第四話 【隣国の事情】
私は固まったままである。そんな私を眺める、カルデラの友人、ヴァニイもまた固まっている。マーベスは苦笑いだ。
急にやってきた男性、ヴァニイ・オルガン。彼はカルデラとは大等部時代の同期らしい。マーベスは懐いているが、友人のはずのカルデラは警戒している。うん、警戒してると思う。
「……なぁ、カルデラ」
「何でしょう」
「お前の婚約者さん、困ってるけど?」
客室に案内するまでに、とりあえず私が婚約者であることは話した。そして、客室に着くや否や、カルデラは私を抱き上げ、自分の膝の上に乗せると、後ろから抱きしめる形になる。そして、向かい合うように、ヴァニイ、マーベスが座っている。
「もう慣れましたから、気にしなくていいですよ、ヴァニイ様」
「慣れたって、常にこんな感じなのかよ?」
私は頷く。マーベスも頷く。ヴァニイは目を丸くする。
「こりゃ驚いたな……あのカルデラが……いやでも、ふむ」
何か考え込んだヴァニイに、私は首を傾げる。カルデラは、その思考を遮るように言葉を発した。
「ヴァニイ、貴方まだマシーナにいますよね?」
「ん? あぁ、俺が故郷を離れるわきゃないだろ、何でそんなこと聞くんだよ?」
この人マシーナの出身なのか。遠くから来たと言っていたが、マシーナから来たのだろう。隣国とはいえ、両国とも国土は広い。ましてや、クロム家はアムレート中心部から離れた場所に屋敷を構えている。ほんとに遠路はるばる遊びに来たものだ。
「魔術学園大等部一年に、ガレイという男が通ってましてね」
「ガレイ? あぁ、第二王子サマのことか」
「そいつです」
リテア様にしてもそうだが、この人達、王族に対して無礼過ぎないだろうか、いつか捕まるぞ。
しかし、ヴァニイがガレイのことを知っているなら、聞いてみる価値はあるかもしれない。
「メリが言い寄られてましてね、困ってるんですよ」
「言い寄られてる……?」
ヴァニイは私を見ると、あぁと声を出した。そして、頬に手を当て、真顔になる。
「嬢ちゃん、魔力えっぐい高いもんな、今のマシーナの王は魔術師の家系だ、すぐに狙われたわけか」
「そんなとこ……です」
私は言い淀んだ。他にも色々理由はあるだろうと察せれるからだ。
「しっかし、第二王子サマも何考えてんだか、婚約してることは言ってあるんだろ?」
「言いました、極力関わらないようにもしてます」
「それで諦めないって、相当ヤキ回ってんな」
「ヤキ?」
おうよとヴァニイは頷く。そして今のマシーナの現状を語り出した。
マシーナは、機械技術大国であると同時に魔具大国でもある。魔法道具研究所があるのだから当たり前ではあるが、その技術力は他国を圧倒し、小さかった国はあっという間に大きくなった。魔具を最初に軍事利用したのもマシーナだ。石油が取れるようになると、車を始めとした、移動型要塞を作り上げるようになった。それは後に戦車と呼ばれ、魔具と合わせてその威力を発揮した。
「アムレートで魔術師の地位が高いように、マシーナでは魔具をより高度に扱える者が地位が高いんだよ」
そんな中で、現在のマシーナの王。ミカニ王は、魔具を使わず、己の魔力のみで打ち勝った。その実力は自他共に認めるもので、彼が王になることを反対した者はいなかった。
「ただそれは表向き、魔具によって地位を高めた者にとっちゃ面白くないわけだ」
その中でもティガシオンという家系は王に対して強い反感を持っているらしい。しかもこのティガシオンは、風魔法の魔術師の家系で、そのあまり強くない魔力を魔具によって補填しているとのこと。
「今んとこは睨み合いで済んでるよ、ティガシオンだって、魔具を使っても純粋に力の強い魔術師には勝てねぇってことはわかってる。ただマシーナはな、技術大国だ、今はそれで済んでいるが、それも長くは持たねぇさ、何より王も長くない。その子供達である、ガレイ様達が焦るのも無理はないな、王がいなくなれば、ティガシオンはすぐにでも謀反を起こすだろうよ」
