第七話【誓いの言葉】
廊下を走る。それはもう全力で。背後では、余裕そうに追いかけてくる、マシーナの第二王子。
「なんだってのよ」
私は、中庭でメリを待っていた。ここ数日はずっと、メリと過ごしている。カルデラ様の婚約者で、元危険人物なんていけ好かないと思っていたが、日々疲れてやつれた顔をする彼女に自分を重ねた。
元から姫という立場により遠巻きにされてきた、父は私に甘いけど、そんな甘さは使用人には受け入れられず、私はわがまま娘だと罵られることも多かった。でも、私は姫だし、父が良いと言うのだからいいのよ。一人で孤立したって、寂しくなんかない、私が欲しいものはなんだって手に入るから。そう思っていたけれど、カルデラ様を見て、メリを見て、手に入らないものがあるのだと知った。それが二十歳の誕生日の時で、カンボワーズ家にアポを取った時は、即答で無理だと返された時だって怒りが湧いた。結局調べるのに、チャール家から話を聞くことになったのだ。まだ、チャール家が知ってたから遠回りにはならなかったけど。
そして同じ魔術学園大等部に来たのだから、化けの皮を剥いでやろう! と考えていたのに、メリは私以上に孤独な子だった。私には魔力なんてわからないけど、周りは彼女を遠巻きに眺めるし、ガレイは付きまとっていたが、その時のメリの表情ったら、見てられないくらいだった。その内何をやらかしたのか、彼女に敵意を向ける子がチラホラ出てきた。そして、あの日、メリを見つけ、話しかけたら、彼女はやつれきっていた。可愛らしい顔に力なく笑顔が作られている。それでも、作り物みたいなのに、血の気が引いた彼女の病的なまでの白さは、毒気を抜かれるどころか、心配になる程。
「……そこまで覇気がないと張合いがないわね、いいわ! メリ、貴女、購買で紅茶を買ってきて頂戴!」
「紅茶ですか? かしこまりました」
素直に頷く彼女に、少しだけ安心する。お茶でも飲んだら落ち着くだろう。
私の見込み通り、お茶を飲むとメリは落ち着いた。この子、もしかして私が思う程悪い子ではないのではなかろうか。そんな考えが浮上する。これは近くに置いといたら面白いかも、そう思って、毎日来いと言ったら、本当に律儀に毎日私の所へ来た。今までの使用人なら嫌な顔をするし、毎日は無理だと断られるのに、メリは嫌な顔もせず、私の頼みを聞いてくれた。話も聞いてくれた。その内に気付く、彼女は地下に入るような子じゃないって。こんなに良い子が、可愛い子が、人を傷つけるか? カルデラ様を助けたわけだし、カリナの罪をも軽くするよう言った。あの時は女狐めと思ったが、あれは本心でやっていたのではないか、と。
メリと過ごす時間は楽しかった。なにより、こんな風に対等に話してくれる存在が、初めてだった。そして、メリが魔力が高いのに魔法が使えないと言った。強すぎる魔力をコントロールできていないのだと、地下に入った理由もそれだと。私は魔術師を羨ましく思っていた。人よりできる事が多くて、皆から愛される、神から愛されている存在だから。でも目の前のメリは、その魔力で苦しんでいる、悲しんでいる。それがとてもいたたまれなかった。魔力だけで人を判断するのが、私が姫という肩書きで判断されているのと同じだと感じた。だから、笑顔で、言ったのだ。
「なら、一般人みたいなもんね!」
「え?」
「だって、魔力があっても使えないんでしょ? だったら私と同じで一般人じゃない、それでいて、魔術師に対しては恐怖を与えられるとか、役得ね」
これは本心だ。そして、遥か上のように感じていた、メリという魔術師に親近感を覚えたのである。嬉しかったのだ、彼女が私に近いことが。
メリとの日々を思い出す。いつの間にやら、カルデラ様なんか放置して、メリと普通に話せていたものだ。そして、今私を追いかけている男は、そんなメリを苦しませている原因。私に力があればすぐにでも撃退してやるのに、私にその力はない。ましてや、逃げるのが精一杯。
