第十話 【魔力兵隊】
会場中を歩き回る。しかし、メリの姿はない。食べ物を食べていたので、手を離していたのだが、その間にはぐれてしまった。
「女神様、出入口辺りにはいなかったです」
「プレスティ、すまないな」
「別にいいですよ、カルデラ様も、女神様もこんだけ人が多い場所は初めてですからね、ま、俺もですけど」
舞踏会や、城主催の祭りとはわけが違う。ここは外だ、人の波に乗せられ、会場から出てしまう可能性もある。春華國が狭いとはいえ、国の広さだ、会場から出ていたら見つけるにも見つけられない。
普段なら魔力でわかるのだが、完全に紛れている。申し子の魔力の強さでも人の多さには勝てない。
「あ、いた、カルデラ!」
「ミラフ! どうした!」
ミラフが、こちらに向けて走ってくる。その顔には焦りが滲んでおり、何かあったのだとわかる。
「メリさんの場所はわかった、医療魔具に強く反応するからな」
「どこだ!」
「鳥居のちょいと奥、ただな、なんか変なのがいる」
変……なの? 言葉の理解が出来ずに首を傾げるしかない。
「よくわからん、魔力でできてんのは確かだけどよ、今ルストが住民避難をやってる、人を襲うみたいだ」
「なんだそれは……」
「来ればわかる」
とにかく見なければ分からない。ミラフの案内で鳥居へと行くと、騎士団、魔術師団の面々が住民避難にあたっており、その奥には確かによく分からないモノがいた。
形は人のようだが、その歩みはおぼつかない。立ってはいるが、ふらふらしている。今にも倒れそうだが、倒れはしないようだ。黒い塊であるため、表情などはわからない。というか、人ではないな。
「魔力でできた兵隊? そんなことできるのか?」
「俺は魔術師について詳しくないから知らんけど、無理なもんなのか?」
メリのように魔力が高ければ無理ではない。しかし、それは申し子だからだし、魔力はメリのものではない。この魔力は……。
「巫女とかいう女のものだな」
「巫女様? あの人魔術師なのか」
魔術師とは感じなかったが、メリが見たという、白い光は気になるところだ。自分には見えなかったが、メリにのみ見えたもの。申し子だからという理由ならば、巫女の力もそこに由来するのかもしれない。
しかし、今はそれを考えている暇はない。どうやら、闇魔術でこの兵隊はできているようだ。ならば光魔術で対抗すればいい。魔術にはそれぞれ相性が存在する。なんでもかんでも闇魔術で対抗できるものではない。
「対応は任せろ、騎士団は住民の避難を、魔術師団は魔力の兵隊を排除する!」
「了解!」
「はーい、とりあえず住民に手を出させなきゃいいんですね」
ミラフがすぐに騎士団に指示を出し、魔術師団がそれぞれ、結界を張る準備をする。プレスティと自分は前に出る。
「プレスティ、撹乱はできそうか?」
「こいつらに視力があればできますよ、見た目無いっすけど」
プレスティの周りに白い粉が舞う、それが魔力の兵隊を包むと、暴れだした。一瞬驚いたが、それが撹乱が成功したのだと悟る。
強く自分の魔力に念じる。ミラフの話ではメリはこの奥だ。彼女に何かあってからでは遅い。今は蹴散らす方が早い。
「ひぇ、カルデラ様、それなんですか!」
「魔力で作ったものだ!」
魔力で槍を作る。白い槍は、もちろん光魔術だ。槍は普通突きを得意とするものだが、まぁ、使用方法など関係ない、構わず横に振る。斬るための武器ではない、魔力を消し飛ばすための武器だ。
「やっぱり無茶苦茶なお人ですね……」
いくら、申し子の力で強化されているとはいえ、長くは持たさせられない、なるべく一振で多くの兵隊を消す。が、消したら後から出てくる。出てくるというか、湧いてくる。
「地面から出ているのか?」
「流石に魔力もたないですよ、こんなの」
自分よりもプレスティの方が問題か。撹乱も長くはできない、なんとか結界は張れたようだが、こっちも長くは保てないだろう。
術者である巫女をなんとかした方が早い、しかし、巫女がどこにいるのかもわからない。この感じなら、兵隊の奥にいるのだろうが……。
