表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
鉄の国の鎮魂歌 後日談
120/150

後日談 二話【信頼という盟約】

 私が二人を憧れたのはいつだったろうか。騎士の家系で、男が生まれず困った父は、エルミニル家の許嫁にしたら良いのではないかと考えた。その時一番騎士の才能があったのが、次女であるエーレ姉様だ。

 姉様の剣技はそれはもう綺麗だった。ピシッと決まるような力強さはないけれど、柔らかく踊るようで、女性らしい剣技である。暗いはずの深緑色の髪は陽の光で煌めき、風に乗りその髪はふわりと舞う。剣技というより、演武のようで、女の私でも惚れ惚れするものだった。姉様のように剣と踊れたらと、練習したものである。

 そんなある日見たのが、姉様はとは真逆の、強さを前面に出したミラフ様の剣技だ。踊るような柔らかさはないが、その先端は一定の場所でピタリと止まる。勢いがあり、男性らしい強さが見えるのに、その切っ先は弧を描くように美しい。鉄と鉄がぶつかる音も、他の誰よりも大きく、鋭かった。実戦の剣、命をかけたものだった。

 系統は違うけれど、二人とも天才にほかならなかった。私の憧れで、私の大好きな人達。そんな二人が、政略結婚だとしても、婚約できるかもしれない。それは嬉しいことだった、何より姉様が幸せそうにしたのが、私にとって一番の幸せだった。口にこそ出しはしなかったが、姉様がミラフ様を好きなんだろうというのは理解できた。きっと、二人なら仲良くできる、私はそれを遠くから眺めていたかった、自分の恋が実らなくたっていい、いや、これは恋ではなく、ただの憧れだから、私の目標だから。

 腰に付けている剣を強く握る。姉様の元気がなくなったのは、婚約が破棄されたからだ。カリナが現れた、その事実は姉様を落ち込ませるには充分だった。そして、剣を取らなくなった。いくら励ましたって無駄だった。

 私は、剣の修行に打ち込むことにした。姉様みたいになれなくていい、ミラフ様みたいになれなくていい。ただ、姉様の代わりに、騎士団に入って、少しでも役に立てれば、私が活躍すれば、また、姉様は元気になってくれるかもしれない。ミラフ様がカリナと離婚したと聞いて、一番最初に姉様の所へ行ったが、姉様はそうと返すだけだった。彼は今、副団長候補を探している。女神様は、姉様では信用に足らないかもしれないというが、そんな事ない。ないはずなのだ。

「ルスト、話って何?」

「エーレ姉様……」

あの頃と少しも変わらない声、少しも変わらない見た目。ちょっとだけやつれたけど、美人で優しい彼女だ。

 女神様に言われて、城の騎士団待機所の一角に来てもらったのはいいが、どう切り出そう。私は、何を言ったらいいのか。

「エーレ・フルサーン様ですね?」

「貴女は?」

「メリ・クロムと申します、魔術師団時期副団長です」

女神様が一礼する。それを姉様はただ見ている。彼女は何を言うつもりなのだろう、この場をどう治める気なのだろう。

「ルスト様に呼んで欲しいと頼んだのは私です」

「なぜそんな事を?」

「今、ミラフ様が時期副団長候補を探しています、私としても見つけて頂かなければ困ります」

いつもより、少し低い声で話している。優しいと言えば優しいが、それは探るような、姉様を試すような声だ。私は息を呑む。

「その候補にルスト様が挙がっています」

「ルストが?」

「えぇ、騎士団からも、ひいては魔術師団からも彼女は信頼があります。それだけの働きをしてくれております、私も信頼してますし、カルデラはわかりませんが、少なくとも邪険にはしていません」

魔術師団から……? 初耳の言葉に女神様を見るが、彼女は真っ直ぐ姉様を見ている。

 姉様は少々訝しげな顔をした。そりゃそうだ、好きな男性の結婚相手候補に、冴えない妹が入ったのだ、納得できなくて当たり前である。私だって、信じられていない。何かの間違いか、冗談ではないかと思っている。いや、そうであって欲しいと思う、私が姉様の邪魔はしたくない。

「……ルスト」

「は、はい」

「剣を抜きなさい」

気付かぬうちに、姉様は剣を持っていた。ここは待機所だ、練習場も兼ねているので、剣は置いてあるが、まさかその一つを抜いたのか。

「ちょ、姉様いきなり何を」

「来ないなら私から行くわよ」

姉様が剣先を向け、私に振る、反射的に剣を抜くと、鉄がぶつかる音がする。

 構わず姉様は、引くと私の横を目掛けて振るので、私はそれを受け止めた。何年も剣を手に取っていないはずなのに、その剣は強く、柔らかい動作は美しかった。私が憧れた、夢みたままだった。

