第六話 【悪魔狩り】
私はアムレートに残ることを決めた。それ即ち、クロムをアムレートを守護することになる。守護する女神が増えて大丈夫なのか? という心配があったので、キリスト様に聞いたら。
「いいと思うよ、それがイナンナの選択だ、好きにしたらいい、俺もそうしているから」
とのことだった。意外と対応は柔軟だった。その事実に安堵しつつ、私は女神の仕事をすることにした。
その仕事とはつまり、国の繁栄である。私は、今までクロムにのみ教えていた魔術を国民に伝えた、それにはクロムも協力してくれて、彼が怖い存在では無いことを周知させた。魔術大国への一歩である。
国民が魔術を使えるようになると、魔術を使った物が作られた、代表的なのは魔術の花だろう。魔力を固めて作る、半永久的に枯れない花だ、その咲き誇る様はフローラが絶賛するほどである。
「流石イナンナじゃな、綺麗な技術じゃ」
「ありがとう、ガイアがサボってるから私大変よ」
「ガイアは、怠け者じゃからのぅ、まぁ、子育てに励んでおる故、許してやれ」
ガイアとグラセは無事結婚し、子宝に恵まれている。既に五人目だ、どのくらい産めば気が済むのかこっちが呆れてしまう。
マシーナの守護者であるネメシスも、オルガンと結婚したらしい。そんなオルガンが認めた王だからという理由で、渋々自国の王、シオンを守護している。シオン本人は、人を道具同然に扱うので、ネメシスが嫌うのもわからないでもないが。
フローラは相変わらずである、彼女が身を固めるのはまだまだ先の話だろう。
私はというと、この時既に身ごもっていた。クロムとの間の子である。これをガイアが一番喜んでいた。次にクロム本人である。泣く二人を見て、こっちが引いたくらいである。
「男の子かな、女の子かな」
「クロムはどっちがいい?」
私は、いつの間にか敬語じゃなくなり、王というのも取れていた。彼はそんな事気にもしなかった。
「どっちでもいいよ、あ、でも、リウムに似た女の子だったら嬉しいかな」
「クロムに似た男の子でもいけど、確か、男の子の方が母親、女の子の方が父親に似るのよね」
段々と大きくなるお腹を撫でつつ、二人で笑う。幸せな時間だった。私は彼とはずっと一緒にいるものだと思っていた。
そんな考えを崩壊させる瞬間はいつだって突然だった。最初の異変はマシーナだった。マシーナでは、ネメシスが、お得意の機械技術を伝授していたのだが、その機械の一部が急に暴走し、国民を殺すという事件が発生した。それは、事故だった、機械を操作していた作業員の操作ミス。しかし、シオンは彼女を切り捨てる選択をした。女神は死という概念はないが、肉体がなければ死んだも同然。あろうことか、シオンはネメシスのその肉体を壊したのである。夫であるオルガンは止めたが、主従の関係である彼に、強く出る術はなかった。そしてこの事件は、人は女神に勝てると決定付けるものになった。
私が出産をして、一年と少し経った頃。その暴動は起きたのだ。魔術師達による、王への反乱。最初に止めに入ったのは、グラセとガイアであった。その頃には六人になっていた子供達を城に預け、二人は止めようとしてくれたのだが、グラセが亡くなり、傷付いたガイアが一人城へ戻ってきた。
「ガイア! 大丈夫なの!」
「イナンナ、貴女は逃げて、クロムと一緒に」
「逃げるって」
「春華國でも、どこでもいいわ、王がいれば、アムレートは大丈夫だから、私が止めるから」
私の静止も聞かず、ガイアは城の前に出る。そして、彼女は残った魔力を全部使って、アムレートという土地に楔を打った。それは結界で、私達が逃げる時間稼ぎであった。
二人の死を無駄にはできない。いや、ガイアは正確には死んだわけではないが、彼女はあの場で眠りについている。悲しみに昏れる間もなく、ミニル、セヘル手動の元、私達はアムレート北部へ移動した。しかし、そこで住民達に襲われ、近くにあった神殿に身を隠すことになった。女神とはいえ、肉体を維持できなくなれば、私だってどうしようもない。一歳の息子がいるし、ガイアから託された子供達もいる。この子達を守らねばなるまい。
「俺が出よう」
「クロム? 何を考えてるの?」
クロムは、外をただ見る。私は震える手で、彼を掴む。
彼はそんな私を優しく抱き寄せた。
「大丈夫、すぐに追いつくから、ミニル、セヘル、リウムを頼んだよ」
「お前……いや、わかった、セヘル」
「王の命とあらば」
クロムは私から離れる。そして、ミニルとセヘルは、私を立ち上がらせ、走り出した。
「待って! クロムが!」
私は引っ張られるように、神殿から出される。クロムは、民衆の前に出る。
その光景は全てスローモーションに視界に映る。クロムが何か言っていて、民衆はそれに怒りをぶつけていて、その血が、愛する人が死ぬ瞬間は、私に打撃を与えるには十分だった。
港に着く頃には疲れ果てていた。何がダメだったのか、私がアムレートにいてしまった事がダメだったのかと、ぎゅっと赤ちゃんを抱く腕に力を込める。
