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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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決意の対立

 

「そうか……なぜ、なんて言いませんよ。オレが……」

 ウィーロの悲痛な叫びが草原に吸い込まれていく。

 僕らが息を吞むのをよそに、重苦しい呟きが濃霧のように立ち込める。

「収穫だ」

 マクトベラシュカの中央、そこに聳え立つ宝樹アノマリス。

「収穫だ」

 肌を撫でるような冷気が足元を包み始めた草地の中で、彼らは待ち詫びたとばかりに立ちふさがった。

「収穫だ」

 薬園マクトベラシュカの奴隷たち。いや、そればかりではない。薬園の経営者の多くもその中に混じっているらしい。一度は卓を囲んだ者たちの姿も、それに。


 ――あほか。大概にせぇよ。

 ――下手な言い訳、間違いの謝罪、そういう馬鹿をしなかったのは正解だぞ

 ――知らねぇもんを、顔も知らんやつを、好きにも嫌いにもならねぇさ


 ――帝国のことなんか知らねぇが、お前らのことは好きだぜ


「バルトロさん……っ!」

 よく知った顔が、気のいい酒飲みが、虚ろな眼で頭を抱えていた。

「畜生、どうして!!」

 だが、肝心のゲリーの姿はどこにも見当たらない。

「構っていられませんよトキ君。彼らに自我はない」

「そんな……!」

 冷たい視線を送るストースが、数本の矢を番える。天災と見紛う魔獣エイゾラの装甲をも貫通した必中の鏑。もしも彼らを射貫けば、絶命は必至だ。

「ストースさん、足止めでお願いします! 彼らも調査対象だ……!」

「トキ君、そんな場合ですか?」

 矢羽を手に取ったまま、ストースはこちらに向き直った。平静で、冷徹な瞳だ。正しく、理性的に、命を天秤にかけられる瞳だ。僕は思わず身震いした。

「ゼルはいま止めなければならない。この問答の間に、奴がアノマリスを掌握して何を謀るものか、想像もつきません」

「彼らの中には奴隷も混じっている。ハナと同じ、拐かされて、ここに売り飛ばされて、連れてこられただけの奴隷だ。管理者のバルトロさんもです。そうやって連れてこられた労働者たちと、まるで家族みたいな繋がりを築いていた人もいた。アノマリスを奪還することと、彼らの命を救うことは、背反しないはずだ!」

 僕の理想論が、彼の手を緩めることはなかった。

 ストースは一言もなく矢を放った。流星のように撃ち出された鏃。水しぶきのように枝分かれ、幾本にも腕を伸ばす。その一つひとつが、寸分の狂いも無く、奴隷たちの額を貫通していく。バルトロの額にも、まさしく正鵠を射るように、その矢は突き立った。

「……っ!!」

「あぁ、やめて……やめてくださいっ!!」

 ウィーロの泣き叫ぶような絶叫が耳を刺す。

 僕の口から、ストースへの罵倒が零れると、そう思っていた。怒りを覚えるはずだった。しかし、ふたを開けてみれば。目の前で命を失っていく奴隷たちの姿が、僕には結局、他人事だった。僕は気づいていたのだ。必死に声を荒げても、その言葉の中に「僕」はいないということに。まるで誰かの正義を代読しているみたいだ。

 僕は気づいている。

 僕は、薬園の奴隷を救おうとしていなかった。

 ゼルを止めて、ハナとレナを救い、この異変を収束させること。これが、僕にとって最大の関心事であったと自覚してしまった。そのために、目的を阻む命を間引くことを。ストースが正しいということを、認めている自分がいた。

「やはり非道だな。魔王というのは」

 涼しげな声で、大男が現れる。しかしその巨躯は、先日までとは似ても似つかない。グロテスクな魔力に毒され、血管の浮き出たように絡みついた蔦が、皮膚の表面を這い回っていた。

 大きな脚で草地を踏み荒らし、僕らを皮肉な目で見やる。

「父さんっ!」

「ウィーロ、何をしている。労働者の管理はお前の仕事だろう?」

 名を呼ばれたウィーロの背筋がびくりと凍り付く。

「退いていただきますよ。ゲリーさん」

「痴れ者が。私の言葉に横槍を入れるつもりか?」

 ストースとゲリーの間に、沈黙が冷やりと収縮される。

 骨ばった右手が、腰に携えられた直剣に伸びる。空気を引っ掻いたような重苦しい金属の悲鳴。引き抜かれた刀身は、ヒトには不釣り合いと言って過言ではない程に重厚だ。切断するというよりも、叩き潰すための大剣。

「ゲリーさん」

 困惑を籠めて。僕は、彼の名を呼んだ。

 ゲリーは僕の表情を伺うと、少しだけ平静を保って応えた。

「アノマリスの元へ向かうのであれば、それは止めねばならん」

「ですが……僕には分からない。どうしてあなたが」

 ゲリーが、片手一本で巨剣を一閃する。

「ぐっ……」

 風圧に樹木は薙ぎ、草花が巻き込まれる。まるで石材のような刀身に、植物の蔦のような魔力が絡みついている。蔦はそのまま腕に接合し、根を張ったみたいに魔力が送り込まれている。常人離れした魔力量。彼は本当に人間か?

 同じことを、魔力を視認しないストースも感じ取っていた。

「ウィーロ君。ゲリーさんは、本当にヒト種なのですか?」

「もちろんです」

「……父上は、これまで実戦経験が?」

「白夜血戦には、参戦していたと」

「おや、それは奇遇ですね。トキ君、シヴ、あなたたちは先にアノマリスの元へ。今は一刻を争います。頼みました」

 ストースは長い前髪から鋭い目を覗かせた。

 彼の視線に迷いはない。シヴがフードを目深に被り直して先へと向かう。僕は一瞬だけ振り返りつつ、彼女の後を追った。あぁ、きっとこれが最善だ。根拠は無いけれど、おそらく今、僕はストースさんと同じ思考でいるのだろう。最早、彼への怒りなど無かった。

「貴様――」

 光の矢が、ゲリーが悪態を制する。

「ちっ」

 続けて三射、足元に二射。

 ゲリーは地面からせり上がる植物の蔓を大剣の一振りで振り払う。

 ストースの構えた弓に、容赦のない魔力が籠る。

 その敵愾心に応えるように、ゲリーの甚大な魔力が吹き荒れる。

「あの魔力の量……シヴほどではないですが、厄介ですね」

「意外だったな。貴様が宝樹へ向かうつもりだろうと踏んでいたのだが?」

「なぜそう思うのです?」

「ゼルと並々ならぬ因縁があるようではないか。それに、エルフらしく小賢しい。同じエルフとして、ゼルの頭の中も見透かしそうじゃないか」

 ストースは番えた魔力矢を霧散させると、小さく微笑んだ。

「貴方、経営者としては優秀なのでしょうが。人を見る目があるとは思えませんね。いいえ、人を人と思わない人間の目、でしょうか」

「あまり軽口を叩かないことだ。その舌、切り取って豚に食わせてもいい」

「事実ですよ。私とゼルに大した因縁などありません。それに、私よりよほど目敏く、小賢しい新入りが入りましたからね……さて」

 ストースがゆらりと振り返る。

「君はどうする?」

 彼の問いかけに、青年が、ゆっくりと目を開ける。

 背に差した長剣を引き抜き、ウィーロは決心を固めた。

「戦います……ストースさん。貴方を討ちます」

 ストースの瞳が、愉しげに震えた。



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