第五話 【女神の雫】
聖地に入るとそこは別世界のようだった。マシーナって国は、街が整備されており、森林も適度に伐採され、人間の管理がされている。しかしこの場所は整備などされていない。それなのに、正面の祠までの道は人が通れるようになっている。それに、ここまで魔力が溢れている場所など、俺は知らない。
「これが聖地……」
「あの祠が本来ネメシス様が居なければならない場所ですね」
嬢ちゃんが指を差す。そうか、ここは女神様が住まう場所なのか。俺はなんであの噴水に女神様がいるのか、なぜこの聖地に入ろうとしたらあそこに転移するのかは、検討もつかないが嬢ちゃんは理解できているんだろうな。
祠の前に行く。そこには箱が一つ置かれていた。真っ白い箱で、十字架を囲むウロボロスの文様が蓋に描かれている。
「こりゃ、ティガシオンの紋章じゃねぇか」
なぜこの場所にこの紋章があるのか。とりあえず中を開けると、そこには金色に光る宝石が一つ入っていた。その魔力は怖いくらいに高いが、嬢ちゃんで慣れたからか、恐怖はない。
「これが、女神の雫だと思います」
雫に触れると、それは懐かしく暖かった。その暖かさに導かれるように、小さい頃の記憶が蘇る。
それは、まだ七歳の頃だ。ディウムに仕えるよう教育されていた俺は、その時初めて主となる彼と会った。第一印象は小さいってだけだ。自分と同い年には見えなかった。
「君! 僕のこと子供だと思ったろ!」
ビシッと指を指すその姿は、子供でしかない。というか、七歳だから子供なのだ。
「いや、俺達子供だろ」
「歳と精神年齢は違うんだよ!」
その理屈でいったら、お前は実際の年齢より低く感じるが。
「失礼だね、一応君の主なんだよ僕は」
「そう言われてもなー、実感がないのよ実感が」
教育はされているが、それだけだ。従わない選択はないが、気持ちは追いついていない。義務感が勝っている。
ディウムはソファに座り直す。その勢いもまた幼く、本当に大人に見られたいのか問いただしたくなる。わざとだろそれ。
「僕はね王になる男だよ」
「そうだな」
「でも本当にそうなるのかはね、知らない!」
「はぁ?」
先程座ったばかりなのに、勢いよく立ち上がると、一旦背中を向けて、くるっとこちらを見る。その行動必要だったか。
「未来なんて知らないよ、仮に僕が王になってもさ、父上は嫌がると思うんだ」
「リトルナイトメアか?」
この病は長く生きられない、無理矢理寿命を伸ばしても五十年くらいが最長だ。そうなると、早くディウムに変えねばならないし、そうしても長くは王をやってくれない。すぐに政権が変わってしまう。
「そう! 全く面倒な病だよねー、呪いだかなんだか知らないけどさ、迷惑なもんだよ!」
「自業自得じゃね?」
オルガンとしては、申し子を雑に扱った報復なので、文句は言わせない。
俺が突き放したからか、不貞腐れたような態度を取られる。
「君は申し子を産んだ家系だもんね、僕はどうせ閉じ込めた方ですよーだ」
「やっぱ子供じゃねぇか」
いじけるないじけるな。俺に言われてもどうしようもないのよ、俺呪った奴じゃないんで。
「まぁでもね、僕はこの病嫌いじゃないよ」
「嫌いじゃないのか、なら良かったな」
正直興味はなかった。こいつがリトルナイトメアをどう考えていようと、俺には関係ない。
しかし、ディウムも俺がどう考えてようが興味がなかった。構わず話を続けたのだ、聞けと言わんばかりに。
「申し子はさ、研究所を任されていた、あの研究所は彼女のための箱庭だ」
魔法道具研究所を言っているのだろう。詳しくは知らないが、あそこはあそこでリーダーが決まらず困ってたな。
「僕ね、あの研究所に行きたいんだ」
「なんでだ?」
「申し子がいた場所だから! 彼女の研究はこの国の発展には不可欠だった! 魔具は凄いよ、平等とまではいかないけど、限りなくそれに近づけたんだ! 今まで魔術師でないと扱えなかった奇跡を、彼女は形にしてみせた! でもまだ不完全だと思わない?」
