第一話 【ハッキング】
本日より三章に入ります!
雪が降り積もる二月。アムレートとマシーナは雪が降るので、シザフェルも攻め込んでこず、落ち着いた季節を迎えている。機械にとって雪は毒らしく、それは魔具だって例外ではない。よって、魔具や機械に頼って戦うシザフェルは攻め込めないのだ。
私はいつも通りカルデラの部屋に行くと紅茶を淹れ、カルデラに渡す。カルデラは、上半身を起こすと、それを受け取る。
「まだ、良くならないわね」
「それでもだいぶ動けるようにはなりましたよ、しかし、長引いているのは事実ですね」
春華國にて、私を助けるために魔力をギリギリまで使ったカルデラは、倒れてしまったのだが、それは夏の初めの話である。もう冬で、しかも年をまたいでいるのだが、カルデラの魔力はあまり回復していない。一応動けはするのだが、魔術を使えばすぐに倒れてしまうだろうってくらいの、回復量である。
巫女様が申し子の家系だからだろうか、何か変な影響が出ているのかもしれない。こういう時に限って私の魔力は応えてくれないのよね。
「あ、そうだ、今日ヴァニイ様が来るみたいよ」
「医療魔具のハッキングですね?」
カルデラはベッドから起き上がる、つい支えようとして、カルデラに止められる。
確かに動けるようにはなったが、まだ心配なんだけど。
「メリは急に優しくなりましたね」
「病人に冷たくする程、無情じゃないわよ」
体だけは元気になったカルデラは、私を抱き寄せ、額にキスをする。行動はいつも通りなのよね、本当に魔力だけ回復しない。
「原因があると思うんだけど……」
「わからないものを考えても仕方ないですよ」
「なるようになる?」
はいと返された。カルデラ、あんたの体なのよ、自分が一番心配しなさいよ。
「それに、魔力が回復しなければメリが優しいので、私としては嬉しいです」
「心配してあげないわよ」
こいつ、本音はそっちか。私は本気で心配してんのに。
平常運転のカルデラに呆れつつ、禁止区域の客間ににいるであろう、ヴァニイの所へ行く、そこには、予想通りヴァニイとミラフがいた。予想してないことと言えば、様々な機材が運び込まれていることと、青い顔をしたミラフが医療用ベッドに寝かされてることかな。
「あ、メリ、カルデラ様」
「リテア様、ミラフ様大丈夫ですか……?」
物凄く怖がってらっしゃいますが。いやまぁ、魔具とはいえ、自分の目に機械取り付けられるって考えたら怖いか。
リテア様は大丈夫じゃない? と軽く返してくる。カルデラはヴァニイの所へ行き、機材の確認を始めた。
「大丈夫そうですね」
「おう、お前は魔力以外はすっかり元通りだな」
心強い味方が来たぜと、茶化すヴァニイに、優しくしてくれよと、呆れるミラフ。この三人が一緒にいるのもなんか見慣れてしまった。仲良し男性組って感じで微笑ましい。
しかしまぁ、やってることは、なんとも無情なもので、容赦なくミラフの医療魔具に機械を取り付けると、カチカチカチカチと凄い勢いで、キーボードをヴァニイが叩く。そっから送られたデータを、カルデラは別の機械で、これまたキーボードを叩いて精査する。
「パソコン、便利ですね」
「だろ? やっと完成したんだよこいつ、いやー、マーベスとクリア様々だぜ」
モニターの隣にある、物凄い大きい箱をパソコンと呼ぶらしく、その箱に数々のモニターが接続されており、キーボードやマウスで、その画面を操作する。持ち運びに優れた機械。本来は字の汚いディウムが、効率的にやり取りするために開発していたらしいが、中々開発できず、度々研究所に顔を出しているマーベスとクリアが完成させたらしい。あの二人機械を作るのに向いているようだ。
パソコン同士は魔力通信を使い、データのやり取りが可能だ。その中には文章データも含まれているわけだが、今回のようにどんなデータが入っているかわからないものでも、そのままパソコン内に蓄積することができる。しかも、パソコンに直接データを送り込めるので、ハッキングには打って付けってわけである。
「シザフェルのこと、少しはわかればいいんだけど」
医療魔具を通じて、どのくらい内部まで調べられるかはわからない。何も出てこない可能性もある。
「ん? これ、城の地図ですね」
カルデラが、とあるデータで手を止めた。モニターには、黄緑色の線がびっしり映っていて、少し気持ち悪い。よくみると、線が歪んでおり、確かに建物を形作っていた。
「シザフェル城の地図か」
ヴァニイも手を止め、二人で地図を見る。リテア様も、へー、便利ねーと眺めている。
シザフェル城はどうやら、そこまでの大きさはないようだ、いや、アムレートが大きすぎるのか。三つの団と、リテア様、マギア王の護衛団のそれぞれ待機所があるため、敷地が広く取られている。他の国の事情は分からないが、団を別けているのはアムレートの特徴だという。
つまり、シザフェルは城の敷地を広くする必要が無いのだ。なので、狭いのは当たり前といえば当たり前である。
「ねぇねぇ、このでっかい壁は何?」
リテア様が城の外側を指さす。そこには、城よりも高い太めの壁の存在があった。四方には丸い塔のようなものも見受けられる。