その前になにか対策を打たなければならない、そこでガレイが目に付けたのが私というわけか。
「魔術学園に行ったのだって、魔力の強い娘を探すためだろうな、メリさんは打って付けってわけさ」
恐らく、王子達は、父親であるミカニ王程の魔術の才能はないのだろう。だから外から連れてこようとしている。そうすることで、魔具では勝てないと知らしめるために。
私はため息を吐く。なんかとんでもない事に巻き込まれている。
「私、魔術使えないんですけど……」
そんな壁みたいな扱いされたって、貴方達を守る術を私は持っていない。私の言葉にヴァニイさんは、首を傾げる。あ、言ってなかったか。
「魔術使えねぇの? そんなに高い魔力あんのに?」
「はい、コントロールができてないんです」
「なるほどねぇ……」
しばらく黙ると、ヴァニイはよし! と叫び、手を叩く。いきなりの行動にその場にいる全員が驚く。
「第二王子サマのことは調べといてやるよ! その間にカルデラ、お前は彼女から目を離すんじゃねぇぞ?」
「言われなくとも、あんな奴に渡す私ではありません」
再度強めに抱きしめられ、私は笑う。カルデラって独占欲強めだよね。
「その様子なら大丈夫そうだな、んじゃ俺はお暇させてもらうかな、面白いもんも見れたし」
私とカルデラを見ると、屈託のない笑顔を向けられる。面白いものって、カルデラの行動なのだろう。
ヴァニイを見送る。マーベスは元気よく手を振っていたが、カルデラは私を抱き寄せたまま、それをじっと眺める。
「カルデラ」
「どうしました?」
「あんた、もう少し対人関係良くしてくれない?」
苦労するの私なんだけど。しかしカルデラは、私の抗議など何処吹く風で、私に優しく微笑むと、メリ以外には興味などありませんからと断言される。ヴァニイ、こんな奴と友人やってくれるなんて、優しい人だわ。
揺れる馬車内で、外を眺める。四季色とりどりのアムレートは、見ているだけで楽しいものだ。
「しっかし、カルデラの奴、何考えてるんだかな」
先程のカルデラとメリの様子を思い出す。メリの方は、普通に笑っていたが、カルデラは始終無表情だった。俺に対して警戒と敵意を向けていた。
「お前らには渡さねぇって雰囲気だったなありゃ、あーあ、リーダー怒るぜ全く、あの人怒らせると手がつけられねぇんだから勘弁してくれや」
それに、第二王子サマである、ガレイがメリを狙っているとなると……そう考えさらに顔が曇る。
カルデラの行動は置いといて、メリが王側に付くとかなったら厄介だ。切れかけている火蓋はすぐに切れるだろう。そうなる前に、ガレイには諦めてもらう必要がある。これ以上リーダーを怒らせないでくれ。
「本当に存在してることにも驚きだけどよ、あの子の存在は、思うより危ねぇな、今はカルデラに預けておくのが無難か……」
魔術師の家系には時より魔力があるにも関わらず魔法を扱えない者が生まれるという。その者が起こす奇跡は常軌を逸し、それこそ神のようであると書には残っているが、見た者は誰もいない。そして、どんな奇跡を起こせるのかもわからない。ただ、それが国を左右してきたのは歴史が証明している。アムレートも、マシーナも、そんな者がいると知れば喉から手が出る程欲しがるだろう。今メリは、アムレート側だ。カルデラの婚約者ということは時期魔術師団副団長候補。アムレートが彼女を囲う前に、マシーナは手を出すだろう。マシーナというより、ティガシオンが黙っていない。彼女一人の存在の大きさは、誰よりも知っているからだ。
そうなった時、カルデラはどう行動するだろうか。ティガシオンと戦うのか? あいつが、そこまでの馬鹿だとは思えないが、今日の様子を見る限りやりかねない。
「お前が惚れ込んでどうすんだよ」
メリは想像していたより、可愛らしい子だった。人形のような、生きた芸術である。生きていないと言われても納得してしまうくらい、その容姿は作り物のようだった。長く一緒にいれば、惚れるなって方が無理があるのかもしれない。カルデラだって男だし、リーダー程狂っちゃいない。ただ、それを考慮する男じゃないんだよ、リーダーは、ティガシオンのご当主様は。
