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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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亡骸の種子

 稲光。いや、轟雷を伴わない鮮烈な光は、エルフの弓から放たれた幻影の一射。すんでのところで顔面ギリギリを掠め、背後の低木に風穴を開ける。

 立て続けに五射。回避できようも無い必中の閃光が飛来する。死を悟りかけたオレの前に、巨躯を翻しながら父が重なった。振り回された大剣と閃く鏃が交錯し、甲高い悲鳴を上げる。

 潰された矢が飛散し、光彩が虹のように弾んだ。ともすれば見惚れてしまいそうになる輝きの向こうで、こちらを静かに睨む男が悠然と構える。

「父さん!」

「無事か。まったく笑えねぇな、特危管ってのは」

 聞きなれない言葉が父の口から零れ落ちる。

「魔王直属の近衛兵みたいなもんだ。一人頭で一個中隊くらいの力はあるだろう」

「ば、化け物じゃないか!」

「そりゃあエイゾラを撃退するような連中だぞ? 気ィ引き締めないとすぐ死ぬ」

 ごくりとつばを飲み込む。あの長身のエルフが、魔獣を退けるほどの力量を……?

 こちらを伺っていたストースの右手に、新たに三本の矢が生まれる。なるほど矢を生成する時間を取っていたと見える。弓使いが矢を用意するのに時間を必要とするなら、そこは大いに隙になる。とでも楽観できればよかった。顕れた三本の矢は、先程とは魔力の密度が段違いだ。

「やるぞ、ウィーロ。いのちを託されたお前にしかできないことだ」

 父の言葉に、思わず鳩尾の辺りを鷲掴みにする。

 壊れそうな程の拍動。

 だが、それがどうした。

 壊れていない。

 壊されていない。

 オレはここに生きている。

 全うしろ。命を全うしろ。

「うおぉぉぉぉおおおおお!!!」

 自分のものとは思えないような雄叫びに、呼応するように心臓がひときわ強く脈打った。全身に魔力が行き渡り、常人離れした膂力が満ち足りるのを感じる。感覚が研ぎ澄まされ、ストースの指先のわずかな摩擦さえ感じ取ってしまいそうだ。

 轟っ、と地響きのような音を立てて、父が先行する。弓兵に正面から突進するなど愚の骨頂、だが、それは単騎の場合だ。背後に控えた信頼のおける仲間がいるなら、たとえ自らが斃れようとも、後に続く一騎がその先へと進んでいく。

 一歩、踏みしめる。

 この一歩は父が踏み均した一歩。これまでオレが歩んできた一歩と何ら変わらない、小さな一歩。

 駆け抜けるオレの身体は風となり、風を追い越し、父に肉薄する。

 遅い、もっと迅く、そう思ったオレの視線の先で、父の身体が頽れる。目を見開いたオレの視界から、父の背中が消えていく。

 父の大剣を避けるように、ストースの三発の鏃は軌道を変え、右脇腹と左もも、そして左の首筋に迫る勢いで、肩の上部を抉っていた。

 奥歯を噛みしめる。あの三射の魔力密度は、威力の増強を狙ったものではなかった。ストースの意のままに軌道を操るための布石だったのか。エルフの弓術に感服と憎悪を宿す。

「だが、残念だったな」

 織り込み済みだ。

 父の背中に足を掛け、容赦なく、思い切り、踏みしめる。

「またな、父さん」

 足蹴にされた父に、表情はない。急所という急所は外しているらしいが、このままでは永くは保たない。

 長剣を握り直す。眼前に迫ったエルフを視認する。相も変わらず冷たい視線を向ける男。だが、一つだけ違う。その手には再び魔力が込められているが、矢の生成が追い付いていない。オレたちの間はわずか十メートルもない。

 生成し、番え、照準し、放つ。その初めから、ストースの戦いは頓挫していた。

 この一瞬を、捉える。

「ぅぉぉおおおおおおっ!!」

 父の背を蹴り飛ばし、全てを振り払い、それでも前へ。

 構えは小さく。矢を間に合わせる刹那の隙すら与えない。

 長剣の軌道は、敵の身体の中心を敢えてずらし、薙ぎ払う一閃。同時にエルフの一挙手一投足に注意を払う。瞬時にストースが白兵戦に切り替えたとしても、逃がすくらいなら刺し違える。真正面から一対一では勝負にすらならない。たとえ痛み分けになったとしても、ここで確実に手傷を与える。

「上等です」

 オレの眼球が、めまぐるしくストースの全身と右腕とを捉え続けた。

 切っ先がストースの喉元に達しようかという時、あり得ないことが起きていた。

 瞬きの間、いや、瞬きなどする余地もなかった瞬間。コマ送りのようにストースの身体が転回し、無防備だったその体勢は一転、オレの心臓目がけて矢を構えていた。

「え……?」

 脳が追い付く寸前、その必死の一射が放たれた。

 凄まじい光が乱反射し、金属が砕けるような耳障りな音響が、平原に木霊した。

 手足が千切れ飛んだだろうか。心臓は灼熱の液体となって霧散しただろうか。

 いま、ここに残っているのはオレという自意識だけ? 感覚と認識を超えて、ただ思い出の中に埋没していくウィーロという男がいるだけ――?

 そう、思ったか?

 オレでは勝てないと、そう思っただろう、ストース。

 所詮、薬園に生まれ育っただけの子ども。父の七光りで生きて来ただけの役立たず。魔王配下のお前には一太刀すら、かすり傷すら与えられない能無しだと。

 そう思っただろう? ストース。

「……ぐ、ぅぁぁあああああ!!!」

「っ!?」

 引き裂かれたシャツの下から、鳩尾にベルトで固定された宝珠が光を散らして姿を現す。

「まさか! アノマリスの種子を!?」

 植聖のゼル曰く、ストースの魔力は自然リソースに非常に近しい。これはエルフに共通する特徴だと。その性質を逆手に取る。彼女が与えてくれた“発芽できない種子”。この種子は宝樹アノマリスの形質を色濃く残している。自身の周囲に数え切れぬ程の草木を芽吹かせ、環境を作り、そして“土地そのものからリソースを補給する”という形質を。

 ストースの放った万死の一射は、宝珠に吸い込まれるように軌道を変え、激しく衝突し、そして貫通敵わず塵と化した。

 まなじりから涙が溢れそうになる。堪えて柄を握りこむ。長剣の切っ先が、再びエルフの細い首筋へと加速する。

 君のくれたこの宝珠が、この一瞬が、この命が。

「アーシャぁあぁあああああ!!!!」

 いま、世界をひっくり返すんだ。


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