第四話 【人を拒む聖地】
中庭の一角に立つ。そこは木々が立ち並び入口はなく、そもそも入れそうにない。
「この花、ツワブキですね」
しゃがみ咲いている花を見る。触ってみるとかすかに魔力の気配がする。魔術の花だ。
「ツワブキですか、花言葉は、愛よ甦れ、困難に負けない等ですね」
「ほんとに詳しいわね……」
カルデラって、花が好きなのかしら。石言葉なんかも知ってるし、知識として入れているだけって感じではないわよね。
「愛故とだけ返しておきます」
「そう……」
ローザが呆れた顔でカルデラを見ている。春華國でも素直に言えって文句を言っていたっけ。
私は改めて木を見た。誰も入れない聖地。そのまわりに咲く花。魔力で作られているということは、選んで咲かせているはずである。
「この魔力、オルガンの者だな」
ヴァニイが花に触れる。オルガンの魔術師が咲かせたのか。こんな場所になんのために。
「とりあえず、木に触れてみますか、戻されるというなら、魔力が使われているのでしょうし」
カルデラが木に触れる。その時明らかに空気が変わった。嫌に澄んだ空気となり、全てを拒むような清らかさがある。
そしてなにより、カルデラの周りで白い粉が舞う。光魔法の気配だ。
「カルデラ!」
私、ヴァニイが反射的にカルデラに触れる。そして気付くと噴水の前にいた。嫌な空気も消えている。
「お嬢ちゃん? なんだ呆けた顔をして」
「本当に戻された……」
ネメシスが私の前で体をかたむけている。カルデラ、ヴァニイも周りを確認する。
「こりゃすげぇな」
「抵抗する暇がありませんでしたね」
転移魔法は無属性の魔術師しか使えないが、原理としては光魔法である。つまり、あの白い粉は、光魔法、瞬時に転移魔法が発動されたわけである。
私はネメシスを見た。城内部でも、城の入口でもなく、この噴水に転移するよう設定された魔術。そしてオルガンの魔力で咲く花。
「ネメシス様はどうしてこの場所にいるんですか?」
ずっと体をかたむけた状態を保っていたが、私の質問に姿勢を元に戻す。そして少し離れると、パッと片腕を上にあげる。
「ここで死んだからだ!」
「元気に言いますね……」
死んだというか、体を奪われたなんだろうけど。イナンナが檻の中にいたのと同じ理由である。それはそうなのだが。
「あの、嫌な事を聞きますけど、公開処刑だったりします?」
ネメシスは黙る。その顔は目を見開いて止まる。
私は彼女を見つめた。重要なことだ、オルガンが彼女の死をどう思っていたのか、それを知る手がかりである。
「……よくわかったな、シオンは見せしめだと言っていた、人が女神に勝てる証明だってな」
「実際、反抗はできなかったんですか?」
イナンナは薬を飲まされていた。そうまでしなくば女神は縛れない。体を奪うなら尚更だ、体が持たなかったわけではない。
「しようとしたさ、でも俺がなんかやって死ぬのは俺じゃない、オルガンの君だ。女神は体が消えるくらいで済むけど、人間は違うだろ? 死んだら終わりなんだよ、もう会えないんだ、話せないんだ、それは嫌だった」
オルガンは止めようとしたが、それは叶わなかった。主君である王に強くは出られなかった。マシーナの申し子の時もそうだった。
もう会えない……か。人間は死ねば話すことは不可能だ、だから王位争いが面倒になっている。しかし、それは女神も一緒ではなかろうか、体がなくば会話はできない、誰にも認識されない。だから彼女達は死んだ場所だと言う、体が無くなる、それは人が死ぬものと同義だ。いや、それより辛いか、女神側は人が見えている。寝ていたからオルガンの死に目は見ていないだろうが、話しかけても反応はなかっただろう。ヴァニイが反応しなかったように。
処刑された彼女をオルガンはどんな気持ちでみていたのだろうか。彼女がいない毎日をどのように過ごしていたのだろう。彼女がいるはずの場所を、どんな風に見ていたのだろうか。
「ネメシス様、女神様ってそれぞれ祠があったりしますか?」
