後日談一話 【リテア様の誕生日】
城がいつになく賑やかな夜。私は自室を出て、隣のカルデラの部屋に入る。カルデラはちゃんと寝ているようだ。
「ちょっとの間戻ってこないけど、大人しくしていてね」
カルデラの髪を撫でる。起きる気配は無い、よし大丈夫だ。
私は制服で大広間へと行く、本来はドレスとか着た方がいいのだが、屋敷に戻る時間が惜しいので、リテア様から許可を貰った。
今日は六年ぶりとなる、リテア様の誕生日パーティの日。リテア様も二十六歳か。出会った当初は二十だったというのに、時間って早いな。
「メリさん! 兄さんはやっぱり無理そうかい?」
「マーベス、それにクリアも来たのね」
「はい、お二人が心配ですし、リテア様の誕生日パーティですからね」
二人はきちんと正装しているが、その表情は浮かない顔をしている。無理もない、マーベスは私以上に心配しているだろう。
何か話題を変えねば、そう思い二人を見る。そうすると、左手薬指に指輪があるのに気づいた。青い小さな宝石がはめ込まれている、ほぉ。
「マーベス、やっとプロポーズしたのね?」
「父様みたいなこと言わないでよ、母様にも遅いって言われたよ」
「カルデラの時にも言ってたわね」
私の時も二人から文句が飛んできてたっけ。叩いてもいいって言われた時は驚いたけど、マリア様とりあえず手が出る人なのだと今は理解している。魔術師団でも、たまにソフィア様が叩かれているとこを見るから。どんな会話をしているのかわからないが、顔が赤いことも多いので多分ソフィア様が悪い。カルデラみたいに甘言が多いのかしらね、ということはマーベスもサラッと言えるのかもしれない。
クリア、正式に婚約者になったてことは大変かもしれないわよ。急に距離近くなるわよクロム家の男達は。
「一応プロポーズ自体は、私が研究所に一緒に行くと決めた後、早めにしてくださったのですけど」
「指輪はね、クリアを考えて渡してなかったんだ」
「クリアを考えて?」
首を傾げる。二人が研究所に行くと決めたのは二年ほど前である。今年を入れたら三年前。随分と経っている。
何か問題があったのか。ないとクリアのためなんて言わないが、私が思いつくものはないかな。
「ほら、僕のファンサークルあるだろ、あれ放置してたからさ、どうにかしてからにしたかったんだよね、クリアになんかあったら困るだろ」
「あー、そう言えばあったわね、セヘルが困ってたの思い出したわ」
私もファンサークルがあり、男性であるセヘルが敵意を向けられたのを思い出す。つまり、クリアにも同様なことが起こるからということか、常に一緒にいる時点で敵意向けられそうだが。
「私もサークルに入ってましたから、途中から入れなくなりましたけど」
「入ってたのは驚きだよね……」
入れなくなったということは、やはり敵意を向けられたということである。マーベスが放置するわけないなこれは。
「と言うわけで、クリアに手を出さないことと、サークルの解散を言い渡したってわけ、僕直々にね」
「いや怖っ」
「クリアに敵意を向けるのが悪いんだよ、これくらいで許したんだから感謝してほしいくらいさ」
あ、そう……。問題はそっちか。マーベス度々過激な面が見えるのよね、対処法がまるっきりマリア様なのよ、性格ソフィア様なのに。
そして、解決したから指輪を渡したわけか。堂々と婚約者ですって言えるようになったわけね。順序踏むのは偉いわ、カルデラは問答無用だったもの。
「それがつい先日の話で、ここでお披露目ってことになります」
「カルデラと同じことしてんのよ……」
だから、主役はリテア様なのよ。確かに著名人は集まるけど。ティアラが力入れたんだろうな。クリアの華やかな服装を見えばわかる。きっと、リテア様に負けないくらいに綺麗に仕上げたと言ったんだろうな、私が言われたから。
「クリア綺麗でしょ!」
「あのね、主役はリテア様よ? 忘れないでね?」
「関係ないよ?」
「あるわよ……」
この兄弟は……屋敷の使用人達のリテア様嫌いは柔らかくなったものの、苦手意識は拭えてないらしく、未だに辛辣な言葉が飛び出してくる。特にティアラ、彼女、リテア様が私に喧嘩売ったのを根に持ってるのよね。認めてないわけではないが、次やったら許さないという雰囲気がある。だから、この態度にも止めないどころか、ノリノリだったことであろう、呆れるというか、なんというか。
とりあえず、三人で会場に入る。会場は既に人が多く、私は酔う前に端の方へ移動した。そんなに長くもいないし、問題ないだろう。マギア王がステージに上がる。隣には可愛らしい格好をしたリテア様がおり、目立たないようにしているセヘルもいる。挨拶が終わると、前のようにリテア様が囲まれたが、適度にセヘルが間に入っていた。おー、ちゃんと護衛してる、嫉妬も入っているかもしれないが。
「メリ! 来てくれたのね!」
「リテア様、誕生日おめでとうございます」
