第二話 【幻惑剤】
リテア様、セヘルと共に馬車に乗る。雪が溶けかけており、水と氷が跳ねる。
「カンボワーズの当主様ねぇ」
「リテア様、姉様のこと苦手です?」
向かうは姉様のところである。リテア様は一度カンボワーズの屋敷に手紙を送ったことがあるらしい。それが、私を調べる時で、姉様は情報提供を却下したそうだ。きっと、私の粗探しだからだろうな。あの頃は敵対関係だったから。
そのため、リテア様はあまリ良い顔をしていない。大丈夫ですよ、姉様は優しいですから。
屋敷に着く。すると、姉様が待っていてくれた。
「メリ! お帰りなさい」
「ただいま、姉様」
抱きしめられ、抱きしめ返す。そして、姉様は二人を見た。
「姫様に護衛の方もようこそいらっしゃいました」
「初めましてサリサ様、リテア・アムレートよ」
「セヘル・ソルセリーです」
二人は礼をし、姉様も礼を返す。そして、屋敷の入口に向けて手を動かす。
「外ではなんですから、屋敷へどうぞ」
促されるまま、私達は屋敷に入る。想像より大きかったのか、キョロキョロする姿は笑ってしまいそうだ。
客間にて、私、リテア様が座り、向かいに姉様が座る。セヘルはやっぱり扉の前で立っている。座ってと姉様が言っても聞かないからだ。姉様が困り顔をしたのを見兼ねたリテア様が、セヘルに座るよう言い、リテア様の隣にようやっと座る。
「真面目な護衛の方ですね」
「もう少し柔軟でもいいのに」
「だそうよ、セヘル」
私がチラッと見ると、セヘルは少し苦笑いである。クロム家にいた頃はここまで硬くなかったのだが、使用人と護衛団では、心構えが違うのかもしれない。
セヘルのことは置いておき、姉様を見る。姉様が手を叩くと、男性使用人が現れ、書類を机に置いた。惚れ惚れするくらいスマートな仕事ぶりである。
「アクリウム、カンボワーズ、それぞれの歴史よ、と言ってもアクリウムはずっと救護団の団長だけど」
まず、カンボワーズを見る。こちらは、炎魔術師の家系で、新しいのがわかる、というより最近出てきた家系のようだ。先祖としては前々からいたのだろうが、家名が与えられてなかったのだろう。
昔は皆が家名を持っていたわけではない。アムレートに限って言えばだが、伝染病より後に家名は誕生している。王が認めた家系にそれぞれつけていったそうだ、言わば称号である。その中でも最初に与えられたのが、団長家系である、クロム、エルミニル、そしてアクリウムである。魔術師ではない家系は中々家名は与えられておらず、その中で団長に選ばれたエルミニルは、それだけで信頼と強さが分かるものである。今でも家名がない住民は多い、それでは不便だとリテア様が現在、全ての国民に家名を与えようと頑張ってくれている。
そんな歴史があるので、カンボワーズの歴史が新しいのは仕方ない。そうなると、調べるべきは母の家系、アクリウムだ。クロム王の次の王の時に忠誠を誓った家系としか知らない。
「申し子は女神の血筋から生まれるのよね? つまり、アクリウムは女神の血筋ってことになるわけよね」
「そうなりますね」
でもそうだとしたら、クロム家はどうなるのだろうか。王に兄弟がいたのかはわからないが、仮に女神との間に子がいたなら、その子がクロム家を継いだはずである、しかし私はアクリウム家だ。それはおかしいのではないか。
「……子供が、一人では、なかったのでは」
セヘルが、私と姉様を見る。私と姉様は顔を見合わせる。
一人ではない、その可能性があったか。クロム王との間に二人以上の子がいたと。
「待って、アクリウムは光魔術師の家系よ? そうなると普通は無属性になるんじゃない?」
「……確かに」
クロム家はずっと無属性のはずだ、そしてアクリウムもずっと光属性である。
「じゃあ、王との間に子はいなかったのかしら」
マシーナの申し子の血筋はオルガン家だ。ティガシオンではない。必ず王と子をなすわけではない。身分や環境で別の人と結婚することもある。それがアクリウムだとすれば、王は別の人と結婚していた、そちらが継いだってことかな。
カルデラとは血が繋がっているわけではないのかと、内心しょんぼりする。別にこだわりはないんだけど。
「一つ嫌なこと言っていい?」
「姉様? どうかした?」
嫌なこと? 私は首を傾げる。姉様は考えたくないけどと前置きをする。
「シザフェルは女神様の力が欲しかったわけよね、それ即ち血を途切れさせたくなかったはずよ、その……」
「無理矢理、子を、作らせた?」
言い淀む姉様に、セヘルが即答した。無理矢理作らせた? え、どういうこと。
「つまりね、クロム王との間にもいたし、クロム王の死後、シザフェルでも産んでたんじゃないかってこと、異父兄弟ってやつね」
