第二話【氷の魔術師】
登校二日目。教室内では遠巻きにされたどころか、腫れ物扱いである。初日からリテア様に敵宣言された挙句、隣国の第二王子、ガレイから求婚され、それを一刀両断したため、様々な意味で有名人となった。
「あの子が、リテア様から敵と言われた子?」
「ガレイ様の婚約申し入れも断ったらしいわよ」
「えー、有り得ない、そんな羨ましい申し入れを断ったの?」
等々、目立ち過ぎるくらいに目立っている。魔力が高い以上、隅にいても気付かれるし、穴があったら入りたい。
「おはよう、メリ嬢、浮かない顔してますね」
「おはようございます、ガレイ様」
私はそれはもう他人事のように一礼する。私の冷たい態度に、更に周りはザワつくが、私カルデラ以外と婚約する気ないの。諦めてもらうには、冷たくするのが一番だ。
「可愛らしい顔が台無しになりますよ、元気出してください」
「あはは、ありがとうございます」
誰のせいで憂鬱だと思ってんだこの馬鹿王子。
なるべく、ガレイとは関わらないようにし、二日目を終える。私から関わらなくとも、向こうから話かけてくるのだが。
「メリ嬢、今日は予定ありますか?」
「あ、ごめんなさい、人と会う約束がございますので、失礼します」
足早に教室を出る。嘘は言ってない嘘は。
「あ、いたわね、メリ!」
「リテア様、お疲れ様です、私これから人に会うので失礼します」
廊下でリテア様にも鉢合わせたが、サラッと流す。それはもう早口に。
二人を掻い潜り、高等部に着く頃には、精神が削りきられていた。
「メリさん、こっちこっち!」
「マーベス、わかったわ」
マーベスを見ると急に安心感が出てくる。信用できる人がいるっていいな。マーベスの案内で高等部の食堂へ来る。魔術学園は、それぞれの校舎に食堂がある。本来であれば、大等部である私は高等部の食堂には入れないのだが、マーベスが学園長から許可を貰ったらしい。流石クロム家、融通が効くものだ。
食堂には、一人の女性が座っていた。水のように透き通った、水色の髪は肩くらいで切りそろえられ、その目は氷のように冷たい色を宿す、しかしその声は元気そのものだ。
「マーベス様! お隣にいらっしゃいますが、メリ様ですね!」
「クリア、うんそうだよ、メリさん、彼女は、クリア・グラセ、氷の魔術師」
「メリ・カンボワーズです、クリア様」
一礼すると、クリアは首を盛大に横に振る。そして私の手を取ると、うっとりとした顔で私を見た。
「私の事はクリアで構いません、ずっとお会いしたいと思っていたのです、あぁ、聞いていた通り可愛らしい方で!」
えーっと……困惑でマーベスを見るが、マーベスは苦笑いを返すだけである。
「じゃあ、クリアって呼ぶわ、私に会いたかったの?」
「えぇ! マーベス様にカルデラ様の婚約者が来たと教えて頂きまして、その方が物凄く可愛らしいとお聞きしまして! 噂通りの美しさと可愛らしさ! 私感動しました!」
どうやら、褒めてくれているらしい。私そんなに可愛い容姿してるのかな。幼いって意味ではそうかもしれないけど。
とりあえず落ち着いたクリアの前に私は座る。マーベスは、クリアの隣だ。
「取り乱してすみません、メリ様、改めまして、クリア・グラセです、グラセ家は氷の魔術師の家系でして、私も氷の魔術師です」
クリアは証明するように、魔法を使う。水色の粉が舞うと、私の目の前で術となり、浮く氷が現れた。
「凄いわね」
「メリ様に比べましたら序の口ですよ、物質も魔術も通さない結界を張ったのでしょう? そんなことできる魔術師なんて、聞いたことありません」
「たまたまよ」
私は肩を竦める。カルデラが危険にさらされた時、咄嗟に出たのがその結界であり壁だ。ただ、あれから出そうとしても出せない。姉様は条件があるのだろうと言っていたが、その条件すらよく分からない。カルデラは感情だと言っていたが、感情だと言うなら、念じて出てきてくれたらいいのに。
「そしてその謙虚さ……惚れ惚れします」
「あの、クリア?」
「はっ、すみません、その、私可愛い人が大好きでして、メリ様の容姿は、好みドンピシャなのです! 着せ替えたいです!」
「クリア、落ち着いて、メリさん困ってる」
マーベスが止めたことにより、クリアは深呼吸する。変わった子だなぁ。
私はマーベスと顔を見合わせると、クリアにもわかるように、リテア様、そしてガレイの話をする。
「ふむ、マシーナの第二王子ですか」
「あの、私そもそもマシーナ王国のこと、あんまり知らないんだけど、どんな国なの?」
「マシーナが、機械技術大国なのは知ってますか?」
私は頷く。機械技術の発展と車の普及くらいなら知っている。
「あの国はですね、今危機的状況なのです」
「危機的状況?」
神妙な顔をして頷くクリアに、マーベスが代わりに話してくれた。
「マシーナには、魔法道具研究所って言って、魔法道具を開発している研究所があるんだけど、どうやら、国の意志とは関係ない開発を行っているらしいんだ、その開発が何なのかはわからないけど、マシーナの王はそれを怖がっていてね、ガレイさんがメリさんを引き込みたいのは、魔法道具研究所への牽制だと思うよ」
魔法道具研究所……魔具は、魔術師でなくとも魔法が使えたり、本来なら無属性の魔術師しか使えない、探知魔法や転移魔法を扱える便利道具だ。マシーナは、その機械技術を活かして、アムレートと一緒に様々な魔具を作ってきた。その結果生まれたのが、地下資源の採掘魔具、石油の抽出機械だ。その様々な研究しているのが、魔法道具研究所なのだろう。
