厄災の地鳴り3
累々に積み重なった魔獣の群れの中を、小さな影が縫っていく。
ぼろに付いた返り血など微塵も気にせず、余裕綽々と華奢な手足が歩み進める。
「彼女は、一体」
生唾を飲み込んで、ウィーロが尋ねる。
せいぜいが130センチにも満たないような体躯で、洞穴に巣食っていた魔獣の群れを片端から粉微塵に打ち砕いていく。
「シヴはちょっと、特別ですから。あまり気にしないでください」
「はぁ」
青年は緊張した面持ちで手綱を握り直した。
洞穴内にはほとんど光源が存在しない。所々に張り出したソラルーの根が、溜め込んだ過剰な養分で仄暗い輝きを発している程度。本来なら牛歩じみた行軍になるはずだったらしいが、私の鏑はその魔力が尽きるまで、ひとしきり洞穴内を煌々と照らし出してくれる。おかげで私たちは、馬にまたがったまま洞穴を進んでいた。
「けはい、ない。いない」
「あらら、もしかしてこっちが外れですか? それはまずいですね」
振り返ると、既に鏑が光を失ったのだろう、帰り道は真っ暗闇だ。洞穴に入ってから、もう十五分ほどは経っただろうか。都度魔獣を散らしながら進んできた道のりだ、馬を走らせてきたわけではないが、3キロ前後は進んだと考えるべきだろう。
「こちらが外れである以上、一度、トキ君たちと合流するべきです。なるべく早く」
「ゆぬ」
シヴが踵を返して歩き始めると、馬が驚いて嘶いた。
「どぅーどぅー」
「余計なことしないでください」
触れようとしたシヴを怖がって、馬は飛びのくようにたたらを踏んだ。
「ところで、ゲリーさんの方は、うまく話がまとまっているんでしょうか。マクトベラシュカの住民に手伝っていただければ、エイゾラもすぐに見つかりそうなものですが」
私の言葉に、ウィーロは少し顔を曇らせた。
「彼らは……エイゾラを探し出そうとするでしょう。ですが、実際にエイゾラを探しに駆り出されるのは、奴隷たちだ。マクトベラシュカの商人たちじゃない」
「奴隷……?」
「『労働者』と呼ばれている者たちです。帝国の法では、奴隷制度は幻王の時代に禁止とされました。ですが、ご存じでしょう? 呼び方が変わっただけで、このマクトベラシュカでは変わらずに奴隷制が続いています。付近の原生群島から、住民を攫って、労働力を売買しているんです」
私は、ちらとシヴの方を見た。
原生群島といえば、シヴの出身地でもある。もちろんその名の通り、種々の島々の集合である性質上、彼女の生まれた島でそれが起こっていたかは分からない。
彼女は話を聞いているのかいないのか、まるで気にも留めない足取りで、逐一照らされる洞窟の先へ先へと進んでいく。
「帝国からの取り締まりはないのですか?」
「気づかれてますよ、当然。でも、黙認されている」
「どうして?」
「宝樹アノマリスを擁するから、それだけです。帝国で用いられる薬剤、あるいはその原料の約40パーセントが、アノマリスを擁するゼプキル市によって賄われています。マクトベラシュカが奴隷制を失えば、帝国全土で、薬剤の価格は倍以上に高騰するでしょう」
なるほど、帝国内にも貧富の格差は歴然として存在する。富裕層には大きな痛手ではないだろうが、貧困層にとっては、生命維持にも関わりかねない一大事だ。
「オレも分かってはいるんです、この奴隷制が、間接的に救っている命がある。だけど、その代わりに原生群島とゼプキルで、人間が家畜みたいに使われている。これを対価と受け止めるのは、オレには……」
非道い話だ。確かに、非道い話ではある。
だがそれとは別に、私の脳裏には別の疑問がよぎった。
「君は、他の住人たちとは価値観が違うみたいですね。それだけの秘匿がありながら、薬園の管理者たちからは、何を悪びれる様子も感じませんでした。ウィーロ君は何か、奴隷に思い入れをもつようなきっかけがあったのですか?」
彼は、道を照らす私の鏑をじっと見つめながら、重い口を開いた。
いや、開こうとして、二度三度と口をつぐんでから。ようやく、その言葉が紡がれた。
「……レナちゃんとハナちゃんは、もともと奴隷でしたから」




