一章後日談三話 【聖夜の贈り物】
雪が降り積る十二月初め。街は辺り一面の白となり、冬服を着た人々が、滑らぬようゆっくりと歩を進める。車が普及しておらず、馬車での移動が主なアムレートはいつだって雪が綺麗だ。魔術よりも機械技術が発展している隣国マシーナでは、雪は車の排気ガスで黒くなるらしい。そのため、白い雪を見ようと、マシーナから観光に来る者も少なくはない。冬のアムレートは普段よりも活気溢れているのだ。
そんな街を護衛役であるティアラと共に歩く。目的はアクセサリー店。
「やっぱりクリスマスが近いと人が増えますね」
「クリスマスはお祭りだもの、そりゃそうよ」
キリスト様の誕生祭だ、そりゃ活気づくものである。特に魔術が発展したアムレートでは、魔法という奇跡を与えた神様を信仰する者は多く、神の申し子である、キリスト様の誕生日があるこの時期は国全体が浮き足立つものだ。
「本来であれば、城でクリスマスパーティがあるのですが、ミラフ様の一件で今年はないそうです」
「申し訳ないことしちゃったわね」
王国騎士団団長であるミラフの事件は公にこそされていないが、ミラフが騎士団長を剥奪され、父親であるガムルが再度就任したことにより、国中では何かをやらかしたという認識が広まった。まだ若いミラフを騎士団長にするのを反対していた国民も多かったらしく、中々ほとぼりは冷めそうにない。
そんな状態のため、いつもはパーティに出席しているカルデラも、今年は屋敷にいるらしい。私としては役得なわけで、せっかく彼が屋敷にいるならクリスマスプレゼントを選ぼうと街に繰り出したのである。
「クリスマスは感謝を伝える日でもあるものね、身に付けられるものがいいかなと思ったんだけど」
アクセサリー店に入り、ネックレスを見る。私はその前でうーんと唸った。
私には一つ、試してみたいことがある。左手薬指につけられた指輪をチラリと見る。角度によっては青にも黒にも見える不思議な宝石、カルデラは自身の魔力で作ったと言っていた。つまり、私にもできるのでは? と考えている。魔力を完全にコントロールできてない娘が何を言ってんだという話だが。
大量に並んだネックレスに、正直わけがわからなくなる。宝石をはめ込むのを考え、カスタマイズネックレスを見てるわけだが、種類が豊富すぎて目眩を覚える。
「カルデラ様に似合いそうなものですかー、大振りなものや、派手なものは好かないかと思います」
「そうよね、カルデラが派手なもの身につけてるのも見た事がないし」
基本紺色のローブを羽織っているのもあるが、研究に邪魔なものは極力身につけていないらしく、腕時計だって小さめの物を付けている。派手なものを好かないというより、邪魔なのだ。
それを踏まえると、邪魔にならない事が最低条件である。まぁ、常に付けているとは思えないので、ある程度は妥協できるかもだが。そんな条件を思い浮かべつつ、改めて一つ一つ見ていく。そして、一個のネックレスが目に入った。金色の鎖に、紺色で円形の飾りがぶら下がっている。飾りには、太い茎から咲く小さな花のようなものが彫られていた。飾り自体も薄く小さめなので、邪魔にもならなさそう。
「それは、ストックの花が彫刻されてんだよ」
「ストック?」
店主はうんうんと頷くと、この時期にはピッタリだぜ! と胸を張った。ピッタリ……とは? 私が首を傾げたからだろう、店主はさらに自慢げに語る。
「ストックの花言葉は愛の絆なんだ、どうだ、ビッタリだろ!」
「愛の絆……」
私はネックレスをじっと眺めるとティアラを見る。ティアラはにこにこと微笑むだけであったが、その顔には良い品だと書かれている気がする。
「店主、このネックレスをください」
「毎度あり! 彼氏さんに喜んでもらえるといいな!」
にやにやして言われ顔が赤くなる。どうやら私とティアラの会話が聞かれていたようだ。
屋敷に戻ると、私はすぐに自室に入り、買ってきたネックレスから、飾りを取る。そして、両の手で包みぎゅっと目を瞑った。
カルデラを思い浮かべる。魔法はイメージ、宝石を作り出すイメージを頭に浮かべる。そして、心の中でカルデラへの日々の感謝と、好きだという気持ちを唱える。私はこの時目を瞑っていたので気付いてないが、私の周りには、金色の粉が舞、それは暖かく私を包んでいた。そうして数分後、私はゆっくりとその手を解くと、飾りに掘られたストックの花には、綺麗なパールのように、白く、そして淡く青に輝く宝石がはめ込まれていた。そう、成功したのである。