いきなりのテンションの上がり方に面食らう。よく疲れないな、思考が読めなくて怖いのだが。
「機械は操作ミスがあるわけさ、あれで人が死ぬわけだ、魔具はその点魔力で遠隔操作が可能だから、少なくとも操作員は死なない、でも魔術師じゃないと作れない、一般人は魔術師が魔力を込めたものを使うしかない」
そりゃ魔具だからな。魔力があって初めて使える道具だ。魔術師ありきである。
それのどこが不完全なのか、俺には理解できない。
「道具はね、誰でも使え、作れるべきものなんだよ。いやそもそも魔力って必要かな?」
「魔力がいらないってのか? お前魔術師だろ」
「そうだよ、魔術師だ、でも魔力に頼った技術では平等にはならない、それはさ理不尽だろ? この病にしたってそうだ、魔力があるから病も出てくる、それに気付かせてくれたから、僕はこの病が好きだよ」
魔力が理不尽ね。どうも俺が仕えるべき男は変人のようだ、頭のネジが結構な本数ぶっ飛んでる。
「今年でね、申し子が産まれてから千年が経つんだ、申し子は千年周期で生まれる、だから次の申し子が出てくるはずなんだよ」
その表情はとても明るいが、次に出た言葉は怖いものだった。
「僕ね申し子の力を使って魔力を破壊できないかって思うんだ」
「破壊?」
初対面の男の破壊衝動など知りたくなかった。というか、よく話す気になれたなお前は。
「そっ! そしたらより良い道具が作れると思うんだ! だってそうだろう? 魔力がなければ、道具に頼るしかないもんね!」
そしたら自然と安全性も上がるよと付け足す。そこまでして平等を求めたいものなのか。
そもそも、申し子なんて伝承の存在本当にいるのだろうか。リトルナイトメアがあるが、呪いだなんて非科学的である。魔術師が言えたことではないが。
「申し子のことを疑ってるのかい? だったら証拠を提示しようじゃないか!」
「証拠? あんのかそんなもの」
「あるよ! 付いておいで!」
今日は顔合わせで、部屋の外に出ることは許されていなかったが、構わず部屋から出ていく。主に対抗することもできないので、ついて行く。
そこは、城の中庭の一角だった。木々が生い茂っており、中は見えない。名前は知らないが魔術の花が咲いている。誰かが咲かせたのか。
「この奥を見たら信じると思うよ」
ディウムは木に触れる。そうすると、木が一本消えた。わけがわからず固まっていたが、ディウムが先に行ってしまったので、俺は急いで追いかける。
中は自然豊かで、冷たい空気が立ち込めていた。祠の前にディウムはおり、白い箱を一つ持っている。
「この場所ね、リトルナイトメアを患っている者しか入れないんだ、一番最初に患った王は、それを良いことに、これをこの場所に置いた」
「なんだそれ」
「使い道が分からない魔力の宝石だよ」
箱が開けられる。そこには、確かに強い魔力を放つ宝石が入れられている。正直怖い。こんなに強い魔力を感じたことがない。
「強い魔力だよね、この宝石の制作者はわからないよ、いつの間にかあったんだってさ、でもこれだけ強いと争いが起こるだろ? 誰も使えないのにだよ、だからこの場所に隠したんだ、城に起こる無益な争いは王にとっても嫌だったわけだね」
使うことができない魔力か、王は賢明な判断をしたと言えよう。外に置くより管理下で誰も入れない場所に置いた方がいい。
「ここはね、入ろうとしたら一定の場所に転移するんだ、それは昔かららしいよ、理由はわからない、なぜそこに転移するのかもわからない」
箱を祠に戻す。後から入れられたはずなのに、その光景に不思議と違和感はない。
ディウムはすぐに、くるっとこちらを向く。無邪気なその姿は神々しかった。
「ねぇ、ヴァニイ、君は僕が王じゃなくても付いてきてくれるかい?」
手を真っ直ぐこちらに差し出される。俺は迷わずその手を取った。
「当たり前だ、俺は、ディウム、あんたに仕えるように教育されてるからな」
魔力は理不尽とか、色々理解できないことはあるが、俺はついていこうと思った。わからないことは、知っていけばいい。この、人から理解されない者のやりたいことを俺は見届けたい。
