蒼の夢1
「ウィーロ」
「はい」
重たげな声が、オレの名を呼んだ。反射的に応答する。重々しい呼び声ではあったが、オレなんの躊躇いもなく向き直る。まつ毛がピクリと震え、視線が自然と上向きになる。見据えた先に、父ゲリーの姿があった。
「お前は、ここが好きか?」
「家が、ですか?」
何気なく見回した。二人で住むには少し広すぎる間取りの家、横に長い樫のテーブル、トーストと燻製肉。朝餉の途中だったことを思い出す。
そうだ。これは五年以上も前の静かな記憶。眠たげな午前の陽がふらつきながら昇っているさなかの出来事。
「家じゃない。薬園のことだ」
「マクトベラシュカ、ですか?」
その時のオレは、聞かれていることの意味をよく理解していなかったと思う。オレにとってのマクトベラシュカには、生まれ故郷という以上の意味が無かった。生まれた星に思い入れがあるかと聞かれたようなものだ。
「好き、だと思います。たぶん」
「……そうか」
父はそれだけ聞くと、懐から小さな包みを取り出してオレに渡した。
「これは?」
「アーシャが、お前にとな」
「そんな……!?」
包みを開く。指先にひんやりと冷たい感触が伝わった。小石ほどの青い塊がテーブルの上に転がった。手のひらに載るほどの大きさでありながら、指で摘まめないほど重い。
「何だか分かるか?」
「いえ……でも、何か貴重なものでしょう? しかるべきところで換金すれば、労働者としての生活から抜け出すことだって」
「そうだな。そういう宝飾だ」
「それに……」
もともと、労働者から管理者に贈答品を送ることも、その逆も禁じられている。賄賂が横行し、薬園の秩序が乱れ、労使関係に決定的な綻びが生まれるのを防ぐためだ。
贈った者も、受け取った者も同罪だ。悪くすれば、薬園から排除される。
「私自らが黙認したのには理由がある。語るべきでない理由がな。それと、仲立ちしたからには受け取るべき者に渡さねばならん」
深い海の底を覗き込むような青の先に、遠く遠く、自分の瞳が映りこんでいるのが見える。
「ウィーロ。それは特別な宝珠だ。身に着けるにも専用の道具が要る。いずれ渡せるといいが……今でも作れる奴がいるかな」
オレは宝石を包み直すと、先に立ち上がった父の後を追った。
今日は少し、父の機嫌がいいように見えた。それと同時に、少しの寂寞の翳りも見えただろうか。気のせいかもしれない。今日は、収穫だ。
薄手の外套を羽織ると、オレと父は仕事場へと繰り出した。扉を開けると、輝くほどの陽光がオレの目に飛び込んだ。真っ青な空だった。




