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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証
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旋律の男

 曇り空がのろのろと歩む中、僕は左腕をさすって起き上がった。落ちた時に受け身を取った腕がずきずきと痛む。不意に落とされたのは、どこかも分からぬ海岸線だった。靴の裏で擦ると、滑りやすい岩場になっているのが分かる。楽しく泳ぎに来るような場所ではなさそうだ。遠目に見える街にも見覚えがない。大規模な都市が形成されているようだから、あれが音に聞こえた6区の貿易港、メルカトラコだろうか。海にはいくつかの帆船が進んでいる。漁船もあれば、やはり商船も混じっているようだ。

 ふと隣を見ると、倒れたまま起き上がらない兵士が横たわっているのに気づく。こんな岩場に突然転移させられたのだ。頭の一つでも打っていておかしくない。僕は急いで駆け寄ろうとして、案の定滑って転びかけた。岩の表面には海藻が苔むしたように密集しているようだった。慎重に、慎重に歩みを進める。

「ちょっと、大丈夫ですか!」

 幸いなことに、僕の問いかけにピクリと指が動くのが見えた。

 むっくりと起き上がる身体。小柄な体躯のわりに、不思議としっかりとした芯がある。威圧感とでも言うべきか。薄く紫がかった銀の装甲は、陽光の下でなくとも妙に荘厳な雰囲気を醸し出している。彼はため息をつきながら応えた。

「あぁ、大丈夫、大丈夫……弦がちょっと切れちゃったけど、大丈夫」

「ハープですか?」

「そうだよ。自分で言うのもなんだけど、貴重品だったんだよなぁ。興味ないと思うけど。結構良い樹と動物のワタを使ってんだ。魔王様ってばさぁ……」

 もう一度、深いため息をついて、彼は立ち上がった。手には例のメモが握られている。彼はこちらを向くと、閃いたとでも言わんばかりに話し始めた。

「アンタ初めてだよな。見ればわかるよ。兵士じゃないやつが参加してんのは珍しい。どうだろう、ちょっとばかし協力しないか。オレも普段はツレと動いてるからさ。独りで狩りとか無理なわけ」

 願ってもない。僕も即座に起き上って向き直る。

 なるほど「狩り」と来たか。ようやく僕も少しずつ状況を把握し始めた。

「僕の方こそ、そうしてもらえるとすごくありがたいです。実はこの仕事の内容、さっきの広場で唐突に聞いたのが全部で。大体の予測はついてるんですけど、この『ブラックスワン』っていうのは魔獣、ってことでしょうか」

 彼は怪訝な顔をする。若い顔立ち。20歳くらいだろうか。ブラウンの柔らかそうな髪が潮風に吹きつけられる。

「知らずに来るのは多分アンタが初めてだ」

「とある女に弱みを握られて連れてこられたんです」

「美人局か? よほどのクズだな。終わったらオレが一緒に落とし前つけてやるよ」

それは楽しみだ。ぜひボコボコにしてほしい。ところで「一緒に」という部分だけ彼の記憶から削除する術はないものか。

「ヘルメスだ。軍の窓際部隊所属、副業は音楽家。よろしくな」

「トキです。絶賛ハロワ中です。よろしくお願いします」

「なんだそりゃ。仕事に会うより死線に遭う方が先かもな!」

 カラカラと笑ってみせるヘルメス。不思議とその大笑いを不愉快には感じなかった。清々しいくらい音痴な歌声を聞いているみたいだ。本人が自信満々だと、周囲もいつのまにか気にしなくなる。ともすれば、彼が正しかったかのように錯覚してしまう。

「魔獣って言ったな。全くの的外れじゃない。だが正解でもない。見ろ」

 言われてもう一度、配られた用紙に目を落とす。

 インケラーシャ、名称『ブラックスワン』。状況、2日前に民間人を巻き込んだ爆発。これにより6名が死傷。4日前には付近の防砂林の一部が消失し、砂浜と貿易都市ラカンの間に奇妙な一本道が出現。数千におよぶ市場および住宅に砂害。7日前は海に……。

