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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【一章 満月の誓い】
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第一話【神に愛され神に見放された者】

 ガシャン! とガラスが割れた音がする。その音の方を見ると、そこには鉄製の冷たいドアがある。割れたガラスはそのドアの周りになにやら液体と共に飛び散っていた。

 私はその瓦礫から目を離すと、真っ暗な部屋を見渡す。全体がドアと同じく鉄でできており、うっすらと魔法の存在を感じとれる。それもそのはず、この部屋全体には魔法を弾く魔術がかけられているのだから。

 魔法……神が与えた奇跡の産物。力そのものを魔法と呼び、それを扱う者を魔術師と呼ぶ。魔術師が魔法を使うとそれは術となるので、魔術と呼称されることも多く。この部屋にかけられている魔術は、壁であり結界と呼ばれているのだと魔術師が言っていたのをぼんやりと思い出していた。

 床にゴロンと寝転がる。背中でガラスが割れた音がしたが、気にしない。この部屋では日常だ。人には相応の魔力が存在する。その魔力が高ければ、魔法が扱え、魔術師となる。私はその魔力がずば抜けて高かった。そんな私を両親は喜び、将来天才魔術師になると豪語した。それ程までに稀有な魔力の高さが私にはあった。しかし、その期待の先は最悪の結果となった。

 強過ぎる魔力を私はコントロールできなかった。触った者には傷がつき、触った物は壊れる。まだ、人を殺さなかっただけマシだろう。私は一切の魔法は使っていない。術にすらならない、魔力の塊だけで私の周りは壊れていく。傷ついていく。その内私を怖がる者が増えた、当たり前だ、その頃はまだ傷だけで済んでいたが、このまま進めば私は人をいとも簡単に殺してしまうだろう。両親は、困り顔をして私を見ていた。そして畏怖を込めた目で、私を地下に閉じこめる選択をした。それが十年前の話だ。

 私、メリ・カンボワーズは現在二十二歳。十年間、この部屋に閉じ込められている。その間外に出たことは一歩もない。窓もないこの部屋で、死ぬまで過ごさなければならない。

「ま、そう長くは生きれないだろうけど」

先程ドアのところで、割れたガラスをもう一度見やる。この部屋に閉じ込められる前は、触ったものだけが壊れていたが、ここ最近は触らずとも物が壊れていく。日に日に破壊の力は強まっているように思えた。

 立ち上がり、割れたガラスを見ると、その所々には食べ物であろう何かが付いている。

「きっと、美味しかったんだろうな」

屋敷の使用人であろう人間が、毎日三食、ドアの出窓から食事を入れてくれるが、私はそれをろくに食べたことがなかった、だって粉々になってしまうから。屋敷の料理人が丹精込めて作ったであろう、食事をこんな簡単に台無しにしてしまうことに罪悪感を覚える。私が普通の人間だったらと、姉様のように役に立つ魔術師であったらと、何度願ったことか。

 しかし、日々増えていく瓦礫にそんな淡い願いは打ち砕かれていく。私はもう諦めていた。どうやってもコントロールができるどころか、酷くなるこの力。魔法は神様に愛された者の証だと言うが、どうやら私は神に見放さたようだ。そんな私だから、どうせ死ぬまでこの部屋にいるのだ、早く死んだ方が両親も喜ぶのではないか、何も食べずにゆっくりと静かに死ぬのも悪くないとそう考えるようになっていた。

 そんな折に、部屋の外が騒がしいことに気づく。ここは地下なので、上が騒がしくても気づくことはまずない。つまり、部屋の前、地下そのものが騒がしいことになる。そんなことあるか? と疑問に思いつつ、ドアをぼんやり眺めていると、久しく開かなかったドアが重い音を立て開いた。

「やぁ、貴女がメリさんですね?」

ドアからは人の良さそうな笑みを浮かべた男が、こちらに手を差し出してきた。私は反射的に距離をとる。触れば傷つける、いや、傷だけならいい、今の私では目の前の男を殺しかねない。

「近付かないで」

できるだけ冷たく、拒絶するように男に言葉を放つ。しかし、男は意に返す様子はなく、ふむと一言、少し首を傾げ困ったような笑顔になる。

「随分と警戒されてしまっているようですね、無理もありませんが」

私から目を離し、暗い部屋をぐるりと男は見渡す。何も無い、いや、正確には粉々になった瓦礫しかない部屋を見て何を考えているのか。正直なところ、早く出て行ってと思っていたが、お客人を追い出そうにも、近付けないのだから仕方ない。

 男を観察してみる。肩まである髪はすこし癖があり、暗い部屋でも輝いて見える程の綺麗な金色。瞳は深い深海のように暗く青い、その目からは冷たい印象を受けたが、よく見ると、とても整った容姿をしており、彼の美しさには相応しいような気がするし、なにより、最初の笑顔からは温かさが感じ取れた。多分悪い人ではないのだ、多分。

「ではまず、自己紹介を致しましょう。私はカルデラ・クロム、クロム家の長男です」

綺麗なお辞儀をする男、カルデラに対して、私は眉間にシワが寄っているのが自分でもわかった。

 クロム家は引き篭っている私でも知っている。魔術師の名家だ。カンボワーズ家も魔術師の名家だが、クロム家はそれよりも上位。なにより、無属性の魔術師が生まれることで有名なのだ。

