第三話 【牽制】
次の日の昼休み。三日目にして本格的な授業が始まったので、昼休みができた。私は逃げるように外に出て、高等部に顔を出している。
「兄さんが怖いものかぁ」
話題はもちろん昨夜の事だ。料理人が作ってくれた美味しいお弁当を食べつつ、話しながら振り返る。
「研究所の話を出した時は明らかに変だったのよね、マーベスは何か知らない?」
「いや、僕には分からないよ、兄さん今だからこそよく屋敷にいるし、城にも顔を出してるけど、メリさんが来るまでは、屋敷の研究室にいるか、ふらっといなくなるかだったからね」
「ふらっといなくなる?」
そう言えば、私が屋敷に来た当初もあまり会わなかったなと思い出す。カルデラがよく屋敷にいるようになったのは、リテア様の誕生日パーティからだ。それまでは、たまに屋敷で見かけたら挨拶を交し、健康状態を報告していたのを思い出す。
ずっと、城か屋敷の研究室にいるものだと思っていたが、どこかに行っていたのだろうか。
「それこそ、魔法道具研究所だったりして」
私は冗談めかして言う。魔法のためなら、手段を選ばないカルデラでも、流石に隣国には行くまい。
「うーん、それはないと思うよ、魔法道具研究所って、マシーナの最北端にあるんだよ、屋敷からなら五日はかかるね、転移魔法でも使わないと現実的じゃない」
「そんなに遠いの?」
頷かれ、それなら無理だなと思う。朝食とかにはいたし。
結局カルデラが何に怖がっていたのかは分からず、時間が来たのでこの場は解散する。情報が少ないから仕方ないか……。なんだか、寂しい。私は婚約者だ、なんでも話して欲しい。それが無理なのは理解しているけれど、あんな風に隠されると、心配になるし、何より王でも守れないってなんだ。
「私じゃ、牽制にもならないのかしら、だとしても、それをなんでカルデラは知ってるの?」
屋敷からでは、五日はかかる距離にある研究所。転移魔法を使えば行けなくはないが、カルデラは転移魔法は苦手だ、使えなくはないが、座標がブレると言っていた。正確に送り出せないので使わないらしい。同じ理由で探知魔法も苦手だ、基本ざっくりなのである。きっとこれは性格によるものだろう。カルデラ雑だもん。
学園生活何度目かわからないため息を吐く。カルデラは何かを知っているのは事実だ。それが、魔法道具研究所とマシーナに関わることなのも確実。でもそっからは予想すらできない。
「そもそも、王が怖がる魔具って何よ……」
ガレイは、王が魔術師だと言っていた。王になるくらいだから、それなりに魔力量はあるはずだ。その王が、魔具程度で怖がるだろうか。それに、研究所のリーダーもそうだ。相当な変人らしいが、王が手を出せない程の実力者なら、なんで研究員なんてやっているのだろう。権力に興味がないのかな、カルデラみたいな魔法馬鹿とか。考えてもキリがない予想が浮かんでは消えていく。そして感じるのは、私は本当に何も知らないんだなということ。カルデラは自分を語らない、語りたがらない、私はそれに甘えて知ろうとしてこなかった。
「私、ミラフ様やカリナ様のこと言えないわね」
冷たい関係であった二人を思い出す。私は、肩書きを見ていたわけではないが、彼を彼として認識するのは遅かった。他人事の操り人形のように過ごしていたのだ。感情がある人間でありながら、その感情を自分から捨てていた、カルデラがそれを見透かしていないわけもないだろう。
本来、カルデラは私を使って何をしたかったのだろう。魔力の解明とか言っていたっけ、そう、彼は、当初私を実験動物として扱っていたはずだ。今はあれだけ甘いが、それは最初からではない。だとすれば、連れ出した本当の目的があったはずなのだ、それを取りやめたということだろうか。
「それとも、私が完全にコントロールできるまで待ってる?」
わざわざ婚約までして、彼は私をあの屋敷に縛った。リテア様を遠ざけたかったとしても、強硬手段だし、自分の人生を左右する決断だ。だから、私も冗談じゃない! と拒絶した。けれど、彼にそこまでしなければならない理由があったとすれば、説明がつく。説明はつくのだが、最近の彼を見ていると、ここまでの考えが全て崩されるのだ。
「この甘さは明らかに演技ではないわよね」
カルデラを、疑えればどれだけ良かっただろう。出会った最初であれば、疑い警戒できた。しかし、一年過ごしてきて、様々なことを経て、私もカルデラも変わったのだ。
城にも、屋敷にも顔を出さなかった、そんな彼が今は真面目に魔術師団の引き継ぎをしているし、屋敷にもよくいる。私はそれが当たり前だと考えていたが、使用人達から、マリア様やソフィア様にも、感謝された事がある。それだけいなかったわけで、そんな彼が、私を大事にしてくれるし、大切にしてくれる。何より、痛いくらいその愛情は伝わってくる。その事実が、私の考えを混沌に誘う。当初と今では目的も何もかも変わってしまったのかもしれない、だから私に隠している。知られるのを怖がっている。