「彼の婚約者になるというのなら、私にその強さを示しなさい!」

「強さって……」

婚約者になるとは言ってない。元より私にそんな資格も、技量もない。

 昔から剣一筋だった。姉様が笑わなくなってからは尚更。そんな私について来れる人なんていなかった。女子からも男子からも、男性みたいだと言われ続けた。それで良かった、私は騎士で、国民を守るために、強くあらねばならない。女だと舐められるくらいなら、男だと言われるくらいがいい。姉様のように、女性の強さは私にはない。そういうのは、美人な姉様や、可愛らしい女神様みたいな人が持つものなのだ。私には手が届きようのないものだった。

 いくら鍛錬したって才能には勝てない。だから、私は普通の騎士団員でありたい、皆と一緒に、騎士団をミラフ様を支える者でありたい。

「迷いがないなら、私くらい打ち負かせるはずよ」

「私が負けたらどうするんですか……?」

「少なくとも、ミラフ様の婚約者は降りてもらう」

だったら、私は勝てないんだろうな。勝つ必要はない。だって、婚約者なんてなるつもりないから。ミラフ様はいつまでも私の憧れで、目標だから。

 姉様が剣を向ける。私は受け止めるだけ受け止める。願いも想いも、全部斬ってしまえばいい、私は一人の女としてじゃない、騎士としてこの場にいるから。

 手に痺れが走る。受け止めるのも限界に達している。私は怪我を覚悟し、姉様の次の一撃を見る、そしてその剣は弾かれた。それは一瞬で、私は何があったのか理解できずに立ち尽くす、誰が、どうして弾いた? 手には剣の感覚も、痺れもある、私の剣ではない。

「何やってんだルスト!」

「ミラフ様……?」

目の前にふわりとミラフ様が着地する。それは不思議な風で、魔術師でない私でもわかる、これは魔法だ。

「メリ! 一体何があったんですか!」

「カルデラ、うーん、私にもわからなくて」

バタバタとその場が騒がしくなる。なんだか他人事のように、私は聞く。

 ミラフ様は姉様に剣を向けた。姉様は呆けている。私は焦ってその剣に手を置いた。

「ミラフ様! 彼女は私の姉です!」

「姉……? ならなんでルストに怪我させようとしてんだよ」

その声はいつになく低く、怒っているようにも聞こえた。まぁ、状況はわかってないし、ミラフ様から見れば、部下が襲われていたわけだから、怒るのも理解できなくはない。敵襲だと思っても納得してしまう。

 何も言えない私に変わり、女神様が前に出る。

「彼女は、エーレ・フルサーン様、ルスト様の姉君です、そしてガムル様達が決めていた、ミラフ様の婚約者です」

「は?」

ミラフ様は剣を下げてくれた。それに安堵しつつ、顔色を伺う。事実を知って彼はどう思うだろうか。

「……エーレ嬢、とりあえず事情を聞こう」

「事情も何も試させて頂いたまで」

「試す?」

「えぇ、そして結果は合格ってところです」

合格……? 姉様を見るとニコッとする。わけがわからない、姉様は私を試していたのだ、今の試合勝ち負けは付いていないが、私の負けのようなものだ。合格ではないはずである。

「姉様?」

「私がルストに本気で斬りかかって、貴方が来ないようであれば、フルサーン家に戻すつもりだったのですけど、来ましたし、焦ってるし、むしろ怒ってるので、なんだか悔しいくらいですね」

「あー、なるほど……」

「女神様?」

今の現状、女神様以外誰も理解できていないと思う。私とミラフ様は姉様を見て呆けているし、カルデラ様は首を傾げている。

 女神様と姉様は頷き合う。そしてこちらを見る。

「エーレ様はミラフ様を試していたわけです」

「俺を?」

「大事な妹を預けられるか、不安になったと言ったとこでしょうか、カリナ様の前科もある、ですよね?」

「凄いですねメリ様、えぇえぇその通りです、カリナの奴の性格の悪さったら私達は周知のもの。そんな方を妻としたので不安になりまして、騎士に必要なのは力の強さだけに在らず、精神も強くなければなりません。ましてや妻を守れぬような男ならば、無理矢理にでも引き離そうかと」

