黒の契約1
一瞬の静寂があった。
花びらの先から露の一滴が伝い、落ちる。
寒々しい空気が停滞し、時間が止まったように、しんと静まり返った宝樹の傘の下。
暴風が吹き荒れる。
低木がなぎ倒され、地面がめくれ上がる。それもまだ発達途中のハリケーンのようで、爆発寸前の噴火口のようで。そしてその中心にいるのが、トキ。
『わたし』の中で、コルコルが怖い声で唸り声を上げる。いつもは仲の悪いカリチャも、コルコルの咆哮に寄り添うように声を上げていた。こんなことは生まれてこの方、じぃじと殴り合った時以来の衝撃だ。
「ただごとじゃない、ゆぬ」
そう身構えた瞬間だった。
堰を切ったように、トキの全身から魔力が爆発する。なんという魔力、自分以外の魔力流で身体が飛ばされそうになるなんて、夢にも思ったことが無かった。
「でもだめ、これ、だめ!!」
ぼろ布のフードが飛びそうになるのを押さえつけながら、必死に爆心地の少年の姿を瞳に収める。手首に繋がれた銀の鎖がガランガランと耳障りな音を立てた。わたしには、トキと違って魔力そのものは視えない。それでも、自らの身体を濁流のように押し流さんとする魔力量を感じ取れないわけがない。
「トキ、しぬ……!!」
手を伸ばす。
「こるこる!!」
指先から烈火の如き炎が溢れ出す。炎熱が空気を切り裂き、濁流を掻き分け、道を開く。光、熱、轟音の中を突き進む。一歩、一歩、もう一歩……。進むたびに、膝にのしかかる重圧が強くなる。めり込むような重さが、わたしの小さな足を地中に追いやろうとする。
「う……! かりちゃ! さぼる、しない!!」
呼びかけに応えるように、両脚に雷撃のような魔力が迸る。ここで止まるわけにはいかない。これだけの魔力量、トキの身体が耐えられるわけがない。もう遅いだろうか。少年の身体は、あの龍の魔力で裂けてしまっただろうか。
しかし、そんな絶望的な観測を裏切るように、嵐の先に、トキの姿が見えた。意識は失っているのだろうか、中空に浮かんだままの彼が、魔力を吐き出し続けている。
「しなせない……!」
両腕を開く。背後で二房の銀の鎖が撃ち合い、火花を上げた。上体をかがめ、魔力を一気に放出する。雷光が閃き。烈火がぼろ布を覆い尽くす。振り払うように火球となった身体が暴風の中を突き進み、右腕を背後に振りかぶる。左腕は邪魔な魔力流を薙ぎ払い、ついにトキの眼前に辿り着く。
わたしの両腕には「破壊の術式」が組まれている。トキを殴ったら死ぬかもしれない。でも、放っておいても間違いなく死ぬ。なら、彼の自壊を待つより、わたしが壊す。
「わたしは破壊者、ゆぬ」
両の掌を打ち鳴らす。
パァンと弾けるような音が響き渡ると同時に、わたしの黒契爪から真紅の炎と青ざめた雷がけたたましい咆哮を上げて狂い出る。見つめ、構え、息をつく。
「破壊の雷神」




