一章後日談二話 【姉妹の再会】
紅葉が舞う道を馬車で走る。一緒にカルデラも乗っており、外を共に眺める。向かうのは七ヶ月ぶりの我が家であるカンボワーズ家。今回は婚約の挨拶だ。
馬車が止まり、いつものようにカルデラの手を取り下りると、遠くから赤い髪を揺らす人影、近くになるにつれ、輝く紅色の瞳は心做しか熱を帯びている気がする。
「メリーー!」
叫ぶように懐かしい声が耳に届き、怒涛の速さで姉様は私の所へ来ると、それはもう、痛いくらいの力で抱きしめられる。
「姉様、痛い……」
「私の愛よ、受け取りなさい」
そんな横暴な。なんとか姉様から離れると、カルデラが一礼した。
「サリサ嬢、ご無沙汰しております、先日はありがとうございました」
「いえいえ、私の話はお役に立ちましたようで」
カルデラと姉様は、何やら私の事で話をしていたらしい。なんの話しをしたのかはわからないが、縛られていたとカルデラが言った感じ、私の過去なんだろうなと思う。余計な事言ってないといいけど。
姉様は、私がつけている指輪を見て微笑む、そして手を掴むと、私の目を真っ直ぐに見た。
「私が言った通りだったでしょ?」
「言った通り……?」
覚えがない私とは反対に、カルデラは姉様と目を見合わせる。
「さて、立ち話もなんだし、入って」
答えは出ず、案内されるまま、客室へと向かう。
久しぶりに見た屋敷の中は、記憶の中にあるものとあまり相互はなく、なんだかタイムスリップしたみたいになる。そのせいか、昔の記憶が頭の中で再生された。
「姉様待ってよ!」
「メリ、秘密の場所教えてあげる」
まだ、四歳だった私は、夜中に姉様に連れられ、中庭に出た。本当は両親にダメだと言われていたが、バレなきゃ大丈夫よと、手を引いてくれたのだ。
中庭には大きな池があり、姉様は池の前で止まると、唇に指を当て静かにするように指示する。
「見ててね」
しばらく、その池を眺めていると。チカチカと黄色い光が、踊るように現れた。
「わぁ、姉様これも魔法?」
幻想的な光景に魅入った私に、違うわよと姉様は言う。
「これは蛍っていう虫なの、凄いわよね、虫は人間より小さいのに、私達よりずっとできる事が多いの」
きっと姉様は魔法なんて使わなくても、できる事があると言いたかったのだと今ならわかる。両親の重圧で、魔法を使わなきゃと必死だった私を励まそうとしてくれたのだろうと。
窓から中庭を見る。池はまだあるのだろうか、蛍はまだ来ているのだろうか。
「メリ? どうかした?」
「姉様、蛍ってまだ来てるの?」
「蛍……? あぁ、夏になれば来るわよ」
「今度見に来ていい?」
私の言葉にしばらく、姉様は黙ったが、頷いてくれた。カルデラはそんな私達を不思議そうに見ている。私はカルデラを見て、ただ笑うだけだった。きっと、私がカルデラを連れてこようとしてるなんて想像してないんだろうな。姉様は気付いてるみたいだけど。
昔を懐かしみつつ、客間へと入る。客間も、昔とはあまり変わっていなかった。私達は、椅子に座ると背筋を伸ばす。
「今日は、メリとの婚約の挨拶に来ました、サリサ嬢も知られている通り、私達はまだ出会って間もないですが、メリを生涯を掛けて守ります、どうか彼女を私に預けてくださいますでしょうか」
膝の上に置いている手に汗が滲む。喋っているのはカルデラなのに、私まで緊張してしまう。
「カンボワーズ家は、クロム家のように王族ではありません、地位も高くはありません、それを踏まえておりますか?」
「えぇ、その事はメリには苦労をかけてしまうでしょう、住む世界が違う以上わからないことも多々出てくるかと思います、しかしフォローはします、知らないことは恥ではありません、ゆっくり知っていけば大丈夫です」
姉様は目を伏せる。そして、私を見る。私は改めて背筋を伸ばしたが、ふっと優しく笑われる。
「メリ、私はね、貴女をわかってくれる人が現れると思ってた、そしてそれは両親でも私でも、クレイでもないと思っていたわ、良い人に出会ったわね……カルデラ様、メリは優しい子です、しかし無理をする子でもあります、こちらこそ、どうか妹を幸せにしてやってください、大事な、ただ一人の家族なんです」
深々と頭を下げられ、私は慌てる。こんな姉様初めて見た。
「サリサ嬢、ありがとうございます、メリはお任せ下さい、母様もメリを気に入っていますからね、泣かせでもしたら私が仕打ちを受けますよ」
カルデラの言葉に姉様はあらあらと笑うが、それが冗談ではないことを私は知っている。だって、クレイをボコしたわけだし。あの人怒らせたら絶対ダメな人なのだ。
挨拶も終わり、緊張が解ける。とりあえず第一関門はクリアしたようだ。
「そう言えば、メリあんた大学に行くのね」
「え、あ、うん、それがどうしたの?」
姉様はカルデラと私を交互に見る。私達は首を傾げたが、うーんと唸られてしまう、何か問題があるのだろうか。