つまり、私を傷付けるフリをして、ミラフ様が来たら合格、来なかったら騎士団から引き離そうと考えていた……ということか。え、なんでそんなこと……。

「ルスト様がエーレ様を好きなように、エーレ様もまたルスト様が好きってことです」

「そりゃ妹ですから、他の姉妹達より、私に近いですし、大事にしますよ、嫁にいかせたくないくらいです」

ふふっと冗談ぽく言ってみせたが、その目は笑っていない。というより、私は婚約者になるとは言ってないのだが。

 剣を鞘に収める。とにかく大丈夫そう……だと思う。ミラフ様はまだ姉様を凝視している。そして私を姉様と離すように、間に立っている。警戒してる、のだと思う。

「ミラフ様、もう何もしませんからご安心ください、そこまで露骨に警戒されると凹みます、私だって妹と話したいですから」

「私が原因で凹むのですか……」

「このままでは一生話せそうにないから、まぁ、そんなことになったら、ミラフ様を斬るけど」

姉様怖いことを言わないでください。というか、ミラフ様を斬るって。

「ダメですよ姉様! 騎士団としてミラフ様は必要です!」

「……やっぱり斬る」

姉様が剣に手をかける、それを女神様が制止する。ありがとうございます、女神様。


 姉様は用事が済んだのでと帰る。女神様とカルデラ様は、二人で話し合えと魔術師団待機所に戻った。私とミラフ様は応接室に入ると、ソファに座らされた。

「怪我はないか?」

「はい、多少手は痺れますが大丈夫です」

剣技を受けるくらいなら私にだってできる。シザフェルでは騎士団は後衛だったものの、人とも機械部隊とも戦った、怪我を防ぐ方法くらい心得ている。

「ごめんな、無理をさせちまった」

「ミラフ様が謝ることではありません!」

首を振る。謝る理由はわからないが、とにかく謝る必要はない。

 沈黙が流れる。お互い何を言ったらいいかわからない。その静寂を斬るように、ミラフ様が口を開いた。

「……断られるとは思ってなかったんだ」

「え?」

「ルストは騎士団でも信頼されてるし、ルスト本人も騎士団が好きなんだろうなってのは俺でもわかる」

好きなのはそうだ、騎士団は私にとっての居場所だから。憧れて、やっと来れた夢の終着点だ。

「騎士団は女性が少ない、その中でも実力がある奴ってのは限定されてくる。俺がルストを知ってたのは、お前がそれだけ強いってことだ、強い女性は目立つからな」

最初に話した時のことか。名前を覚えられていて、嬉しくて驚いたのだ。そんな話よく覚えていてくれたもので。

「だから、ルストなら大丈夫だと思った、副団長だって問題なくできるって、ただそれは俺の主観だ、ルストの意思じゃない」

ミラフ様は目を伏せる。言葉を選んで言ってくれている。どうやったら、私に伝わるのか悩んでいる。

 ミラフ様は不器用だと思う。あれだけスマートに私に贈り物してくれたけど、店選びは困っていたし、言葉もよく選ぶ。ゆっくりと、どうやったら誤解がないか考えてくれる。

「嫌なら言ってくれ、無理にとは言わない、俺がルストがいい、そう思っただけだ」

「私がいい?」

「え、あっ」

ミラフ様の顔が真っ赤になる。私がいいって、え、え? いやいやいや、まさか、まさかね。信頼されてるってことよね。

「その……」

「ミラフ様?」

「俺がルストに惚れたんだ、春華國では世話になったしな……シザフェルでも、メリさんの歌を聴いて城に最初に来たのはルストだった、女性に頼れるって思ったのは初めてだったんだよ」

「ほれ、え?」

え? これは夢か。ミラフ様が私に惚れた? なんで、どうして。よりによって私? パニックで頭が回らない。

「お、俺はカルデラみたいに甘言は言えん、苦手だ、だから色々誤解を招きやすいと……思う、それでも良ければ、婚約して貰えないだろうか」

ミラフ様は恐る恐る私に手を出す。私はただその手を見る。

 本当に私で良いのだろうか。女っ気なんかないし、美人でもない私で。けれど、この手を取らねば失礼ではないか。私だって嫌ではない。

「わ、私で良ければ、よろしく……お願いします……」

そっとその手に触れる。顔を見ると嬉しそうに笑っていたものだから、目をそらす。

「ありがとうルスト、これからもよろしくな」

「は……はい……」

憧れが、この信頼が、いつか恋愛感情として、素直に認識できる時が来るだろうか。そんな時が来たらいいなと願うばかりである。

エーレ姉様は重度のシスコンです。

そして、ミラフは…まぁ…一途ではあるんですが、少々惚れっぽい面は否めないかもですね、看病してくれる女性に弱いのかもしれません。弱さを見せれる安心感があるのかもしれませんね? ただ、一度惚れたらよそ見はしないので、惚れっぽいというのもなんだか違うような……?

そんな、ルストの周囲です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