「リウム、すまない、王を守るのが俺達なのに」
「ミニル、謝らないで仕方ないわよ」
泣くにも泣けず、私は力なく彼らに笑顔を向ける。そして、まだ何も知らぬ赤子をミニルに渡す。
「リウム?」
「私、シザフェルに行くわ」
「は?」
いきなりの暴動、その全てには理由があるはずだ。そして、その理由はシザフェルにある、そんな気がした。
シザフェルは、私がいた頃、医療を発展させていた。シザフェルの王は魔術師ではなかったし、シザフェルでは薬草がよく取れたからだ。その中には幻惑剤があることを、私は知っている。
「先程の民衆達、明らかにおかしいもの」
「だからって、リウムが行ったら危ないだろ!」
「大丈夫よ、私元々シザフェルを守護する女神なのよ? だから、赤ちゃんお願いね? 七人はちょっと多いかもだけど、すぐにフローラが来てくれるわ」
私は二人を無理矢理納得させて、港を後にした。私にだって、わからないでもない。これがきっと、彼らと話す最後であることを。
でも、私にはもう体なんてどうでも良かった。クロムはもういないから、私が守護した者も愛した国ももうない。それを壊した者を許すわけにはいかなかった。物々しい砦の前に行くと、シザフェルの王が立っていた。
「やっと来たか守護者よ」
「やっぱり、あんたが原因か」
「恨んでくれるなよ、戻ってこない、お前が悪いのだ」
「ふざけた真似を!」
金色の光が舞う、しかし次の瞬間私の体は抑えられ、何か薬を無理矢理口の中に入れられる。
「悪く思うなよ、国にいてもらわんと困るのだ」
その言葉が私が記憶に残る最後の言葉だった。
その後の記憶は曖昧で、なんだかずっと夢の中にいた気がしていた。今思えば、幻惑剤の効果なのだが、その時は意識がはっきりしてなかったからわかりもしない。最後に意識がはっきりしたのは、懐かしい声を聞いたからだ。
「リウム! おい、しっかりしろ!」
「ミニル……?」
「大丈夫そうですか?」
「焦点がはっきりしてねぇ、くっそ、何があったんだ」
体に冷たい感覚がある。それがもう、体が持たないんだなとわかる。そして、赤子の鳴き声が聞こえた。
「赤ちゃん?」
私は最後の力を振り絞り起き上がる。そこには、小さな赤ちゃんが一人いた。そして、刹那に記憶が再生される。そうだ、私、いつの間にか妊娠してて、双子を産んだはずだ、男の子と女の子を一人つづ。
「……ミニル、セヘル、この子をお願い」
「おい、またかよ!」
「ごめんなさい、私はもう持ちそうにないの、どうか、アムレートを、私が愛した国を、守って……」
「リウム!」
そこかからは、私にも分かりませんが。きっとメリ、貴女ならご存知なのでしょう。
私は、クロムを死に追いやった住民も許しておりませんが、なによりこの国、シザフェルという国が嫌いです。その気持ちが、感情が、この国の発展を妨げているのだと思います。
話はこれで締められる。私は何も言わなかった。色々気になる人物がいるが、彼女に聞いてもどうしようもない。ただわかるのは、彼女の深い悲しみと、辛さである。
「私がここにいる理由は以上です、私はここからは動けませんから」
「そう、ですか」
大体考察は合っていた、その事実が、自分に暗い影を落とす。愛する者が死に、地下に閉じ込められた。マシーナの申し子と同じだ、違うのは、ただ地下に入れられたか、魔力を取られたか、結局苦しんだのには変わりはない。
「……上が騒がしいですね」
「上?」
イナンナが天井を見る。私も見る。騒がしいって私は何も感じないけどな。
しばらく黙る。すると、ギギィと扉が開く音がする。アザエルが戻ってきたのかと身構えると、入ってきたのは見知った男であった。
「良かった! 女神様無事だね!」
「プレスティ! どうしてここに……」
言いかけて止まる。あ、そういやこの人ってアザエルの……。
「警戒しないでよ女神様、凹むからさ、まぁ、この城は俺の庭だから、入れる抜け道はいくらでも知ってるんだよね。女神様が居なくなって焦ったよ、いつも言うけど、カルデラ様に怒られるの、俺だから」
「この魔力……あぁ、私の血筋ですね」
「えっ」
私はイナンナを見る。プレスティもイナンナを見るが、彼の目には映らないようで、すぐに私の方に目線が戻る。
「女神様?」
「彼は恐らく、双子の男児の方です、女児の方はミニルに預けましたから、そちらがメリ、貴女です」
な、なるほど。つまり、メイデン家は女神が産んだ家系なのか。ならば納得がいく。
シザフェルの王は魔術師ではない、しかし、メイデン家の二人は魔術師である。妻が魔術師だかららしいが、妻を引き継ぐのは珍しい、しかしそれが、女神が産んだ家系なら、優先されたということだろう。
「とりあえず脱出しよう、ここに居てもいいことないからね」
「それは困るよ、プレスティ」
カツカツと足音が鳴る。わかりやすく、イナンナが警戒を示す。どうやら戻ってきてしまったようだ。
過去編はこれにて終幕です。




