勿忘草の胎動3
「……!」
声にならない、空気の抜けたような、小さな悲鳴。その刹那、足元深くからマグマのように熱を帯びた魔力がせり上がってくる。
「っぐぁ、ぁああ!」
「トキ!!」
叫び声の方角を振り返る。片側の瞳を抑えながら、少年が私を睨みつけていた。傍らに控えたシヴも、まるで猫の毛が逆立つように、警戒心を露わにしている。
「……」
もはやこちらからかける言葉はなかった。彼には分かるのだろう。視えているのだろう。ここに何があるのか。これから何が起こるのか。私の足元から迫り来る魔力の塊の正体を。
「やめろ……やめろ!! 狂っているぞ、ゼル!!」
「そうだとも。正気を保ってこんなことができるか。お前に、魔王に、これが出来たか!?」
お互いの怒声が、宝樹の下で木霊する。がなり声が腹の底を響き渡り、殺気立った魔力流が立ち込める。トキがさらに何かを言いかけた瞬間だった。激しい縦揺れがアノマリスの麓全体を震わせた。
「われる」
シヴの呟きが、虚空に消えていく。
大地が割れ、轟音が響き、宝樹の根元が露わになる。根の一本一本が、数千年生きた大樹を思わせる。その深い深いカーテンの、その最奥。そこだけ、宝樹の根の形状が奇怪に変形していた。
鮮血のような真紅に染まった根の先端が、煌々と燃え上がる太陽のような『核』を抱え込む。その姿はまるで、脈打つ心臓を包み込む、肋骨。
「ホロウ、メラデュラ……」
吐き出すように言葉を発したのは、果たして誰だっただろう。その場にいた全ての人間が、その美しさと禍々しさに言葉を失った。ただ二人を除いて。
「行こう、レナ」
「行こう、ハナ」
手を繋いだ二人の少女が、大地の亀裂に吸い込まれていく。動ける者は誰もいない。止められる者など、居ようはずもない。ゆっくりと、二つの影が、灼熱に揺らぐ光球へと消えていく。
「「再誕のとき、来たり」」
唱えるような言葉とともに二人の両手が伸ばされ、溶け落ちるように、太陽の中へと消えていく。痛みも、熱も、何もかも。気付いてすら、いないかのように。
二人の輪郭が溶解し、完全に光の中へ霧散していく。それでも声は、まだ、聞こえる。
「「胎動のとき、来たり」」