「質問がコロコロ変わるな、しかしそうだな、あるぞ、それぞれの国に、祠がないと私達が住む場所はないからな。イナンナがそれで困っていた、クロムの王は自分の手元に常に置けるから嬉しそうだったがな」
私はヴァニイを見た。ヴァニイも頷く。話は大体察してくれているようだ。
女神の雫はあの場所にあるはずである。あとは入る方法を探し出すだけだ。
「何か確信を得ましたか、皆様」
「シエギ殿下」
城からシエギが出てくる。私達は身構えたが、彼は笑うだけで、一定の距離で立ち止まる。
「メリ様は私達より、情報が多いですから、探し出せますでしょう」
「協力すれってことですか?」
シエギは笑顔のまま、首を横に振る。あれ、違うの。
「できれば協力してほしいですが、無理にとは言いません。ガレイの件もありますし、ヴァニイ様はオルガン家です、ディウム様の事があるとはいえ、貴女が向こうに味方するのは仕方ないでしょう」
別にティガシオンに味方するとは言ってないのだが、隣にヴァニイがいるし、そう思っても無理はないか。
「私達は、あなた達の選択に任せますよ」
「いいのかそれで、俺らが見つけちまったらほんとにティガシオンに渡すかもしれないぜ」
それでは困るのでは、ヴァニイはそう言いたいのだろう。
シエギは頷く。その表情に嘘は読み取れない。
「構いません、国民の意思ですから」
「俺を国民扱いするのかい」
「当たり前です。貴方だけではありません、ディウム様だってそうですよ。父が言っておりました、彼には悪い事をしたと、この国を変えるためとはいえ、王位争いをしたのは彼が齢十二歳の時、父はその時二十五歳でしたからね」
そんなに年の差があったのか。というか、ディウムが王位を継ぐ年齢若すぎないか、その年齢で政権などできたのだろうか。
「だからこそ、彼には干渉しませんでした。あまりに酷いと流石に口を出しますが、彼はまだ子供なのだと、小さい頃から好きなことをせず、王になるためだけに育てられたから、好きなことをさせようと」
その好きなことが人体実験なの、結構な問題じゃないかしら。多分自由にさせてはいけない人間だと思うわ。
「私は父程甘くはなれませんが、国民の意思は尊重します。なのであなた方の好きになさってください、それを理解して女神様もお話されておりますでしょう」
「良い教育を受けているようだな! 現代の王は!」
ネメシスがシエギの前に行き、楽しそうに跳ねている。国が良い王を選び嬉しいのだろう。
私はヴァニイを見た。この勝負の選択は彼だ。この会話が、彼の感情をどう動かすのかは分からないが、私はもう決まったようなものだと思う。いや、最初から決まっていたか。その証拠に、ヴァニイが纏う空気が変わった、相手を警戒するものではない、敬うものに。
「……殿下」
「なんですか?」
「貴方達は、城の聖域の入り方を知ってたりしないか?」
シエギが試案顔になる。しかし曇った顔にはわからないというのが読み取れる。
「あの場所は私達も最初に行きましたが、誰が触れてもダメでした、何か鍵があるのだと思います、あそこに雫があればお手上げですね、ティガシオンでも入れなかったようです」
「バレットも無理だったんだな?」
「はい、そのようですね」
オルガンもティガシオンも無理なのか。手短な聖地から試したのだろうが、皆がこの場所に戻されたわけである。
鍵か、物理的なものである確率は低いと思う。魔力は感情に左右される、その魔力で蓋をしているのだから、何かの感情に左右されるはずだ。
「愛よ甦れ……」
ツワブキの花。咲かせた本人の想い。魔術の花は半永久的に枯れず、その場に残り続けるように魔力を込めれば、そうなるだろう。そこに隠された想い。咲いている場所はネメシスの祠の前……。
「ヴァニイ様、この争いの鍵は貴方です」
「あ? え、俺?」
ネメシスは、ヴァニイをオルガンの君と呼ぶ。それは愛した者の名だ。クロム家が最後の当主の名を家名に使ったように、オルガンもそうしたのだろう。ティガシオンもシオンから取られているくらいだ、女神から呼ばれている名には誇りがある。