「で、できてる!」
正直、失敗すると思っていた私は、驚きと共にそれはもう、物凄く嬉しかった。原理は全く理解出来ていないが、コントロールできたのだ。そりゃもう嬉しいに決まっている。
そのテンションのまま、飾りを鎖に通し、当日までカルデラにバレないよう、ドレッサーの中にしまう。次の日消えてないか確認したら、宝石はしっかりとあり、安心してラッピングした。
そうして迎えたクリスマス当日。本来なら城のパーティに参加するが、今年は無いのでクロム家の使用人一同は張り切っている。屋敷の飾り付けを全力でやる姿には、やはり狂気が見えた、この屋敷の使用人って熱量凄いよね。特にティアラは、私がカルデラにプレゼントを用意しているのを知っているので、張り切り方が尋常じゃない。服もメイクも完璧にやられた、いや、そこまでしなくてもいいです……。
「お嬢様、準備は出来ていますね!」
「う、うん、落ち着きましょう? ティアラ」
純白のドレスはいつもよりレースが多いが、スカートが硬めで甘さはありつつもスッキリとしたライン、首元と肩から手首にかけても隙間が広めのレースになっており、少々露出度が気になるが、まぁいっか。布はあるんだ問題ない。そこに、薄ピンク色のストールを羽織り立ち上がる。
「はい、完璧です!」
「やり過ぎよ……」
髪も、元からウェーブかかっている上にコテではっきりと波を作られ、ハーフアップにされている。呆れを通り越して感心する。
準備が整ったので、ティアラと共にロビーへ行くと綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーが輝く。
「うわぁ、おっきい……」
「使用人一同飾り付けには力を入れましたから! なんせ今年はお嬢様がいますからね!」
屋敷も浮き足立っている。今まで女性がマリア様しかいなかったからだろう、今年から私が増えたから、こんなにも盛り上がっているのだ。
ロビーを通り過ぎ、皆がいるであろ食堂に入る。ここでも私は苦笑いをした。なんせ、料理人が張り切りに張り切った、パーティ用の豪華な料理が机に並んでいるからである。
「なんでこんなに頑張ってるの……」
普段は、大きすぎるくらいの机なのに、所狭しと並んだ料理に、食べきれるのかなと心配になる。
「メリ」
机に驚愕していると、目の前から抱きしめられる。こんな事するのは一人しかいない。
「綺麗ですし可愛いです」
「ありがとう、離して?」
「嫌ですけど」
離してくれ、じゃなきゃ歩けない。抗議するとカルデラは、私をしばらく見て抱き上げた。
「これで移動できますよ」
「いやいやいや!」
ティアラに助けを求めようと隣を見たら、いない。どこかと探すと、椅子を引いてにっこりこっちを見ていた。カルデラはティアラが引いた椅子に座ると、そのまま私を膝の上に乗せる。
「料理をこの状態で食べろと?」
「嫌ですか?」
「嫌というか、食べにくいでしょうが」
私はじーっとカルデラを見る。カルデラは、ため息をついて、ようやっと私を下ろす。下ろすというか、隣の椅子に座らせた。これまたティアラがいつの間にか置いたもので、ピッタリくっつけてあった。ティアラ、私の味方になってよ……。
そんなやり取りをしていたら、マリア様とソフィア様、マーベスがやってくる。私の衣装を見て、にっこにこだ。
「気合い入ってるねメリさん」
「気合い入ってるのは私じゃなくて、この屋敷の使用人達よ」
巻き込まれるこっちの身にもなってくれと言いたいが、抗議しても無駄なので口を紡ぐ。
「じゃあ、お料理食べましょうか」
「料理人が気合い入れてくれたからね、メリちゃんも遠慮なくどーぞ」
「ありがとうございます、ソフィア様」
二人の合図で、カルデラは手早く料理を取り分けると、私の前に置く。優しい笑顔を浮かべどうぞと言われたので、遠慮なく食べたいとこだが、これではカルデラの分がない。私も同じように取り分けるとカルデラに渡した。
「これでおあいこね」
「敵いませんね全く」