「ありがとう、この場所はね申し子も入れたそうだよ、だからリトルナイトメアを患ってる者も入れるんだろうね」
申し子は魔力が高い。出された宝石がそれを示しているわけか。
「さて、少しは信憑性があるだろ?」
「少しな」
「ヴァニイは硬いなー、いいよこれから振り回してくから」
入れない場所と、そこにある宝石。世界は不思議なことばかりだ。申し子くらいいてもおかしくないのかもしれない。
あの時は全くわからなかったが、女神の祠に女神の力か。
「なぁ嬢ちゃん、女神様の見た目ってディウムまんまだったりすんのか?」
「配色は同じですよ、あと行動、体ごと傾げてみせたり、ちょっと距離をとってくるっとこっちを見たり」
「本当に一緒なんだな」
パタンと箱を閉じる。リトルナイトメアは、申し子と同じ見た目で産まれる。申し子は女神様の血筋だから、不思議と姿も似るのだろう。
箱を持ち立ち上がる。これは女神様に返すべきだ。しかし、誰が渡すのか、それが問題である。
「選ぶのは俺達……ね」
「それが女神の雫ですか、兄様」
背後から凛とした声がして振り返る。そこには、バレットがいた。
「開かなかった場所が開いたと思えば、女神と話せる女性、申し子というのは本当なのですね」
嬢ちゃんを見る。嬢ちゃんは身構える。こいつの狙いは雫だ。
「何もしませんよ、雫を渡してくだされば」
「お前は、アダートを王にしてどうする気だ?」
じっとバレットを見る。こいつが考えることを俺は知らねばならない。女神様に王の選定を任された以上、慎重に行動しなければ。
「どうって? 我々は仕えるべき者です、主を王にするのが従者の役目ですよ」
「そうじゃねぇよ、お前自体がどう考えてんのかを聞いてる、ティガシオンを王に戻して、その先に何を見る」
ミカニ王は、ティガシオンのままではこの国が壊れてしまうと考えて政権を翻した。ディウムはそれでいいと言った。自由だから、自分の好きなことをできるから。
わざわざティガシオンが王をやらなくたってこの国は回るし、国民は不満など持たなかった。むしろ、良い方にいっただろう。ディウムが研究所にいたから、シザフェルへの牽制にもなった、国はミカニ王に任せておけば問題なく、魔具が強化されれば国は豊かになる。魔具が高度になれば、自然と低迷していた機械技術も発展した、今や家電なしでは不便な程だ。それをやってのけたのは、ディウムに他ならない。そして、それを継いでくれたのはマーベスである。このまま、政権は変えるべきではないのではないか、ティガシオンが変にかき乱すわけにはいかない。
「変なことを問いますね、元よりティガシオンがマシーナの王です、それを戻すだけですよ」
「ティガシオンが王じゃなくたって、この国は問題ねぇよ」
「兄様、貴方本当にオルガン家です? 確かにディウム様は王には興味は示しませんでしたが、その怠慢をよく許したものです」
「あ? てめぇにディウムの何がわかる!」
怠慢と言うか、ミカニ王に対して手も足も出なかったお前らが。
一歩前にでる。しかし、それはカルデラとマーベスによって止められた。
「ヴァニイ、貴方がやる事は決まっているはずです」
「王になるべき人に届けなよヴァニイさん」
二人が俺の前に出る。嬢ちゃんが俺の手を掴む。
「ローザ、クリア、この場は頼むわよ」
「はい、メリ様、ローザ様は守ります」
「しっかり役目を果たしてきてくださいませ、私は撮りますわ!」
ローザがカメラを構え、クリアはバレットを見た。
「ヴァニイ様、選ぶのは貴方です、私はその決定に従います」
目を閉じる。この雫を届けるべき者。この国を任せ、良き方へと導く王か。
「行くぜ嬢ちゃん! 女神様の通訳はあんたにしか頼めねぇからな!」
「えぇ、最後まで付き合いますよ!」
俺は走り出す。バレットが魔法を使う前に、カルデラが割って入る。いつの間にあの槍型の魔具を持ってきていたのだか。しかし今回は助かった。
聖地を出て、中庭をそのまま走る。渡すべき者に渡すために。




