第四話 【氷の女神】
馬車に戻り息を吐く。私がなんとも言えない顔をしているからか、ローザが心配そうにこちらに来た。
「メリ様大丈夫ですか? 町で何が」
「わかんない、なんか土地神の遣いだとかなんとか」
私は首を振る。ローザが困ったように眉を下げる。私に分からないのだから、ローザにだってわからないだろう。
「とにかく、土地神と会話する必要がありそうですね」
「だな、神官様とやらがいないんじゃ、直接本人に聞くしかない」
全員で同意する。今日はもう時間が遅いので、明日祠に行ってみるということになった。
のだが、なんだか寝れず、私は馬車から降りる。電気も何もない町は暗く、高台からは何も分からないくらいであった。ギュルスには宿がないので、馬車で寝泊まりとなる。その為の箱馬車というものがあり、移動と宿泊どちらもできる優れものだ。寝心地も悪くはないのだが、どうも寝付けない。
「メリ様、寝れませんの?」
「ローザも寝れない?」
ランプを片手にローザが隣に立つ。小さな明かりではその場を照らすだけで、町は見えない。アムレートも電気が普及しているわけではないが、城が主導となり、街灯を道に設置しているので、ここまで暗くはない。本当にここに城があったのだろうか。
目を閉じる。まだ嫌な空気はある。まとわりつくような、私達を追い出したいような雰囲気。あまり集中してしまうと、ピリッと痛みがある気がする。この感じイナンナに似ているかもしれない。怒りと悲しみが入り交じった感じ。人にこの土地に向けられた感情。
「……ナ……イナ……」
「誰!」
「メリ様?」
今、女性の声が聞こえた気がする。誰かを呼ぶような声、私は前を見る。声は町の方からだ。
「行ってみよう」
「ちょ、何処へ行きますの!」
ローザの声を無視し、声がした方へ走る。なぜだか、行かねばならない気がした。私が、呼ばれている気がした。
微かに聞こえる声を頼りに、私がたどり着いたのは、祠であった。湖の中心にぽつんと佇む一つの祠。
「ここが……」
「あぁ、やっと帰ってきたのですね」
パキッと、何かが割れるような音がしたと思えば、冷たい風が頬を撫でる。そして、目の前の湖が氷に包まれた。氷は祠までの道を作り、そこから一人の女性が歩いてくる。
すぐにそれがガイアだとわかる。見た目がクリアそっくりだからだ。氷のように冷たい髪と瞳、一部透けた衣装と羽は、正にハロウィンでクリアが着ていたものと一致する。
「イナンナ、ずっと待っていました」
すっとその手が私に伸ばされる。私は、彼女の目をただ見る。そして、できるだけ笑顔を向けた。
「ガイア様、お初にお目にかかります、私はメリ・クロムです」
イナンナではない、そう示したのだが、小首を傾げられた。つ、伝わってないな。
「イナンナ? 何をそんなに硬く……」
「メリ様! これは一体……」
「あれは!」
追いかけて来ていたローザが、凍った湖を見て、驚き、言葉を失う。そして、ガイアはそんなローザを睨んでいる。
やばい、直感でそう感じた。何故かわからないが、ガイアはローザを敵とみている。
「メリ様、また何か魔術をお使いに?」
「なぜ貴様がいる、イナンナに近づく気ですか」
「ローザちょっとそこで止まって」
こちらに歩いてこようとしていたローザは止まる。ガイアは私の前に出ている。
「んーと、ローザに頼み事していいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
「女神様が出てきてくれたから、それをカルデラ達に伝えてくれる?」
とにかく今は彼女を離した方がいい。ローザは頷き、踵を返す。私はガイアを手で静止しつつ、それを見送る。
ローザが見えなくなり、私はガイアを見た。ガイアは不満気に私を見る。
「なぜ逃がしたのです」
「あのですね、話を聞いてください、私はメリです、イナンナ様ではないのです」
「イナンナではないのですか?」
まじまじと私を見る。やはり小首を傾げられる。
「見た目は一緒ですが」
「イナンナ様の血筋となります」
「では、クロムの?」
「いいえ、私はシザフェルのメイデンの血筋です、と言ってもアムレートでは、アクリウムと呼ばれております」
私は掻い摘んで歴史を説明する。そして、イナンナは今眠っていることも。
ガイアは目を伏せた。そしてはぁーと長い長い息を吐く。
「守れなかったのですね……」
「クロム家は残っています、必ずしも守れなかったわけではないかと」
どうやって、ミニル達がクロム王の息子を守ったのかはわからない。それでも残ったのだ。彼女なしでは生きれなかっただろう。
