第十五話 【感情という名の能力】
カリナとカルデラが向かい合う。カリナもまた、何故カルデラが? と言いたげだ。
「こ、ここは禁止区域ですわよ」
「そうか、マーベスに直接送ってきてもらったから知らんな」
送ってきてもらった? 転移魔法かとすぐに察しがつく。流石無属性の魔術師、難易度の高さなんて諸共しない。
カリナは苦虫を噛み潰したような顔を向けたが、すぐに私を見てニコリと笑う。
「本当に何もできませんのね」
「え?」
私の手足にかけられていた術が解かれる。そして体が浮き上がった。なにかに抱き寄せられたのを瞬時に察知し、暴れてみたが、抵抗虚しく腕の中にしまわれる。
「メリ!」
「おっと動くなよ、お前頭に血が上ると周りが見えなくなるの変わらねぇのな、それ母親譲りか」
「ミラフ……貴様」
首筋にナイフが突きつけられている。魔法が使えればこんな状況どうってことないが、生憎私はまだ魔力のコントロールに至っていない。
カリナの言葉が突き刺さる。何もできないその通りだ。魔力が高くたって私ができることはない。唱えたって、いくら叫んだって、魔力が私に応えてくれることはない。両親が望んだものは、今必要なものは、私には無いのだ。
「メリ」
「カルデラ?」
カルデラは真っ直ぐに私を見る。今の状況なんて、何も問題ないような態度に、私は不思議になった。そしていつものように、優しく笑われる。
「何もしなくていい、俺一人で大丈夫だ」
その自信はどこから来るのか。けれど、なぜだか私に安心をくれるのだから、それこそ魔法みたいだ。
「えらく自信があるじゃねぇか」
「貴様ら如きにメリが傷付けられると思うなよ」
ジリッと、ナイフが首元に寄せられる。そして、カリナから白い粉が舞う。光魔法を使う気なのだ。
「流石に人質がいれば、分が悪いですわね?」
「外道が」
「そっくりそのままお返ししますわ、あ、動かないでくださいまし、メリ様の無事は保証しませんことよ」
カリナの言葉に反応するように、私を捕まえている腕に力が篭もる。
この戦いは誰のための戦いなのだろう。誰が得をえるのだろう。ミラフを見上げると、じっとカリナを見ている。彼の瞳に映る彼女は、どんな姿なのだろうか、天使なのか悪魔なのか。
「ミラフ様」
「どうした、人質」
「貴方は、カリナ様を愛しておいでですか?」
私の質問には? と言いたげな顔をする。
「……貴方は愛しているんでしょうね、だから今日までカルデラと仲違いしたままです」
「何が言いたい?」
私は、紅茶屋の夫妻を思い出していた。互いを信頼しているからこそ、軽口を叩けるし、どちらかが間違った時、修正できるのだ。手伝うのではない、止めるのだ。
「貴方が、ご両親のようになるには、時間がかかりますね」
カリナからの言葉からは暖かさは感じなかった。二人の間にあるのもまた、愛ではないのだ。実際にはミラフの一方通行なのだろう。利害の一致であって、カリナからすれば操り人形のようなもの。
肩書きと、プライドを保つための結婚。そして、今行われているのも、彼女のプライドがかかっている。カルデラに負けた、カルデラによって傷がついた。それは彼女のプライドをズタボロにしたことだろう。だから、私を使ってでも、彼女は、カリナは勝ちたいのだ。カルデラに勝ったという事実が欲しいだけ。
「私とカルデラの間にも恋愛感情なんてないですけど、貴方達程冷たくはないと自負できますよ」
私はミラフの手をぐっと掴む。これでもし、カルデラが負けたら、きっと彼らは後悔することだろう。元よりこんなくだらない事で、危険人物を増やすなんて気分の良いものではない。
「貴様! 何を!」
「私、守られてるのって嫌いなの」
不思議と、手に魔力が集まるのがわかる。カルデラの婚約者としての教育には魔法学も入っていた。その中に、魔法はイメージだという記述があった。イメージを具現化するのだと。