「カルデラ! ちょいと避けてな!」
「ミラフ様、私も共に戦います!」
ミラフ、ルストが自分の前に出る。その手には剣が抜かれており、兵隊を斬る。
「ちっ、硬いな」
「硬いと言いますが、斬った感覚がありませんね」
二人の剣は確かに兵隊を斬ったが、魔力でできている関係上、見た目は裂けるが、すぐに繋がる。やはり、魔力を消さなければならないか。
「お二人! その剣ちょいと貸してくださいますか」
「剣を……ですか?」
プレスティが二人に近づく、ミラフは素直に貸し、それを見たルストも、渋々プレスティに差し出す。
剣に白い光が舞う。数秒で粉は消えた。
「これで多分大丈夫です、ただ、俺は疲れたんで休憩させてください」
二人は顔を見合せた。そして兵隊の方を向き、一振。兵隊があっさりと消える。
「これが魔術……」
プレスティがやったのは、二人の剣に光魔術を纏わせることだ。自分のように魔力で武器を作るよりも手軽に魔術を消せる。しかし、持続力はない。
「カルデラ、お前は先へいけ」
「ミラフ?」
「この先にメリさんはいる、ただ、巫女様もいると思う、強く反応してる人影が二人いるからな、こういうのは術者をなんとかしないといけないんだろ?」
ミラフは真っ直ぐ兵隊を見据える。自分も奥を見る。
「感謝する!」
「おう! しっかりやってこいよ! あと手早くな!」
邪魔をする兵隊は切り捨て、一気に奥へと入った。
鳥居を潜ると兵隊は追ってこなかった。どうやら、鳥居には特殊な結界が張ってあるようだ。それを主張するように、潜った途端空気が変わった。澄んでいるといえば良いのか、気持ち悪いくらいに清らかだ。
「神への道か」
山の上には巫女が住まう社がある。そこに繋がる鳥居からの道は神への道と呼ばれており、この国では神聖なものだ。巫女は、その神からの言葉を伝達する役割がある、本当に神とやらが居ればだが。
この道には人がいないのではっきりと、メリの魔力がわかる。そしてミラフの言った通り巫女の魔力も感じる。あの女何を考えてるのか。足早に進むと、そこには小さな社があった。国民が神に祈るための仮社で、本殿ではない。そこに、巫女は立っている。そして、社の傍にはメリが横たわっていた。
「メリに何をした?」
「あら、貴方は、メリ様が仰られていた方ですね、わざわざいらしたの」
その言葉には敵意が滲む。自分はこの女に何かした覚えはないのだが、まぁどうでもいいか。威嚇するように、巫女に向けて槍を向ける。
「質問に答えろ」
「ふふ、ほんに男というのは野蛮なもので」
答える気はない……と。槍を向けられても、平然としているのには感心するが、時間はない。
今こいつに術を解除すれと言っても無駄だろう、言って解除するなら最初からやらないからだ。
「何が目的だ? 何のためにこの国を壊そうとする」
「壊す? 私が? バカを言わないでください、私はただ、貴方様を追い出したいだけでございます」
「俺を?」
話が見えてこない。俺を追い出すのに、兵を作ったと? しかしあの兵隊は国民すら襲っている、だからミラフが焦っていたし、騎士団、魔術師団は避難をさせたわけだ。
「えぇそうです、男なんていらないのですよ、メリ様はこの可愛らしい容姿で、私と同じ力がある、それを男のために使うなど勿体ない」
「よくわからんが、貴様とメリが同じ力を持ってるというのは気になる話だな」
話の半分も理解できないが、ディウムもそうであったし、気にすることではない。それよりも、申し子と巫女が同じ力を有しているとはどういうことだ。
「貴方様に説明する必要はありませんよ、ここまで来られたのには敬意を称しますけど」
巫女の周りに銀色の光が舞う、それはメリが普段使っている魔術と似ても似つかぬものであった。
粉は術となり、形をなす、それはあの兵隊である。一瞬で作るその様は確かに、申し子の力と似てはいるが、その禍々しさは舌打ちをしたいほどだ。
「さぁ兵隊たちよ、私の言う通りに動きなさい! 貴方様にメリ様は渡しませんよ」
