第一話 【登校初日】
二章始まります!
春の桜舞う四月。アムレートは、はっきりとした四季があり、花はそんな季節を彩る。マーベスの卒業式もすぎ、今日から私達は魔術学園に通う。ま、マーベスは元々魔術学園生だけれど。十一年ぶりの制服に袖を通すと、それでも幼い私の容姿がさらに幼く見えてしまう。違和感ないし、それはそれでいいのかも。
私は朝食をとるために、部屋の扉を開けると、お決まりとばかりに抱きしめられた。
「おはようカルデラ」
「メリ、おはようございます」
カルデラ・クロム、この屋敷クロム家の長男で、私、メリ・カンボワーズの婚約者だ。
「指輪はちゃんと付けてますか?」
「付けてまーす」
軽く返事しつつ、左手薬指を見る。そこにはきちんと婚約指輪が付けられている。この指輪にはめられている宝石は、角度によって青や黒に変わる不思議な宝石なのだが、カルデラが、魔力で作ってくれたものだ。去年まで私は魔力のコントロールができず、周りにある、あらゆる物を破壊し、人を傷つけていた。それを防ぐために魔力を弾く結界を、カルデラは私に纏わせていたのだが、この指輪は、その力が宿っている。しかも、外からの魔法による攻撃も弾いてくれる優れものだ。まだ、完全には魔力がコントロールできていない、私のための、自衛と護衛、一つ二役である。
「では、行きましょうか」
カルデラに出された手を取る。これももう日常である。
階段を下りつつ、カルデラを見ると。首元にはネックレスが掛けられている。それは私がクリスマスの時に贈ったもので、丸い飾りにはストックの花が彫られている。花言葉は愛の絆、これはカルデラには言ってないけどね。ネックレスには、白いパールのような、けれど淡く青にも見える宝石がはめ込まれている。こっちは私が作ったものだ。成功した理由はわからないが、やってみたらできた。指輪のように、何か効果があるのかは、わからない。だって成功した原理もわからないのだから、何かあるのかも知らない。カルデラは、クリスマスの次の日からずっと身に付けている。外したとこは見た事がない、贈った側としては大変嬉しいものだ。
食堂につくと、私と同じように魔術学園の制服を着たマーベスと、にこやかなマリア様とソフィア様が座っていた。マーベスは、カルデラの弟で、今年から魔術学園高等部に上がった。マリア様は二人の母親、ソフィア様が父親である。二人は王直属の魔術師団、王国魔術師団の団長、副団長である。王国魔術師団は代々クロム家が仕切っており、継ぐのはカルデラとなる。つまり、婚約者である私は副団長候補となっているが、今年から魔術学園大等部に入学するため、引き継ぎは卒業してからとなる。魔術学園は学生婚を許していないし、学業に専念するためだ。代わりにカルデラは、引き継ぎ作業を開始した。まぁ、まだ若いカルデラに、団長をやってもらうのは後々なのだろうが。
「おはようメリちゃん」
「おはようございます、マリア様」
「今日から一緒に登校だね!」
「ふふ、よろしくね、マーベス」
新しい環境は怖いには怖いが、勉強は嫌いじゃない、むしろ知らない事を知れるのは喜ばしい。
朝食を食べ、カルデラに見送られつつ、マーベスと共に魔術学園へと行く馬車に乗り込む。今日から学園に行くと思うとワクワクする。私は危険人物として、十年間地下にいた。魔術師が罪のない一般人を傷つけると、危険人物とされ、地下に入れられ、一生出られないのだ。そんな私を無理矢理連れ出したのがカルデラ。その後色々あり、危険人物ではないとマギア王に認められた私は、晴れて一般人としての生活を謳歌している。また学生ができるなんて夢にも思わなかった。
馬車が止まり、マーベスと共に下りるが、高等部と大等部では校舎が違うため、手を振り別れる。校舎を見上げると懐かしさが込み上げた。
「よし、頑張ろう」
小さく呟くと、教室の扉を開ける。瞬間、ギョッとした目を向けられた気がするが、気にしてない。気にしてられない。私の魔力は強すぎる故に、魔術師に会うと大体この反応である。魔力が高いと恐怖感があるらしい、だから気にしないことに決めた。ごめんね皆様、慣れてね。
魔術学園は、魔術師が通う魔術部とそうではない者が通う一般部がある。ただ名前の通り基本は魔術師が通う。一般部は、魔術師の家系と婚約していたり、王族のような、魔術師と関わらなければいけない者が通うのだ。魔術師ではない者が、魔術師を学ぶために。私は魔術師枠なので、魔術部である。魔法、使えないけどね。
大等部一年の一般部には、マギア王の娘リテア様が通う。リテア様はカルデラに惚れており、私は彼女にとって恋敵だ。私から見たリテア様は、カルデラが今後王国魔術師団を引っ張っていく弊害にならないよう、仲良くしなければならない相手である。さて、どうしたら仲良くなれるものかと、決まってからずっと悩んでいるが今のとこはわからない。カルデラはなるようになるとか言ってたけど、原因はカルデラなんだから、軽く構えないでほしい。誰のせいで困ってると思ってるんだか。
そんなこんなで、初日は学校案内と、授業内容の説明だけで時間が過ぎた。そして放課後、私は帰るために支度をしていると、ザワザワと教室が騒ぎだす。