「それでも、イナンナには辛い思いをさせました、目の前で愛する者が死ぬのは耐え難いものです」
「グラセ様ですね」
「クリュスです」
は、はい。そう言えばグラセって呼んだら、ガイアが怒るってイナンナが話していたか。残ってる名前がグラセの方なのよ……。
「なればこそ、過去の再現はしてはなりませんね」
「はい?」
「先程の者、フレグランスでしょう?」
フレグランス? フレグランス家のことよね。ガイアがそう呼ぶってことは、クロム王が付けた渾名ではない。
私は頷いた。ガイアは、それはもう嫌そうな顔をしている。
「アレは信用できません」
「信用できない?」
「あいつがいなければ、クロム王が、クリュスが死ぬこともなかった」
どういうことだろうか。過去のフレグランス家が何かしたということか。
「メリにはお話しましょうか、暴動の中心人物の話です」
それは、イナンナではわかりようのない、裏の歴史の話である。
アムレートでの唐突の暴動。理由を探る暇もなく、私とクリュスは外に出る。子供達はイナンナに預けてあるから、何あっても大丈夫だろう。
「これはまた、なんでこんなことに」
「今は考えている暇は無いですよ、今こそ私達の力を示す時です」
私の主な能力は、氷魔術だ。氷以外にも使えはする。実はイナンナより魔術には詳しいのだが、それを伝えるのは面倒なので、彼女に丸投げした。
隣にいるクリュスは騎士である。ルイやシェープのように、綺麗さやまとめる能力は無いが、その剣先は強く、叩き潰すことを得意としている。荒いとは言われるが、その荒さこそが強さだ。見た目は細いので油断もされやすい。
「んじゃ、とりあえず諌めるかね」
「多少力を示せば大丈夫だといいのですけど」
この時は、互いに脅せば問題ないと考えていた。クリュスが民衆に大剣を向ける。そして叫ぶ。
「我が名はクリュス! 王に刃向かうと言うならば、我の前に力を示してみよ!」
私は隣で魔法の準備をする。
普段ならばこれだけでも十分な牽制になっただろう。しかし、忘れてはならないことを私は忘れていたのだ。いや、忘れてはいない。あの無茶苦茶な考えを他が持つとは思ってなかったのだ。
「力? えぇ、示してさしあげますわ」
一人の女性が前に立つ。紫色の腰よし少し下まである長い髪は、強めにウェーブがかっており、つり目の赤紫の瞳、勝気な印象を受ける。魔術師のようだが、武器を持っているわけではないようだ。
「貴女は?」
「わたくしは、フレグランス、王本人が出てこないのは拍子抜けですけど、民衆の代表ですわ」
フレグランスと名乗った彼女が、この暴動を起こしたということか。何のために。
「フレグランスと言ったな、理由を問おう、王に何を求める」
クリュスが、大剣を地面に刺し、仁王立ちの状態で問う。フレグランスは不敵な笑みを浮かべるだけであり、何も答えない。
私も、魔法を周りに展開する。氷の粒が周りに浮くが、魔法が怖いものではないと理解している彼らにどの程度効果があるかはわからない。
「脅しのつもりで? 求めるものはただ一つ! わたくし達の自由ですわ!」
「……自由とな?」
「えぇ、マシーナの王は示してくださいました、わたくし達人間の可能性を! 女神に怯えることはない、打ち勝てるのだと!」
二人で訝しげな顔をする。女神を殺す術を確かにマシーナの王、シオンは編み出した。しかしそれは非道なものである。
イナンナに近い貴女ならその方法がわかりましょう。女神という者は、愛する人がいてこそその力を発揮します。神がそう致しました。私達が人を愛せるように、人が私達を愛せるように。人を軸にして、その本来の能力は発揮されます。しかしそれは私達の弱さにもなりました。
シオンはが行ったのは、ネメシスが愛したオルガンを人質にすること。彼女が処刑台に立たねば、立つのはオルガンだと言ってのけた。彼女はそれだけはダメだと、処刑台に立った。彼を殺さないために。その人生を守るために。それを止められなかったオルガンは、彼女の代わりに監視も兼ねてそのままシオンの補佐をすることを決めました。外野であった私達としては、救われないなとしか思えなかった、でも、確かにその方法は有効でした。人道に外れていること以外は。
それを、フレグランスはやろうという。人が人を、いとも簡単に殺すという。
「女神がいてはわたくし達に自由はありませんわ」
「自由がないとはどういう意味ですか」
「そのままですわよ、魔術があるから、魔術師とそうでない者の格差が生まれる、ならばその元を断てばよろしい」