「そいつは砦だな、四方の塔に銃撃部隊を配置してんのよ、攻め込まれたら撃退するためにな」
「頭良いわねぇ、上から撃たれたら魔術師でも骨が折れるわ」
流石技術は武力全振りの国である。医療大国って二つ名だけど、真反対よね。兵士が傷つきやすいから、医療も同時に発展したのかしら。
「地下室もありますね、でもシザフェルって魔術師少ないですよね、必要なんですか?」
私は地下を見る。アムレート、マシーナそれぞれの城にも地下室はあるし、アムレートであれば、魔術師の家系の屋敷なら普通だが、それは危険人物を閉じ込めておくためのもので、魔術師が少ないシザフェル、しかも、危険人物という概念が存在してない国で必要なのか。
「物置とかに使ってんじゃねぇの?」
「地下は気温が下がるので、貯蔵庫としても利用可能です、湿気さえなんとかなれば、弾薬、火薬なんかの置き場所にもなりますね」
そういう使い方があるのか。国によって様々だなぁ。
他に城で気になる場所は特になく、とりあえず地図はデータファイルの保管となった。そして、先程と同じ作業に戻る。
「ねぇ、メリ」
「どうしました、リテア様」
私達はやることがないので、扉の前でただ眺めているしかない。リテア様は暇を持て余したようだ。
「シザフェルの女神様だけど、最期はどこにいたのかしら?」
「住んでいた場所ってことですか?」
頷かれる。最後にいた場所か、アムレートにいた頃は城にいたのだろうが、シザフェルに戻った後の住まいはどうしたのだろう。国民に紛れていたのか、そうだとしても家があったはずよね。
「私思うんだけど、さっきの地下室、女神様がいたんじゃない?」
「え……」
リテア様の言葉にさぁっと血の気が引く。女神様が地下室にいたって、そんな馬鹿な。
「私でも嫌な考えだと思うわよ、でも、マシーナの申し子の例があるでしょ? それにアザエルは、メリがいるだけで利益になるって言ったわけよ、それって女神様の時も同じだったんじゃないかって」
マシーナの申し子はあくまで、研究所を動かすエネルギーでしかなかった。だから地下に閉じ込められたわけだが、確かに前例はあるわけである。
しかしそうなると、シザフェルに病が無いのは気がかりだ、アムレートでは伝染病が、マシーナではリトルナイトメアがある。シザフェルにも同じような病が出なかったのだろうか。
「言われてみればそうね……ねぇ、ヴァニイ!」
「アムレートの姫様どうしたー?」
モニターから目を離さずに、返事をされる。リテア様は構わず質問する。
「シザフェルに、リトルナイトメアみたいな病ってないの?」
「神の呪いってことだよな……いや、少なくとも俺は聞いたことないぜ」
「じゃあ、私の考えは間違ってるかもね」
リテア様はウィンクする。しかし、私の中にはどうも引っかかるものがあった。
カルデラの部屋にて、医療魔具から取れたデータを精査し続けているカルデラを眺める。あのパソコンという機械は便利なもので、部屋への持ち込みが可能だった。ちょっとばかし大きいので、専用の机は必要だが。
医療魔具の中に入っていたデータだが、地形データばかりで、女神のことなどのデータはなかった。シザフェルにあるはずの管理機械へのハッキングは今回はできず、ミラフの体力もあるので、次回また挑戦するそうだ。
「ねぇ、カルデラ」
「どうかしましたか?」
カルデラは、弄っていたパソコンから目線を離して私を見る。話しかけたらやっぱり手が止まっちゃうのね。
「やったままでいいわよ、なんとなく気になったことがあるだけだから」
「メリが話しかけてくれているのに、他の作業など手につきませんよ」
あぁもう、私部屋にいない方が絶対いいと思う。出たら文句言われるんだけど。
仕方ない、手短に質問しよう。
「シザフェルって医療大国って言われてるけど、そんなに医療が発達してるの?」
「医療と言いますか、薬の開発が盛んなんですよ」
薬? それこそ酔い止めとかかな。
「まさに幻惑剤を作ったのはシザフェルです」
「うん、わかってた」
そうよね、良い薬の話は出てこないと思ってたわよ。でも期待したいじゃない。
「シザフェルでは、特に発狂したりする方が多いんですよ」
「その病はシザフェル以外でも見られるの?」
「えぇ、件数が少ないだけでアムレートでも見られますよ、特に地下入りした魔術師がなりやすいです。なので、正気を保てなかった結果なのでしょうね、私、メリの時そうなってないか不安だったんですよ」
にこっとされる。私の時って地下から連れ出された時よね。正気を保てなかったから、か。なんか色々理解したわ。暗い場所にずっといたら叫びたくもなるもの。
そうなると、誰でもなりうる病ってわけか、それがよく見られるってどうかと思うけど、シザフェルって結構嫌な国なのね。
「まぁ、幻惑剤をどう使っているのか実際のところは不明だったりします」
「怖いこと言わないでよ……」
ふふっといたずらっ子のような笑顔をされたが、洒落にならない。健常者に飲ませたらどうなるか、想像もしたくない。
カルデラは、データの精査作業に戻る。どうもまだ、情報が点でしかない。その点と点を結ぶためには、やっぱりあの屋敷に行くしかないのだろう、私は腕を伸ばし、重い腰をあげることにした。