「リテア様だぞ」
「リテア様がいらっしゃったわ」
「何用かしら、魔術部なんかに」
濃い桃色の髪を綺麗にツインテールにして、人形のように可愛らしい容姿をした女性。リテア・アムレート。彼女は真っ直ぐに私を見て、つかつかと近寄ってきた。そして人差し指を刺される。長く綺麗な指だな。
「メリ・カンボワーズ!」
「なんでしょうか、リテア様」
「白々しいわね! いい? 私はまだカルデラ様を諦めてないわ、この魔術学園の四年間、婚約という不確かな間に、貴女よりも私の方が相応しいって証明してあげる!」
堂々たる宣言だった。私は苦笑いを零すしかない。リテア様、良い子そうではあるのだが、カルデラという壁が邪魔して中々お近付きになれない。これは、難しそうだな。
「私としては仲良くしたいのですが……」
「ふん! 馴れ合いなど不要よ、私は貴女のことを色々調べているわ、父様がお許しになっても、私はまだ貴女を疑ってるからね、この学園で事件でも起こしてみなさい、即戻してやるんだから」
「安心してください、大人しくしてますよ」
私は両の手を上げ、敵意は無いと示す。戻すというのは、地下のことだろう。私が地下から出てきたのは知っているからだ。魔術部の学生は知りようもないので、ザワザワしているだけだが。
リテア様はとりあえず宣言だけしたかったのか、私に背を向けると教室を出ていく。はぁと息を吐くと、周りが遠目で私を見る。私は力なく周りに微笑むとカバンを持ち、教室を後にする。
「絶対目立ったよね……」
教室から中庭に出る。それでも魔力が高いから目立つのに、この国の姫であるリテア様から敵宣言を、教室のド真ん中でされればそりゃ警戒されるに決まっている。これからの学園生活大丈夫かなぁ。
憂鬱な気分を振り切るように、中庭を歩く。大きな噴水の前で止まると、空気を吸い込み、力強く背伸びをする。考えたって仕方ない、四年間乗りきらなければならないのだ。
「そこの綺麗なお嬢様」
パン! と腕を下ろすと、聞いたことのない男性の声がして、体を向ける。そこには、やっぱり見たことがない人がいた。
青いサラサラとした髪に、髪と同じ色の瞳。リテア様も青い瞳をしているが、彼の瞳はスカイブルーって感じだ、とても明るい。
「私に御用でしょうか?」
私は男性に対して首を傾げる。周りでは女子たちが、ガレイ様だ、ガレイ様だとはしゃいでいる。ガレイ様? 多分この人の名前よね。
「失礼しました、私はガレイ・マシーナと申します」
「メリ・カンボワーズです」
私はお辞儀をして考える。マシーナって、アムレートの隣国だよね。国の名前が苗字になっているということは、王族、しかも国を背負う立場の者だ。
アムレートは魔術、マシーナは機械技術に特化している。そんなマシーナでは、車を一早く普及させたり、アムレートと共同で魔法道具、通称魔具を開発したりしている。で、そんな国の王子様が何用でしょうか。
ガレイは私の前に跪くと、右手を取られる。その所作に何事かと固まっていると、熱が籠った瞳で私を見据える。
「メリ嬢、私と婚約して頂けませんか?」
「は?」
猫をかぶるのも忘れ、低い声が出る。はい? 婚約? 初対面ですが? 無茶苦茶すぎる。
「入学式の時にお見かけしておりました、その魔力の高さ、マシーナは機械技術大国ではありますが、王は魔術師なのです、貴女なら私の妻に相応しい」
「……お言葉は嬉しいですが、私には既に婚約者がおります」
にっこりと微笑んで言う。この笑顔にはお前とは婚約などしない、という意味を込めたが、どうも相手には通じていないようだ。
「ならば、婚約という不確かな間は狙っても構いませんね?」
「いや困ります」
リテア様と同じこと言うなよ。王族というか、王の子供達って無茶苦茶なの? いや、カルデラも無茶苦茶だから、やっぱり王族が無茶苦茶なのか。
「その言葉がいつまで続くか、私はマシーナの第二王子です、お気持ちが変わりましたらいつでもお声かけください、教室も同じですから」
そう言って右手を離すと、ガレイは校舎に戻る。私は本日二回目の深い深い溜息を吐いた。
帰りの馬車にマーベスと共に乗る。私があまりにも疲れた顔をしていたせいだろう、マーベスは焦りをその顔に出す。
「メリさん、何かあったの?」
「あり過ぎたくらいよ……」
私は今日あった事を掻い摘んでマーベスに話した。マーベスの顔が段々と青ざめていく。
「リテアさんに、ガレイさんか……」
「無茶苦茶にも程があるわよ」
何より私が悩んでいるのは、今日の話をカルデラにするか否かである。リテア様のことはいい、話しても問題ないだろう、ただガレイのことは……やばそう。
「兄さんに話すのは危険じゃないかな、殴り込みに行きかねない」
「そうよね」
あのカルデラであれば、そのくらい余裕だろう。恐らくマリア様に話すのも危険だ。二人は似てる、行動とか色々。
「うーん、明日の放課後さ、高等部に来てよ」
「高等部に?」
「うん、紹介したい子がいるんだ、メリさんに会いたがっててね、もしかしたら力になってくれるかもしれない」
私はその言葉に頷く。今は一人でも味方を増やした方がいい。それでも敵がいるのだから。




