第四話 【化け物でありたかった人】
暖かい光が自分を包む。これは治癒魔法だ。それをやった本人であるヴァニイは、自分と目を合わそうとはしない。理由はわかってるけどね。
「こんなもんで大丈夫か?」
「うん、だいぶ楽かな、全くカルデラのやつ、これでも手加減したんだろうけど容赦がないよねー」
魔術師団とミカニが去った研究所で、自分は寝転がる。勝てるとは正直思ってなかった、だって彼女は、メリくんは申し子だ。魔術師を強化する力を持っている。
今まで申し子が産まれたのは春華國が主だった。理由は知らないが、巫女は外に出れないので、申し子の力は全然わからない。その中で例外だったのが、アムレートの伝承に出てくる女性にマシーナの申し子だ。伝承の女性は申し子との明記はなかったが、彼女はアムレートを魔術大国として導いた、その魔術はそれこそ奇跡と呼べるものだったというのだから、申し子なんだと思う。二人の共通点は、魔術師を強化したことだ。マシーナならオルガン家、伝承の女性ならクロム王、どちらも自分が愛する家や人である。それはカルデラだって例外ではない。元より魔力が勝ってても、自分は力を出し切れないのだから、勝算が無かったんだよ。あったら、わざわざヴァニイに魔術を使わせてまで捕まえたりしない。
本当は自分でも色々理解していた部分はある。けれど、その全てを認めるわけにはいかなかった。自分が歩んだ道を、ヴァニイが信じてくれたものを、全て捨ててしまう気がした。自分は人であってはならないのだ。
ヴァニイは、治療が終わったので部屋を出るのかと思ったけど、椅子をベッドの隣に置いて座る。こっちは見ないけど。
「別に怒ってはないよ、予想範囲内さ」
何も答えない。もー、そんなに気にされたら、こっちまで気まずくなるじゃないか。
「あのね、僕は嬉しいよ」
「……は?」
彼は初めてこちらを見る。自分は天井をただ見る。
「ヴァニイが自分で考えて行動してくれた、それが僕に不利なことでも、なんだか子供の成長を見た親みたいな気分になったよ」
メリくんを守る、その意思は彼本人の考えだ。それが仮にオルガン家の血がそうさせたとしても、自分に反抗したこと、それは大きな成長だった。
自分がいなくたって、彼が問題ない証だった。一人で、生きていける確信を持てた。
「僕がいなくたって大丈夫、そうだろう?」
ヴァニイを見る。彼は固まったままである。自分は彼を縛ってしまったことを、研究所に連れてきてしまったことを悔やんでいた。
彼の能力は補佐である。情報を集めたり、敵の懐に忍び込んで暗殺したり、とにかく魔具や機械とは関係ない。その証拠に、機械を作らせたら絶対失敗する。変な動きをする機械を見るのは楽しいし、それはなんかもう一種の才能だと思うが、向いていないのは一目瞭然だった。それでも、自分がいる限り、彼は離れようとしないだろう、それが教育だから。それが主従というものだから。真面目なんだよ、そこまで頑なに守らなくたって良かったのにさ。
「君は君の人生を生きるといい、自由なんだからね」
「リーダー……」
自分の命が長くないことなんて、自分が一番よく知っている。自分は人間だ、周りがなんと言おうと、真の化け物にはなれない。
「ヴァニイにその力があることを知れた、だから嬉しいよ」
ねぇ、君は知らないだろうね、自分がここまで、人間を捨てようとしていた理由も、捨てきれなかった理由も。
どうやら、カルデラに文句は言えないらしい。一人の人間に固着するのは自分も同じだ。彼に恥じない主でいたかった。ただね、長く生きたかったんだ、ヴァニイと一緒に笑っていたかったんだよ。でも、それは言わない。言ったら、また君は自分に縛られてしまうから、それは本望ではない。
「だから君は生きなよ、死んだら許さないから」
「わかったよ」
力なく笑われる。これでいい、生きてくれれば、今は無理でも、普通の人として生活できるはずだから。ヴァニイ・オルガンという一人の人間として、誰かを愛し、誰かを支える人生を歩める。
君がいつか、自分を忘れられれば、ただの思い出となる日が来るならば、その日、その時を自分は願おう。
「ねぇ」
「おう」
目を瞑る。この願いを言ったら怒るかな、嫌がるかな。
「僕のことなんて」
「待て、それは言うな、言ってくれないでくれ」
固まっていたヴァニイは、自分の手を強く握る。自分が勝手に喋る奴だって知ってるくせに。
「いつか忘れてくれよ」
その言葉が自分の最後の記憶だ。感謝とか、色々あったけど、全部飲み込んだ。突き放す選択をした。自分は彼の中で嫌なままでありたかった、破天荒で、わがままで、困らせてばかりな子供でありたかったんだ。
人間ってさ、理解できないものを嫌がるんだよ。理解できないから化け物なんだ、だから自分は理解させなかった、わざと理解できない言葉を、行動を選んでた。ディウム・ティガシオンってのはね、そういう奴なんだ、化け物であろうとした人間なんだよ。
「僕の話なんてそんなもんさ」
話を聞き終えたフローラくんは、ふむ……と一言だけだった。別に感想もいらないんだけど。
ヴァニイが自分のことをどう考えてたなんて知らない。知りたいとも思わない。
「知るのが怖いのじゃな?」
「君は君でやりにくいね!」
全く、メリくんといい、フローラくんといい、ズケズケと言ってくれるものだ。
「いいんだよ知らなくて、今更必要もないからね」
死んでしまえば、話すことは叶わない。そんな状態で知っても意味は無い、自分が言わなかった事があるように、ヴァニイにだって言わないことがあるのだ、それが人間だから。
「そちは面倒な男じゃのぅ」
「うわぁ、率直な侮辱……」
面倒で悪かったね。素直じゃないんだよ、感情を言葉にするのは苦手なんだ。
立ち上がる。さて、時間を潰したところで、意味はないんだよね。
「そちが望めばいつでもここから出られよう」
「望めば?」
魔術みたいに念じればいい? そんな感じではなさそうだけれど。
「魂はあるべき場所がある、還る場所がある、それを望めばよいのじゃ、それが難しいのであれば、我が手を掴めばよかろう」
フローラくんが手を伸ばす。掴めば……ね。
少し迷ってその手を取る。ここにいたって仕方ない。自分には何もできないのだから。
「時が来るまで、ゆっくり休むと良いぞ、人間よ」
暖かい光が自分を包む。自分の人生に後悔がないかと言われたら嘘になるだろう。やりたい事の殆どをできてないはずだ、でも、そんな物も全部飲み込む。自分の願いを知るのは、自分だけで構わないから。
Episodeディウム、これにて終幕です。
ディウム、ヴァニイのコンビは裏主人公だったりします。
彼らがいてこそ、物語は進みますし、メリ、カルデラのコンビと近くて遠いがイメージです。
まぁ、つまり今後もヴァニイ様には働いてもらいます……フフ
さて、次回からは後日談!
正直今日までがしんみりしてしまっているので、明るい話題を提供したい所ですが、ここまで機械の国の王はマシーナの話だったので、後日談もマシーナの話となります! マシーナ一色の章、ちょっと楽しんで書いてます!
では、次回でお会いしましょう!