「あ、別に不安にさせたいわけじゃないの、ただほら、メリは魔力が高いから、気を付けなよ? カルデラ様も、メリから目を離さないでくださいね、変な虫が付きますよ」
変な虫って……と苦笑いになるが。カルデラは真顔だし、姉様もじっと私を見る。え、本気で言ってるの。私を狙う物好きなんていないでしょ。
「あのね、メリ、魔力が高いのは魔術師にとってはステータスなの、それだけで魅力があるのよ、ましてや、権力が高い連中なんかは、できるだけ魔力の高い娘を探してるんだから、母体の魔力が高いと、子供も高いって言われてんのよ、王族の男には気を付けておくこと、いい?」
「は、はい」
今までは魔力の高さによって怯えられていたが、学園では反対ということだろうか。なんか、なんか嫌だな。
その後も姉様と色々話をした。基本的には大学に行くことの話だったが。今回何があったのかも話した、それにより危険人物届けが取り下げられたことも。
「なるほどね、感情を力に変えるわけか」
「た、多分?」
私の能力は今でもよくわかっていない。正確に言うと、何ができるのかがわからない。とりあえず破壊と結界は確認できたが、魔術に当てはまらないのだ。無属性とも考えられるが、そもそも魔術かもわからない。魔力をただ使っているだけで、魔法になっていない可能性がある。
「結局魔法は使えないのね」
「そのようです、強力なのは事実ですが、完全なコントロールには至っていません」
普段は力のようなものは感じない。あれから、あの壁をもう一度再現してみようとしたが無理だった。イメージするだけでは形を成してはくれないのだ。
「条件があるんでしょうね、その力には」
「条件?」
「そうそう、壁が出た時はカルデラ様が危険だった時でしょ? 力の源が感情なら、強く感じた時とかに使えるんじゃない? メリあんたあんまり怒ったりするんじゃないわよ、きっと周りの物が壊れるから」
そんな洒落にならないこと言わないでよ。本当にそうなりそうじゃない。
感情を力に変える……。いつ発動するかわからないのは変わらない。姉様の言う通りいつでも冷静にいた方がいいだろう。うん、覚えておこう。
「んじゃ、せっかくだし、お酒でも飲んでいったら? 私からの二人への餞別よ」
姉様が、名案と言わんばかりに提案してくる。しかし、私は眉間に皺を寄せた。
「いや、私お酒飲んだことないからちょっと……」
「飲んだことないの!」
強い勢いで机が叩かれる。そんなに驚かなくても……。
「よし、メリ、私が特別を用意してあげる」
「いや、別にお構いなく……」
私の言葉虚しく、姉様は意気揚々と、部屋の外に出ると、数本のお酒を持ってきて、夜まで酒盛りに付き合わされることとなった。
翌朝。私は起きると動けず驚く。姉様に酒盛りに付き合わされたあと、酔いが回った状態でカンボワーズ家を出たのは覚えている。馬車に乗ったのも覚えてる。そっからの記憶がない。つか、私はなんで動けてないんだ。
「んっ……」
後ろから、男性の声がしてビクッと跳ねる。それが、カルデラの声だとすぐに気付き、体を見るとカルデラに抱かれている状態なのを把握する。あ、あれー、私なんでカルデラと寝てるんだろ。
部屋を見ると、モダンな作りで、壁は全て黒で統一されており、本棚にはびっしりと魔術書が入っていた。多分カルデラの部屋だよね、本棚以外の家具が、ベッドと机と椅子しかないのは彼らしいと言える。
「……メリ?」
「カルデラおはよう、あの、私どうしてカルデラの部屋で寝てるの?」
カルデラの方をなんとか向く。向くというか、体ごと向ける。すると、うっすら目を開けたカルデラの姿が飛び込んできた。寝起きの彼なんて見たことがないし、距離が近過ぎて飛び退きかけて、カルデラの腕が強く絞められる。
「逃がしませんよ」
「待って、近い近い」
おま、それでも美形なんだぞ、私はまだ距離の近さに慣れてない。そんな状態で寝起きの顔とか心臓に悪いのですが。
「……メリが、馬車内で寝てしまいまして、揺すっても起きなかったので、部屋に連れてきました」
「私の部屋に寝かそうという考えは?」
カルデラはぷいっとそっぽを向く。確信犯だな? まぁ、寝てしまった私が悪いんだから責められないが。
「一緒に寝てみたかったんですよ、人肌温度っていいですね、毎日一緒に寝ませんか?」
「私の精神が持たないわ」
毎日は無理です……。
とりあえず事情は理解したが、一向に腕が解かれない、解かれないどころか強めに抱きしめられている。
「もう少し寝かせてください」
「いや、離してよ」
「嫌ですよ、貴重な時間なんですから」
それからしばらく、カルデラは離してくれなかったのだが、マリア様が起きなさい! と部屋に入ってきたことにより、ようやっとカルデラは私を離した。ありがとうマリア様。
その日一日、カルデラが上機嫌だったと、ソフィア様に感謝されたのはまた別の話である。




