勿忘草の胎動2
「師匠……? 何が、起きて……」
「ゼル、さん?」
二人の少女は、私の形を見るなり、おびえたようにおずおずと声をかけて来た。私は無言で、上着のポケットの中を探る。硬く冷たい金属に指先が触れた。その瞬間だ。一瞬のうちだった。記憶が私を溺れさせんばかりの勢いで蘇る。
たったの二年余り。
エルフの私からすれば、吹けば飛ぶような短い年月。しかしながら、彼女らにとっては、永い永い二年であっただろう。
レナには、その先に何か思う夢があったのだろうか。白夜血戦で父親を失い、病で母親を失い、売られ、虐げられ、流れ着いて、私のような碌でなしの元へとたどり着いた。それでも彼女は笑っていた。何がそんなに楽しいのか、どんなに苦痛の伴う治験に使われようと、痛みに泣こうと、必ず向日葵のように眩しく笑った。ここから先に、レナが描く未来はあったのだろうか。
無言のまま、その注射器に手を掛ける。指先が震えるのは、魔力波に当てられた影響だろうか。カタカタと爪が金属製の表面に触れて音を立てる。
ハナはどうだ。あいつに、未来なんてあったか? なかったはずだ。だから買ったのだ。私が、私が彼女の未来を利用するために買ったのだ。父を殺され、母を犯され、暴力と軽蔑に迫害され、地獄の底で、それでも生きていた彼女を解き放つことに、何の後ろめたさがあろう。私は、正しかったはずだ。誰に後ろ指をさされても、私は私を省みない。
「レナ、ハナ」
「「はい」」
二人が、同時に返事をする。弟子だと言って憚らない赤毛の少女と、奴隷だと言って憚らない褐色の少女が、毅然として私に向き直る。ため息が出そうだ。誰に似て、そんな風に返事をするようになった? 少なくとも私ではない。シダの生き写しのような私には、眩しすぎるいのちだった。
「私は、今も、正しいのだろうか?」
突飛な問いかけだ。しかし、レナとハナが、互いを気にすることはなかった。示し合わせることもなく、ただ二人は真っ直ぐに私を見つめて微笑んだ。
「「あなたに、ついていきます」」
決心は、初めからついていた。だというのに、その決心の裏に抱えた後ろめたさを、自分一人で抑えられなかった。そのうえ自分の弟子に、その尊い生命を弄んだ挙句の果てに、甘えた。
小さな少女たちを、腕の中に抱きしめる。温かい、確かな二つの生命が、腕の中でトクントクンと脈打つのが聞こえる。その華奢な背中に、両手に握りしめたアンプルを、迷いなく、突き立てた。




