四章 プロローグ
かつて人を愛した女神がいた。女神は、人々に知識を与えた。その知識は人を助け、生活を豊かにした。
人々は楽を覚えた。人々は怠惰を覚えた。それは、自分達を苦しめた。そして血を流したのだ。
血は女神から、その体を奪った。人にとって女神は知識を与える道具に過ぎなかった。
その事実を悔やんだ人がいた、悲しんだ人がいた。女神を愛した人がいた。
処刑台から見える人々の表情は実に様々だ。
子供のような女神を憐れむ者、事故に対する怒りをあらわにする者、王の判断に不満を持つ者……。
それでも、誰も王に苦言はもうさなかった、ただ一人、意見した者はいたが、聞き入れられることはなかった。
「これより、女神ネメシスの処刑を執り行う」
硬い、それでも響く声がする。
俺が誰より、何より、一番嫌う男の声だ。そう、一番嫌いなはずなのである。
「シオン、後悔しても知らないからな」
処刑台の上から、王を冷ややかに眺める。ムカつく程に真顔で、彼は目の前を見据えていた。
「これは見せしめだ、人間が女神に勝てるという証明でもある」
チラリと彼は背後、自らの家臣であり、右腕である、オルガンの君へと目を向けた。
しかし、城に設置してある時計が昼の十二時を告げたその時、シオンは片手を上げた。
その刹那に見せた、無情の王らしくない、苦しげで、後悔をにじませたような、誰も分からないような微笑が最後の記憶である。