けれど、その嘘は長く続くのだろうか。隠せば隠す程、私達人間は知りたくなるものだし、何より、当初の目的がその隠していることだとすれば、その宙ぶらりんとなった目的はどうなるのだろう。カルデラ一人の目的なら、それこそ破棄して終わりだ、ただ研究なんて一人でどうにかなるものではない、協力者は必ずいるはずなのである。その協力者は、カルデラが私を匿うのを良しとするか? 少なくとも私ならしない。勝手な理由で止めるなんて許さないだろう。そうなれば、向こうから何かしらのアクションがあるはずだ。
「掛けてみるしかないわね」
近いうちに動きがあるだろう、何せ一年経っている。もしかしたら、協力者も私が完全にコントロールする日を待っているのかもしれない。つまり、私次第ということだ。この学園生活の四年間で、私は魔力をコントロールする。そう決心を固め、教室の扉を開く。授業に、生活に、この答えがあるはずなのだ。
真剣に教師の話を聞く。気になる場所はメモしておく、後に調べるために。特に魔具やマシーナのことはメモをしておいた。これはカルデラにも繋がるからだ。そんな授業が数週間続き、リテア様やガレイを軽くあしらいつつ、マーベスやクリアと昼休憩を共にして、二人から魔具について教わる。と言っても、私が知る以上のことは二人も知らなかった。魔具自体国家機密な部分が多く、授業でも詳しくは触れないからだ。魔術師ではない者が、魔術師に対抗できるように開発された魔具。今や戦争にだって用いられ、その猛威を振るっている。自分の意思で自由に使える魔術師には、威力が劣るとはいえ、一般人からしたら立派な凶器である。人の役に立つ反面、それは人を殺す道具でもあるのだ。学園で詳しく触れたくない理由はそれだけで充分だろう。
中庭を歩く。ここ数日で、人生で一番頭を使っているし、様々な事を考えている。らしくもなく調べ物もするし、知らない知識を知る喜びすら、感じる暇がない。必死なのである。
「一人を解明するのがこんなに大変なんて聞いてないわよ……」
私だったら解明は簡単だ。そもそも私の歴史なんて、地下に入る前の十二年間しかない。地下に入った後は、地下から出てないのだから。その十二年だって、カンボワーズの屋敷と学園の小等部を行き来していただけで、中身なんてものはないに等しい。しかし、カルデラは違うのだ。今年で三十歳になる彼は、その歴史も歳と同じである。しかも、一緒にいたマーベスや親であるマリア様やソフィア様ですら、詳しく知らないのである。カルデラは、ミラフとの一件以来、人とは極力関わってこなかった。それは家族も同じで、最低限の会話だったと。マーベスが私の話を持ち込んだのは、カルデラなら気になるだろうと踏んだのと、兄と話したかったから、という理由だと言われた時は、なんかもう、カルデラを正座させて説教したい気持ちになった。他者に対する興味が希薄すぎる、そりゃリテア様も邪魔扱いになるわけだ。
「相変わらず、浮かない顔してますね」
「御機嫌よう、ガレイ様」
にっこり微笑むガレイに、私は作り笑いを向けて距離を取る。
カルデラも気がかりだが、私はこいつらも対応しなければいけないのだ。リテア様だって、どうにかして仲良くしなければならないし、ガレイもどうにかして遠ざけなければならない。対人関係ってこんなに大変なのね。
「他人行儀なのも相変わらずですか」
「私は、ガレイ様とは婚約する気ありませんから」
この会話も何度目となるだろう。私は拒絶の意志を彼に向け続けている。しかし、彼は諦める気配はない。それだけ研究所が怖いのだろうが、私を巻き込まないでほしい。お陰でカルデラの事について調べられたのは感謝するけど。
私は踵を返し、帰りの馬車がある校門に急ぐ。後ろからガレイが話しかけつつ、付いてくるが無視を決め込む。そろそろ諦めてくれないかな。校門に着くと、何やら女子生徒が騒いでいて、私は更に眉間に皺を寄せた。
「何かあったようですね」
ガレイも不思議に思ったのか、私の隣に来ると首を傾げて眺める。私は返事を返さず、女子生徒が集まっていない場所を通り、校舎を出ようとしたら手を捕まれ、抱き寄せられた。
「メリ、授業は終わったようですね」
「あら、カルデラじゃない」
カルデラは、迎えに来ましたと言う、迎え? と、疑問に感じていたが。そう言えば仕事が早く終わったら迎えに来るって言ってたな。
「その方がメリ嬢の婚約者様ですか?」
後ろからガレイの声がして、あっと一言。すっかり忘れてた、そういや付いてきてたわ。
「……カルデラ・クロムです」
私に優しく微笑んでいたカルデラだが、瞬時にガレイに鋭い視線を向ける。ガレイは、やけににこやかだ、王子の余裕かな。
更に私は引き寄せられた、そして、その腕に力が込められる。こういうことするから、あんたを疑うに疑えないのよ。
「ガレイ・マシーナです、マシーナの第二王子となります、以後お見知りおきを」