その場が静まり返る。確かに、嫌な考えだ。愛した者意外との子か、それとも、王ではない人を愛せたのか。
後者であればまだ救いはあるが、申し子である私であればなんとなくわかる。その可能性が限りなく低いことを。カルデラを愛してしまってからというもの、今まで普通に男性と接してきた私が、接せれなくなった。興味を失ったと言った方がわかりやすい。フローラと巫女様を見れば、女神様と申し子は似るものだ。私と私の先祖となる女神様も似ているはずなのである。ならば、王を愛していたなら、王以外を愛せるとは思えない。
「でも、そんな事本当にあるの……?」
無理矢理子を作るって、縛ってでもして、抵抗しないようにでもしたというのか。時代的にそこまでできたのか。
「シザフェルにはね、幻惑剤の元となる花があるわ、その花を乾燥させて粉にしたのが幻惑剤なんだけどね、昔は花そのものを煎じてたらしいのよ」
姉様がいきなり話し出す。幻惑剤って前に店で見たやつよね。カルデラがシザフェルで作られたって言っていたっけ。
「昔から作ってたのね」
「そう、そしてそれを健常者に飲ませて、監禁したりするっていう事件か最近まであるのよ」
「は?」
リテア様が低い声を発する。私、セヘルは言葉も出ない。
幻惑剤を飲ませて監禁するって、それは飲まされた人大丈夫なのか、大丈夫ではないよな。
「コーロ様に頼まれてね、度々医療団の遠征に付き合ってたんだけど、これが悲惨でね。幻惑剤を飲まされた人が、退廃地区にいたりして、しかもこの薬中毒性が高いの、魔法でも治せないものよ」
幻惑剤は悪く働けば、最悪死に至る。死に至るというより、自殺したりする。人を殺してしまうこともある。
「服用したその時は大丈夫なんだけど、薬の効果が切れると手が付けられない人もいるわ、何より、本人の記憶がない事も多いのよ」
「記憶がない?」
「そう、なんとか薬を辞めさせれればね、暴れることもないし、服用する必要もなくなる、でもなぜだか、服用していた間のことは何も覚えてないってことも多いのよ、後で思い出しちゃっていきなり暴れだすってこともあるけどね」
良くない薬だとは思っていたが、良くないどころではない。シザフェルは何のためにそんな薬開発したのだろうか。
「薬の効果がある間は、服用者は静かになる者が多いわ、あとねこっちの話は何も聞いちゃいない、触ったら嫌がって暴れ出す人もいるけど、全く反応しない人もいる、女神様にどのくらい効果があるかわからないけど……」
その後は誰も続けなかった。
昔から作られていた幻惑剤というもの。カルデラは、シザフェルでの用途は不明だと濁した。そして、あの国では発狂する者が多い。まさか、薬という一つの物で、話が繋がるとは思っていない。子供というのは、それに準ずる行為をすれば、愛情など関係なしに身篭る。仮にその父親を愛してなくとも、何も覚えてなくとも、子供は子供だ、女神様は守ろうとしたに違いない。しかし、シザフェルは信用出来ないとなれば、アムレートの王に託したのだろう。
伝染病が流行った時に助太刀に入ったのはシザフェルで、後の王や団長家系は、シザフェルに一旦避難していた。王自体はアムレートに戻ってから決めただろうが、誰がなるのかは雰囲気で決まったも同然だったはずだ、そうでなくとも、エルミニルや、それこそ子であるクロム家に託してもいいわけである。それがアクリウム……。
推測の域は出ない。むしろ推測であってほしい。これが事実だとすれば、あまりにも酷すぎる。想像もしたくないものだ。
「あくまで推測よ、推測であってほしいわ」
「でも、そいうことをしかねない連中ってことね」
リテア様が顔を顰める。アザエルが私を狙ってることを知っているからだろう。私にそれをやりかねないというわけだ。
「メリ、捕まるんじゃないわよ」
「しばらく、護衛、しましょうか?」
「セヘルはリテア様の護衛でしょ?」
セヘルがうっと言葉に詰まる。リテア様も詰まる。
「仕事に私情を挟んではいけません、これ言うの久しぶりね」
私はわざとおちゃらけて言う。
恐怖がないと言えば嘘になる。今は雪が残っているからシザフェルの動きはない。しかし、雪が溶けきれば、動きを見せるだろう。今、カルデラが戦えない状況で、戦争になれば、私は魔術師団を動かすために戦場へ出向くこととなる。申し子の力は、愛する者が軸となり発動する。その場にカルデラがいなければ、力は使えない。その期を狙わない彼らでもないだろう。
バレないようにぎゅっと拳に力を込める。今年が正念場だ、シザフェルとの決着をつける年である。全ての事実が、今まで集めてきたピースがそう告げている気がした。
幻惑剤はつまり違法薬物です、はい。




