第十六話 【満月の夜】
一連の騒動が落ち着いたある日、私はクロム家の中庭に出ていた。満月の灯りが幻想的に庭を照らす。結局アレ以来、私の力が発動することはない。破壊の力すらも落ち着いてしまい、結界がなくとも普通の生活ができるほどだ。それでも怖いから結界は張ってもらっている。能力が落ち着いた理由は、私がカルデラに対する恋愛感情を感じた影響なのだと勝手に推測している。
カルデラはというと、あの日から顔を合わせていない。今回の件の後始末にマリア様、ソフィア様と共に城に籠りっきりだ。王国騎士団団長の事件ということで、だいぶ大変らしい。きっと処罰とかで悩んでいるんだろうな、カルデラも私も無傷だと伝えてあるから、危険人物扱いにはならないだろうが、重い処罰だろうとマーベスが言っていた。
「ちょっと寂しいかも」
冷たい風が頬を撫でる。一週間やそこら顔を合わせないことも結構あったのだが、なんだか今は寂しく感じる。だからって今更距離を縮めるのも……と、ここ数日考えている。そもそも屋敷にカルデラがいないので、何もできないのだが。
満月と言えば、私がカルデラから全く嬉しくない告白を受けて、婚約者となる選択をした日も満月だった。私が地下に入ったのも満月の日だ。
「こんな場所にいたら風邪をひきますよ」
ふわっと、後ろから抱きしめられる。私は驚いて肩をビクッと震わす。
「カ、カルデラ? 帰ってきてたの?」
「はい、今しがた帰ってきました」
まさか、こんな夜に帰ってくるとは。しかも、よく私を見つけたものだ。
「……前にもこんなことがありましたね」
「全く嬉しくない告白された時ね」
「失礼な、必死だったんですよ私は」
おーそうですか、私には余裕そうに見えましたが。
カルデラは、私から体を離すと、前に来る。そして私の手を取ると、跪いて手の甲にキスをした。
「ちょ、ちょっと!」
「メリさん、改めて言わせてください」
端正な顔が月明かりで幻想的になる。私はその綺麗さに息を飲む。そして紡がれる言葉を待つ。
「……私と婚約してくださいませんか?」
「断るわけないでしょ、断れないわよ」
「おや、今回は拒否権ありますよ?」
「要らないわよ、拒否権なんて」
私の言葉に、それはそれは嬉しそうにカルデラは笑う、私も釣られて笑顔を作る。
そして、立ち上がったカルデラは私を抱きしめ、唇に軽くキスをする。
「メリさん、告白が遅れてすみませんでした」
「そんなに遅れたかしら」
「遅れましたよ、パーティの時には私は貴女に惚れていました、いや、きっと出会った時からなんでしょうね」
こいつがこんな事を言うとは驚いた。ずっと実験動物扱いだったと思っていたのだが、実は違ったというのだろうか。いや、あれは実験動物の扱いだ、間違いなく。
「あ、信じていませんね? そりゃ、私は貴女を調べる為に連れてきましたよ、ですが、そうだとしても、何も考えずに人に触れようと思ったのは貴女が初めてです」
「ほぉ、初めてって感じじゃないけど」
「私が他者に興味を示す男だと思いますか?」
えー、何この説得力。それ言われたら納得するしかない。実際興味無いもの他者に。
「マリア様が、カルデラに婚約者がいたことがないって言ってたわ」
「ないですね、要らないとすら思っていましたから、ただ貴女と会って、過ごしているうちに、心許せる女性がいる安心感を感じました」
抱きしめる腕に力が込められる。私は抱き締め返した。
「貴女を失うのが怖くなったんです、貴女が暗い顔をする度に、いなくなるんじゃないかと、私の手を逃れるのではないかと、ヒヤヒヤしました」
「私が死にそうに見えたってこと?」
こくりと頷かれる。無理もないか、カルデラには、自殺願望があるってのが知られていたわけだ。そんな状態で暗い顔してれば、自殺するのではないかと頭をよぎってもおかしくはない。
「貴女が消えた時なんか生きた心地がしませんでしたよ、どうやったら最速で見つけられるか、頭をフル回転させたんですから」
「ありがとう」
私は素直に礼を言う。すると、蕩けるような笑顔で、額にキスをされた。甘さに拍車がかかっている。
