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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
機械の国の王 後日談
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後日談 一話 【鍵】

 祠に手を合わせる。開放されたその場所は、あまり人は来なかった。急に女神様とか言われても信じられないのだろう。

「ヴァニイ様、いたんですね」

「おー、嬢ちゃんか」

嬢ちゃんも隣に座ると手を合わせる……ではなく、祠をじっと見て、笑顔を向ける。

「ふふ、良かったですね、ヴァニイ様は真面目な方ですから」

ネメシスと話しているようだ。傍から見たら空虚に話かけているようにしか見えない。しかし、その言葉からは、話の内容が読み取れる。

 多分、俺が来てはしゃいでるんだろうな。どうも破天荒で、人を振り回すのが好きなようだから。

「破天荒か」

「ヴァニイ様?」

「なぁ、嬢ちゃん、結局鍵は何だったんだ?」

この場所に入るためには、鍵が必要だった。それは俺が持っているものらしいが、未だに理解できていない。

「……貴方はディウムのことを忘れられますか?」

「な、なんだよいきなり」

脈略のない質問にドキッとする。その言葉はあまり聞きたくない。

「覚えていること、それが鍵です」

「覚えていること?」

「ツワブキの花言葉は、愛よ甦れ、転移先はですね、女神様が亡くなった場所なんです。正確には体が消えた場所ですが。オルガンさんはネメシス様が忘れられなかった、忘れたくなかった、だからこんなことをしたんでしょうね」

ネメシスを覚えていたかった、だからこんな回りくどいことをしたと。彼女が眠りから覚めた時、寂しくないようになのか、この場所であったことを忘れるなって意味なのか。

 忘れていないことが鍵、俺がディウムを覚えていたから、忘れたくないから鍵となったのか。

「魔力は感情に左右されます、過去のオルガンの想いに、ヴァニイ様の想いが共鳴したから開いたんですよ」

「……随分な皮肉だな」

「え?」

忘れろと言われた男の感情と共鳴するとは、先祖も考えてなかっただろうな。

 ディウムは俺に生きろと言った、自分の人生を自由に歩めと。そして、忘れろと、今まであいつと生きた時間を、その想いを。俺は正直、ディウムは底が知れない化け物だと思っていた。天才で、無茶苦茶で、人知を超えた奴だと感じていた。

 死ぬ間際になって、それが間違いだと気付いた。目の前にいるやつは人間で、人ではないことを望まれて、化け物でいようとしていただけだと。ずっと足掻いてただけなんだと。一番近くにいたくせに、それに気付けなかった、気付こうとしなかった。それがどれだけ苦しめていたのだろうか、孤独を感じさせただろうか。

「俺だって楽しかったんだぜリーダー」

「ヴァニイ様……」

嬢ちゃんが、夢でディウムと会ったと言った。そして、言伝があると。

 それは感謝の言葉だった。忘れろって言ってたくせに、相変わらず勝手気ままで、猫みたいに気まぐれだ。裏表なんかなくて、体全体で感情を表現する。そうしたかと思えば急に全てを隠してしまう。面倒になったら、全部押し付けるくせして、結局は解決してみせる。天邪鬼で、破天荒で、困った男だが、振り回されてきた日々は楽しいものであった。そうでなくば、研究所を守るとは言わなかった。ディウムがいない今、俺とあいつを繋ぐものは、研究所のみだから。

「ヴァニイくんの主はどうも勝手なようだな」

「女神様か」

あぁ、随分と勝手な男だ。言うなって言った言葉を、平気で口にしやがった。止めても、聞かないなら聞かせてやるって奴なんだよ。

 忘れられたくないはずなのに、その言葉は言わなかった。実際願いたかったものは、全部隠しやがった、言ったら俺が本当に忘れないから。ただ、俺の自由だと言うなら、忘れないのが俺の意思だ、やりたいことをしろって言ったのもお前だからな。

「俺、オルガンの君に忘れてくれって言ったな」

「は?」

「だって、死ぬ奴のことなんか覚えてたって良い事ないだろ?」

こいつら……。一回残されてみた方がいいぞ。残される側は一番聞きたくない言葉だからな。

「睨まないでくれ! その時はそれが最善だと思ったんだ!」

「何をどうしたらそう思うんだ?」

「うっ……すまない、悪気はなかったんだ、でも今ならわかる、忘れてくれって言われて、忘れられる感情じゃない」

しゃがみこんで、わかりやすく落ち込まれる。

 俺はネメシスの頭を無意識に撫でる。カルデラが見てたら絶対殺されてた。体は嬢ちゃんだから。

「悪気がないのを理解してるから、結局忘れられねぇんだよな」

恨めたら、憎たらしく感じられれば忘れられるのに、そこに残されたものは愛情でしかない。会えないからこそ、話せないからこそ、大事にしようと思うのだ。その声も、行動も、しっかりと記憶しておこうとしてしまう、些細なものでも捨てられなくなる。

