一章後日談 一話 【後処理】
一章後日談となります。
メインと関係はあるけど、メインとして入れるのもな……となった話達です。
今後にも関係する話ではあるので、楽しんでいただければ幸いです。
私は椅子に座り固まる。目の前では土下座している二人の男女。
「本当にうちの馬鹿息子がすまなかった」
「許して欲しいとはいいませんが、謝罪だけは受け取ってください」
「あ、あの……顔をあげてください」
土下座しているのは、紅茶屋の夫妻だ。つまり、ミラフのご両親である。
数分前、私とカルデラが中庭で紅茶を嗜んでいると、マリア様が怖いくらいの満面の笑みでやってきた。そして、ちょっと来てと言われ、食堂の椅子に座らされ、今に至る。私は怪我もないし、結果的に魔力のコントロールが多少できるようになったのだから、謝らなくてもいいと感じていたのだが、夫妻はそうもいかないようだ。
「大丈夫です、私には何もありませんから、むしろ感謝してるくらいです、あの件があったから、魔力のコントロールがきくようになったんです」
「メリ様はお優しい……本当にこんな良いお嬢様を拉致した上に、ナイフを突きつけるなんて、なんとお詫びしたらいいか」
「ですから、大丈夫ですって」
カルデラに助けを求めるように視線を送るが、マリア様同様、怖いくらいの笑顔を向けるだけである。
「……悪いのはミラフ様個人です、ミラフ様から謝罪されるならまだしも、夫妻は何も悪くありません、ですのでもう謝らないでください」
「しかし……」
「被害者が大丈夫って言ったら大丈夫なんですよ」
私の言葉にようやっと夫妻は顔を上げた。私がふぅと息を吐くと、マリア様は少々不満げである。
そんな顔されたって、親は何も悪くないし、むしろ夫妻は良い人だ。監督責任とか、教育が悪かったとか言う人もいるだろうが、結局は他人なのだ、子供は人形ではない、親がどうこうできる側面は少ない。
「メリちゃんは甘すぎるわよ」
「ご両親は関係ないですよマリア様、責めたって意味はありません」
うっとマリア様は言葉に詰まる。それを見た夫妻は面食らったような顔をし、私を見て泣きそうな顔で微笑んだ。
「本当にカルデラ様は良い女性を見つけられましたね、マリアちゃんに意見して言い負かすなんて」
「うんうん、カリナさんもこのくらい懐が深けりゃなぁ」
頷く夫妻に、苦笑いを返してしまう。
今回の件に関わった者達のその後だが、まずミラフは騎士団団長を剥奪、鍛え直せと王国騎士からのやり直しを命じられた。カリナは地下入りも検討されたが、私が怪我をしていないことを主張し、四年間の魔術禁止処分が言い渡され、魔法封じの魔術をかけられた。マーベスとマリア様にボコボコにされたらしいクレイは、私に近付かないこと、チャール家で監視する事、これを破ったら即地下入りだと判決がされた。マリア様は地下入りを望んだけど、これまたマーベスやカルデラに怪我がないこと、むしろ過剰防衛であったことを踏まえての判決だ。その妥協案で、二人は過剰防衛ではなく、正当防衛だとされた。どれだけボコしたんだと少し怖くなる。
そして私だが、カルデラを守る結界を張り、カリナの罪を軽くしたため、危険人物ではないと認められた。つまり、正式に一般人として認められたわけである。両親がちゃんと危険人物登録をしていた事にも苦笑いが出た。危険人物は地下に入る前に届出が必要だ。罪人扱いなのである。その届出を取り下げるには、もう人を傷つけないことを証明する必要があった。今回の件で、その証明に足ると王は判断し、取り下げに応じてくれたのである。この決定には、騎士団団長であるミラフが、私に危害を加えた、という罪悪感があるのだろうとカルデラは言っていた。
そんな感じでまとまり、私は満足している。何より、誰も危険人物扱いされなかった事が一番安心した。地下に入る辛さは身を持って知っている。できる事なら増やしたくない。
「メリ様の慈悲がなければ、今頃カリナさんは地下でした、マリアちゃんは不満でしょうけど、私達としては安心したものです、メリ様が居なかったら、カルデラ様を守ってくださらなければ、確実に地下行きでした」
私は首を横に振る。あんな状態に置かれる人など増えなくていい。
「私は当然のことをしただけです」
にっこりと笑みを向ける。店主は目を見開いて、マリア様とカルデラは顔を見合せた、え、私なんか変なこと言ったかな。
「これを当然と言ってのけるとは、いやはや、本当に凄いお嬢ちゃんだ、こりゃ未来の魔術師団は安泰だな」
「そうねぇ、私も安心して任せられるわ」
期待の眼差しを向けられる。未来の魔術師団ってそんな、重い責任はちょっと……。
王国魔術師団は、現在マリア様が副団長、ソフィア様が団長を務めている。代々クロム家が務めているらしく、ソフィア様の後釜はカルデラだ。つまり、マリア様の後釜は私ということになるらしいのだが……。重い、重すぎる。
「俺達も王国騎士に戻るし、二人がしっかりやる頃にはミラフも育つといいんだがな」