ヴァニイが愛したのはディウムで、ディウムが愛したのもまた彼だ。
「貴方とディウムの記憶の中に、想いの中に鍵があると思います」
「俺とリーダー……?」
イマイチ伝わっていない様子だが、私もこれ以上言葉にできない。ディウムがネメシスの生き写しになっているのは事実だ。性格は違うが、見た目と行動が同じである。それは、フローラの言葉にも現れている。私とディウムの会話を懐かしいと言った。それは、イナンナとネメシスに違いない。
「想いねぇ……」
ヴァニイは心当たりがないのだろう、考え込んでしまった。しかし、彼に頼るしかない。彼しかこの鍵は持っていない。
沈黙が続く。ネメシスがヴァニイを見る。そして私を見た。
「ディウムというのは誰だ? オルガンの君は、りーだーと呼ぶようだが」
「ティガシオンの前当主です、ヴァニイ様が仕えていた方で、神の呪いにて亡くなりました」
わかりやすく顔を顰める。ティガシオンだからだろうな。嫌がってるな。見た目似てるって言ったら怒るかな。
「全く変わらんな、いつになったらシオンから離れられるのだ?」
「多分一生無理ですよ、少なくともヴァニイ様はディウムを敬愛してますし」
「けいあぃ……? おい嬢ちゃん怖いこと言うな! 話し相手女神様だろ!」
恥ずかしがっちゃって。ヴァニイも素直じゃないわね。主に似たのかしら。
「敬愛か……それは、ディウム個人に対してか?」
「と言いますと?」
「シオンの家系全体ではなく?」
うーん? 本人がティガシオンをどう考えてるかってことかな。
なんとなく理解はしているが、実際には本人に聞かないと分からないので質問してみる。ヴァニイは首を傾げつつ、言い淀む。
「ティガシオン自体はあまり好きじゃねぇよ、リーダーの葬儀をやらないって主張したのは、他でもないアダートだ、そもそも追い出されてたみたいなもんだからな」
わかっていたが、家系自体は嫌いなんだな。それでもやんわり言うのは、ティガシオンを嫌うとディウムを否定してしまうからだろう。だから認められないのだ。
「ならば、お嬢ちゃんの言う通り、想いの中に鍵があるだろう、覚えておらんだけで、入ったこともあるはずだ」
「ヴァニイ様が聖地に?」
入った記録がない場所に入っている? どうやって入るのかネメシスは知っているのか。
「俺と聖地がなんだって?」
「ネメシス様が、ヴァニイ様なら入ったことがあるだろうと」
「は?」
ヴァニイは目を瞬かさせる。覚えていないだけと言うが、心当たりはなさそうだ。
「ヴァニイが触れば入れたりするんじゃないですか?」
「確証なさ過ぎじゃね?」
「しかし、行動しなければ始まりません、何より面倒なので、触ってみてください」
んな雑な、カルデラらしい解決方法だけれど。
とにかくやってみるかと、三人で聖地入口へと戻る。そこには、触れるにも触れれない、残された方々が困っていた。
「おかえり、長かったね」
「ネメシス様に色々確認してたのよ」
マーベスが改めて木を見る。そして、お手上げとばかりに首を振った。
「魔法ぶつけたりしてみたんだけど、弾かれたよ、相当強い魔力が使われてる」
「結界と言いますか、メリ様が出したという壁に似たものかもしれません、物理も魔力も通用しないかと」
強行突破は不可能ってことね。ならば、やっぱりこの男に頼るしかない。
「ヴァニイ様、お願いします」
「俺が触れただけでほんとに大丈夫なんかねぇ」
「魔力は感情に左右されます、貴方であれば開くと思いますよ」
どんな感情が必要か、それは言わずとも彼はもう持っているし、常に感じているはずだ。
ヴァニイは半信半疑で木に触れる。カルデラと同じように空気が変わったが。それは暖かい。彼が触れた場所の木が歪む。そうして、消えた。
「開いた……」
「ヴァニイ、やればできるじゃないですか」
「な、なんでヴァニイさんで開けれたの……?」
私以外は理解出来ずにいるが、開いたので入ることにする。ヴァニイ以外入れないのではと考えたが、そういうことはなく、するりと入れた。