「なんで、追われてんのよそもそも」
一般部に入る。ここには確か使われてない教室があったはず、一回入って反対から抜ければ巻けるかもしれない。というか、ガレイは剣を抜いてんのに、なんで誰も反応しないのよ。
勢いよく教室に入る。よし、これで大丈夫……。
「なんで開かないの!」
反対の扉から出ようとしたらなぜかビクともしない。ガレイが教室に入ってくる、やばい追い詰められた。
「魔術師を舐めないでもらいたいね、このくらいならできるよ」
「なんの用なのよ」
ジリジリと追い詰められていく。窓側まで行くと、近くにあった椅子に躓き転ぶ。そして、剣先が、私の目の前に出される。
「ひっ」
「君は人質さ」
「人質……?」
「君をこうやって捕まえれば、メリ嬢が来るだろ?」
メリに用があって、私を捕まえる? なんて無策なのかしら。
「残念ね、私が捕まったからってメリが来るわけないでしょ」
カルデラ様の件であんなに言ったのだ。いくら、最近話してるからって来るわけがない。心配もしいないだろう。
「そうかな……まぁ、来なかったら君を殺すまでさ、時間がないんだ、一体なんだってんだ、どうして、ディウム・ティガシオンが動いたんだよ」
その目は焦点が定まっておらず、言葉には焦りが見える。ディウム・ティガシオンが誰なのか、聞くにも、答えてくれそうにはない。とにかくアムレートの貴族には名がないから、マシーナの貴族だろうか。尚更メリに関係ないじゃない。
「なぁ、お前はメリ嬢が何者か知ってるか?」
「何者か? 何言ってんの? メリはメリでしょ」
「そうじゃない、彼女には何かあるんだ、じゃなきゃ、ティガシオンが動いたりしない、手を出すなって言われたんだぜ? あの、他者に興味なんて全くないイカれたご当主様が、わざわざ言ったんだ」
何を言ってるのか全く分からない。ティガシオンとかいう貴族が、ガレイに対してメリに手を出すなと忠告したというのか。なんで? しかもイカれたご当主様って、もしかしてメリは、何か大変な人に目をつけられているのではないか。
彼女の優しい笑顔を思い出す。その笑顔はどこか寂しそうで、儚かった。
「あんたらの事情なんて知らないわよ、あの子はね、カルデラ様の婚約者なの、時期王国魔術師団副団長なのよ、あんたなんかに構ってる暇なんてないわ!」
もしメリに幸せを与えられるなら、それは間違いなくカルデラ様だ。こいつなんかに、可愛いメリを渡してたまりますか。
「あぁそうだ、その事についても不満げだったな」
「は?」
「あれは、僕の獲物だってさ、はは、笑えるよ、イカれたご当主様は、メリ嬢を使って何をしたいんだろうな?」
獲物……ですって? 何言ってんの。メリを使って何かをするって何をするの? さぁっと血の気が引いていく。私に魔力はわからない、でもメリの魔力がアホみたいに高いのは、周りの魔術師の反応でわかる。その、高い魔力を利用しようっての? 何に? 城一つ破壊しようと思えば破壊できる魔力。それの利用など一つしかない。
「メリを軍事利用でもしようっての……?」
マシーナは、技術の国。魔具の開発だって盛んだ。メリみたいな、魔力が高い子ならいくらだって、利用価値があるだろう。でも、魔術師って魔力を使い過ぎると死ぬはずだ。もしメリが、マシーナに連れていかれたら、その、ティガシオンとか言うやつがメリを捕まえたら……考えただけでゾッとする。きっと無事では済まない。
「そうかもな、そのくらいはするだろうよ」
「そんなの許さないわよ」
「君に何ができる? 俺に追い詰められている君が」
押し黙る。悔しいがその通りだ。私には対抗手段がない。だから、魔術師から下に見られるのだ。何もできないから。魔術師には敵わないから。
切っ先が、徐々に近づいてくる。私は目を瞑る。死ぬかもしれない、そう考えた時、来ないと思っていた声がした。
「リテア様!」