「ヴァニイくんは覚えていてやるといい、それは自由だ、自由になれと言ったのは俺達だからな」

「……ほんと一緒なのな、呆れを通り越して感心するよ」

ディウムを人間として認識している者は少ない。だから、俺は人間としてのあいつを、少しでも多く覚えていようと思う。それがせめてもの罪滅ぼしだ。


 ヴァニイが立ち上がり、背伸びをする。

「さーて、研究所にもどっかな」

「また来ると良い!」

「ネメシス様がまた来たら喜ぶそうですよ」

「余計なことまで報告するな!」

嬉しそうにはしゃいでるのが悪いんですよ。言われたくないなら、もう少し感情を隠してください。

「……また来るよ、嬢ちゃんも早く戻れよ」

「はい、あんまり遅いと怒られますからね」

出ていく彼を見送る。私は二人がどんな会話をしたのか知らないが、その顔は少しだけ晴れやかだった気がする。

「ほぉ、あれがヴァニイという男じゃな」

「フローラ! 久しぶりだな!」

「はい?」

振り返ると、楽しそうに笑うフローラの姿。なんでいんの、なんで来れてんの。

 女神様マジックにパニックになる。貴女春華國出られるんですか、イナンナとネメシスは出られそうにないのに。

「我は体を奪われたわけではないからのぅ、ただ来なかっただけじゃて」

「じゃあ普通に移動できると?」

「普通には無理じゃ、女神達の祠のみに移動できる、しかし今移動できるのはネメシスの祠だけじゃな、そこはそちに感謝せねば」

祠が転移魔具のような役割を果たしているのかしら。主たるネメシスが戻ってきたから、こちらに移動できたのかもしれない。

「あれ、というか、フローラ様ヴァニイ様のことを知っていたんですね」

「マシーナの男児から聞いたのじゃ、名をディウムと申すらしいのぅ」

「ディウムから?」

どうやら、私がシザフェルでなんやかんややっている間に話していたらしい。あれ、あの場所って夢じゃないの……。

「あそこはな、幽世(かくりよ)と呼ばれておる、死者と生者が交わる場所じゃ」

「なんだメリくん、幽世なんかに行ったのか? 良かったな! 生きて戻ってこれて!」

「ネメシス様、怖いこと言わないでくださいよ……」

死者と生者が交わる場所……生きて戻ってこれた……ね。

 私、あの時死ぬか生きるかの瀬戸際だったってことか。巫女様なんてことをしてくれたのよ。

「鎮魂歌は我の力の一端、そちの持つイナンナの魔力に反応してしまったようじゃ」

「反応した?」

「無意識に灯篭に魔力を込めたのじゃろう、そこに我の血族が魔術をかけてしもうた、結果魂が幽世に飛ばされたのじゃ、ディウムが呼び出されたと同じようにな」

呼び出された、ディウムも言っていたな。灯篭流しで彼を思い浮かべたから呼ばれたんだって。

「……よくわからないですけど、助かりました」

「助かったとな?」

「改めてディウムを理解することができましたから」

化け物やティガシオンのご当主ではない、人間としての彼を理解することができた。彼の痛みを、ヴァニイへの想いを、それを理解できなかったら、この祠には来られなかった。

「そち、名を聞こう」

「メリ・クロムです、フローラ様」

「クロム……? そうか、そういうことじゃったか、ではメリ、何あれば我の祠を訪ねよ、ネメシス程気軽には来れんじゃろうが、力になろう」

そう言って、銀色の光と共に消える。ネメシスは手を振っている。

 私はネメシスを見る。彼女はにっこにこだ。

「フローラのやつ、ヴァニイくんも気に入ったみたいだぞ!」

「女神様って人間好きですよね」

「うむ! 大好きだ!」

両腕を伸ばし跳ねる。フローラは男児は好かないと言ってたくせに、ディウムとは話してるし、ヴァニイも気に入るって、女神も素直ではないようだ。

「メリくんよ」

「なんですか?」

ピタッと止まる。私も背筋を伸ばす。

「ヴァニイくんをよろしくな」

「それはどちらかと言うとカルデラに頼んでください、でもそうですね、これからも頼らせてもらいますよ」

私達は笑い合う。女神も人も想いは同じだ。好きなものを守りたくて、守りきれないものである。だからこそ、支え合っていくのだろう。一人では無理だから、皆で支えるのである。

 立ち上がり祠を見る。ディウムとヴァニイはこの場所でどんなやり取りをしたのだろうか、彼の様子では入ったことがあるのは事実だろう。それはきっと、ディウムとだ。その思い出は、感情は彼らしか知らないし、それでいいのだ。

「ネメシス様、またお話聞かせてくださいね」

「うむ、いつでも来るといい!」

理解できるものがある。理解できないものがある。それでいい、全てを知らなくたって、私達は支え合えるから。

実はメリちゃん死にかけていた事実。

幽体離脱みたいなものだと思ってください。

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