私は一礼する。硬くしないでとリテア様に言われ顔を上げた。
セヘルと目が合う。セヘルはなんだか残念そうな顔をしている。
「セヘル?」
「あぁ、気にしないでさっきからなのよ」
リテア様は呆れ顔である。私は彼をじっと見ると、彼がため息を吐いた。
「せっかく姫様が、可愛らしい格好をしているのに、見れなくて、凹みます」
こちらはこちらで困ったものだな。視力がないことは本人あまり気にしていないが、こういう時は凹むのか。
「意味わかんないわよね、私見てもなんもないのに」
「やる気に、繋がります」
「気楽にやりなさいよ護衛なんて」
セヘルが首を横に振ったので、リテア様は更にため息を吐いた。多分この護衛には、別の男を貴女に近づけない意味も含まれてますよリテア様。
しかし、仕事の邪魔もできないので、リテア様が挨拶を様々な人にするのを見守る。その中には教育関係者が多い。
「頑張ってるわね、リテア様」
「国民からも、感謝されてて、僕は嬉しいです」
アムレートはマシーナより国土が小さいので、退廃地区も小さいが、ないわけではない。義務教育はあるものの、実はそこまで義務にもなっていない。単純に代金が高いのが原因だ。学校は維持費もかかるし、教員にも給料を払わねばならないので、必然的に高くなる。そうすると、お金が無い人は行けない。それを安くするため、国で保証するためにリテア様は動いている。国民全員に教育を行き渡らせる、それには様々な人の協力が必要なのである。
「義務教育期間である、六年間は無償にできないか、そんな話を進めてます」
「できるの?」
「メリ、できるのか、じゃなくて、やるのよ!」
ビシッと指をさされた。強硬手段だが、なんだかできる気がしてくるのが不思議である。
皆が進む道を見たところで、私は会場を後にする。カルデラの部屋に入ると上半身を起こしており、私は急いでベッドに行った。
「おはようカルデラ」
「メリ、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
その声には力がない。まだ数日しか経っていないのだ、体はきついはずである。
「紅茶を淹れるわ、ちょっと待っててね」
「ありがとうございます、なんだか外が騒がしいですね」
カルデラが、外というか左側の壁を見る。そこには窓しかないが、大広間がある方角だ。
私は淹れた紅茶をカルデラに渡すと、椅子をベッドの隣に持ってきて座る。
「今日六年ぶりにリテア様の誕生日パーティがあるのよ」
「なるほど、メリは行かなくていいんですか?」
「顔だけ出してきたわ」
肩を竦めて言うと、戻ってこなくともと言われる。いつもなら自分が放置されたら不貞腐れるくせに。
「いいわよ、カルデラを放置はできないわ、それに私が傍にいたいからいるのよ」
「……そうですか」
優しく笑われる。私のせいで倒れたんだから、このぐらいはさせなさいよね。
「そうだ、マーベスがやっとクリアにプロポーズしたみたいよ」
「おや、してなかったのですか」
「してたみたいだけど、ファンサークルをどうにかしてから指輪を渡したみたい」
どのようなやり取りがあったのかは知らないが、ほぼ脅しだったのだろうと推測する。無属性の魔術師の脅しとか、怖かったんだろうな。
私が想像して苦笑いをしたからか、カルデラは私の頬に触れる。
「私が貴女を婚約者として出したのもリテア嬢の誕生日パーティでしたね」
「ほんとよ、兄弟揃ってリテア様に失礼だと思うわ」
リテア様が心広くて良かったわね、じゃなかったら怒られるどころじゃなかったわよ。クロム家とはいえ、よく許してくれるものだ。
「あれからもう六年ですか……」
紅茶を一口、目を伏せる姿に、カルデラでも干渉に浸ることがあるのだなと思う。
六年一緒に過ごしているが、まだまだ私は彼を知らないし、理解できていない。互いに人間だから当たり前だが、私の行動でカルデラが無理をしてしまうのは避けたい。
「カルデラにはあの頃から助けられてばっかりね」
カリナの時だって、リスィやディウムの時だってそうだ、私の不注意でカルデラを巻き込んでいる。
「私が貴女を助けない選択があると?」
「それで無理はしてほしくないのよ」
助けてくれるのは有難いし嬉しいが、今回みたいなのは懲り懲りだ。
「私としては役得ですけどね」
「は?」
「メリに看病して貰えるなら、大怪我も良いものです」
「……引っ叩くわよ」
どうぞと即答される。私の心配を、感情を返せ馬鹿。
いつも通りの軽口が叩けるだけ元気になったと捉えるべきなのか、むしろ放置した方が彼のためになるのかもしれない。
「しばらくはメリの助力を借りますよ」
「そんなこと言われたら甘やかしちゃうじゃない」
結局、私はカルデラを甘やかすのだろう。
「早く元気になりなさいよ」
カルデラの手を握ると、カルデラは嬉しそうに笑う。今は私が助ける番だ。