「メリ……?」
開かなかったはずの扉は開き、メリが入ってくる。目が合う前に、彼女は走ると、私を守るようにガレイとの間に立った。
「ガレイ様、どのようなおつもりですか、アムレートに喧嘩を売るというのですか?」
その声は強く、低かった。ガレイに対する怒りが見える。私のためにメリが怒ってくれているの? あんなに突っかかったのに。
ガレイは、まだ焦点の定まらぬ目をメリに向ける。
「なぁ、君は何者なんだ? メリ嬢」
その言葉は、ティガシオンがガレイに圧力をかけたから出たのだろうが、メリ本人には思い当たる節はないようだ。
「何を仰っているんです?」
「しらばっくれるのか、ティガシオンを動かしたのは君だろ?」
「ティガ……シオン……? いいえ、私はティガシオン家とは連絡を取ったことはありません」
「バカ言うな、おかげで父さんから怒られたんだ、君に手を出すなって、なんであのご当主様が出てきたんだよ!」
ガレイが、メリに向けて剣を振る。私はメリを庇おうと、立ち上がるが、その体は金色の光に包まれた。
「何を言ってらっしゃるのか、私には理解できかねますが、我が国の姫君に手を出すなら許しません」
メリは、私を抱き寄せる。そして、ガレイをキツく睨む。私を包んでいた光は、ガレイの剣に集まり、剣を砕いた。
「なっ……!」
「お引き取りくださいガレイ様、今なら間に合いますから」
ガレイは、砕かれた剣の残骸を眺めると、高笑いを始める。
私もメリも、ビクッと肩を震わせた。気でも狂ったのか。
「あはははっ! なるほど、確かにこれほどまでの力があれば、軍事利用でもなんでもできるさ! やっぱり君には何かあるんだよ」
ガレイの周りに、青い粉が舞う。それは術となり、浮いた水ができる。
「君がいれば、あの男への牽制になる、来てもらうよ」
「お断りします、カルデラの受け売りですが、どうも私は貴方の期待には添えないそうです、その魔術を解除してください」
「断る、時間が無いんだよ」
水は、大きく膨れ上がり、私は震える体を止められない、しかし、メリは真っ直ぐにガレイを見て、私を抱く腕に力を込める。
「大丈夫ですよ、リテア様、私が守りますから」
メリは、ガレイに手を向ける。ガレイは、その水を私達へ投げたが、それは、先程と同じように、光に包まれた。
「許さないと言ったはずです!」
メリが叫んだ途端、その光は膨張し、辺り一面を覆い尽くす。光が消えると気絶したガレイが横たわっていた。
「メリ、あんた……」
「……大丈夫ですか? リテア様」
私は崩れ落ちる。すぐにメリが支えてくれた。
怖かった。命の危険なんて、初めてだった。
「怖かったですね、もう大丈夫ですから」
「あんたってばほんとお人好しなんだから」
私はメリの胸の中で泣き崩れる。その間、メリは優しく頭を撫でてくれていた。
落ち着いて、メリを見ると、彼女は優しく笑っている。私は立ち上がってメリを見た。
「メリ」
「はい、なんでしょうリテア様」
深呼吸する。初めてメリが魔法を使うところを見た。自分の意思では使えないと言っていたが、今まさに使って見せた。私の前でその実力を見せたのだ。それは、この国とって、私にとって、必要なものだと直感した。
「貴女、アムレート王国魔術師団副団長になりなさい! そして、私とこの国のためにその力を貸してもらうわ! これは上官命令よ!」
あわよくば、私の護衛もしてもらいたいが、それは無理だろう。私の言葉にメリは、しばし目を瞬かせたが、私の前に跪くと、その頭を下げる。
「かしこまりました、このメリ・カンボワーズ、アムレート国のため、何よりリテア様、貴女のためにこの力を使うと誓いましょう!」
力強く、その宣言は教室に響く。
それは間違いなく歴史的瞬間だった。メリが、私に忠誠を誓うこと。これが、この国を左右していたなんて、私もメリ本人も考えていなかったのだ。
この作品において歴史的瞬間です