店主は王国騎士団団長に戻るらしい。つまり、奥さんが副団長となるとのこと。これもクロム家同様、エルミニル家が代々受け継いでおり、ミラフが騎士の才能が飛び抜けてあったのと、カリナと結婚したため、隠居していたそうだ。エルミニル紅茶館は、続けていくようだが、信頼のおける従業員に任せることにしたらしい。
「お願いしますよ、仕事しにくいのは嫌なので」
「あぁ、厳しくやっておくよ」
カルデラとミラフは、あれから一言も会話していない。確かにこのまま仲違いした状態で、カルデラが魔術師団を、ミラフが騎士団を引っ張るには不備がありすぎる。しかもカルデラは、リテア様とも上手くいっていない。
カルデラに魔術師団を任せることそのものに、無理があるのではないのだろうかと、思わざるおえない。そもそも変人扱いで、怖がられているカルデラが城に出入りしてるのどうなんだ。
「メリちゃんには苦労かけるわね」
こそっとマリア様は内耳をする。これは、私にカルデラと周りの関係をなんとか良好にしろと言っているのか。
「……頑張ってみます」
ミラフならまだなんとかなるかもしれないが、リテア様はどうだろうか、まだカルデラのこと諦めてなかったら、敵意をむけられるだろう。四年間同じ大学に通うとはいえ、一般部と魔術部では、教室が違うし、関わり合いは少ないだろう。その間に私がなんとか仲良くするといっても、リテア様が嫌がるだろうし……悩みの種は尽きなさそうだ。
「ま、何事もなるようになりますよ」
「カルデラがもうちょっと、他者に興味持ってくれたら上手くいくんだけど?」
「……私がメリさん以外に興味持つわけないじゃないですか」
何言ってんの? って顔をされる。いやそれはこっちのセリフだよ。カルデラが、他者と関わろうとしないから上手くいかないんだろ。
いや、この男に対人関係を頼る私が悪かったのだ。うん、そうに違いない。
「ふふふ、カルデラ様は甘々ですね」
「全くねぇ、誰に似たのかしら」
女性二人が微笑ましげに笑う。きっと二人からしたら、夫婦漫才にでも見えているのだろう、私は必死なんだけど。
夫妻が帰り、マリア様は城に行くと言って屋敷を出る。マーベスは学校なのでカルデラと二人っきりだ。
「メリさん」
「どうかした?」
カルデラは、私を抱き上げると膝の上に乗せ、ぎゅっと後ろから抱きしめる体制になる。この距離の近さは未だに慣れない。
「私が正式に婚約をしたことにより、魔術師団関係の仕事が増えます」
「引き継ぎってやつね」
カルデラが頷く。副団長候補が現れたので、引き継ぎ作業が入るのだろう。私は大学があるので、結婚してから引き継ぎ作業が始まるらしい、正直怖い。
「メリさんも学校に行くので、こうして話す時間も減るでしょうね」
私の髪に顔を埋め寂しそうに呟かれる。正式に婚約してからというもの、カルデラは素直になった。表情や声から感情が幾分か伝わってくる。
「全く話さないわけじゃないんだから、寂しがらないでよ」
「当たり前です、避けられたら追いかけますから」
「だから怖いのよ」
執着というか、言葉選びが一々脅迫めいている。
こいつがなんで今まで婚約者がいなかったのか、なんかわかる気がする、興味があるないの問題ではなく、本人の言葉が怖い。女の子逃げるぞこんなの。せっかく見目麗しいのに勿体ないが、リテア様やカリナも見目麗しい割に、性格には難ありだから、綺麗な花には棘があるというやつだろう。
「仕事が早く終われば迎えに行きます」
「無理しなくていいわよ」
「無理じゃありませんよ、むしろメリさんと離れる方が嫌です」
魔術師団の方に、迷惑をかけないかどうかの方が私は心配だよ。
「わがままはダメだからね、ちゃんと仕事はやりなさいよ」
「メリさんは私に冷たいですね」
「魔術師団の方が困るでしょうに、引き継ぎなんだから真面目にやらないとね、後々苦労するのはカルデラだもの」
額に軽くキスをする。カルデラは不満げだが。わかってますよと言ってくれた、うん、大丈夫そうだ。
そうしてしばらく、抱かれていると、その手が解かれる、先程まであった温もりが離れると、ちょっと寂しい。
「メリ」
「はーい、今度は何?」
軽く返事を返したが、ん? と首を傾げる。あれ、さっきまでメリさんって呼んでなかったかな。
「マーベスに、いつまでメリさんと呼ぶんだと言われましてね、確かに婚約者に対して他人行儀かなと、ただ今更呼び捨てにするのもどうかなと思いましてね、どうでしょう?」
どうって言われても。メリさん呼びで慣れてるのは事実だが、マーベスの疑問は最もだ。私はカルデラのことは呼び捨てだし、カルデラも私を呼び捨てにするのは変ではない。
「いいんじゃない? カルデラが違和感なければ」
「では、呼び捨てに致しましょう、ちゃんと反応してくださいね?」
「さんが取れただけで、反応しないことはないわよ、多分」
もしかしたら、多少遅れるかもしれない。そんな気がする。
秋が深まる十月。私がこの屋敷に来たのは春の初めの四月なので、七ヶ月が経った。色々あった、色々ありすぎた年も、あと三ヶ月。来年になったら、できないことも増えるだろうから、この三ヶ月を大切にしようと、誓うのであった。