魔法はイメージ……。私は手を自分に当てられているナイフに添えると力を込める。壊すイメージ、何度も見た、破壊の光景を頭に浮べる。そして、パキッと小さい音が耳に届き、私は叫んだ。
「足でまといは御免よ!」
私は、カルデラの婚約者だ。こんなとこで躓くわけにはいかない。突きつけられていたナイフは粉々に砕ける。ミラフは驚き、後ろに下がったので、私はしゃがみその手を逃れる。カルデラを見ると、カリナが放った光魔法が目の前に迫っている。守らなきゃ、私の大切な人が傷つくのなんて見たくない。
強く、その感情を感じる。あぁ、恋愛感情なんてないと思ってたし、ずっとそう言ってきたのに。こんな土壇場で、認識するとかなんか嫌だ。カルデラを傷付けられたくない、彼が傷つくなんて許さない。
「メリ……?」
カルデラが、驚いた顔をする。私はその真意がわからなくて、カルデラを見る。私が何をやったのか、それはカリナの言葉が告げた。
「な、何よこの強い結界は……!」
カルデラの前に、半透明の白い壁が見える。先程までなかったものだ。カリナが放った光魔法も消えている。
「え、え?」
カルデラが、その壁に触れると、それは確かにそこにあった。完全に分厚い壁である。
「ふふっ、メリさん、貴女随分面白いことをしましたね」
「いや待って? 私がやったの?」
私も壁に触れると、冷たい感触が伝わってくる。これを私が……? もしかしてカルデラを守ろうと思ったから、この壁が出来上がったというのだろうか。こんな壁イメージした覚えはないけど。
「魔法は感情に左右されます、それが魔力なら尚更です、メリさんありがとうございます」
何故か嬉しそうにするカルデラに、私は全く理解できずにいる。そして私以上にこの状況を理解できない人が二人いる。
カリナとミラフは、私達越しに顔を見合わせる。そして試しとばかりに、カリナは魔法を壁にぶつけて見せたが、それは跡形もなく消える。
「これが、結界……」
「恐らくあらゆる魔術を消しますわね、ただの結界じゃありませんわ、魔術だけではなく物質すら通さないなんて、やっぱり化け物ですわね」
キッと睨まれ、うっとなる。こればっかりは化け物扱いでも否定できない。でも私だって知らないわよこんな壁。
「人の婚約者を化け物扱いとは失礼ですね、まぁ、でもメリさんは無事ですし、人質もこれでいなくなりました、こちらの反撃……」
「メリちゃん!」
バン! と大きな音がし、カリナが吹き飛ぶ。カルデラが言葉を失ったが、それは私もだ。
部屋に入ってきたのは息を切らしたマリア様だった。つまり、カリナを吹き飛ばしたのも彼女である。
「いったいですわね!」
「あ? 誰にもの言ってるのかしら小娘が」
カリナとマリア様が睨み合う。私はカルデラを見上げると、苦笑いを返された。
「マリア様、とりあえず私は無事です」
「あらぁ、メリちゃん、無事でよかったわぁって、ナニコレ」
マリア様は私を見ると上機嫌にこちらへ来ようとしたが、今は私が出したらしい壁がある。マリア様も不思議そうにペタペタ触ると、私を見て壁を指さす。私はコテンと首を傾げたが、代わりにカルデラが頷いた。
「まぁ! 凄いわね、でもこれじゃあカルデラもメリちゃんもこっちに来れないわ」
「メリさん、貴女が念じれば消えますよ」
「念じる? やってみる」
両手を胸の前で組み、壁に感謝を告げながら、もう大丈夫だと念じる。すると、キラキラ輝く金色の粉が舞う、そして壁は消えた。
「ほんとに消えた……」
先程までが嘘のように消え失せた壁に、ちょっとだけ寂しく感じる。
「さぁて、状況説明を、私とマギアくんにしてくださるかしらぁ? 王国騎士団団長様」
マリア様は、後ろに控えていた者達に指示を出す。皆一様にローブを羽織っており顔は見えない。
「王国魔術師団です、今は両親が仕切ってます」
「まじで……?」
「ついでにいつか仕切るのは私達ですよ?」
あれ、私まで入ってるの? カルデラはニコニコするだけで、それ以上は言わない。
