、機械仕掛けの大きな時計が目に入る。
「なんかごちゃごちゃした時計ね?」
「あーそれは、一定の時間になったら鳴るんですよ」
「鳴る……?」
「はい、昼と夜の十二時になったら、鳴ります、音は時計によって様々です、あと鳴る時間も様々ですね、一般的には十二時です」
……なんて嫌な機能かしら。時計から音が出たら私ならびっくりして飛び起きるわよ。
「音で時間を知らせているそうですよ、それを利用した、置型時計なんかは、朝早くに鳴らして使用者を起こします、そのための機能です、確か目覚まし時計と呼んでたはずですね」
「要らないわよそんなの!」
無理矢理時計に起こされるとか、そりゃ時間は大切だけども。
「マシーナは時間厳守ですからね、アムレートはその辺り緩いですけれど」
学校ならまだしも、日常生活でも時間に縛られるなんて、なんだか疲れそうだわ。
「まぁ、時計なんか序の口です、ここマシーナ城は夜でも明るい城として、周りの国からは白夜城なんて呼ばれています、噴水とか光ってるのを見ると、技術の無駄使いだなと感じますね」
「噴水光らせる意味ってあるのかしら……」
アムレートにも電気はあるが、使うのは電球に対してだ。その電球だって高価なもので、一般家庭には普及していない。カンボワーズ家にもあるが、そこまで多くなく、吊るすものしか設置していない。クロム家に来て、置型のランプを見た時は、こんな高いものがと驚いたものだ。
流石機械技術大国マシーナ。その城ともなれば、機械仕掛けなのも頷ける。無駄だとは思うけど。物珍しいわけのわからないものを見つつ、会場となる広間に入る。広間は至って普通で安心した。
「普通ね、良かった」
「……貴女これが普通と思うんですね」
え、普通じゃない? 改めて全体を見る。広い部屋には人が大勢集まり、長机には様々な料理が立ち並ぶ、円形の机が置かれており、椅子が無いことから立食式だとわかる。それでも疲れ防止のため、壁際には椅子が並べられていた。気になると言えば、ステージに立っている細い黒い棒と、ステージの上に吊るされている横向きの太い黒い棒。あと、ステージの両端に黒い大きな箱がある。
「全部黒ね」
「用途はすぐにわかりますよ」
用途があるのか、そんなことを考えつつ、カルデラと共に端の方へ行く。一息ついた時、部屋が真っ暗になった。
悲鳴をあげる隙もなく、ステージだけが明るく照らされる。光を放っているのは吊るされている太い横向きの棒、あれ、ランプだったのか。そして、照らされたステージには、台が置いてあり、そこに一人の男の子が乗る。見た目はクリーム色のサラサラとした髪に金色の目、白い服がよく映える高貴な印象を受けた。彼は細い棒の先端に付いている何かに向けて口を開く。
「今日は、余が開催した舞踏会にお集まり頂きましてありがとうございます、急な開催でしたが、皆様どうかお楽しみくださいませ」
私は、黙っていた。いや、誰も喋ってはいないのだが、固まっていた。声が異様に室内に響いたのだ、しかもそれは変な音で、耳がキーンとする。こんな大きな音普段聞かないわよ。
広間に灯りが戻る。そしてざわめきも戻ってくる。それでも固まったままだった。
「今のがマイクとスピーカーです、ミカニ王が話しかけていたのがマイクですね、マイクを通してスピーカーから音を出しているんですよ」
「説明されてもわかんないわよ、とりあえず耳が痛い」
どうやら、細い棒の先端にあるやつがマイクらしい、そして両側の箱がスピーカー。音を大きくする機械だそうだ。もうわけわかんない。
「あはは、メリさん大丈夫?」
「マーベス、私この城苦手かも」
マーベスと、マリア様とソフィア様がにこにこして来る。心臓に悪すぎる城だ。
「メリちゃんの気持ちわかるわねぇ、煩くて落ち着けないもの」
「楽しい場所だろう、白夜城は」
ケタケタとソフィア様は笑うけれど、私は静かな方がいいです。
私がはぁーと息を吐くと。小さい男の子の声がかした。
「余の、城は、楽しんで、頂けてる、かな」
「へ?」
声がした方を見たが、誰もいない。首を傾げると、カルデラが下ですよと言ったので、下を向く。そこには先程ステージに立っていた人がいた。
「こんにちは、メリ嬢、余は、ミカニ・マシーナ、せがれが、迷惑を、かけた」
「あ、えと、メリ・カンボワーズです、ミカニ王」
私は慌てて一礼する。先程の挨拶では、流暢に話していたはずだが、今はカタコトで話しているのが少し気になる。しかしそれよりも気になるのが、背が物凄く低い上に容姿が完全に子供なのだ。
「余の、姿、気に、なるか?」
「あ、いや」
「良い、良い、これは、個性だ、喋り方も、然り、流暢に、喋ると、疲れる」
なるほど……? もうなんか、理解するのを放棄した。
「ぜひ、楽しんで、くれ、あと、せがれに、関して、謝罪する、メリ嬢の、おかげで、アムレートとの、喧嘩、避けれた、感謝する」
「いえいえ、私はリテア様を守っただけです」
「ふむ、マギア、良い、部下を、持った、余は、誇らしい、ガレイは、もう、そなたには、近づかない、安心、アムレートにも、入れさせない」
そう言うと、にっこり笑い、別の人に挨拶すると、その場を去る。そして感じたのは強い魔力の気配。ミカニ王、見た目は子供だがその実力は、確かなようだ。
「ミカニ王、メリのこと気に入ったようですね」
「そうなの?」
「あんなに長く話すミカニくん見たことないから、気に入ったのは事実ね!」
私は何もしていないけれど、気に入られたなら良かった。
そうして、白夜城の舞踏会が幕を開けたのだ。
改めましてミカニ王のご登場です。
似たような容姿の方が一人いますが果たして関係はあるのでしょうか。
今後に期待してくださればと思います。
本日も楽しんでいただけましたら幸いです