 本来であれば、炎なら炎、風なら風と魔術師にはそれぞれ属性が存在する。その中で無属性というのは、この世のあらゆる魔法を扱える、まさに神から溺愛された者で、どんな分野でも重宝される存在である。しかし、無属性の魔術師は魔力が低い傾向にあり、初期魔法しか扱えない者がほとんど、属性がある魔術師の補佐をするのが精一杯であり、一つの仕事に就く者は少ない、大抵派遣としてその時に足りない場所で働く。しかし、クロム家に生まれた魔術師は、魔力が高いことが多く、無属性で魔力が高い彼らを歓迎するのは当たり前で、彼らはこの国の王と共に存在する、つまりは、王族である。そんなクロム家の彼が、私に一体なんの用なのか。

「その様子ですと、クロム家のことはご存知のようですね」

カルデラはにっこりと、優しい笑顔を浮かべるが、私は引きつった笑顔をしていたことだろう。

 何も言葉を発しない私に彼は不思議そうにする、しばらく無言の時間が続いたと思ったら、その静寂を切り裂く、パリンという音がして、私はハッとする。開け放たれたドアからは、割れた電灯が見える、後ろで待っていた使用人が、ビクりと肩を震わせ、怯えた目をこちらに向けた。私は咄嗟に叫ぶ。

「出て行って! そしてその扉を閉めて!」

急に叫んだからだろう、カルデラは一瞬たじろぐと、使用人に視線を向ける。使用人はコクコクと首がもげるんじゃないかと思われる速度で何度も頷く。

「仕方ありませんね」

呆れを滲ませた声で、カルデラは頷くとドアに手をかける。私はようやく閉じこもれると安堵していると、ドアはまた重い音を立てゆっくりと閉まる。

 ふぅーと息を吐くと、大丈夫ですか? と優しく声をかけられ、にっこりと笑い大丈夫と言おうとしたが、その言葉を発する代わりに、は? と私は言った。目の前にはまだカルデラがいる。ドアは閉まっているのに、だ。

「扉は閉めましたよ、大丈夫です」

「いや、なんであんたがいるのよ」

何も大丈夫ではない。出て行けと私は言ったはず、なのに出て行くどころか、部屋に留まり、ドアすら閉めた。自殺願望でもあるのだろうか。

「なんでって、私は貴女と話をしに来たのですから、当たり前でしょう?」

「死にたいの?」

私の言葉に、フルフルと首を横に振られる。死にたくはないようだ。もうわけがわからず、目の前のカルデラを見つめるしかない。

「死にたいわけないでしょう、私まだ二十九ですよ、やりたい事も色々あるお年頃です」

「じゃあ、出ていきなさいよ」

「えぇ、出ていきますよ、メリさん、貴女と一緒にね」

私が驚きの声をあげようとしたその時、カルデラはぐいっと私の腕を掴み引き寄せる。

 彼の端正な顔がまじかに迫り、声すら出せない私とは違い、カルデラは優しく微笑んでいる。何が起きたのか、理解するのに数分は要した、そして理解してすぐに離れようとしたが、それは許されず、強い力で抱きとめられる。

「ちょっと、離して」

「嫌ですよ、離したら逃げるでしょう?」

当たり前、そう返そうとした時に私は違和感に気付く、普段なら傷が付くはずなのに、カルデラはピンピンしている。どこからか血が滲んでいることもなく、血の匂いもしない。

「やっと気付きました? 私は怪我などしませんから御安心ください」

「な……んで……?」

戸惑いで声がかすれる。傷つかない人間がいるってことは喜ばしいはずなのに、私の中にあるのは恐怖だった。目の前の男が本当に人間なのか? という不安。

 そんな私の心を知ってか知らずか、カルデラは私を抱きしめたまま、優しい声で言う。

「貴女の力は破壊ではありません、ただ魔力が強過ぎるのです、体が耐えるために外に魔力を逃がそうとしているだけなのですよ」

逃がした魔力が物にぶつかり壊れているだけだと、そう説明されても私にはわからない。魔力なんて目に見えないし、仮に彼の言葉が正解だとして、対処法にはならない。

「魔力はいわばエネルギーです、魔法を扱うためのね、しかし多量は毒となる、使用者にも周りにも、今の貴女はそんな状態です」

毒……確かにそうなのだろう。だから閉じこもっているし、死ぬのを待っているのだ。

「しかし、毒なら解毒すればいい、違いますか?」

自信たっぷりにカルデラは告げる。

 本当に、この男は私の毒を消せるのだろうか。私が諦めた、私が羨んだ世界を見せてくれるのだろうか。ぎゅっとカルデラを掴んでいた手に力が篭もる。それを了解したと捉えられたのか、ふわりと体が浮くと、お姫様抱っこをされた。

「ちょ、ちょっと!」

「では行きましょうか、私の腕の中にいれば周りの物を破壊することはありませんよ」

抵抗虚しく、カルデラは上機嫌にドアを開くと、私を抱いたまま、外へと踏み出した。

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