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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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深緑の魔術2

 背後からせり上がる、八本の腕。繊細に編み上げられた蜘蛛の糸。

 僕の術式に、顔を顰めてゼルが舌打ちする。

「ミツハの……蜘蛛?」

 言うが早いか、ゴツっと、ゼルの真鍮の杖が足元の土を打った。途端に足元から真っ白な波が打ち寄せる。流線型に這い出したそれは、凄まじい速度でホロウメラデュラの偽花をまき散らして進んでくる。

白蛇(はくじゃ)……!?」

 迎撃するアラニエと、飛沫のように押し寄せる白蛇が叩きつけられて悲鳴を上げる。絡みつく蛇の頭、魔力を吸い出す蜘蛛の糸。鋭牙を突き立てる無数の蛇の天幕が広がる。アラニエがドーム状に僕を覆い尽くし、魔力で編まれた白蛇の繊維を粉砕していく。

 術式のせめぎ合いの最中、意識の端で鼓膜が震える。咄嗟に振り払った短剣に、重々しい衝撃が響き渡る。弾き飛ばされるように身体が宙に浮き、純白の花弁の中を転げまわる。

「っ……!」

「勘付いたか」

 薙ぎ払った杖を片腕に遊ばせたまま、ゼルがつまらなそうにこちらを伺う。全くもって冗談じゃない。ただの人間相当の身体能力を、どうにか最低限の魔力と魔眼でインチキしているのが僕の実力だ。正面切っての膂力で、エルフと力比べできるわけがない。

「なんのつもりだ、貴様」

「何が」

 応える間もなく、エルフが一息に距離を詰めてくる。瞬きの間に眼前に迫ったゼルの一振りを、寸前のところで見切り、上体を逸らす。額の先を掠めて長杖が振り抜かれ、間髪入れずに足元から蛇が追いすがる。地面に手を付き、渾身の力で大地を跳ね除ける。反発で距離を取り、這い回る白蛇に蜘蛛の腕が突き刺さる。

 息をつく間もなく、空を裂くような音を立てて真鍮の杖が振り降ろされる。突き立てられた長杖が、先程まで僕の頭が伏せていた地点に突き刺さる。肝を冷やしながら飛びのくと、まるでナイフのような鋭利さで一閃されたエルフの杖が脇腹を掠めていく。

 咄嗟に左腕を振りかざす。アラニエが網目状にゼルに覆いかぶさるが、エルフの視界を遮った蜘蛛糸が一刀のもとに朽ち果てる。一瞬の空隙の間にホロウメラデュラを掻き分け、二歩、回り込む。突き立てた短剣がゼルの背を襲う寸前、頭上から巨大な魔力の気配を感じて、僕は思わず硬直した。

 僕の掌に握られた祓魔のインケラーシャが、魔力塊に後れを取る道理は無い。それにもかかわらず、思わず膝を付くほどの圧力が僕の全身を押しつぶしにかかる。

「こいつ……っ!」

 三十メートルはあろうかという大蛇が大口を開けて、空から僕を食らわんと落下した。頭上高々と見上げた先には、宝樹アノマリスの傘があるのみ。雲に差し掛からんとする高さのアノマリスから落ちて来たはずがない。大蛇は今まさに、この中空に発生したのだ。

 逡巡も許されぬ一呼吸。蟒蛇うわばみの口端を切り裂くと、わずかに開けた退路を拓いて構え直す。生き物ではない。ゼルの杖から生み出された白蛇と、本質的には同じものだ。ゼルが集めていた膨大な魔力の行方がこれに違いない。

「人間以外の相手は苦手なんだよね!」

 攻め立てる大蛇の牙を躱して、その巨躯の懐を駆け抜ける。分厚い鱗を尻目に、今かと顔を覗かせた瞬間だった。

 一寸先の未来が見えた。閃光が輝き、瞳の奥が暗転し、景色が歪むような光景。見覚えのある『一射』の訪れを、両の魔眼が告げていた。


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