後日談 二話 【怒られた日】
白夜城噴水の前に行くと、遠くを見ているネメシスがいた。
「ネメシス様、祠から出てるなんて珍しいですね?」
「あぁ、メリくんか、いやな、気になるものがあるのだ」
彼女はまた遠くを見る。私もその方角を見る。そっちはシザフェルかな。
「向こうからイナンナの魔力の気配がする、しかし、その力は恨みだ」
恨み……イナンナ本人は寝たが、魔力はその場に留まっている。きっと現在でもシザフェルの発展を妨げているのだろう。
私は掻い摘んで歴史を説明した。それを聞いてネメシスは目を伏せる。
「そうか……クロムの王は殺されたのか……」
「その原因となったのがシザフェルです、だから恨まれているんですね」
彼女は、女神達の中で一番最初に眠りについている。アムレートで何があったのかを知る由はない。
改めてシザフェルの方を向いた。何もできない事を悔やんでいるのかもしれない。
「体を借りるのはな、俺の力の一端なのだ」
「女神様なら誰でもできるわけではないのですか?」
鎮魂歌と同じということか。
「うむ、だからな昔イナンナと遊んでいたことがある」
あ、遊ぶって嫌な気配しかしませんけど。ネメシスは語る。それは、予想通り怒られた日の記憶だ。
女神達にはそれぞれ別の力がある。様々あるが、俺の中で特質すべきなのは、魂の入れ替えだ。体の交換というやつである。イナンナが、アムレートの王であるクロムの王と婚姻を結んだというので、茶化しに会いに行った時だ。
「幸せそうだなー!」
「ふふ、お陰様で」
イナンナは見たことないくらいに笑顔だった。それだけで愛されているのを、愛しているのを理解できる。仲間としては嬉しい限りだ。
「全く、イナンナは守護する国を変えたというのに、オルガンの君はシオンとは離れたがらん」
「色々考えがあるのよ、単純に敬愛かもしれないけど」
「あんな奴にか! 俺には理解できんよ!」
シオンは俺が守護するマシーナの王で、それはもう無茶苦茶な男である。
俺は機械が得意だ。鉄を組みあげ、人を驚かせる。それがなによりも楽しい。鉄の塊が動き出す様を見た時の人間達といえば、それはもう面白かった。今はまだ魔法で操るしか方法はないが、今後、どんな人間でも扱えるようになるだろう。
「しかし、シオンはそれを好かん」
誰でも使えるようになってしまったら、反乱が起こるかもしれないと危惧しているのだ。いや、ただ単に自分だけが扱える技術にしておきたいのだろう。まだこの世界には魔術が浸透していない、イナンナの努力でなんとか理解されてきたが、まだまだ時間はかかりそうだ。
人を自分の思い通りにできる道具だと思っているのだ、その道具が反抗する手段を持つのが、シオンは気に食わないのである。
「むぅー、なぜあの様な者が王なのだー!」
「まぁまぁ落ち着いて、あんまり暴れると机壊れるから」
バンバン! と机を叩いたら止められた。この怒りの行き場所がないんだ。オルガンの君が従っている以上、俺だって加護は与えるし、オルガンの君には嫌われたくない。嫌われたら立ち直れない。
あー、なんか楽しいことないかな。
「そうだ!」
「今度は何よ」
「イナンナ! 体を貸せ!」
は? と返される。俺は胸を張って、イナンナを見る。
「体を入れ替えたらクロムの王驚くだろ!」
「驚くってか怒ると思うけど」
多少体を入れ替えたくらいで怒るものか。別に命の危険はない。この力は正直使い道のないものだ。それこそ驚かすくらいにしか用途はない。
「ほら、手を貸せ手を!」
「ちょっとネメシス!」
無理やりその手を握ると、体の入れ替えが完了する。先程とは違う目線に少し驚く。
ほぉー、背が高いと目線が高い。これは楽しい。
「背が低いと全体的に見にくいわね」
「だからいつも飛び跳ねるのだ、見えないからな」
基本女神の背は高いのに、俺はなぜか低いままだ、神様に嫌われるようなことしただろうか。イタズラしすぎただろうか。
「とりあえず、クロムが来る前に戻して」
「それでは意味がないだろ!」
「二人とも、楽しそうだねー」
のほほんと、中庭にクロムが現れる。イナンナはひっと小さく悲鳴をあげこちらを見る。戻せと言いたいらしい。
「どうしたの?」
「ふっふーん、見よ! クロムの王! 俺の力の一つだ!」
「ちょっとネメシス!」
椅子から立ち上がり、胸に手を当てる。いつもと違う口調、違う仕草にクロムの王は目を丸くする。どうだ驚いたか。
クロムの王は自分の前に来る、そして怖いくらいの笑顔をする。
「ネメシス、体を入れ替えたりできるの?」
「うむ、あ、命に別状はないから安心しろ!」
すぐに戻すことも可能だ! そう言ったのだが、何故か笑顔は消えない。えっと、怖いぞ。
「なるほどね……あのね、ネメシス、世の中にはやっていい事と悪いことがあってね?」
「怒らないでくれよ!」
何故そんなに怒るのだ。怖いのでイナンナの手を握り、体を返す。驚かしたいだけだったのに。
「あのねクロム、悪気はないから怒らないであげてね?」
「そういう問題じゃないよ、ネメシスが君の体で何をするかわかったものじゃない」
クロムの王はイナンナを抱きしめる。そして物凄くこちらを睨んでくる。口調は柔らかいのに、優しさの欠片もない。
その場で縮こまる。怒られるとは思ってなかったのだ。
「まぁ、今回は初めてだから一応許すけど、次やったらわかってるね?」
「シオンより怖いやつっているんだな……」
問答無用で殺す気だぞこの男。シオンはまだ考える時間はくれる、殺すのは変わらないが。
過去の会話、過去の歴史のはずなのだが、どうもデジャヴでならない。私とカルデラも同様の会話をしたわ。
「だから、怒られるのをわかってて、メリくんの体を借りた」
「血は争えないですね……」
心配性というか、愛する人の体を別の人が使うのを許せないんだろうな、ネメシスなんか行動が読めないし。
「お前達を見ていると昔を思い出す、イナンナはどうだったろうか」
彼女は今、クロム王が亡くなった場所で眠りについている。何かを確認することは叶わない。
「……救われていることを願うよ」
愛する人と離れ離れになる苦しみを、女神達は知っている。それを行ったのは人間に他ならない。
私達はその歴史を知っている。痛みを理解しなければならない立場だ。
「きっと、救われてますよ」
気休めにしかならない言葉だ。それでも言わなずにはいられなかった。
「そうだな、アムレートに、愛する者の所へ帰れたのだ、メリくん礼を言おう」
私は笑顔を返すしかなかった。彼女の恨みは消えていない。一生消えないかもしれない。それでも、今だけはそんなもの忘れて眠っていてくれていることを願うしなかった。
クロムやシオンの話がちょこちょこ出てくるようになりました。
プロローグでシオン出した時は出すか少し悩みましたが、彼らもいつか本編に出せたらなぁと思います。
特にシオン、今の所非情無情でしかないですからね彼、プロローグの最後が、ちょっと違和感ある感じになっていたりしますが、女神達から嫌われすぎなのよな……
それはさておき
後日談も残り一話、次回は昔話から離れまして、魔術道具研究所の話です!
それでは、次回お会いしましょう!