「しばらくは様子見だな」
とにかく今は、第二王子サマだ。あれにメリを渡すのだけは避けねばならない。そんな事になったら、マシーナは火の海だ。リーダーは、国なんてどうでもいいだろう、目的はただ一人、メリを手に入れること。
馬車がマシーナ国に入る。俺はどう報告したらいいかなぁと頭をフル回転させた。
自室に入る。今日はメリも一緒だ。
「前にも思ったけど、カルデラの部屋って殺風景よね」
メリはキョロキョロと可愛らしく部屋を見渡す。その様子を見るだけで、自然と顔が綻ぶ。
「必要最低限の物しか置いてませんから」
「魔術書は必要なわけね……」
本棚にビッシリと並んだ魔術書をメリは呆れたように見る。
「本棚に入っているのは読破してますけどね」
「うぇ、あんたの魔法に対する熱量、今更だけど舐めちゃいけないわね」
本棚を眺めているメリを抱き寄せると、そのままベッドに座る。ふわりと、甘ったるいくらいの甘い匂いがして、そのまま髪に顔を埋める。
ヴァニイがやってきたのは、想定内で想定外だった。いつか来るとは思っていたが、想定より早い。一年も待たなかったか。
「ヴァニイ様、ガレイ様を調べるって言ってたけど、どうするんだろ?」
「……ヴァニイは、ティガシオン家と深い繋がりがありますから、そこからでしょうね」
「ふぇ! それってガレイ様の敵じゃない!」
メリがわかりやすく驚く。それもそうだ、ただ、そうでなければ、自分はメリの話をしなかった。
目的はどうであれ、ティガシオンもメリを王に渡すわけにはいかない。今はそれを利用した方がいい。
「だ、大丈夫よね? ガレイ様なんかあったりしないわよね?」
「メリに何もしなければ、普通に生活できますよ、とりあえずは」
自分の言葉に青ざめたメリを優しく撫でる。そして、外を見た。
ティガシオンは確実に行動してくるだろう。それを利用するのは賭けである。メリ本人は自分の能力の強さに気付いていない。自分の能力が、存在が国の行く末を左右するなど、考えてもいないだろう。それでいい、知らなくていいのだ。こんな馬鹿げた権力争いなど、メリは考えなくていい。魔術師団副団長になれば、メリは正式にアムレート側となる。そうすれば、囲うことが可能だ。それまで、自分と結婚するまで、何も知らないまま、普通に生きてくれれば問題ない。
「時間はあると思っていたんですがね」
「カルデラ? なんか言った?」
「いいえ、さて寝ましょうか」
私が笑いかけると、メリは苦笑いになる。メリはよく苦笑いを返してくるが、そんな自分に対する冷たい態度も愛らしいものだ。
「ほんとに一緒に寝なきゃダメ?」
「いいと言ったのは貴女でしょう?」
うぐっと言い淀む彼女の額にキスをする。
赤面するメリを抱きしめ、ベッドに横になると、目が合った。
「おやすみ、カルデラ」
「はい、おやすみなさい」
魔術師は大事に大事に育てられるものだ。メリにもその権利はある。十年もの間一人だったのだ、いや、その前からメリは一人だった。だから、今は、これからは、ベタベタに甘やかされたって、バチは当たらないだろう。
「貴女は、ただ笑っていてくださいね」
メリは静かな寝息を立ている。その陶器のような肌を撫でると、ちょっとだけ動く。
ここまで彼女を愛しく思うなんて思っていなかった。いや、出会った当初から、その片鱗があったのは自覚している。女性を可愛らしいと感じたのは初めてだった、欲しいと、この手に収めておきたいと瞬間的に感じたのも初めてだ。抱き寄せたのも初めてだったが、更に緊張したのだって我ながら驚いたのも覚えている。その時点でこうなることはわかりきっていた。ティガシオンとの敵対関係、これは得策ではない。けれど、メリをあのイカレ野郎に渡すわけにもいかない。そんな事をしたら、メリが苦しむのは目に見えている、下手したら死ぬかもしれない。
自分が撒いた種だ、自分で片付けるのが筋というもの。メリの頬に軽くキスをすると、これからのことを考えた。