ミラフとカリナは、魔術師団の人に連れて行かれた。それを見送り、私はカルデラの手を取り、外に出る。外と言っても、城の廊下に出たのだけれど。
「ここ、城だったんだ……」
「えぇ、ミラフが騎士団長なので、禁止区域に入れたのでしょうね」
職権乱用……って言うのかなこの場合。
「兄さん! メリさん! 良かった無事で」
「マーベス! ごめんなさい、心配かけたわね」
マーベスが泣きそうな顔でこちらに走ってくる。随分と心配かけたなぁと、近寄ってきたマーベスを抱きしめる。
「良かった、兄さんがいたから問題ないとは思ってたけど」
安心させるために、ポンポンと頭を撫でると、年相応の笑顔を見せてくれる。うむ可愛い。
「マーベスのことは抱きしめるんですね」
「カルデラはそんな歳じゃないでしょ」
何故か不貞腐れたように言われる。子供じゃないんだからと呆れた。
マーベスを離すと、魔術師団の方が客間に案内してくれた。中に入り、とりあえず一息着く。美味しい紅茶を飲みつつ。カルデラに質問をする。
「私が出したらしい壁だけど、あれってなんなの?」
「壁? メリさんが出したの?」
現場を見ていないマーベスは不思議そうだ。そんな彼を無視して、カルデラは説明に入る。
「あれは結界ですね、とても強力な」
それはわかる。カリナも言っていたから。今知りたいのはそれがなぜ出たのか、である。
「……今日サリサ嬢と話をしました」
「姉様と?」
「えぇ、貴女が力を使う理由を探るためです、何度も言いますが、魔法は感情に左右されます、そして魔力は魔法の根源、原油です」
原油……つまり、魔法はガソリンで、魔術は車ってとこかな、車乗ったことないからわからないけど。車は普及率が悪くて、まだこの国じゃ乗れないのよね、道の整備もしなくちゃいけないらしいし。
そんなどうでもいい事を考えつつ、カルデラの話に耳を傾ける。
「メリさんは随分と縛られていたようですね、あそこまで縛られれば自由になりたいと感じるのは普通でしょう、それが力の源です」
「自由になりたい事が?」
「サリサ嬢が言ってました、窓や外に繋がる扉が壊れやすかったと、それは貴女に外への憧れがあったからでしょう、そして人を傷つける件ですが、アレは無意識下の自衛ですね、魔力は確実に貴女の感情に応えていたのです」
私の感情に応えていた……。だったら魔法の一つや二つ出してくれても良かったのに。
「貴女が周りを拒絶する限りは、破壊し続けていたんですよ、他者を近付けないために」
カルデラの手が私の頬に触れる。拒絶……。私が周りを遠ざけてたってこと? 間違いではないし、スっと理解できる。どうせ私の魔力しか見てくれないから、私自身を愛してはくれないから、だったら、近付かないでほしかった。嫌な期待を抱きたくなかった。いつかは、皆怖がるから。
何度も体験してきた、畏怖の顔を思い出す。物を壊す度に、周りは私を遠ざけたし、私も遠ざけたのだ。
「でも今日は、全く反対のことをしましたね」
「反対?」
「私を守ろうとしてくれたのでしょう? その感情に魔力は応えてあの壁ができたのです」
……なんか恥ずかしいぞ。魔力が私の気持ちを代弁したというのか、いやそうだな、そうだぞこれ。
「えーっとつまり、メリさんは兄さんが傷つくのを嫌がって、強力な結界を出しちゃったってこと?」
「そういうことですね」
「なんか恥ずかしいからやめて」
顔に熱が集まる。ここでそれを認めたらダメな気がした。ダメというか……。チラっと、カルデラとマーベスを見る。カルデラは紅茶を飲んでいるが、マーベスはニッコニコである。
「しかも、物質すら寄せ付けないものですからね、余程カリナ嬢を私から遠ざけたかったと推測します」
「へぇー?」
「もうやめてお願い」
精神攻撃はきつい。土壇場だったのよ、あと少しでカルデラが大怪我するとこだったのよと心の中で唱える。
その後しばらく、二人からのいじりは続いたのだった。
メリが完全に自覚しました