カルデラは肩をすくめる。互いに椅子に座ると、取り留めのないことを話しながら食事をする。途中、マーベスの学校でのことや、普段の城でのパーティでのことを聞いて、来年はお城のパーティに出てみたいなと漠然と考える。
夜遅くまで宴会は続き、少しだけお酒も飲んだ。お酒に関しては徐々に慣れていく計画だ。これから、カルデラと共にパーティに出る機会が増えるため、飲めないと困るとマリア様に言われてしまったためである。ただ、マリア様やソフィア様は制限なく飲んだため、酔い潰れてしまい使用人達で部屋へと運ばれた。マーベスは冬休みのため学校はないが、早く寝た方がいいと、自室へ戻った。私は料理の片付けを少しだけ手伝い、今はロビーに来ている。本当は最後まで手伝いたかったのだが、怖いくらいに止められた。お嬢様にはダメですと。どうも、この屋敷の主の一人の扱いのようだ。
寝るにも寝れず、私はクリスマスツリーを見上げる。まだやり残したことがあるのもそうだが、カルデラと二人きりになることもなかったので、完全にタイミングを逃したのである。
「どうするかな……」
「こんな場所にいたんですか」
「カルデラ?」
食堂からカルデラが出てくる、あれ、まだ食堂にいたのか、てっきり自室に戻ってるかと思ってた。でもこれは好都合ではないか? 二人になるタイミングを見計らってたわけだし。
「寝ないんですか?」
「えーっとね……」
言い淀む私に、カルデラは首を傾げる。えーい! こういうのは勢いだ。
「メリークリスマス、カルデラ」
顔は直視せず、用意していたプレゼントを渡す。カルデラは黙る。なんか言えよ。
「なんか言いなさいよ」
「あ、いや、その、開けていいですか?」
「いいわよ、開けないと意味ないでしょ」
カルデラってたまに黙るのよね。前には私が初めてカルデラの前でドレスを着た時だったけ。そんなに前ではないのに懐かしく感じる。あの時は、こんなにこの人を好きになるとは思ってなかったな。信用はしてたけど、半ば脅されていたようなものだし。
私が物思いに耽ってる間に、カルデラはラッピングを解く。中から出てきたものに、目を瞬かせた。
「もしかして、これはメリが魔力で?」
「えぇ、私ってばやればできる子なのよ!」
胸を張る。まぁ、原理はちっともさっぱりこれっぽっちもわからない。なんでできたのか私も知らない。でも成功したの、事実が全てよ。
「私のためにありがとうございます、大事にしますね」
きつくネックレスを抱きしめるようにその手を握る。そんな様子に私は嬉しくなる、こんなに喜んでもらえるとは思ってなかった。
「喜んでもらえて良かったわ」
「喜ばないわけないじゃないですか、メリから貰えるものなら、いくらでも貰いますよ」
抱き寄せられ、唇を重ねる。しばらくその状態を保つと、ゆっくりと離された。
「今年は人生で一番のクリスマスですね」
「大袈裟よ」
「大袈裟ではありませんよ、メリ、この屋敷に来てくれてありがとうございます」
「来たというか、連れてこられただけどね」
強引にこの屋敷に連れてこられて、婚約者という鎖を付けられた。最初はリテア様に対する牽制でしかないだろうと構えていたのに、命の危険にまでそれは発展した。
きっとこれからも、カルデラの婚約者だからという理由で、トラブルがあるんだろうなと思う。正式に婚約した今、そこから逃れる術はないし、逃れる気もない。逃げたら殺されるし。
「あんたの婚約者って苦労するわね」
「辞めますか?」
「馬鹿言わないでよ、逃げたら殺すんでしょ?」
カルデラは当然とばかりに頷く。本当に洒落ではないようだ。
カルデラを抱きしめる。この温もりは嫌じゃない。あの暗い部屋に戻りたいと思っていたはずなのに、今はこの温もりを離したくない。
「あのね、感謝するのは私よ、連れ出してくれてありがと」
カルデラがいなければ、私は一生出られなかっただろう。危険人物として死んでいたのだろう。あの一日で、全てが変わった。それは悪いこともあるだろうが、少なくとも今は感謝していいはずだ。
カルデラは、黙って私の頭を撫でている。私が顔を上げると、額に優しくキスをして、蕩けるような笑顔を見せてくれた。
次の話から二章が開始となります。
いつも、読んでくださりありがとうございます!
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