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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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宝樹の獣3

「ぐ、っぁあああああ!!!」

 声にならない叫びを上げながら、その呼び声に応えるように、祓魔のインケラーシャを少女の鉤爪に叩きつける。たちまちのうちに編み込まれた魔術が霧散し、露わになった真っ白な手の甲に、漆黒の短刀が突き刺さる。

「っっ!!! ぁあ!」」

 悲鳴を上げて飛びのくマリアに追いすがり、魔力の許す限りの速度でアラニエを展開する。即座に反転攻勢を仕掛けるマリアの爪、翼、そして花弁の吹雪。その一つひとつを、点で、面で、すべて払いのける。常人には不可能な芸当に違いない。だが、今の僕になら出来る。この「眼」が、出来ると言っている。

 叩きつけられ、アラニエの脚が霧散する。払いのけられ、アラニエの脚に風穴が空く。覆い尽くされ、アラニエの脚が焼失する。掻い潜り、打ち払い、身を捩り、転身し、飛び込み、かき消し、前へ、前へ、前へ。その一瞬の空隙を、僕の「眼」は視落とさない。

 白く細い首筋に、祓魔のインケラーシャがその切っ先を撫でる。

「――ッッ!!」

 刹那、激しい衝撃とともに、身体が宙を舞っていた。一閃された翼を咄嗟に受け止めたアラニエの脚が、二本同時に消滅していた。それでも衝撃を殺しきれず、僕の身体は跳ね除けられて転がった。

 膝をついて息を吐いた瞬間、射貫かれるような殺気が視界の先から迫り来る。

 朱い瞳が、揺れる前髪の奥から真っ直ぐにこちらを睨みつけていた。

「なんて奴……」

 だが、僕の呟く一言は、背後を跳躍する影にかき消された。マリア……ではない。その小さく頼もしいぼろ布の背中が、僕を追い越し、瞬きの間に真紅の翼と対峙する。

 精神が冷静さを取り戻す。そうだ、これで構わない。敵にとどめを刺して戦果を挙げるなんて、土台僕の役割じゃない。僕は王の眼。ならば、視て、思考するのが僕の務めだ。そして、そうであれば君の務めは。

「―――んぬ!!」

「―――っぁ!!」

 薬園を震わせる、大地を震わせる魔力の大衝突。身をかがめ、大地にしがみ付かなければ身体ごと飛ばされそうだ。宝樹アノマリスの生命エネルギーと、原生群島の神の類が、互いを食い殺そうと削り合う。だが、元来戦いに身を置いた者と、今しがた生まれ落ちた命。その戦闘経験には雲泥の差があった。

 砕け散り、吹き飛ばされる鉤爪。魔術式が破壊され、鮮血を散らしながらも、圧倒的な再生力でマリアはシヴに食らいつく。だが当のシヴは、対峙する少女の異常性を意にも介さず「潰滅」を続行する。

 膂力と魔力、その恐るべき衝突。

「君の役目はブレイカー……戦闘は僕の役目じゃない」

 瞳を閉じる。

 あぁ、こんなことは初めてだ。

「でも、王の眼(ぼく)にも出来ることがあるみたいだ」

 この瞼の裏側にさえ。

 見たことのない『景色』が映り始めていた。


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