そして、私の目をじっと見つめる。その視線には明らかに熱が籠っていて、こっちが恥ずかしい。赤くなる私に、何を思ったのか、カルデラの手が私の顔を包む。
「だから、壁が私の前に現れた時は嬉しかったですよ、貴女が私を守ろうとしたのがすぐに理解できましたから、この愛は一方通行じゃないんだと、貴女を、しっかり、縛れているんだと確信しましたからね」
「一言余計よ」
縛れてるってそんな怖いこと言わないでよ。まぁ、カルデラらしいと言えばらしいのだけど。
「貴女は私のものです、今までもこれからも」
「そうね」
「愛してますから、この手から逃れようなんて思わないでくださいね? あんまり暴れるとうっかり殺してしまいそうですし」
「洒落になんないんだけど」
「洒落ではありません、誰かに渡すくらいなら殺します」
怖い怖い怖い怖い、私なんで婚約者から脅されてんの。さっきから、言葉の節々に殺伐としたものが見え隠れしている。私……惚れる男間違ったと思う、今更だけど。
「重いと言われようと、私は構いませんよ、この重さごと愛されるよう、貴女を更に惚れさせるだけですので」
「重いというか怖いのよ、カルデラらしいけど、どこまでも変なやつなんだから」
今度は私からカルデラにキスをする。
それは、貴方の全てを愛するという意思表示で、伝わったかはわからないが、カルデラは満足そうだ。
「あぁそうだ、これも渡しておかなければなりませんね、メリさん、左手を出してください」
「左手?」
言われた通り左手を出す。カルデラは私から少し距離をとると、ポケットから何かを出し、薬指にはめ込む。それが指輪であると理解するのに、数分かかった。
「婚約者なんですから、付けておいてくださいね?」
「綺麗ね……」
銀色の指輪にはめ込まれた宝石は、私にはわからないけど、見る角度や光の当たり方で、青になったり、黒になったりする。なんだか、カルデラの目を見ているみたいだ。
「気に入って頂けてよかったです、その宝石は私の魔力で作ってあります、指輪を付けているだけで、魔力を弾く結界となるので、自衛と今回は外からの攻撃も避けられますので、護衛も兼ねてます」
「魔力でこんなことできるの?」
魔力で宝石を作るってどういうことだ……と呆気にとられる。しかし、一瞬であったとはいえ、壁が作れたのだから、宝石の一つや二つ作れてもおかしくはないか。
「色がカルデラの瞳っぽいのは、カルデラの魔力のせいね」
「私っぽいですか? メリさんをイメージしたのですけど」
私? 確かに黒にも見えなくはないけど……まぁいいか。
ぎゅっと指輪を包むように両手を握る。指輪一つで、婚約してるんだなと、強く実感する。
「これからもよろしくね、カルデラ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね、メリさん」
私達はもう一度唇を重ね合わせた。
翌朝、いつものように着替えて、ドレッサーの前でのびーっと腕を伸ばす。こつんと、固いものが手に当たり、それが昨夜貰った指輪だと気づきなんだがむず痒い。
「まだあんまり実感無いかも」
実感というか、私の立場は変わらないから、生活そのものは変わらないのよね。
いつも通りの日常を送るだけなのだ。軽快に扉を開ける。よし、今日も元気よく一日を過ごそう。そう考えていたら、体が浮あがる。何事かと状況確認をする前に、唇に柔らかい感触が触れた。
「んっ……」
口内に舌が入ってきて、私は抵抗もできず、されるがままになる。そして、唇が離された。
「おはようございます、メリさん」
「……カルデラおはよう」
朝から元気ね。そんな言葉が出かけた。もしかして、これから毎日こんな感じなのか、だとしたら精神が持たないけど。
カルデラは私を下ろす。お姫様抱っこされていたのだと気付き、顔が熱くなった。
「食堂に行きましょうか」
「え、えぇ」
出された手を取る。上機嫌なカルデラに、何も言えなくなった。私はこの甘さと距離に慣れるしかなさそうだ。