ガレイは、優雅に一礼する。その声は異様に低くく、牽制しているのだとすぐにわかる。しかし、こんな事で怯むカルデラではない。
「マシーナの第二王子の方でしたか、マシーナはアムレートと友好的な関係です、今後お会いするかもしれませんね、その時はメリ共々よろしくお願い致します」
あくまでも王族として、そして時期王国魔術師団団長としての言葉。ただし、挟まれている私は、周りの視線に憂鬱になるだけである。これ、更に腫れ物扱いになるな。それでも、見目が良いカルデラを見ようと集まっていた女子生徒がいるのだ、明日どうなることだろうか。
チラリと周りを見る。この集まりの中心はカルデラである。こいつを詳しく知らない人は、その見目の良さに惚れ込むのだ。特に魔術師ではない人、リテア様がまさにそれである。そもそも魔術師同士は、相手がどの程度の強さを持っているか理解できる。確かに自分より上の者に惹かれやすいが、上過ぎるとむしろ恐怖を覚えるのだ。カルデラは、無属性の魔術師で、魔力の高いクロム家の長男。私程ではないが、カルデラも畏怖の目で見られることが多い、何より変人と名高いので、無意味に近付く人はまずいない。同じ理由で、魔術師であれば、私に対して畏怖はすれど、敵意は向けてこない。そんな事して反撃されたら怖いからである。魔法が使えなくとも、魔力だけで充分に遠ざけられる。それが通用しないのが、魔術師ではない一般人。魔力がわからないのだから仕方ない。
カルデラを見て、その腕を軽く叩くと、カルデラはこちらを向く。私はそれを確認して言葉を紡ぐ。
「迎えに来てくれたんでしょ? マーベスももう少ししたら来るから、先に馬車に乗りましょう」
早くこの場から去りたかった。人の怯えた目は慣れているが、敵意は慣れていない。それに、この敵意にカルデラが気付く前に去らねばならない、私は何もしないしできないが、カルデラは問題なく魔法を扱えるので。
カルデラが離してくれたので、ガレイに一礼し、カルデラを無理矢理引っ張ると馬車に乗る。すぐに、苦笑いを浮かべたマーベスが馬車に乗り込んだ。
「なんだか、騒がしかったねー」
「全くですね、煩わしいもので」
「あんたは、自分の見た目が良いのを自覚すべきよ」
弟であるマーベスだって、見目がいいからそれなりに目立つわけで、学園では密かにマーベスのファンサークルなるものができているのに、そこに兄であるカルデラが来れば、阿鼻叫喚間違いなしなのだ。しかもあの場には、マシーナの第二王子であり、これまた見目麗しいガレイがいたわけで、その間に立たされた私の気持ちをくんで欲しい。
馬車は真っ直ぐクロム家につく。マーベスが降り、カルデラが降りると、カルデラの手を取り私も馬車を降りる。すると、明るい男性の声がした。
「よぉ! カルデラ、元気そうだな!」
右手を上げ挨拶するのは、ストレートの黒い髪を上部で一本に縛り、右側の前髪が左側より少し長くなっている不思議な髪型をした男性。その目は炎のような赤、クレイも赤だけど、この男性は明るい、燃えている感じ。左目の視力が悪いのか片眼鏡を付けており、上品な暗い紫色のモーニングコートを着るその姿は、気品がありつつ、なんだか玩具を見つけた子供みたいな無邪気さがある。
「ヴァニイさん! 久しぶりだね!」
「おー、マーベスお前も元気にしてたみたいだな!」
どうやら、知り合いらしいと判断するが。笑顔のマーベスとは違い、カルデラは彼を冷ややかに見る。知り合いに向ける顔じゃない。
「ヴァニイ、何しに来たのです?」
「相変わらず愛想ねぇなー、マーベスを見習えよ」
その言葉に私はつい頷いてしまう。しかし、カルデラはその言葉に返事はしない。
カルデラの手は取ったままだが、その手に力が込められる。まるで先程のガレイとの会話みたいに。もしかして、牽制してんの? 知り合いに? とカルデラをじっと観察する。カルデラはヴァニイから視線を外さない。妙な緊張感が私を包む。その静寂を切り裂いたのはヴァニイだ。
「……ぶはっ! そんなに警官すんなよ! 友人が遊びに来て悪いかー?」
「友人?」
私がヴァニイを見ると。ニカッと笑われ、綺麗に一礼された。
「俺はヴァニイ・オルガン、カルデラとは魔術学園大等部の同期で友人だ」
「メリ・カンボワーズです、ヴァニイ様」
カルデラに手を掴まれているままなので、軽く一礼する。大等部の友人か、それにしてはカルデラ怖いけど。こいつ、ほんとに対人関係ダメダメね。
「ヴァニイさん、せっかく来たんだから、屋敷に入りなよ! ね、兄さん良いよね?」
「……えぇ、そうですね」
「お、ありがとな! いやぁ、遠くから来たから腹減ってんだ」
喜ぶマーベスとヴァニイとは違い、警戒を解かないカルデラに、私は視線を向けたが返ってくる言葉はない。
私は改めてヴァニイを見る。話した感じは悪い人ではないが、何か裏があると言うのだろうか。