「何を考えてるか知らんが、メリは返してもらう!」
槍に魔力をありったけ込める。そして一振に全身の力を込める。周りを一掃し、そのまま、巫女に槍を向けるが、ひらりと避けられた。
「力任せに来られても、避けられますよ」
やはり、兵隊は無尽蔵に出てくる。この巫女を気絶させた方が早いが、動きが読まれれば避けられるだけか。
それ以前に、こちらより明らかに魔力量は上だ、仮に槍が当たる状態でも弾かれるのが関の山か。
「ふふ、万策尽きたって感じですか」
「全く面倒なものだな」
メリが起きないのも気になる。この女の好きにはさせないが、無策で挑めるものでもない。しかし、悩んでる暇もない、思考を遮るように、兵隊は出てくる。それを一々排除しているほど魔力は持たないが、排除しない訳にもいかない。
どうする、そんな悩みを抱えた時、メリの体が淡く光り出す。自分も、巫女もメリを見た。
「メリ?」
魔力がメリに牙を向いた時と同じだが、それは外に向いている。メリはゆっくりと上半身を起こす。目を開け、周りを見た。
「え、何があったの?」
その声ははっきりしている。メリが起きた、その喜びを感じる間もない。メリが起きたのに反応して、兵隊が一斉に向いたからだ。
「メリ! そっから離れろ!」
「カルデラ? ちょ、待って待って、えーっとあーっと、ディウム何言ってたっけ?」
ディウム? メリの話も分からないが、危ないのだけはわかる。
自分でも、どこにそんな魔力が残っていたのかわからないが、瞬時に風魔術を使い飛び上がる、メリの前に着地すると、そのまま前方に槍を振るう。兵隊がメリを襲ったことに驚いたのか、巫女は固まったまま喋らない。
「そうだ! 鎮魂歌!」
メリは叫び立ち上がる。そして、歌い出す。それは、鎮魂祭が始まる時に巫女が歌っていたものだ。歌に反応するように、兵隊はその動きを止める。
そして、崩れると、白い光となり消える。何があったのか全く理解できない。これも申し子の力だというのか。
「これが、女神の力……」
巫女がなにやら呟いたが、メリは構わず歌い続ける。ミラフ達がいるであろう、鳥居の方からも光が登り、それが消えると、メリの歌は止まった。
「……大丈夫そ?」
「何やってるのか全くわからないのですが……」
「私も知らない、起きたら歌えってディウムに言われたの」
肩を竦めて言われる。ディウムに言われたって、何があったのか。
とにかくメリが無事で安心し、座り込む、槍も気を緩めたせいで解除される、つ、疲れた。
「カルデラ! 大丈夫?」
「えぇ、ただ少し魔力を使いすぎました」
少しどころではないが、今は強がらせてくれ。
「カルデラ! メリさん!」
「ミラフ様、それにルスト様まで」
どうやら、ミラフとルストが来たらしい。メリが、兵隊を消したから来れたのだろう。
「女神様、先程の歌は……」
「皆を助けれたみたいね?」
メリの笑顔が想像できるが、それどころではない。やばい、動けん。
「カルデラ、お前魔力使いすぎたな」
「そのようだ……」
ミラフが肩を貸してくれてようやっと立ち上がる、あーこれしばらく寝込むやつだ。
「そういや、巫女様はいなかったのか?」
「いないのか?」
顔を上げると、そこに巫女の姿はない。どこへ行った? いや、それを考えている余裕はないか。
メリが自分の手を握る。そこから、体に温かさが流れ込む。
「た、多分、大丈夫だと思うんだけど……」
「これは、プレスティにやったものと同じですね」
頷かれる。まだ体はだるいが、先程よりマシだ。魔力が少し回復した気がする。しかし、一人で歩けるわけではなさそうだ。
「相当使ったな、とりあえずこのまま部屋に運ぶ、ルスト、騎士団頼めるか?」
「はい。女神様、魔術師団は任せました」
「は、はい! ミラフ様、カルデラをお願いします」
ミラフに支えられ、山を降りる。メリなら魔術師団は大丈夫だろう。プレスティもいる。
そのまま部屋に戻ると、ミラフが布団を敷く前に倒れ込んだ。