食堂には、久しぶりにマリア様とソフィア様が座っていた。二人も帰ってきていたのか。
「おはようございます、マリア様、ソフィア様」
「おはようメリちゃん」
「おはよう、そしてお疲れ様だったね」
二人の前に座る。カルデラは当然と言わんばかりに私の隣に座った。そして二人から視線を感じる。なんか、手を見られているような……。
「カルデラ、ようやっとプロポーズしたんだねぇ」
「遅すぎるくらいだわ、メリちゃん引っ叩いてもいいのよぉ?」
「いや、叩かないです」
どうやら指輪を見ていたらしい。今まで付けていなかったわけだし、気にするのも当たり前か。
「で、いつ結婚式はいつするんだい?」
「け、結婚式……ですか?」
「うん」
ソフィア様は満面の笑みだ。私はというと言われて初めて気付いた。いやそりゃ婚約者ですし、あの感じ結婚前提の告白だったとは思う、思うけど。
焦る私とは対照的に、カルデラは冷静に紅茶を飲むと私を見る。
「その事ですが、メリさんに提案があります」
「え、何」
カルデラからの提案とか怖いんですけど。マリア様とソフィア様も、何を言うのかと固唾を飲んでいる。
「メリさん、魔術学園大等部には興味はありませんか?」
魔術学園大等部って、大学のことだよね。興味がないかと言われたら興味はあるけど。
「私、小等部すら卒業してないけど」
地下に入ったのは十二歳、小等部六年の中盤だ。卒業前に退学している。義務教育である小等部で、退学ってのも変な話だけど。
「その事なら大丈夫です、貴女に教育をしていたリチャード先生が、貴女の覚えが早いからって、勝手に高等部までの勉強を教えていたらしく、その成績が良いのを学園長も知ってます」
「そ、そうなの?」
「えぇ、むしろ大等部に来ないかって学園長から打診があったんですよ、こんなに頭が良いならぜひと」
そんな裏話があったとは。全然知らなかった。普通に勉強教えてもらってただけだと思ってた。
「まぁ、行けるなら行きたいかな」
「なら手続きしておきましょう」
「じゃあ、結婚式はしばらくお預けってことか」
ソフィア様は残念そうに言う。
魔術学園。そこは学生婚を認めていない。婚約の段階であればいいが、婚姻関係は認めていないのだ。つまり、私とカルデラが結婚するなら大学卒業をする四年後ということになる。
「あと、魔術部ではなく、一般部になりますが、同学年にリテア嬢がいますのでお気をつけください」
「リテア様? リテア様一年なの?」
彼女は二十歳だ。普通なら大等部三年生のはず。
「この国での結婚は二十からできます、リテア嬢はその歳で結婚を考えていたようです、ただ何を思ったのか、大等部に行く決断をしたようですね」
「あぁ、なるほど納得」
カルデラが私と婚約したからだろう。私が頷いていると、マリア様やソフィア様も頷く。カルデラだけが首を傾げた。
その後マーベスが起きてきて、私も来年から魔術学園に行く事を伝えると、喜んでくれた。マーベスは来年から高等部だ。つまり卒業式を控えている。まだ少し先だけれど。
「校舎は違うけど、敷地は一緒だし、来年から学校でもよろしくね、メリさん!」
「えぇ、頼りにしてるわよ」
マーベスとハイタッチする。カルデラに睨まれたような気がしたが、気のせいだ気のせい。
こうして怒涛の一年が通り過ぎようとしていた。暗い部屋から憧れだった外に出て、まさかここまで環境が変わるなんて思ってなかった。でも、悪い変化ではない、これからの未来に、生活に心弾ませるものだ。
この時はこれからの学園生活がそれはもう、滅茶苦茶で、大変なことなんて想像もついていなかった。カルデラと一緒にいることの大変さと、魔法という物の危険性を私は目の辺りにすることも。
とりあえず一章はここまでです。
この後少しだけ、後日談が入ります。
二章からはついに、魔術学園です! 魔術学園編とは、なっていますが、一章ではあまり出てこなかったので。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!