「海に火の手が上がる?」

「そうそう。海が燃えてたらしい。一面真っ赤にね」

 こともなげにヘルメスが相槌を打つ。

「インケラーシャというのは、なんなんですか」

「それが分かれば苦労はない、という類のものかな。魔獣にも強力な力をもつものは多いが、どれも生物だ。根本的には動物と、言ってしまえばオレたちと大差ない。だがインケラーシャはそういうものじゃない。なぜ存在するのか分からない、どういう原理かわからない、だがとある結果を決まってもたらす、ブラックボックスさ」

「そんな危険なモノを、いつも相手にしているんですか」

「そうと言えばそうだが……お前は今回が初めてだから無理もない。危険と言うが、発見されるインケラーシャが危険なことは稀なんだ。『とある結果をもたらす』だけで、危険かどうかは無関係だからな。ぜひとも、『捻ったら果実酒が出る蛇口』でも見つけてくれ。正真正銘インケラーシャさ、回収は任せな?」

 得意げに腕を叩いて見せるヘルメス。

 ひとまず、大体の情報は整理できた。アレスが僕に言った仕事とは、今回たまたま、その危険なインケラーシャが発見されてしまった。だから兵を招集してその処理に当たらせよう、ついでにお前も行ってこい文無し。そういうことか。

「鳥の形をしているようですけど、この辺りは海鳥も多いし、見分けがつくのかな」

「まぁその辺は心配するな。あの魔王がわざわざここまでぶっ飛ばしたんだ。本体なり、手がかりなり、なにかしらあるものさ。現に、飛ばされてきた連中はみんなどっか行っちまった」

 確かに、言われてみれば僕たち以外にはすでに誰も転移してきた兵士たちは残っていなかった。ゴトリ、と音を立ててヘルメスはハープを持ち上げる。ハープは青い光を放ち、小脇に抱えられるくらいの小さなサイズになった。

「みんなラカンへ向かったんだろう。なんせ実際にブラックスワンの被害が出た街だ。性質を調査するのに、行かない手はない。使い魔は呼べそうか?」

 普通は呼べるみたいに言わないでほしい。誓って言うが、使い魔を呼び出せないのは僕に限った話ではない。それと呼び出す方法は知っている。魔力が足りなくて術式が起動しないだけだ。以前たらふく夕食を食べた後に上機嫌で呼び出しを掛けたら、良い感じにふわふわした毛並みが現れたことがある。毛並みが現れたところで魔力が切れたので、それが何だったのかはよくわからないが。

「じゃあオレの使い魔に乗っていこう。ヒルドゥだ。いい馬だろう? さぁ乗れ、相棒」

 ヘルメスがハープを一つ鳴らすと、共鳴するように光沢のある青鹿毛の馬がいなないた。全身が薄く青い光に包まれ、神々しく輝いている。ヘルメスに促されて恐る恐るその背に乗ると、彼の気合に合わせて、ヒルドゥは勢いよく走りだした。

 疾走する彗星はまさに千里の馬。周りの景色が認識するより早く通り過ぎる。磯の匂いが漂う海岸線を抜け、草の香りが立ち込める草原を抜け、街道を支える石畳を行く。間違いなく落ちたら死ぬ。他人がたずなを握った馬上で、そんなことを反芻してしまうのは罪だろうか。

 近づくにつれて、ラカンの街並みの細部が露わになってくる。白い壁面があちこちに見えるのは、この土地でとれる石材の質の高さをうかがわせる。それともサンゴだろうか。なんとも美しい純白の貿易都市が、僕の目を奪う

 しかしその刹那、ヘルメスの肩がぶるっと震えるのを感じる。顔は見えないが、彼は深呼吸をしながら静かに街を見据えている。

「どうしたんですか」

「わからん。オレがどうかしてんのかもしれない」

 頭を振ってヘルメスは言った。

「トキ、ラカンはどう見える」

「どうって……まるで百合のようです。純白の美しい都市。実際はあんな姿なんですね」

「違う」

 僕の言葉に食い込むように、ヘルメスは低い声色で答える。

「ラカンはな。『青いレンガ』の街並みで、それ目当てに客が来るような街なんだ」

 息を吞む。僕の目線の先に青などという色は一切無い。塩を塗り固めたかと疑うばかりだ。まるで天使の織り物のように美しく、真っ白な街、ラカンがたたずんでいた。


次話投稿は明日19時です。

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