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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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蒼の夢2

 見渡す限り透明な青空が頭上を覆い尽くしていた。オレは父の後を追いかけて、薬園の一角へとたどり着く。薬園には、その区画一つ一つに識別番号が振られていた。実に八十八番までの区画があるにもかかわらず、薬園が好き勝手開拓されていた時代に振られた番号であるために、地理的なつながりがない。管理者はともかく労働者全員が覚えるには紛らわしいから、各区画には大概分かりやすい通称が存在するものだ。

 視界の端から端まで、真っ白な花弁が舞い踊っていた。

 第十七区画『ヒメユリ』。ここで栽培される植物の名から取られた名称だ。実際のところ、いま栽培されているのが本当にヒメユリなのかは分からない。なにせ数十年前から存在する名称なのだ。その変遷の中で実は違う植物の栽培に移行していたとしても分からない。が、少なくとも労働者も管理者もこれがヒメユリだと思っているし、ここを『ヒメユリ』だと思っている。だから特段の不都合もない。

「ゲリー様!」

 父の来訪に、波打つように労働者たちが顔を上げる。数人が駆け寄り、状況の説明を始めた。作物の状態、収穫の見込み、天候の良し悪しと愚痴。父は表情を変えず、だがその他愛ない一言ひとことに、いちいち頷いていた。

 自然と頬が緩むのが分かった。オレが一番好きな光景だ。父はいつも仏頂面で、冷たい目つきで、身体はデカいし、怒らせれば息子の自分が心配になるほどの勢いで、平気で労働者に暴力を振るう人だ。だが、だというのに、信じがたいことに、労働者からの人望に篤い。誰もが父の苛烈な姿を目撃したことがあるだろうに、それでも自分から父に話しかけては笑顔になる。オレはあんな風にはなれないと、そんな劣等感も吹き飛ぶほどに、誇らしげな気持ちになった。

「ウィーロ?」

「あ……アーシャ」

 小さな、といってもオレと変わらないくらいの女の子が立っていた。彼女の方が一つ年上で、彼女の方が少しだけ背が高い。十三歳と十四歳の一年というのは、案外大きな差が生まれる。

「……もらって、くれる?」

 少しためらいがちに、しかし微笑みながら、彼女はそう言った。何のことを言っているのか、それが分からないはずもなかった。

「もちろん、もらうよ。でも、あれって」

 言いかけたところで、彼女はオレの口をふさいだ。小さい手から、花の香りが広がる。気恥ずかしくなって目を逸らした。心臓が変なリズムで鼓動する。

「……ありがとう」

「うん」

 礼を言うと、彼女は眩しそうに目を細めて笑った。

 オレとアーシャの間には、一応立場の違いという溝がある。管理者の息子と労働者という溝だ。だが、アーシャがオレにかしこまって接することはない。『ヒメユリ』の労働者の特徴、というよりは、そういう連中が『ヒメユリ』に多いというだけか。

 マクトベラシュカの労働者には、大きく分けて「志願労働者」と「学習労働者」という二つの出身がある。志願労働者は、近隣から仕事を求めてマクトベラシュカへと流れて来た労働者のことで、本国との取引目当てや、出稼ぎも多い。

 一方の学習労働者はここでは「学労」と呼ばれ、言葉を選ばずに言えば、奴隷だ。付近の敵対民族や、原生群島から連れてこられた人々。共通語が通じないことも多く、髪の色も肌の色も、ゼプキル市の人々との違いは一目瞭然だ。特に色素の薄い髪色の子どもを見かけることが最近は多くなった。真っ黒な体毛の人々が多いゼプキルでは目を引く。

「そろそろお昼休憩だね」

「うん」

 そう言ったアーシャの肩口で切りそろえられた髪を眺める。クリーム色の、淡い髪。今日も陽光を浴びて、艶やかに揺れ動くその髪の一本一本に、オレのまなじりに熱いものが溢れそうになる。そのせいか、自分らしくない言葉が口をついて出た。

「昼食、一緒でもいいかな」

「え……う、うん」

 いかにも誘ってくれという視線を投げかけてきたくせに、余程オレの言葉が予想外だったのだろう。アーシャの方がたじろいでいる。それがなんだか面白くて、口の端から笑みがこぼれる。

「なんで笑ってるの」

「そんなの、おもしろいからだよ」

「なんか生意気」

「そうかな」

 もう一度、今度ははっきり、喉を震わせて笑った。数人の労働者が顔を上げてこちらを見ていた。つられて笑い出す者もちらほら。

「もう行って! またね!」

「うん、またあとで。ハシラギの下に行くね」

 ペースを取られて恥ずかしがる彼女が、ずかずかと大股で遠ざかっていく。

 見ると、父の方もひと段落するところのようだ。中々に愚痴が盛り上がっていたのか、労働者たちが捌けた後、神妙な面持ちで区画管理者と父が小声で話し込んでいた。立場上の違いはあれ、根本的な話をすれば、労働者と管理者に上下関係というのは存在しない。あくまで志願労働者については契約上の関係なのだから、対等の話し合いも可能だし、最悪全部放り出して薬園から去ることだって可能なのだ。彼らの機嫌を損ねないよう、将来の心配をするのはむしろ管理者側だったりする。

「少し、暑くなってきたな」

 宝樹アノマリスから五キロ程の『ヒメユリ』は、アノマリスの傘に十分に隠れ、その影響を比較的受けやすい地域ではある。日中を含め、それほど気温は上がらない。今日は少し太陽が勇んでいるらしい。

 見上げると、青に染まった天中に、日輪がちょうど差し掛かるところだった。


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