「貴女も魔術師でしょう?」
私の問に頷く。つまり、この者はイナンナの魔術講習を聞いている。女神のおかげでその力を得ている。何が不満なのか。
「魔術を使って改めて感じましたわ、この力は人の力にあらず、女神に縛られる時代は終わりましたの」
「意味を測り兼ねる、イナンナがいなければ、魔術師が魔術を知ることはできなかった、それは俺達人の力だ、気付かなかっただけで」
クリュスが首を傾げる。それをわかっていたかのように、フレグランスは声高らかに宣言する。
「王も、側近も、信じすぎているだけですわ! 女神などと得体の知れない者に頼るなど、わたくし達がする必要はないのです!」
「得体の知れないと言うか」
大剣がフレグランスに向けられる、私はそれを手で制ししつつ、城の前に集まった民衆を見る。
彼らは、彼女の宣言に反応するかのように、各々の武器を掲げる。私は戦うしかないのだろうか、イナンナに丸投げしているとはいえ、この国は、アムレートは、私が愛した国だ。クリュスがいて、変人ではあるがクロム王がいる。そのクロム王を愛したイナンナは、この国以外に居場所はないし、シザフェルなんかに帰す訳にはいかない。
守らねばならない、この国を、女神が愛した王を。
「さぁ! 自由を得るとき! わたくし達の怒りを受けて頂きますわ!」
「クリュス、行きますよ」
「仕方ないな、手荒な真似は好かないのだが」
私とクリュスは、民衆にその刃を向けることとなりました。
さて、この後はご存知ですね? シオンが行ったと同じこと、いや、脅されてはおりませんが。クリュスはただの人間です。その力が強かろうと、一人の体力などたかが知れています。クリュスは、私を庇って亡くなりました、人数には勝てなかったのです。クリュスがおらねば、私自身の力も弱まる、その前に王を別の場所に移す必要があった。だから私は、壁を張り、一旦城へ戻り、クロム王とイナンナに春華國へ行くよう言いました。フローラであれば、島国である春華國であれば、安全だと思ったからです。
「時間稼ぎではありましたが、この地に結界を貼り、人が外に出られねようにしました」
しかし、その時のフレグランスの言葉は忘れ難いものですね。
「小癪な真似をしても無駄ですわよ、アムレート国内では、既に皆が自由を求めていますわ」
王宮があったのは、南部であるこの場所。春華國へ行くには、北へ上がらねばなりません。転移魔法で行くには、人数が多かったことでしょう。結局、逃げ場などなかったのかもしれません。
王がいれば、この国がなくなることはない……そうガイアが言っていたはずだ。それは、この国を守るための、彼女が愛したアムレートを壊さないため、クロム王でしかなし得ない国を残すための言葉だったのか。
「イナンナは、この国を発展させるために魔力の扱い方を伝授しました、決して国民を掌握するためではありません、それを否定したのはあの女に他ならない」
フレグランス家は現在魔術師の家系ではない。それは、ガイアの怒りをかった結果というわけだ。申し子のせいで、ティガシオンがその全ての力を出し切れないことがあったように、フレグランスは魔術そのものを剥奪されたわけである。
私はため息を吐くしかなかった。過去、この国を苦しめたフレグランスという女性、姿は恐らくローザとそっくりなのだろう。そのローザは現在、魔術師団専属の記者をしている。なんという因縁だろうか、彼女は悪い子ではないが、ガイアが警戒するのは無理もない。
「また暗い顔をしてますねメリ」
後ろから優しく抱きしめられる。ローザに呼ばれたカルデラが来たらしい。
「クロム王……ではありませんね」
「カルデラですガイア様、まさにクロム王とイナンナ様の血筋となります」
カルデラは、魔力でガイアの場所を判別したらしく、彼女に軽く一礼する。軽くなのは、私を抱きしめているからだ。
「そうですか、その血筋が帰って来れているならば、アムレートはその形を保てたのですね」
「セヘル様が新たな王として、国を守ってくれましたよ」
「セヘル? あぁ、シェープさんですね、貴女もイナンナと同じく本名を言ってくださらないから、中々名前と顔が一致せず、困りますね」
ふふっとガイアは、懐かしそうに笑う。ネメシスにはセヘルで通用していたようなので、ガイアが渾名を頑なに認めていないのだろう。
女神は現れてくれたが、恨みは消えないし。ローザは逆に恨みの対象である。それに、彼女と話しても解決してない問題がある。
神官様とは誰なのか。彼女が伝えた伝言は何なのか。今この場ではっきりさせる必要があるだろう。




