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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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深緑の魔術3

 飛来する凶弾を、夜色の短刀がすんでのところで撃ち逸らす。頬骨の上を掠めるように飛び去った鏃が、皮膚を攫って鮮血を走らせる。

 瞠目する僕の視線の先で、弓を構えたゼルが既に第二射の構えを見せていた。

「そんなところまで似てなくていいよ!」

 肩で息をしつつ、しかし足を止めれば射貫かれて殺されるのは必至だ。視線を辿り、死線を読み切り、第二射、第三射と続く猛攻をいなして進む。だが届かない、まるで蝸牛の競争を見るように、近づいている気がしない。焦燥に心が逸り、冷静さを逸した瞬間、死角から凄まじい衝撃に見舞われた。それが大蛇の突進だと気づくまで、数秒を要しただろう。

 純白の花の中を転がった。ダメージは大きくない。蟒蛇(うわばみ)は、形を持った魔力の塊だ。アラニエがほとんど防ぎきっている。だが、意識外から襲い掛かったその圧倒的な魔力過多と衝撃波に、僕の身体が対応しきれなかった。

 膝を付き、顔を上げ、構えを取ろうとした瞬間。

 べしゃ、と耳障りな音を立てて、右腕が後方に払われる。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

「トキ!!」

 遠くから、シヴの呼びかけが聞こえる。焦り困惑したような、悲痛な叫び声。

 同時に、右手を弾かれた僕の足元に、祓魔のインケラーシャが突き立つ。それは地面一帯に生い茂ったホロウメラデュラを一挙に食い散らかし、見る間に枯死させていく。

 恐る恐る、弾かれた右手を見やる。

 感覚が飛んでいた。だが、腕も手首もしっかり付いている。その代わり、右の掌の真ん中に、石ころ程の穴が貫通していた。

「……っっ!!」

 言葉が出ない。悲鳴すらせり上がってこない。思考が巡る。だが、冷静ではない。赤く火照った脳神経が、オーバーヒート寸前で生き残る道を探せと叫んでいた。

 呼吸が荒くなる。深呼吸を試み、だが悉く失敗する。呼気が吸気を下回る。常に息を吸い込もうと、横隔膜が馬鹿みたいに押し下げられている。それでもなお、頭蓋に埋め込まれた魔眼が、僕に魔力を映し出す。

 ゼルの腕の中に抱え込まれた第四の矢。彼の後方で心を失ったように立ち尽くすハナ、そして、その傍で、ずっと気を失っていたレナが、意識を取り戻す。

「どうすればいい……?」

 状況が入り組んでいる。シヴに助けを求めるべきだと泣きつく僕がいる。さもなければ死ぬだけだと言う僕が。だというのに、その判断を許せない僕もいる。他にやることがあるだろうと、為すべきを為せと、そう偉そうに論じる僕が。

「困ったら……指輪」

 右手の中指に通された指輪に、思わず目をやる。ただの指輪だ。魔力も込められてはいない。ただ可愛らしい天使の羽根があしらわれただけの、闇に溶けるような指輪。

 何も起こるはずがなかった。

 実際、その瞬間に指輪が僕を助けることはなかった。

 だが、それとはまったく別の何かが、指先で燃え滾るように暴れ狂うのを感じた。思わず瞳を閉じてしまいそうになるほどの、圧倒的な魔力量が僕の指先から溢れ出す。それは灼熱の血流を全身に巡らせ、心臓が高鳴り、呼吸は常軌を逸したように、狂乱に踊る。

 宿主の死を予感したのか。

 黒契爪が、暗い耀きの中に暴れ回る。

 死を覚悟する。これが動き出せば、僕の肉体など粉微塵に吹き飛んでしまうだろう。

 あぁこれは。

 これが、龍の鼓動だろうか。

 幻王の従えた「苔生した(アンバール)」が、僕の心臓を食い破った。

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