そんな場所が危険な研究をしていれば、王が危惧するのはご最もだ。そして、魔力が高い私がいれば、研究所も手が出せないということか。
「余程怖がっているのね」
「研究所のリーダーさんが、相当な変人らしくてね、王も手網を握れていないんだ、実際良い噂は聞かないよ」
変な人って、存外多いわね。これが他人事なら、それだけで済むのに、他人事じゃないから困ってしまう。
「つまり、ガレイ様が私を諦めることは……」
「ないと思います、メリ様がいれば、国は安泰ですから」
どうやら、簡単に解決する問題ではないようだ。研究所をどうにかするのは私には無理なので、四年間できるだけガレイに関わらないのが、一番良いのだろう。リテア様すら解決できてないのに、もう一つ解決不可能な問題が出てくるとか聞いてない。
「普通の学園生活を送りたいだけなのに」
「メリ様程の魔力をお持ちでそれは難しいですね」
「そんなぁ……」
私はガックリと肩を落とす。姉様、貴女の言葉が身に染みました。初日から王族の男に目をつけられました。
クリアと別れ、クロム家に戻る。私は自室に戻ると、ベッドに横たわる。本当は着替えなきゃいけないのだが、疲れすぎていつの間にか寝てしまっていた。
「……り……メリ」
「んっ……」
声がして起きる。すると、カルデラが、優しく髪を撫でていた。
「カルデラ……?」
「お疲れのようですね」
起き上がり、着替えてないことに気づき、あーっと声を出した。二日しか経っていないのに、なんかもう、一ヶ月くらい経った気分である。
私はカルデラを見る。そういえば、カルデラは研究所のことを知っているのだろうか。
「ねぇ、カルデラは、魔法道具研究所って知ってる?」
「……どこでその名前を?」
撫でていた手がピタリと止む。その目は顰められ、睨まれている。私はヒェッと言いかけたが、この反応、知っているな。
「えっとね、マーベスから聞いたのよ」
「マーベスから?」
怒っているわけではない、こちらを伺うような声に、私も言葉を選ぶ。もしかして禁句だったのだろうか、でも隣国の研究所だぞ、禁句になることあるだろうか。
「私と同じ教室にね、マシーナの第二王子がいるのよ、ガレイ様って言うんだけど、彼に話しかけられたから、マシーナのことについて、マーベスとマーベスの友人のクリアに聞いたの」
「第二王子に話しかけられた……?」
「あっ」
今度は明らかに怒気を含む声だった。やべ、こっちは絶対に禁句だ。
私はそっぽを向く。これはなんと言えば正解? 話しかけられただけで、何もないって言っても無理よね? 信じるカルデラではないわ。
「メリ」
「は、はい、ってちょい!」
私の左手に、右手が絡められ、そのままベッドに押し倒される。暗くてカルデラの顔はよく見えないが、声からは感情がよくわかる。カルデラ落ち着いて。
「何かされてないですよね?」
「されてないわよ、目立ちはしたけど」
されてはいない、うん。話しかけられただけ……私断ったもの、はっきり言ったのよ。
「貴女は私の婚約者なわけですが」
「そうね……」
「何度も言いますが、貴女の手を離すつもりはありません」
怖い。研究所の話を聞いた時より怖い。まるで決定事項を話すように、低く、強く、そして感情を含まず言われる。そして、絡められている左手がとてつもなく痛い。
「よもや、その男から婚約を迫られたりしてませんね?」
私は押黙る、勘が鋭いことで。私が黙ったので、カルデラは、自分の予想が事実だと悟ったのだろう。ため息を吐くと、じっと私を見た。
「サリサ嬢から言われていたでしょうに」
「不可抗力よ、私は断ったもの、婚約者がいるから困りますって」
何より、初日からやらかすとは思っていない。隣国の事情も今日知ったばかりだ、普通に学園生活を謳歌できると、昨日の朝までは思っていたのだ。
「マーベスやクリアの話だとね、研究所への牽制に私を使いたいんじゃないかって、研究所、王に内緒で随分な研究してるんですってね、それを怖がってるらしいわ、だから諦めてくれないだろうと……」
怒られるかもしれない、そう思いながら話すが、カルデラは、思案顔になる。あれ、怒らないんだ。
「魔法道具研究所への牽制ですか……メリ」
「何?」
「その王子には金輪際関わらないこと、それと、魔法道具研究所については、破棄してください」
「破棄……?」
考えるなってこと? 忘れろならまだしも、破棄だなんて、嫌な言葉使うわね。それにガレイに関しては関わりたくて関わってないのよ。
「研究所については、私ではどうしようもないから置いておくとしても、ガレイ様については同じ教室だから無理よ」
ちょっとムッとして、不貞腐れたように言う。カルデラはただ私を見ている。
数分、見つめあっていると、カルデラは私から離れる。そして、優しく抱き寄せられた。
「貴女をあの国に行かせるわけにはいかないんです、王だろうと、貴女を守れる保証はありません」
「カルデラ……?」
その体は微かに震えていて、珍しくなにかに脅えている気がする。カルデラが怖い事が、マシーナにはあるってことなのか。
「安心してよ、私がカルデラ以外と婚約するわけないじゃない」
その背中を優しく撫でる。気になることはある。でも今の彼にはそれは聞けない。聞いちゃいけない気がする。カルデラと出会ってようやっと一年が経つ。私はまだカルデラを知らない、だから、踏み込めない場所があるのは理解している。
彼が話してくれるその日を私は待つしかないのだ。そして待ちながら、その原因を調べるしかない。魔法道具研究所とマシーナ、ここについては引き続き調べた方がいいだろう。カルデラは嫌がるだろうけれど、私だって無関係ではないのだから。




